ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
眠りの女神ユミナの誘いは、俺を螺旋階段に案内した。
これは夢であり幻であり、決して確かなものじゃない。
だが
真っ暗で色の無い静かな地下墳墓。
螺旋階段には壁があり、ところどころ横に逸れる通路があって、蟻の巣状の空間を造っている。
大きいのもあれば小さいのも。
石室の
人もそうでないモノも。
「あれは?」
「カリプトです」
「カリプト?」
色の無い世界ではクリーチャー的な外見のみが分かるところだけど、俺の知識にカリプトなんて名前の種族は無い。
「見たところ、怪人道の種族かな」
「そうですね。彼らはそのように、この
「……? エル・セーレンにしかいない種族ってコトか?」
「そうです。とても哀れで、慰められるべきモノたちです……」
ユミナは心を痛めた様子で、俺の疑問に答える。
姿はなく、依然として声だけでしかその存在は感じられないが、不思議と手を引かれているような感覚はあった。
恐らく俺がまだ現実世界では目を閉じていて、夢の世界に囚われているせいだろう。
きっと現実の世界では、俺はユミナに手を握られている。いや、気のせいか?
ぼんやりふらふらした寝惚け頭は変わっていないので、自信は無い。
(でも、さっきよりかはハッキリ物を考えられるようになったな……)
声も出せるようになった。
正確には寝声なのかもしれないが。
もしかすると森羅斬伐を取り戻したいと願う気持ちが、俺に地底下界の異界法則に対する抵抗力を与えてくれているのかもしれない。
もしくは、眠りの女神ユミナの最大限の特例扱いのおかげか。
「……」
ユミナに手を引かれるまま、いろいろな
すると、中には現代では絶滅したと云われている種族。
地底で暮らすアルバエルフ、有翼巨人のネフィリム、超希少種族の半龍などもいた。
そういう珍しい死者たちの中には、何か他の死者とは扱いが違うのか、一部専用の
森羅斬伐はなかなか見つからない。
ドデカい斧だから、そうそう見落とす心配は無いと思うものの、より大きなモノの影には隠されてしまうか?
「うわ、あれは?」
「あれはワポルマキナです」
「ワポルマキナ」
これまた知らない固有名詞が飛び出て来た。
なんだかとても場違いな工芸品に見える。
渾天儀世界は基本ファンタジーだっていうのに、まるでコイツらはスチームパンクとゴシックホラーの融合体。
どうでもいい記憶なのに、ネットミームの〝呪われた魔改造機関車トー●ス〟を思い出してしまった。
多脚型蒸気機関戦車なんて、何処で発明されたんだろう? 誰が考えたんだろう?
「これもエル・セーレン特有の?」
「そうですね。心無き哀れな
「? 無機物なんだから、当たり前じゃ?」
「でも、魂はあるんです」
付喪神とかの概念は
異様なデザインのワポルマキナたちだが、ひょっとして機械生命的な種族なのか。
「ええ、その通りですよ」
「思考が読めるのか」
「さっきもさんざん、そうやって会話していたはずですね?」
ふふ、と。
ユミナは微笑ましそうに、頭を撫でる。
無論、撫でられた気がしただけで本当に撫でられたかは分からない。
が、ものすごい母性を感じた。
眠りの女神とはいうが、冥界の女神とも言い換えられる存在なワケで、気を許すのは自ら死神に首を差し出すような真似でもある。
なのに何だろう? まったく敵意や警戒心を抱けない。
ユミナは恐ろしい神性だった。
(一緒に森羅斬伐を探すのを手伝ってくれているから、人間に優しい神様なんだろうけど)
自らの
そこには必ず、二つ目の理由があるはずだった。
地上での役目を終えていない。
だから俺を目覚めさせようとする他にも、眠りの女神は明確な目的を持つ。
でなければ、貴方しかいない、とは言わないはずだ。
「森羅斬伐さえ取り戻したら……悪いけど俺はまた、寝かせてもらうからな?」
「ふふ。夢の世界で、さらに眠りにつきたいだなんて……貴方はとても私好みの言葉を言ってくださるのですね……?」
「……うわ。寝かしたい、って本能と、起こさなきゃ、って理性がだいぶせめぎ合ってそうだな……」
手を引くユミナの力が、ぷるぷる少しだけ強くなったような気がして、俺は危うくバランスを崩しかけた。
まるで自身の欲求を堪えるような反応。
女神様は何がなんでも、俺に起きてもらいたいらしい。
しかし、やはりその目的はエル・セーレンに関する事柄のようだ。
カリプト、ワポルマキナ。
二つが溢れる
石室の中には、左側にカリプト、右側にワポルマキナが置かれていて、真ん中に都市のミニチュアがある。
台座のプレートには、〝蒸気機械帝都『グレムリン・エンパイア』〟
「っ、?」
気がつくと殺風景だった地下墳墓ではなく、俺は十九世紀イギリスを思わせる
「……さすが、夢の世界だ。こんなところに俺は行ってない。森羅斬伐は無いだろ」
「ですがここは、エル・セーレンの王の棲まう場所ですよ」
「え?」
路地裏や物陰で何かを漁るカリプト──青黴みたいな色だった──何者かに壊されたのか、煙を上げて横転しているワポルマキナ。
青緑色の街灯に照らされる
そして、一人の青年が映し出された。
「めちゃくちゃ不健康そうな肌色だな……
「彼の名前はヴィクター。ヴィクター・
「カリプト・グレムリン……? じゃあコイツが、エル・セーレンの……」
モジャっとした天然パーマの黒髪に、英国紳士みたいなヴァイオレットカラーのスーツ。
機械整備士のゴーグルみたいなメガネと、両手に嵌めたスチパングローブが個性的なセンスだ。
青みの強い白い肌、赤い虹彩の黒目玉もかなり特徴的で、普通の人間じゃないのはすぐに分かった。
異常な人間。
「ヴィクターって言ったか。コイツ、カラダがおかしくなってるみたいだけど、まだ生きたニンゲンだよな?」
「そうですね。彼は聖域の女神に呪われてから、他のニンゲンと同じようなカラダではなくなりました」
「カリプトの肌も青みが強かったぞ」
「お察しの通りです。ヴィクターはカリプトたちの生みの親であり、同時に加害者でもあります」
ユミナは語った。
異界の最厄地エル・セーレンと、その王であるヴィクターの関係を。
カルメンタリス教の女神の呪い。
都市と市民に押し付けられた〝理知の剥奪と蛮性の肥大〟……
「──嘘、だろ?」
「いいえ。彼こそは古代アークデン・メガロポリスが生んだ邪智の大賢。己が野望のために、世界から排斥された都──最厄地エル・セーレンを作り上げた張本人です」
そして。
「そして、彼は今現在、四千年の幽閉に終止符を打ち、
「ちょ、ちょっと待った……カルメンタリス教の女神の呪いは、ヴィクターが
だから、アークデン・メガロポリスと同質の情報を持ったエル・セーレンが、異界として作り上げられた。
銀色の霧によって超大国規模の人界が、その歴史ごと無かったコトにされる矛盾を世界は嫌って。
「逆に言えば、ヴィクターにかけられた呪いは超大国をどうにか出来ちまうくらいに、とんでもない代物だったってコトか……?」
「……」
「オイ。そんなヤツが戻って来たら、世界はどうなる……?」
呪いはエル・セーレンに置き去りか?
ヴィクターだけが何のお咎めも無しに戻って来られるのか?
それならまだいいが。いや、良くないが。
女神カルメンタが、ヴィクターの存在を再び感知したらどうなる?
またぞろ呪いを重ねがけでもして、またヴィクターがそれを他人や何かに押し付けたら?
眠りの女神ユミナの意図が、段々と俺の寝惚け頭にも浸透して来た。
「ええ、その通りです。彼の野望は止められなければなりません」
エル・セーレンの王を、現世に帰還させてはいけない。
「しかも、ヴィクターはただ帰還するだけが目的なのではなく、聖域の女神に
「……は、はぁ……?」
「完璧な被造物の作製。彼は四千年前から、ずっとその命題に囚われ、創造と文明の女神を上回る。ただそれだけを心に、心臓を動かし続けているのです……」
「上回るって、どうやって……」
唖然とする俺のコトなど意に介さず。
そのスピードは早く、場面もまた瞬間的に変わって、今度は
武器を持ったカリプトの軍勢と、不気味な駆動音を上げて整列待機する無数のワポルマキナ。
青年はそのなかで、まっすぐ進行方向を指差す。
鉄と機械と油と蒸気。
人工的に造られたと思しき(ありえない!)、ビルサイズの異界の門扉へ。
「──あの向こうは、黒詩の魔女の〈領域〉です」
「! ヴァシリーサの……?」
「ヴィクターは魔女を利用して、完璧な被造物を造ろうとしています」
そう。命ある無機物を。
「聖域の女神が自ら手掛けたと云う、三機の聖遺物を知っていますか?」
其れは、『灑掃機構』
かつてエリヌッナデルクで、鯨飲濁流を消滅寸前にまで追いやったと云う神造兵器。
魔を撃滅する天罰の機能を有した、『至高』を超越した聖具。
エル・セーレンの王は、それを自らの作品で打倒しようと四千年間鼓動を鳴らしている。
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tips:石室の空洞
安楽室。慰安室。霊安室。
世界から棄てられたモノが、最後に横たわる場所。
だが眠りの女神ユミナは、地上での役目を失っていないモノには眠りを許さない。
本当は許してあげたい悪魔的な欲求もあるが、それでは真の癒しにはならないため理性的に目覚めを促す。
事情があって起こして上げられないモノには、専用の部屋を用意しておき、時が来るのを待つ。