ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#271「光の戦場;LIGHTNING」

 

 

 ゼオメイガスの大魔法は、一方的だった。

 

「Brururururururuurururu!」

「あ、が──ッ!?」

 

 人喰い八脚馬、スレイプニール。

 魔に堕ちた異形馬は、輓曳(ばんえい)馬すら可愛く思えるほどの太ましく逞しい脚で、アイナノーアを蹴り付ける。

 

 全長三十メートルの威容。

 

 馬の脚力は体重百キログラムの人間すら、五メートルは容易にぶっ飛ばす威力があると云う。

 それが十数倍、単純に考えても砲撃以上の強さで放たれている。

 

 物理法則に囚われない化け物の蹄なら、ストンピングだけでも簡単に一都市を破壊する〝地均し〟に相当した。

 

 しかも、それが八つの脚で繰り返される。

 

 空を飛んでも無意味。

 スレイプニールは空を駆け、どこまでもアイナノーアを追った。

 油断すれば、頭上からの噛みつきもある。

 化け物馬の顎は草食獣のそれでなく、ワニやサメを思わせる乱杭歯で。

 牙の隙間から垂れ落ちる不潔なヨダレには、人間の肉の脂や髪の毛が混じっていた。

 

 聖槍の雷を浴びせ、直接刺し貫く。

 

 けれどそれもまた、無意味。

 スレイプニールは雷撃を五十は耐え、消滅してもすぐさまアメーバから新たなスレイプニールが。

 復活する度に聖槍への耐性を増していき、強壮に進化していく。

 

「ハ・ハ・ハ・ハ・ハ!」

 

 響き渡る、ゼオメイガスの哄笑。

 堕ちた大魔法使いは、自身は後方に逃れ安全圏を確保すると、そこから悠然に巨獣たちを使嗾していた。

 

 貪る蝗龍、グラトロンが。

 

「iKitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKiti──!」

「Brua──!?」

「ッッッ……!」

 

 スレイプニールすら意に介さず、全長八十メートルの大質量を暴力に変換する。

 蟲龍の手足は鋭い爪と棘を持ち、スレイプニールが()の脅威であるならグラトロンは()

 手のひらに昆虫──カブトムシやクワガタムシを乗せた経験があれば、恐らく想像が付くだろう。

 あの力強さ。あの強靭なしがみつき。痛烈な接触。

 

 グラトロンはそれを、大地や建物をも巻き込んで、攻撃の手段にしている。

 

 アイナノーアにとって、魔物であるスレイプニールよりもこちらの脅威の方が恐ろしかった。

 純然たる暴力。

 荒御魂が高じて古龍へ転じたカイブツ。

 雷霆を浴びせても、堅い甲殻は最強種の防御力を誇り。

 非力なアイナノーアの筋力では、荒ぶる獣(ドラゴン)の体皮に刃が立たない。

 

 さらに困ったのが、グラトロンは蝗害を操れる点だ。

 

 グレムリン・エンパイアの東の町(イーストタウン)には、今や大気汚染(スモッグ)だけでなく無数の眷属蝗が飛び回り、悪夢のような光景を広げている。

 

「弱い、弱い、弱い、弱い! まさしく手弱女(たおやめ)! 姫よ、汝の御首級(みしるし)を以って憤怒の剣に宣戦布告を!」

「ッ……舐めてくれるわ」

 

 ゴクリ、と吐きかけた血反吐をアイナノーアは飲み込む。

 度重なる暴力に晒されて、内臓はかなり傷付いた。

 骨や筋肉も聖槍の加護が無ければ、とっくに粉砕されて千切れているだろう。

 それでも、高貴なる者の矜持に懸けて。

 アイナノーアは窮地にあっても粗相など許さない。

 

 手弱女?

 

「ええ……たしかに私はかよわい女よ……でもね、何の覚悟も無しに戦場に立つ道を選んだと、本気で思ってるワケ……?」

 

 雷光をスパークさせ、ひっきりなしに(たか)ろうとしてくる蝗の群を焼き払う。

 天然で自己中心的で、お気楽能天気なお姫様と思われているアイナノーアだが、聖槍の担い手として天翔る人生を選んだ時、覚悟は決めた。

 

 無辜の民を苦しめる悪しき魔物と常に戦うのなら、自分がいつか敗北し、尊厳を穢され、恥辱を与えられる未来もあり得るだろう。

 

(……事実、あの赤髪の人は過去にそういう経験がある)

 

 世界の非情さと残酷な一面くらい、アイナノーアだって識っているのだ。

 怖いと思う。気持ち悪い。嫌だ。

 そういう気持ちが今だって拭い去れない。

 無視できない弱い心。

 他人に知られたくないし、自分自身でも気がつきたくなんかないから、平気なフリだって。

 ほんの少しだけ、本当にちょっぴりだけど、敢えてすっとぼけた振る舞いをしている時もある。

 

(──それでもね……私の胸には、いつだってこの言葉が浮かび上がって来るわ……!)

 

「っていうか、こんな可愛い女の子に何してくれてるワケ!? 女の子イジメてイキリ散らかすとか、もうモノスッゴクみっともないんですけど……!?」

「それが戦場の流儀ゆえに!」

「クソ喰らえだわ!」

 

 巨獣二体の攻撃を躱し、雷電となって叫びながら。

 アイナノーアはムカムカした気持ちのままに、ゼオメイガスへ怒鳴る。

 

「ブルルルうるさいスレイプニールも、キチキチうるさいグラトロンも、みんなまとめてぶっ殺す!」

「く、口が悪いなエリンの姫よ……!」

「うっさい!」

「だが諦めよ! 我が大魔法、汝の聖槍ではどう足掻いたところで打ち勝てるものではない……!」

 

 理由を教えてやる!

 ゼオメイガスもまた怒鳴った。

 空中に浮遊する大魔法使いは、両腕を広げて生命礼賛宇宙を持続させ、

 

「汝の言葉、浅い! 汝の槍、軽い! 汝の雷、薄い!」

「はぁ!?」

「蝶よ花よ宝石よ! 城で生まれ宮殿で育てられ、高貴なる姫に与えられるのは甘やかな天蓋、柔らかな砂糖菓子ばかりなれば! 何も失ったコトの無い者よ! 何ひとつとして喪失の痛みを知らぬ者よ! 汝が我に敵うなど、何処に道理がある……!」

 

 死してなお止まれぬ、怒りの煩悶が分かるのか?

 死してなお尽き果てぬ、呪いの蠕動が分かるのか?

 

「我らを〝悪しき〟と断定し、手前勝手な基準で裁こうなどと……片腹痛し!」

 

 立ち入るな、浅慮蒙昧。

 轢き潰されたいのか? 軽佻浮薄。

 小娘のくだらぬ〝遊び〟に付き合ってやるほど、我は暇ではない。

 

「不愉快なのだ。分を弁えよ──!」

 

 ゼオメイガスはさらに聖槍への耐性を二体へ付与した。

 展開していたスパークフィールドが、ついに蝗すら焼き殺せなくなる。

 アイナノーアは空へ飛んだ。

 真っ直ぐ、真っ直ぐ、空が宙に変わる境界にまで。

 追い縋るスレイプニールとグラトロンを迎え撃つため反転し、雷を落として自分も地上に戻り。

 

 腹立たしい〝決めつけ〟に、怒髪天を突いた。

 

 着地した煉瓦道から、パラリ、破片を落として。

 

「……まぁ、私はたしかに可哀想な過去とか一切無いわよ」

「幸福なコトだ。察するに余りある。さぞかし(ぬる)い世界であろうな」

「……そうね。不幸自慢が自分の強さと正当性に繋がるって思ってる貴方と比べたら、きっとだいぶ健全な世界だと思うわ」

「────」

「あ、黙った。もしかして、刺さっちゃった? じゃあついでに、これも言わせてもらうけど」

 

 空から戻って来た二体の巨獣が、ゼオメイガスとアイナノーアの間に聳え立つ。

 舞い上がる土砂、吹き荒れる風。

 力関係は依然として大魔の圧倒的優位を保ち。

 しかしながら、聖なる槍の担い手、白き輝きのアイナノーアは毅然と訊ねる。

 

「痛みを知らなくちゃ、戦っちゃいけないの? 失った悲しみを背負っていなかったら、武器を取っちゃいけないの? 違うわよね」

「……」

「っていうか、幸せな人間がそうじゃない誰かに手を差し伸べなかったら、世界ってかなり悲惨だと思うんだけど」

「……汝」

「私は当たり前のコトをするだけよ? 誰かが困っていたら手を貸す。私が困った時には、同じように誰かに手を貸してもらう。そういう温っかい繰り返しで、人の世界は成り立っていくべきだもの」

 

 っていうか。

 

「元気溌剌で幸せいっぱいな可愛いアイナちゃんに助けてもらえた方が、助けられた方もハッピーで嬉しいと思うのよね。だから私は、自分の幸せを申し訳なくなんて思ったりしない」

 

 幸せ最高!

 

「みんなにもお裾分けしてあげるから、ありがたく受け取ってよねって胸を張るの」

「……その輝きが、陰に蹲るモノに痛みを与えるとしてもか?」

「日陰者なんてダサいレッテル自分に貼ってないで、いいからお日様の下に出てみなさいよ、って引っ張ってあげる」

木漏れ日(エルフ)め……!」

 

 聖槍の担い手に選ばれた者が、光属性でないはずがない。

 

「完全論破。聖槍の担い手、舐めないでよねッ!」

「死ぬが良いッ!」

 

 人喰い八脚馬(スレイプニール)が、貪る蝗龍(グラトロン)が、堕ちた大魔法使い(ゼオメイガス)が。

 気高く美しき輝きの姫君に、一斉に暴威を振るう。

 刹那。

 

巨いなる聖域(グランド・サンクチュアリ)──解放」

 

 〝白熱電動・光輝未来〟

 

「地を照らせ『中つ星の三叉槍(トライデント・エルノス)』……!」

「ぐあァッ!?」

 

 光が、爆発した。

 白い電光が、地に柱を作った。

 聖電に耐性を得ていたはずスレイプニールが弾け飛び、魔物ではないグラトロンすら翅翼と前肢を焼かれて苦鳴をあげる。

 咄嗟に蟲龍の背後に隠れたゼオメイガスさえも、同様に激痛に襲われた。

 否、同様以上か。

 

「グぬアァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”……ッ、コレ、は、まさ、か……!!??」

「そうよ。巨いなる聖域(グランド・サンクチュアリ)

 

 カルメンタリス教の聖具。

 秘宝匠の傑作にして、至高の値をつけられたモノだけが有する破魔の機能。

 アイナノーアに残されているのは、この切り札(カード)だけだ。

 だが、ゼオメイガスには疑問なはずだった。

 

「バカ、な……! 我が大魔法、は……ッ、たしかに耐性を……!」

「獲得していたでしょうね。さっきまでのトライデントなら」

「……!?」

 

 巨いなる聖域(グランド・サンクチュアリ)の本質はあくまで、破魔の結界でしかない。

 聖剣や聖槍に宿る通常機能(陽炎や白雷)は、巨いなる聖域(グランド・サンクチュアリ)から漏れ出たモノでしかなく。

 基本的に解放前後で変わるのは出力規模だけだ。

 

 同質の白雷に対し耐性を獲得するよう成長・進化させていたのに、正式解放ひとつだけで形勢が逆転するなど道理が通らなかった。

 

 が、それは所詮、魔物の知見である。

 

 世の中には何事も、例外が存在する。

 

中つ星の三叉槍(トライデント・エルノス)は、その名の通り私たちエルノス人を象徴するわ」

「……っ!」

「でね? エルノス人は言うまでもないでしょうけど、〈中枢渾天球(センタースフィア)〉の先住種族。遠い宇宙から見下ろした時、渾天儀世界の中心にあるのは私たちが暮らす真円の星」

 

 先史時代において、人類とはエルノス人だけを指した。

 

「まだ他に人類がいるなんて知らなかったから、しょうがないわよね? この槍を鍛えたのは、そういう旧世代の秘宝匠だったの」

「……っ、ガ、ギ!」

 

 ゼオメイガスはもはや存在否定の裁断に身を縛られ、マトモな言葉すら返す余裕が無くなっていた。

 魔法詠唱者の不調により、グラトロンもまた形を保てず消滅する。

 そんななか、エルフの姫は真っ白に輝く光の柱の中で、三叉槍の穂先を地に這い蹲る老魔へ向けた。

 

「……私もよく分かってないんだけど、()()はいずれ人類が辿り着く高度文明のシミュレーションなんですって」

 

 夜の闇を明るく照らし、遠い宙からさえ眩き光の在り処を示す。

 白熱の電動、光り輝く未来の理。

 神秘を殺す人類文明の大結界。

 

「毎度毎度シミュレーション結果は変わるから、私にも扱いが難しいんだけど……」

 

 聖具が有する破魔の本質だけは、変わらない。

 

「荷電、粒子砲……? って、貴方に言って分かる?」

「────!」

「いいわ。別に分からなくても、問題ないし! 武器頼りだろうと何だろうと、使える私が一番すごいのよ!」

「ま」

 

 アイナノーアは吹っ切れた思いで、撃ち放った。

 

 

 

 

────────────

tips:中つ星の三叉槍

 

 トライデント・エルノス。

 白雷聖姫、アイナノーア・エリンの得物。

 人類文明を守護するために与えられし巨いなる聖域は、白熱電動・光輝未来。

 いつの日か人類が築き上げるだろう電気文明から、魔を討ち滅ぼすに足る光をランダムでシミュレーションする。

 

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