ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#272「雄飛、鼓翼」

 

 

 ──そして同時刻。

 戦場は黒詩の魔女の〈領域〉にもあった。

 

 鳥籠の街、ケージ・シティ。

 

 たくさんのクロウタドリが、ピーチクパーチク元気に過ごしている街。

 が、すでにクロウタドリは一羽も残っていない。

 異界の主であるヴァシリーサが、すべてのクロウタドリを元の姿に戻し、怪奇屋敷・魔女王国(ミステリーハウス・クイーンダム)へ移動させてしまった。

 

 鳥の羽ばたきは聞こえない。

 歌うような鳥の声も。

 

 代わりにあるのは、耳を塞ぎたくなる異形の機械音。

 

 ギチギチ、ギチギチ。

 ガシャガシャ、ガシャガシャ。

 ジジジ、ジジジ、プシュー!

 

 大通りには巨大な門扉が開けられている。

 異界の最厄地、中枢。

 蒸気機械帝都(グレムリン・エンパイア)と直通した四角い鉄枠(スクエア・フレーム)

 奥から足を踏み入れるのは、青黴色の怪人類で構成された野蛮な軍勢と、心なき自律型蒸気機械兵器たち。

 

 エル・セーレンの王、ヴィクター・C・グレムリンの指揮のもとで。

 

 鉄と蒸気と呪いの異形は、魔女の下僕と戦っていた。

 

 “バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”

 “力自慢の人喰い婆さん”

 “悪い子捕まえて鍋でコトコト”

 “嫌な子捕まえて家禽絞め”

 “バーバ・ヤーガバーバ・ヤーガ”

 “喧嘩ばかりの双子の鬼婆”

 “仲が良いのはご馳走の前だけ”

 “大鉈振り翳して一緒に舌なめずり”

 

 “ジャバウォックジャバウォック”

 “首の長いハゲタカお化け”

 “火事の煙と毒の霧”

 “燻る火の舌狂った目玉”

 “ジャバウォックジャバウォック”

 “鉤爪ヌルヌル嘴ギラギラ”

 “両腕爛れ落ちて伽藍の翼”

 “二本足のクチバシお化け”

 

 “グレイマルキングレイマルキン”

 “灰をかぶったやんちゃな猫ちゃん”

 “すばしっこいから足跡だけ”

 “魔女のお使い何でもござれ”

 “グレイマルキングレイマルキン”

 “音も置き忘れてうっかり屋さん”

 “飼い慣らせるのは魔女だけなんだって”

 “優秀で忠実なブサイク猫ちゃん”

 

 迎撃するのは、童謡の三重奏。

 黒詩の魔女は二冊のフラグメントを使い、三人のヴァシリーサとなって詩を詠唱する。

 残酷童話の具現化。

 

「かわいそうな青黴人間、どれだけ束になっても無駄なんだから」

「バーバとヤーガ? 今日は特別、ご馳走のお祭り!」

「いっぱい食べていいから、いっぱい倒して──!」

「「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!!」」

 

 大鉈の乱切りが、青黴色の波を薙ぎ払う。

 宙に舞ったカリプトの何体かが、ヒョイっと摘み上げられて鬼婆の口に運ばれる。

 

「「うげぇぇッ! 何だいこれ! マズくって食べられやしないよ!!」」

「我慢しなさい!」

「許さないわ許さないわ」

「ヴィクターは破った!」

「超えちゃいけない一線、超えちゃった!」

「お友だちのための街なのに!」

「せっかく用意してあげた鳥籠(お家)なのに!」

「無粋なギロギロなんてサイテーよ!」

「ぜんぶぜんぶ、壊してあげるんだから……!」

「ジャバウォックッ!」

 

 主人の怒りに呼応するように、正体不明が毒炎を吐き散らす。

 命なきワポルマキナだろうとも、燻り狂える炎を浴びては腐食し溶けるだけ。

 ぐじゅぐじゅ、ぐじゅぐじゅ。

 一気に百機は産業廃棄物(スクラップ)に変えてみせた。

 

 だがヴィクターには届いていない。

 

 音速を超える怪猫、グレイマルキンの爪と牙でも。

 一際大きくて一際分厚くて、信じられないほど奇怪な姿をしたワポルマキナには、まったく攻撃が届かなかった。

 

 蜘蛛脚多脚なのは変わらない。

 

 しかしそのワポルマキナは、蜘蛛というよりかは蟹やヤドカリを思わせる下半身を持ち。

 前方に生えた二本の前肢には、凶悪なブレードを備えたハサミまで生やしていた。

 

 ではコンセプトは、甲殻類のキメラなのか? と思えば。

 

 上半身にあるのはカブトムシの頭を思わせる鋼鉄の戦艦。

 背部には禍々しく赤色に輝くハチのお腹のような袋状フォルムも。

 

 燃える石炭と、黒煙の蒸気。

 

 世界で一番大きい人工物と云えば、ヴァシリーサは西と北の海に架かる大陸間巨大石橋を連想するが、ひょっとしたらこれはあの橋にすら勝っているかもしれない異常な大きさ。

 あまりに巨大すぎるため、全容がまったく確認し切れない。

 

 そんな超巨大機構(ギガントマキナ)の内部に、ヴィクターは搭乗している。

 

 大気汚染(スモッグ)がモクモク、ケージ・シティに広がり始めた。

 いや、大気汚染(スモッグ)なはずはない。

 銀色の霧の呪的感染など、ヴァシリーサはエル・セーレンに迷い込んだ日から遮断している。

 ではこれは……

 

「っ、けほっ、けほっ! ……なに? これ」

 

 咳を抑えるため、口元に手のひらを被せた。

 そしてヴァシリーサは、フラグメントの分身も含めて同時に「え?」と困惑する。

 

 ──血が、ついていた。

 

 それどころか、カラダの震えや謎の寒気。

 熱のせり上がってくる忌まわしき感覚。

 胸が気持ち悪くなって、息が苦しくなって。

 頭痛と目眩と、吐き気さえもが。

 疾うの昔に克服したはずの恐怖を、再び蘇らせていく。

 ヴァシリーサは思わず分身を維持できず、地面に両手を着いて倒れてしまった。

 

「う、嘘よ……そんなハズ、ないわ……」

『ようやく毒が回り始めたか』

 

 戦慄する魔女に、ヴィクターの声が反応した。

 拡声された機械音声。

 パイプか何かを経由したような特有のくぐもり。

 帝都市長は超巨大ワポルマキナの内部から、冷淡に「さすが。長かったな」と感想を零す。

 

『黒詩の魔女。僕はキミにとても長いあいだ手を焼かされて来た』

「ヴィ、ヴィクター……?」

『けど、長かった付き合いもこれでおしまいだ。魔物の業ってヤツなんだろう? 聞いたよ、キミの死因。病死なんだってね』

「ヴィ、ク、ター……!」

『どうだい? 僕が造ったキミ専用の新しい毒は』

 

 魔物に効く薬や毒など、人が造り得るはずがない。

 そんな真っ当な指摘は、ことヴィクター・C・グレムリンに関してはナンセンスというもの。

 外からの来訪者、鯨飲濁流に従う大魔から得た情報。

 黒詩の魔女が元は病で死んだ少女だと聞いて、邪智の大賢は画策した。

 

『当たり前だけど、僕はニンゲンだからね。魔女であるキミと普通に戦えば、負けるのは僕だ』

「ぐ、ゲホッ! ゲホッ!」

『だから、用意させてもらったよ。と言っても、水銀蒸気に少し手を加えた程度のものだけど──』

 

 四千年生きた異界の王。

 もはやヴィクターを、尋常人と同じ存在に考えてはいけない。

 半機械化されたカラダを持とうとも、その肉体には自ずと神秘が宿る。

 

 ──呪いという名の、他者を穢す方向に特化した神秘が。

 

『効き目は充分みたいだ。それじゃあ、悪いが協力してくれ』

「ハァ、ハァ……悪い大人……私が、懲らしめなきゃ……!」

『ああ、そうだな。話が通じないのは分かってる。だからこっちも、一方的にやらせてもらう』

 

 まずはその四肢を拘束して邪魔な衣服を剥ぎ取り、魔性の肌を切り裂き肺腑を抉ろう。

 多少の欠損など非生物にとって大した問題にはなり得ない。

 要は霊核さえ無事なら大過は無いのだから、魔女の肉体、魂、精神の構造。

 

『何もかも丸裸にして解体して、僕のワポルマキナに組み込んでやる』

「ゥゥゥゥゥゥ……! ゥゥゥゥゥゥ……!」

 

 ギチギチ、ギチギチ。

 ガシャガシャ、ガシャガシャ。

 ジジジ、ジジジ、プシュー!

 

 エル・セーレンの王の号令を受けて、冷たい鋼鉄の操り人形が、ワラワラとヴァシリーサへ手を伸ばした。

 無垢な少女を無理やり暴き立てるかのように、それは不快な唾棄すべき凶行であり。

 因業に縛られる魔物(ヴァシリーサ)は、病毒に侵され抵抗できない。

 喉を鳴らして詩を歌おうにも、病で腫れた喉ではカスれた呻き声しか出せなかった。

 

 バーバ・ヤーガもジャバウォックもグレイマルキンも。

 

 自律した使い魔ではなく、あくまでヴァシリーサの魔法で動く下僕。

 魔力だって心もとない。

 朦朧とする意識、輪郭のボヤけ始める視界。

 エル・セーレンに迷い込んでしまった日から、ずっと。

 ヴァシリーサは危険な異界の数々から、〝お友だち〟を守るために〈領域〉を崩さなかった。

 

 エル・セーレンはヴィクターが、ギリギリ人間の枠で留まっているから、様々な異界を許容しているが。

 

 本来ならここは、古代西方大陸国と同等の〈大領域〉。

 五千年級の大魔であるヴァシリーサでも、自分の世界を広げ続けるのは多大な労苦を伴う。

 両腕を広げて絶えず迫り来る壁を押さえつけながら、常に突っ張り棒の仕事をこなしているようなものだ。

 子どもたちを守るため、今もまだ強固にクイーンダムを形作ってはいるが、そのせいでヴァシリーサの魔力は八割方制限されている状態だった。

 

 最初からアウェイなのである。エル・セーレンは。

 

 子どもたちに厳しいルールを課していたのも、子どもたちがヴァシリーサの手の届く範囲から出ていかないように──危険から遠ざけておくため設定したもの。

 

 生前の死因を知られ、因業の弱点まで突かれた現状……今この場で残された余力など、欠片もあるはずもない。

 

 当然である。

 

 黒詩の魔女の存在意義は、世界中にいるすべてのかわいそうな子どもを救うためにあるのだ。

 エル・セーレンにいた子どもたちを、どうして見捨てられる?

 邪魔者、除け者、要らない子。

 そんなひどいコト、言わないで欲しい。

 悪い大人、イジメっ子、危険な脅威に立ち向かえるのは、同じ痛みを識るヴァシリーサだけ。

 子どもたちのために全霊を尽くさないのなら、そんな御伽噺は暖炉に焚べられ薪になってしまえば良かった。

 

「イ、ヤ……はな、して……!!」

 

 機械の腕が、鋼鉄の手が。

 ヴァシリーサのカラダを暴力的に押さえつける。

 ギロギロとおぞましい光沢を、少女の真白の肌へ遠慮容赦なく食い込ませる。

 首根っこを鷲掴みにし、強引に言うことを聞かそうと、僅かに首も絞められた。

 もちろん、ヴァシリーサは力の限り暴れて何とか逃れようとするが、

 

『無駄だ』

「っ……ゥゥゥゥゥゥ……!」

 

 魔力と魔法の無い魔女など、如何ほどの脅威でもない。

 病毒に冒され、ロクな抵抗もできない華奢な少女の細腕では、どうするコトもできなかった。

 

「イ、ヤ……イ、ヤ……!」

 

 か細く小さな声で、精一杯の拒絶を訴える。

 が、ヴィクターのワポルマキナに心は無い。

 造物主の非道も鬼畜の所業にも、蒸気機械兵器たちは何も想わない。

 ヴァシリーサは涙が滲み、黒山羊の(まなこ)からポタリ──雫が垂れ落ちそうになる。

 

(このままじゃ、やられてしまうわ……このままじゃ、みんなまで傷つけられちゃう……!)

 

 しかし()()は、いつだって幼稚な夢のようには都合よく進まない。

 カラダの向きを仰向けに変えられ、四肢を拘束されたヴァシリーサの前に。

 奇怪な虫のアギトのような、怖気を誘う刃物(メス)が近づいていた。

 

「──ヒッ」

 

 瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『何だ……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴィクターの注意が、エル・セーレンの空に起きた三つの異変に引っ張られた。

 ヴァシリーサの目にも、それが映った。

 

 天を焦がす──『深紅の炎柱(レーギャルン)

 天を見下ろす──『神聖巨剣(ダモクレス)

 天を貫く──『白き雷霆の光(ブリューナク)

 

 同時に三つ。

 文字通りの天変地異が、最厄地の空を揺るがして……

 まるで呼応するように、もうひとつの異変もまた。

 

 ──ゴ、ゴゴゴ……

 

『……地震、か……? いや、でも、そんなはず……』

 

 ゴゴゴ、ゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ──ッッッッ!!!!!!!

 

『──っ!?』

 

 エル・セーレンが、揺れた。

 最厄地にある全異界の天と地が、恐怖に震えて泣き叫んだ。

 戦慄のシバリングが、天敵の到来を予感し震撼する。

 

 ヴァシリーサはふと、一羽の鳥が群れの中から飛び立つ様を幻想した。

 

 最初の一羽が翼を広げて空へ向かえば。

 残りの群れも一斉に。

 釣られるように同じ空に向かって、羽ばたき出す。

 

 そしてそれは、間違っていない直観だった。

 

 今この瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

事象(イベント)──地平線(ホライゾン)

 

 

 さあ、跪け小世界。

 

 

「──“闢くは黎明穹(アウローラ)夜明け前の群青(ブルーモーメント)”……ッッ!!!!」

 

 

 青色の群青光が、遥か地底下界より刃となりその(クビ)を断つ。

 

 

 

 

────────────

tips:業Ⅱ

 

 因業不滅。

 転変の魔に宿る生前からの宿業。

 生きていた時に成し得なかったコトは、死した後も成し得ない。

 魂に染み付いた死因の記録は、たとえ生まれ変わろうとも弱点として残り続ける。

 

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