ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#270「剣の戦場;Sword or Death」

 

 

「ヴィクターが動きおったか。やれやれ、契約は対等と自分で言っておったクセに、どうやら完全に儂らを出し抜く腹積もりじゃのぅ」

「……ハァ……っ、ハァ……」

「うぬもいい加減、そろそろ限界じゃろうに。サクッと死んだ方が、ここはお互いのためではないかのぅ?」

 

 声が、耳に煩わしかった。

 あれから、左腕を負傷したまま二十八の霊核(心臓)を斬り裂いたが、外道鍛冶は本当に百回殺すまで死なないのかもしれない。

 どうやら完全に格下と侮られているのか、大魔なら当然持ち合わせているはずの異界景色の展開や大魔法発動はせず、魔剣一本だけでケントをどうにかするつもりのようだが。

 

(さすがに──)

 

 消耗が激しい。

 自分よりも大きい敵と戦う時、ケントはいつも己の矮躯を恨めしく思う。

 素早い身のこなし、俊敏な身体駆動と言えば聞こえは言いが、小回りが利く分エネルギー消費もバカにはならない。

 

 スピード特化は単純に相手より多く動いているだけだ。

 

 必然、体力の消耗も激しくなる。

 事実上の片手剣戦闘だけで、二十八の致命傷を与えたと思えば、決断を下すには充分な戦局である。

 ここは切り札を開陳するためにも、息をつける時間が欲しい。

 

(せめて一分は、ジッとして汗を落ち着かせたいですね……)

 

 ケントは不慣れながらも、時間稼ぎを試みた。

 

「……ずいぶん、帝都市長に執心している様子ですね」

「んむ?」

「すでに僕に二十八回も殺されているのに、オマエは本気も出さない」

「本気? 何か勘違いしておるようじゃのぅ? 儂は戦うモノではないのじゃ。言ったじゃろう? ただの鍛冶(かぬち)じゃと」

「だとしても、オマエは僕なんかより帝都市長ヴィクター・カリプト・グレムリンの動向に注意を注いでいます」

「なんじゃ? 自分が世界の中心ではないと気づいて、苛立っておるのか?」

「今もそうやって僕を小馬鹿にしながらも、ひとつしかない眼をこちらには向けていない──」

 

 そろそろ異界の最厄地エル・セーレンの核心に触れても、良い頃合です。

 右腕をダラリと下げて、ケントは必死に舌を回した。

 左腕はひどい火傷で、治療もせず放置しているからか神経もバカになったのか、もうとっくに使い物にならない。

 滲み出る汗を誤魔化すためにも、出来る限り話を引き伸ばしたかった。

 魔物は見透かしたように眼を歪めた。

 

「急に、饒舌になったのぅ?」

「そちらも、やっと僕に視線を戻しましたね」

「エル・セーレンの核心と言ったか。儂の見立てでは、うぬは何も深きところを掴めていないはずじゃが?」

「どうでしょうね? 幸いにもオマエが現れてくれたコトで、いろいろと分かって来た事実がありますよ」

「ほぅ? 何か鋭く、切り込みを入れたいようじゃなぁ? うぬの舌鋒が剣の冴えと同じくらい鋭いか、試しに耳を貸してやろう」

 

 ケントは深呼吸を挟んだ。

 

「大魔、外道鍛冶」

「なんじゃ?」

「オマエは古代の大戦で、闇の公子・鯨飲濁流の陣営に立って北の征服者と戦っていたはずです」

「……〈目録〉の知識か。然り。儂はあの吸血鬼に臣従しておったとも」

「過去形で語るのはおかしいですね。僕は西方大陸人ですが、鯨飲濁流が復活したコトくらい知っていますよ」

「……人界の情報流通速度も、ずいぶん早くなったものじゃ。じゃが、なるほど? つまりこう言いたいワケじゃな?」

 

 闇の公子・鯨飲濁流の復活に伴い、古代エリヌッナデルクであの吸血鬼の傍にいた魔物が、二千年の時を経て再び王の下に馳せ参じた。

 

「よっぽど運が悪かったのでなければ、異界の門扉を開けられる魔物がエル・セーレンに吸い込まれるはずがありませんからね」

「儂がここに居るのは、何か命令を受けてのコトじゃと……つまりうぬは、そう言いたいんじゃな? なるほどなるほど。となると、儂にもうぬの背景が何とはなしに見えて来たのぅ!」

 

 大魔は魔剣を、肩でトントンさせながらもう片方の手で顎を撫でる。

 

「城塞都市リンデン。我が主はそこで得体の知れない不可思議なモノを見たと言っておった。さてはうぬ、そやつの仲間か何かじゃな?」

「オマエにも仲間がいますね。僕が知ってる情報を根拠にすれば、鯨飲濁流が異界の最厄地に配下を送る理由はひとつしかない」

「──そしてうぬたちの目的も、儂らと同じというワケかァ」

 

 ケントは背筋に冷たいものを感じた。

 この魔物、恐ろしく頭が回る。

 破綻した精神の持ち主とは思えない。

 

(いや、それとも……)

 

 生前から破綻していた人間ならば、第八の魔に転変しても狂気には囚われないのか。

 マイナスにマイナスをかければ、プラスになるみたいな理屈なのかもしれない。

 最悪だ、とケントは奥歯を噛み締めた。

 時間稼ぎと情報を引き出す目論見で話を始めたが、鯨飲濁流側に余計な情報をも与えてしまった。

 

 ……とはいえ。

 

「お行儀のいいフリは、そこまでにしたらどうです?」

「なに?」

「如何に鯨飲濁流が恐るべき存在とはいえ、オマエも忌み名を贈られた大いなる魔……第八の奈落に堕ちた以上、逆らいがたい本能(サガ)があるはずです」

「知ったような口を利くのぅ」

 

 と、そこで。

 外道鍛冶が初めて苛立ちを垣間見せた。

 ケントはここだと、付け入る隙を確信する。

 

「オマエが本当にルーブルなのか。そこは確かめる術が無いけれど、オマエが本当に僕ら護剣士の大敵、外道鍛冶なら……」

 

 その魔物の本能(サガ)は、さっきも聞かされた通り。

 

「帝都市長ヴィクター・カリプト・グレムリン」

「……」

「蒸気文明の父。ドクター・ワポルマキナ。工場長。兵器開発局局長。妖精解剖者。カルメンタリス教の女神に呪われた男。異界の最厄地を作った張本人」

 

 思えばこれほどの肩書きを持った人間、外道鍛冶のお眼鏡に適わないはずがないのだ。

 優れた職人、並外れた功績、神域すら穢した究極の邪智。

 

「オマエが蒸気機械帝都(グレムリン・エンパイア)で、帝都市長のすぐ傍にいたのは──!」

「──ああ、そうじゃとも!」

 

 ケントが言い切る前に、外道鍛冶が「カカカカカカカカカカッ!!」と笑った。

 

「儂はあの青年を……ヴィクターを! 細切れに切り刻んで、溶鉱炉()に沈めて! 石で削りッ、金床で鍛てばッ、どんな武器が出来上がるのかと……! 想像しただけでッ、もうさっきからずっと垂涎がダバダバ溢れ出て止まらんのじゃあああああああああ──ッッッ!!!!」

 

 魔性、炸裂。

 狂気、噴出。

 恐怖、倍増。

 

 だがだからこそ、ケントは護剣士の誇りに懸けて足を前へ出した。

 時間稼ぎは完了した。

 覚悟を済ませるために必要な事実も詳らかになった。

 

(今ここで僕がコイツに勝たなきゃ、何もかもが無意味だ──!)

 

 護剣士の歴史も。

 旅の伴に志願した是非も。

 すべては一族に吉報を持ち帰り、少しでも皆の重荷を軽くするため。

 

 天才であるケントは、いい。

 

 他人と違う形で生まれついたケントには、他人と違う人生しか歩めない。

 それでも、たとえ生まれたコトを疎ましく思われるような命でも、彼らの人生まで否定される謂れは無いのだ。

 

 ケント・トバルカインの身命は、この旅が始まるよりずっと前から、何のために使うのか決めてある。

 

 聖剣を盗まれたがために凋落してしまった護剣士の社会的地位。

 汚名を返上するのは、天才であるケントの役目だ。

 北の異国で目覚めた大悪、鯨飲濁流に臣従する外道鍛冶の存在。

 始祖トバルカインの遺命を果たし、一族を掟から解放できるのも、今ここでチャンスを得たケントだけだ。

 群青卿の尊き使命に協力し、名誉ある素晴らしき英雄との友誼を結び得るのも、準英雄であるケントだけ。

 

 ──護剣士の誇りを守るため。

 

 ケント・トバルカインの人生(意味)は、そのためだけに遂行される──!

 

 使い物にならない左腕は、不要だった。

 

「うおおおおあああああああ──ッッ!!」

「ぬぅ!?」

「鉄の代価を以って、第三世界の剣神(つるぎがみ)に希う! 我が誓願(ゲッシュ)は始祖に同じく護剣! なれば剣を振るえぬ腕など要らず、我が身は白刃の閃きの中でこそ息絶えるべし!」

 

 自ら斬り落とした左腕が、大量の出血とともに虚空へ神聖文字を描き始める。

 鉄の代価とはすなわち戦士の血肉。

 〈第三円環帯(ソールマルス・リングベルト)〉は闘争世界、超人犇めく武者の荒野。

 剣神の祝福は彼方より授けられ、代々の護剣士には誓願(ゲッシュ)の秘技が認められていた。

 

「な、なんじゃそれは……!?」

「──知りませんか? おかしいですね。高弟ルーブルなら、〝トバルカインの剣城〟くらいご存知のはずですが……」

「ッ!」

 

 描き出された神聖文字は、()()のための誓願。

 トバルカインの剣城とは、護剣士が第三神話世界の剣神から譲り受けた専用舞台である。

 

「馬鹿な……〈領域(レルム)〉が、塗り変わっていくじゃと……!?」

 

 神聖な決闘場。

 城の大広間を模した無骨な石造り。

 然れど、足元から浮かび上がるのは、歴代のトバルカインが集めた八十八の名剣。

 

「僕ら護剣士は、いつかオマエの痕跡をこの世から完全に消したとき、ここにあるすべての剣を第三世界に奉じなければなりません。死後は必ず、永遠の戦士(エインヘリアル)としても召し抱えられる。その対価こそ、剣神の祝福(天賦の才)とこの決闘場ですよ」

「なん、じゃと……!?」

「剣神の祝福は、鍛冶一族に過ぎなかったトバルカインに戦う術を。この剣城は、いつかオマエと真向かい合う機会を得た者が、一対一の決闘を行えるように」

 

 聞いたコトがあるはずだった。

 

「剣神の祝福を得た者は、必ず剣で死ぬ運命ですから」

「──まさか!」

「そうです。オマエは僕と、ここで真面目に決闘しなくちゃならない!」

 

 神聖な決闘場で、剣で戦う以外の行動は事象レベルで拒絶される。

 余計な反則やまやかしの類いも通用しない。

 何故なら、ここはケントが作った〈領域〉ではなく、第三神話世界の剣神が作った〈領域〉なのだから──!

 

「大魔だろうと、神ならざるオマエに逃れる術は無いはずですッ」

「お……お、の、れ……儂は剣士でも、戦士でもないのじゃぞ……!」

「それはもともと、僕らとて同じコト! さぁ、自慢の得物を何でも自由に使っていいですよ。僕もここにある剣を、何でも自由に使わせてもらいます──それとも」

 

 自分の作品にもしや、自信が無い?

 

「だったら、仕方がないですね。僕と同じように、ここにある数々の名剣から一本ずつ選んで、戦うコトを許してあげますよ。きっと初めて目にする至高の作品ばかりでしょうし」

「──────────カッ」

 

 カカカ。

 カカカカカ。

 

「カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ……吐かしたな青二才! うぬなど屑鉄にもしてやらん! 儂をさっさと……ヴィクターのもとに帰せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいッ!!」

「驕りではなく、護剣士の誇りに懸けて」

 

 剣か死か。

 ケントは決闘に臨んだ。

 

 

 

────────────

tips:トバルカインの剣城

 

 神聖決闘場。

 〈第三円環帯〉の剣神から、トバルカイン──護剣士一族に譲られた血の奉納舞台。

 一対一の剣による決闘行為だけを許し、それ以外の行動は何も許されない。

 どちらかが剣で死ぬまで、終わるコトなき石の剣塚。

 

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