ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#268「火の戦場へ」

 

 

 ──と、そこまでを見終わって。

 

「ああ……困ったわ」

 

 地底下界の切れ端(カットエンド・ボトム)、眠りの女神ユミナは己が失策を悟った。

 

「私としたコトが……夢現(ゆめうつつ)を見誤るなんて……」

「────」

 

 メランが目蓋を、閉ざしかけている。

 夢の世界で眠りに落ちれば、さらに深いところへ落っこちてしまうのに。

 エル・セーレンの所以と、ヴィクター・カリプト・グレムリンの危険性。

 二つを理解して貰うために案内した夢先で、メランは再びユミナの異界法則に沈みそうだった。

 

「ヴァシリーサさんの〈領域〉もまた、夢幻(ゆめまぼろし)……貴方は夢の世界に長く留まり過ぎて、抵抗力が少なくなっていたんですね……」

 

 ユミナの目算では、メランはもうしばし耐えられる見込みだった。

 魔女の異界に翻弄されていた時間。

 それさえ考慮から漏れ落とさなければ、こんなにも早くに『無』には……

 

「……それもこれも、ヴィクターの人生がとても長いからです……」

「────」

「ああっ、いけませんね? いけませんね? えっと、えっと、こういう時はどうしたら……」

 

 ユミナは考える。

 頑張って、考える。

 正史の神として、今ある地上の世界がいたずらに危機に晒されるのは喜べない。

 巨大彗星が衝突した後、ユミナたち大半の神が何のために地上を退去したのか。

 理由は神々ごとに様々あるだろうが、少なくともユミナはシンプルだ。

 

 秩序律の修繕をしなければ、苦しみながら死んだ無数の魂に死後の安息を与えられない。

 

 冥福は泥濘の眠りの中でこそ与えられる。

 

 大地が砕け散り、反対側まで底が抜けてしまったら、慰められるべき魂は何処に地底下界(ユミナ)を求めればいい?

 

 ユミナは頑張ったモノを愛する。

 どんなに怠惰で不真面目な存在でも、生きていれば生きているだけで何かしらの苦労は背負うものだ。

 地上での役目を全うし、ようやく肩の荷を下ろせた死後でくらい、安らかな幸せを得て欲しい。

 

 抱き締めてあげたいのだ。

 

 だがヴィクターの企みは、ヴィクターさえも抱き締めたいと想うユミナをしても、見過ごして良い凶行とは思えなかった。

 

 出会ってしまったのは単なる偶然。

 

 吸い込まれ、知るコトになったのも何かの間違い。

 

 ヴィクターはユミナの存在を知らないし、カットエンド・ボトムがエル・セーレンを貫通しながら偏在している事実も知らないだろう。

 ヴィクターが求める神性なら、ずっとすぐ傍にあったのに。

 安らぎを知らない哀れな魂は、目的に向かって延々歯車を回し続ける。

 彼が手掛けた数多の蒸気機械と同じように。

 ただひとつのオーダーに従って、ブリキの心臓を駆動させ、燃料を焚べ続け。

 

 ──もう充分に頑張ったでしょう。

 

 その願いが叶うところを、見届けてあげるコトは出来ないけれど。

 代わりに認めて、褒めて、一緒に寄り添いながら眠ってはあげられるから。

 だからどうか、お願いだから止まって欲しい。

 

 ヴィクター・カリプト・グレムリンの初恋は、世界を穢す。

 

 そして邪智の暴虐を止められるのは、ユミナの胸に今こうして抱かれる新時代の英雄だけだ。

 黎明の国の後継ならば、必ずや長きに渡った悪夢を終わらせられるはず。

 

「……ですが、もう私の声すら届いてはいませんね……」

 

 切れ端とはいえ、ユミナの権能は問答が無い。

 容赦が無いし差別が無いし制限が無い。

 どんな英雄英傑も、どんな聖王聖君も、どんな賢者賢哲も、ひとたび微睡んでしまえばそこでお終い。

 

 起き上がろうという意思。

 何かをしようという気持ち。

 

 それが根本から無くなるのだ。

 

 生命活動さえ止めてしまうほどに。

 

「──でも、私は数少ない例外も知っていますから……」

 

 ユミナは想う。

 かつての英雄たちを想う。

 

 最果てを見たフェルディナンド──猛き勇者、海の益荒男。

 碑文を刻みしフィッツジェラルド──気高き星読み、生ける魔人。

 終わりを識ったマクシミリアン──賢き龍狩り、信仰の覇者。

 

「……貴方が真に、彼らと同じ『英雄』足らんと欲するならば──」

 

 熱き想いが。

 巡る血潮が。

 あの大海の全ての水量を以ってすら呑み消せない〝鮮烈な火〟を灯し、胸の奥底から全身へと覚醒の鼓動を強く響き渡らせてくれるはずだ。

 ユミナは憶えている。

 人の意思が、心の烈しさが、神の理に打ち克った様を。

 

 ──ならば。

 

「これが、最後のチャンスです……ほら目蓋を開けて? 貴方の旅のお伴が、今もまだ懸命に戦っていますよ……?」

「────」

 

 夢の世界は、時間軸と空間位相に関係なく自在に光景を映し出す。

 ベロニカ・レッドフィールド、ケント・トバルカイン、アイナノーア・エリン。

 

 それぞれの戦いの場面と、厳然たる行く末を以って。

 

 眠りの女神、安楽の冥府は、神殺しの覚醒を期待する。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 戦場に夢と希望は無い。

 魔法が如何に想いの丈で強さを変えようとも、人と魔物の間には圧倒的な地力の差がある。

 

 まして魔法使いと大魔の戦いとなれば、戦局は()()()という絶対の指標によってシビアな現実を突きつけるものだ。

 

「「「GYAAaaaaaaaaaa──!」」」

 

 渦巻く業火が、デモゴルゴンを焼却する。

 硝煙と煤煙で霞む視界。

 戦いが始まってから、もう何度繰り返されたか分からない無数の焼き回し。

 しかしながら、自身の手勢を大量に焼き殺されても。

 肉の盾に守られる黄衣の女怪にあるのは、徹頭徹尾、ベロニカに対する侮蔑と嘲弄だけだった。

 

「馬鹿な女……そんなに魔力を使って、本当に馬鹿なのね」

「燃えろォッ!」

「ハイハイ。そうやって一生、イヌみたいに吠えてれば?」

 

 黄衣の女怪は、飽きたと言わんばかりに溜め息を吐く。

 炎の熱とデモゴルゴンの消滅する勢いは、時の経過につれてどんどん増していくが、大いなる魔物に焦りは無い。

 ベロニカの魔法は、たしかに人間にしてみれば大したものだ。

 

「けど、お生憎様ね? ワタシのゴミクズどもは、まだまだたーっぷり、ウジャウジャいるの」

「っ、チィッ……!」

「アハハッ! まさか、今さら分かった? アンタがどれだけ頑張っても無意味なのよ! 退治家のクセに、常識も知らなかったのかしら!」

 

 人間の魔力には限りがある。

 対して、魔物の魔力に限りは無い。

 

「ワタシ、魔法使いって人種が一番哀れだと思うのよね。人間の魔力って、使ったら無くなっちゃうじゃない? でもワタシたち魔物は、存在しているだけで日に日に魔力が増えていくの」

 

 人間は例えるなら、最初から底が見えているバケツだ。

 中に入っている水は減っていくだけ。

 一方で、魔物は例えるならバケツ自体が成長していき、且つ、中に入っている水も自然とバケツ内に湧き続ける段違いの仕組み。

 上位互換どころの話ではなく、文字通りの有限と無限。

 

 しかも、ベロニカは黄衣の女怪の視線──デモゴルゴンの邪視を避けるため、この戦闘が始まってから常に煙を絶やしていない。

 そのうえで、肉の海とすら錯覚し得る大量のデモゴルゴンを連続的に処理するため、とんでもない火力を注ぎ込んでいた。

 女怪にベロニカの姿は見えていないが、

 

「──火、弱くなって来てるわよ?」

「クソがッ!」

 

 大魔に挑んだ魔法使いが辿る末路。

 これまで何十、何百と重ねてきた蹂躙のリズムとまったく同じ。

 最初は凄まじい火力に、少しは驚かされたが……

 

(結局、有象無象だわ)

 

 魔法使いの中には得てしているのだ。

 他人とは違う経験。

 人生のどこかで類まれな出来事を味わってしまったがために、自分は特別だと錯覚して、〝この魔法だったら大魔にも勝てる!〟と思い上がってしまう浅はかな思考回路。

 

「きっとツラい経験をしたのよね? しんどくて大変で、人生観すら変わったと思っちゃうくらいに劇的なイベントが、アンタの過去にはあったのよね?」

「“最も大いなる火(マクシムス・イグニス)”ッ!」

「でも残念! さんざん偉そうなコト言ってくれてたけど、アンタみたいなオメデタイ連中、ワタシはいくらでも返り討ちにして来たわ!」

 

 その度に言ってやるの。

 デモゴルゴンの女王、黄衣の女怪はついに煙の向こう側に見え隠れし始めた褪せた赤髪(スカーレッド)を捉えて、嘲笑を贈る。

 もはや視界を遮る煙の維持もままならないほど、魔力を無駄遣いしたのか。

 これだから人間はクズなのだと、愉悦に頬を歪め。

 

「──アンタの人生、特別なものだって思いたかった? 笑わせんなゴミクズ。アンタの人生に価値なんてありませーん。アンタに意味なんてありませーん。だからせめてブサイクなバケモノになって、滑稽さで笑いでも取ったら? ま、それでも他のヤツらと見分けなんてつかないけど!」

 

 キャハハハハハハハハハハハハハッ!

 甲高い哄笑が、墓所の地下神殿にまで反響した。

 渦巻く業火が不意に消えて、空を舞う火の粉と地を這う燻り火だけが、最後に残る。

 下僕はたくさん炭化して消滅したが、背後に開いた異界の門扉からはまだまだデモゴルゴンが。

 

 まさに、人と魔物の差。

 

 墓所内の戦力差は、ベロニカの魔法ごときでは何も変わっていない。

 

「ねぇ、数を知りたい?」

「……」

 

 女怪の問いに、ベロニカは答えず。

 さすがに圧倒されたのか。

 純然たる数の威圧の前に、遅きに失した絶望でもしているのか。

 煙が晴れた時にどんな表情を浮かべているのか、逸る興奮に瞳孔を開きつつ。

 女怪はただ思い知らせるためだけに言葉を続けた。

 

「いいことを教えてあげる。ワタシはデモゴルガーナ。魔界の言葉で、デモゴルゴンを統べる女王って意味なんだけど、支配しているゴミクズの数は一万よ」

「……一万」

「ええ。すごいでしょ? アンタの魔法じゃ、どれだけ頑張っても殺し切るのは不可能な数なんだから」

 

 さぁ、後悔に顔を歪めろ。

 女怪は背後に従えた()()の下僕を見せつけるように溢れさせ、その時を待った。

 

 

 

 だが。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「────は?」

 

 

 

 

 風が吹き、煙が晴れる。

 その時そこにあったのは、心底呆れ顔を晒した火傷顔(フライフェイス)だけだった。

 

 

 

 

────────────

tips:魔物の魔力

 

 無限ではない。

 バケツ自体はあるため、その時その瞬間に存在する全魔力を消費すれば人間同様魔力切れ状態になる。

 だが時間経過で回復するため、ほぼ無尽と呼んで差し支えない。

 この世ならざるモノがこの世に在り続ける。

 ならばそれは、矛盾から生じる〝供給源〟を指し示す証か。

 

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