ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
夢の世界は、淡いの異界に似ているかもしれない。
淡いの異界に入ったコトがないから、感覚的な話でしかないけれど。
夢の世界は時間や空間、自他の境界などにほとんど意味が無いようだ。
すでに死んでいるモノの記憶や想いも、今を生きている見知らぬ他人の感情や経験も。
霊脈に堆積した集合的無意識のように、すべてが繋がっていて混濁している。そんな気がする。
「──美しい」
いま、俺はヴィクター・C・グレムリンの『人生』を垣間見ていた。
「美しい。本当に、美しい。なんて美しさだ」
古代アークデン・メガロポリス、ある戦場。
蒸気文明の父と呼ばれ、人々に新時代の繁栄をもたらすと謳われた若き日の青年。
当時はまだ一機しかなく、戦略的価値も認められていなかった一番目のワポルマキナに乗って。
ヴィクターはその日、空を見上げながら感動していた。
土煙と血に濡れた大地。
甲冑に身を包んだ骸の地平。
自らの『作品』で、いともたやすく蹂躙出来てしまった戦場を見下ろしても、何ひとつ心は動かされない。
声は平坦で抑揚も乏しく、表情だって退屈げなまま。
そんな冷血漢のヴィクターであっても。
生まれつき、自分でも欠落を自覚した男であっても。
この日、はじめて。
「灑掃機構──」
空を征く一機の姿。
紫電を輝かせる、神の手による被造物。
命なき無機なるカラダとは、到底思えない似姿を象り。
──〝理想の少女像〟なるものが、もしもこの世にあるとするのなら。
それは間違いなく、
一目で平伏したくなった。
それほどの、あまりに完成された鋼鉄の天使を目撃してしまい……
「──────フ」
狂気を自覚した。
何故なら、ヴィクターはそれに生まれて初めて『完璧』を見出してしまったからだ。
人生を塗り替える衝撃。
生涯忘れ得ぬ挫折。
字面にすればなんと簡単で陳腐な表現なのか。
それでも、ヴィクターにとってはこの時こそ、その後の人生すべての運命を決定づけたターニングポイントに他ならず。
旧時代の常識を覆す蒸気機械文明。
ドクター・ワポルマキナはやがて、新たな帝国をも造り上げるだろう。
数々の名誉と賞賛を集めても、何も響かない。
だって当然である。
完璧を造り上げるならば、それはヴィクターであるはずだった。
他人に興味がなく、愛着や関心も抱けない虫の心を持ったヴィクターでも、自分自身には例外を当て嵌める。
何かを造り、何かを形にし、より優れた作品を試行錯誤の果てに手掛けるコトだけが、ヴィクターの生き甲斐であり趣味であり絶対の価値観だったのだ。
物を作って遊ぶのが、唯一好きなコトだった。
そして好きなコトを自由に楽しむには、権力が必要だった。
ヴィクターは人間として生まれ、社会という名のコミュニティで生活を余儀なくされる以上、何もかもを自由には出来ない。
突出した者には罰を与える。
ルールを逸脱した者には罰を与える。
それが人間社会の掟。
しかし裏をかくのは不可能じゃない。
金や名誉、地位に権力、そういったくだらないステータスを上位で握ってしまえば、途端に誰もがヴィクターに
頭を下げ、お目こぼしをし、特例という名の新しいルールに従う。
だから、そうして来た。
人々は自分の暮らしが良くなるコトを喜ぶ。
ならば生活の水準を底上げするような発明を公開しよう。
正も邪も問わず、求められれば多くの物をヴィクターは与えた。
都市は発展し、たくさんの声がヴィクターを褒め讃えた。
次に人々は、侵略者に怯えた。
ならば兵器を開発しよう。
流血なき無人の戦車で、戦争の脅威から人々を守ろう。
都市は感謝し、多くの者がヴィクターに縋るようになった。
そうしてやがて、ヴィクターは何もかもを自由に出来る場所へ辿り着く。
ワポルマキナに乗って戦場を蹂躙した日。
帰ったらあともう少しで、本当の『自由』を手に入れられる。
そんな、重い茜の空と殺戮の大地の狭間で。
自分こそが〝物作り〟の頂点だと、自認していたのに──
ヴィクターが何かを作らなくても、『完璧』な物はすでにあった。
ヴィクターが何をこれから造り上げても、『完璧』には届かない。
ヴィクターが何に着想を得ようとも、あの『完璧』が常に脳髄の奥から離れず手元に出来上がるのは猿真似の劣化互換にも劣るクズ。
クズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズクズ──ゴミクズッ!!
何も楽しくなくなった。
何も面白くなくなった。
何も嬉しくなくなったし、何も喜べない。
「キミに恋をした」
ヴィクターは灑掃機構三番・末妹たるプラチナム人形。
銘は奇しくも、『
ヴィクターほどのクリエイターが、無機物へ恋心を抱くなど、まるで彫刻師が彫像に恋するような倒錯でしかない。
然れど、ヴィクターは常人とは違った。
その恋もまた、歪んで捻くれていた。
「僕の
カルメンタリス教の女神から人類への贈り物。
魔を撃滅する天罰の機能を有した灑掃機構を、人間が破壊すると宣言する意味。
もちろん、承知の上だった。
天罰が下るなら、望むところ。
神罰が下るなら、手始めにそこから神の御業を乗り越えよう。
「
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tips:理想の少女像
灑掃機構三番機・末妹たるプラチナム人形。
銘はマイ・フェア・レディ。
薄紫と白の鋼鉄機械天使。
無生物とは思えない生きたボディを持つ。
鉄の
無垢なる意匠とは裏腹に、〝