ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
完璧な被造物の定義。
それはヴィクターにとって、灑掃機構三番である。
理想の少女像、マイ・フェア・レディ。
命ある無生物という一見矛盾しか孕まない存在だが、カルメンタリス教の女神は実際にそれを創造してのけている。
ならばヴィクターの目的もまた、同じ条件をクリアしなければならない。
夢の世界では、流れるプールに身を任せるくらい安易に、他人の思考が全身を撫でる。
「ところで、貴方は『命の三要素』を知っていますか?」
「えっと、たしか肉体と精神と魂の三つだったっけ……」
「合ってます。お利口さんですね。えらいえらい」
ユミナの〝甘やかし〟は、尋常じゃない。
女神の口から零れる言の葉ひとつ、向けられる微笑みひとつ、撫でられる手の感触ひとつ。
すべてが抗いがたい眠りへの
ユミナがそれを望むと望まざるに関係なく、地底下界は訪れたモノに隙あらば慰安を施そうとするのだろう。
俺はまた眠くなった。
「ああっ……起きて、起きてっ」
「ぅぅぅぅ……」
「寝起きに結構呻くタイプなのですね……?」
「……誰だってそうだろ……で? 命の三要素が何だって?」
「ヴィクターは揃えようとしました」
無生物に命を与えるには、肉体と精神と魂を揃えればいいと考えて。
魔術や錬金術や存在学や、あらゆる智識を総動員した。
「──僕は最初に、ひとつひとつの要素を〝命ある無生物が創造可能〟という前提で定義し直した」
ユミナの言葉が呼び水になったのか、欠けた男の思考がまたしても押し寄せる。
ただし、今度は緩やかなせせらぎなどではなく、洪水を思わせる激流となって俺の全身を襲った。
「まず肉体だが、これは灑掃機構が存在し得る時点で、必ずしも〝肉の体〟である必要は無いだろう」
人形使いの魔術師のなかには、
ヴィクターが目指しているのは、命なき鋼鉄のカラダを持つ物。
「では肉体とは? 僕はこれを、ただの〝カタチ〟ないし〝器〟と捉えた。要は容れ物だ」
実際に犬や猫を解体し、その内側を確認もした。
結論、それらは単なる皮袋や肉袋、血袋でしかないと分かった。
外側は物質としてのカタチを表す。
内側にはその生物が生命活動を行うのに必要なパーツが、必要な分だけ組み込まれていればいい。
『肉体=器』
まぁ、この定義自体は当然である。
もともと肉の体を持った作品など造るつもりは毛頭無かったし。
灑掃機構に並び、且つ上回れる被造物となれば、完璧な無機物でなければならない。
ヴィクターはクリエイターであるため、そこは凝った物を準備する予定だった。
犬猫を殺したコトを問題視する人間もいたが、一言「じゃあキミたちを解体していいか」と訊ねれば、騒ぐ者はすぐにいなくなった。
「次に精神だが……」
これは難しかったので、ヴィクターは最後に考察するコトにした。
魂の方が、よっぽど簡単だった。
そして魂の謎を紐解くコトで、精神もまた詳らかに解明が可能だった。
「魂とは」
ヴィクターは錬金術に造詣が深かったので、まず錬金術の見地から手掛かりを探した。
非物質を物質化するコトこそ、錬金術の原義であり奥義である。
ならば魂という目には見えずまったく実存を証明出来ないとされていながら、古今より
あいにく先駆者の研究資料などを見つけるコトは、エルダースに問い合わせても不可能だったが……(恐らく情報規制されていた)
「〈
錬金術と水の都らしい〈
「水は気体、液体、固体と様々な姿を取り得る。魂もまた同様だと、
水は常態では液体だが、熱せられれば気体になって、冷やされれば固体になる。
周囲の環境や、どのような経験を経たかによって変質する特徴が、人間を含みあらゆる生命との共通点を持つと考えられたようだ。
『魂=水(液体)』という仮説が立てられた。
「だがもちろん、魂が本当にただの水であるワケがない」
生物の体は何割かが水で出来ているが、唾や尿を魂と説明されて受け入れられる者は少ないだろう。
「僕は〈
第四世界において、魂は詩篇であると紐付けられたからだ。
ヴィクターには幼い頃、妖精の友人がいた。
その友人から、前に聞いたコトがあった。
精神霊は生まれながらに『詩篇』を持ち、〝己が存在の何たるかを綴った物語〟を保有している。
また、それらは時の経過で自然に増える場合もあるのだと。
生命の水を司る精霊の女王であれば、蝶の詩篇、樹海の詩篇、女王の詩篇を。
物語の悪役を担う薔薇の大地精であれば、薔薇の詩篇、美景の詩篇、魔王の詩篇を──と言った具合に。
「非常に興味深い話だった。僕はそこから、『魂=記録』という二つ目の仮説を立てた」
時間経過。
すなわち成長の過程で、己が存在の何たるかを綴った物語──詩篇が増える。
であるならば、それは自己の存在記録帳が新たな一冊を増やしたのだと言い換えられるだろう。
「これはなかなか鋭い説だと、我ながら思った。だけど」
どんな仮説も、否定の余地が残っているなら所詮は仮説止まり。
ヴィクターは第一と第四だけでなく、第零や第八の法理についても考えを巡らせなければならなかった。
第零……〈
森羅道の動物たちは生きながらに自然霊への転生準備を済ませ、その死後は土地神を経て環境神に成る。
また、自然の理を脱し本来その種が生きるにあって不必要な殺生や異常食を繰り返した獣は、孵化登竜現象を経て
〈
「人や獣が、魔物や別種の存在へ転生するのは何故なのか?」
魂はただの記録物ではない。
どう考えても〝上書き〟が可能なものだし、ともすれば
「ここで、僕は人魔転変理論から〝魂は精神の影響を最も強く受け、願いや呪いなどの精神情報が魂に対する上位権限を持っている〟と仮定した」
精神は魂という一枚のファイルに、
魂の方が如何にも特別な感じがして上位に来そうなものだが、魂が変質しなければ人は魔物に変わらない。
他の生き物も、どうして転生するかの辻褄が合わない。
「しかも転生は、多くの場合で肉体的な変化をも伴う」
精神の変化は魂の変化であり肉体の変化。
ヴィクターはこんな話も思い出した。
人は実際にはそれほどの怪我や病気になっていないのに、重傷を負った、重病に罹った、そう思い込んでしまった途端たちまち衰弱に向かっていくのだと。
ある者が毒蛇の棲まうと言われる土地で、蛇に咬まれた時など。
その蛇は幸運にも毒蛇ではなかったのに、終わった! 毒が回った! と錯覚したがために、ショック死してしまった例なども世界にはあるそうだ。
いや、思えば魔術自体も、集合的無意識にもたらす錯覚が成立の仕組み。
「精神は命の三要素のなかで、一番重要な要素だと有力な説が上がった」
とはいえ、これだけでは魂も精神も具体的な正体が分からないままだ。
「僕は原点に立ち返って、もう一度〈
培養槽のなかで水銀漬けにされ生まれる人造人間。
創造者に従順で、未成熟ではあっても生まれながらに精神と魂を持ち合わせている存在。
「
血。
つまり液体。
「魂とは畢竟、血液なんじゃないか? と僕は思い至った」
魂そのものが最初から血でなくとも、血に魂が宿るのではないかと。
吸血鬼が魔物のなかで、どうして強い部類に入るのか?
折しも世間を騒がしていた闇の公子の噂もあって、ヴィクターは確信を深めた。
血を啜り、魂をも啜っていたならば、吸血鬼が変身を得意とするのにも頷ける。
「ホムンクルスに命が宿るのは、培養された
ならば同じ理屈で、鋼鉄のボディにも水銀の蒸気を通す管を巡らせれば良い。
「僕のワポルマキナが命を得る可能性が、ググッと高まって来たのを感じたよ」
水銀の蒸気はそのままだと有毒なガスを発生させるため、そこは錬金術で〈
結果、ヴィクターは
グレムリン・エンパイアの
「だがここで、どうやっても手詰まりになった……ッ!」
ヴィクターは頭を掻き毟り叫ぶ。
命の三要素の内、肉体と魂は確度の高い考察を以って用意が出来た。
しかし精神は、ワポルマキナに宿らなかったのだ。
あるいはワポルマキナの鋼鉄のボディには、育まれなかった。
ホムンクルスには自ずと備わるのに。
「生物と非生物の差が、とても大きな壁だったよ」
ヴィクターはもちろん、この研究によって魂の本質を解き明かせたとは思っていなかった。
それでも、ホムンクルス同様の設計思想に則れば、ワポルマキナにも自ずと精神が備わるのではないかと期待していたのだ。
理想には程遠い結果だった。
「何かが足りない。何か決定的に重要な物が、抜け落ちてる……!」
肉体と魂があっても、肝心の精神が育まれないのであれば命は誕生しない。
完璧な被造物たるマイ・フェア・レディには及ぶべくもない。
では精神とは──?
ヴィクターにはそれが難しかった。
心、感情、理知の働き、思考、意識、主観。
どれも言葉の上でなら、いくらでも言い換えられる。
けれど、ヴィクターにはきっとそれが欠けている。
「僕が他人よりも冷淡なのは、他人ならば痛めるはずの心を持ち得ていないからだ」
悩み、悩み、悩み、悩み、悩み、悩み、悩み。
ヴィクターは心理学などにも手を出してみたが、長いあいだ迷走している自覚があった。
そんなある時、不意に閃きが訪れた。
精神=心という先入観のせいで、ヴィクターはシンプルな視点を忘れていた。
「──そうだ。
精という文字には、純粋なもの、優れたもの、混じり気のない物、と云う意味がある。
神という文字には、人智では計り知れない霊妙不可思議な物、物質や生物に対立するが生命原理に含まれる物、と云う意味がある。
難しい言い回しだが、失神や神経などの言葉から考えて見て欲しい。
「僕らは意識を失い倒れる様を〝神を失う〟と書き、全身に張り巡らされた重要な情報伝達器官に、〝神の
要するに、生命には神が宿ると。
あるいは生命の誕生そのメカニズムこそは、神の領域にあるコトを知っていた。
しかし生命=神の式は成り立たない。
生きとし生けるもの皆が神であるのなら、ヴィクターはこれほど不自由していない。
「でも──存在=神の式なら、成り立つんじゃないか?
畢竟、それは
この世に存在する万物の始源。
何ものも〝有る〟という前提が無ければ存在し得ない。
旧時代の世界宗教、渾天儀教ではそう語る。
──存在力とは、〈
「ならば精神とは……! すなわち
そして、カルメンタリス教の女神カルメンタの手による被造物、
「……人間や動物に宿っている、極めて微量でありながら然れど枢要を占める神性の多寡に比べれば、遥かに莫大で比べようもないほどの神性をな──!」
抜け落ちていた欠片が、ピタリと嵌った感覚がした。
ヴィクター・C・グレムリンの知性は、この時ついに紛れもなく神域へ届いたのだ。
『肉体=器』
『魂=血液』
『精神=神性』
肉体と魂だけあっても、精神を成長させるモノが無ければ所詮は絡繰り仕掛けの木偶人形。
「だが錬金術で、魔力を物質化させてワポルマキナに与えても、彼女に並ぶ『命ある無生物』は生まれなかった……最初から命の無いモノに命を与えるには、ちょっとやそっとの存在力じゃ足りなかったんだ」
何か別の、凄まじい神性を秘めた代替物を見つけなければならない……
「僕がそう気づいた時だったよ」
女神カルメンタが、地上に〝ことば〟を落とした。
傲 慢
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tips:命の三要素
肉体、精神、魂。
邪智の大賢は、解明した。
その一端を理解した。
貴方ならどう思う?
神域を穢す罪か否か。