ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#273「心無きブリキ」

 

 

 長い、夢を見ていた。

 とても長くて、重たい。

 目が覚めたとき、自然と涙が流れてしまっているような。

 そういう忘れられない夢を。

 

「──おはようございます。やっと、目を覚まされましたね?」

「……ああ」

 

 ヒビ割れた眠りの女神が、優しげな顔で呟く。

 起きた俺の頬をなぞって、心から安心した笑みを形作る。

 

「よかった」

「ごめん」

「ふふ……謝る必要はありません……もともとこの私は切れ端ですから、べつに痛くもありませんでしたよ……?」

「──それでも、ごめん。それと、ありがとう」

 

 謝罪と感謝を告げる。

 森羅斬伐は、最初から失くしてなんていなかった。

 俺はユミナの異界法則に囚われ、安楽の泥濘に沈んでしまっていただけ。

 自分から目蓋を閉じて、何もかもが見えなくなってしまっていた。

 

 目を開けば、この通り冴え冴えと(くら)()()が広がっていたのに。

 

 たとえ死んでいようとも、俺が森羅斬伐を手離すはずもなかったのに。

 

 第一級、神話世界『地底下界』

 

 切れ端(カットエンド)でも、とても危険で恐ろしい異界だった。

 危険で恐ろしくて、同時にとても優しい眠りの静寂。

 世界から排斥されたモノの終着点だなんて、ひどいと思う。

 ユミナは俺が起きれば、自分が殺されると分かっていたはずだった。

 なのに、地上のすべての安寧を想って、自らを犠牲にしたのだ。

 

(……ああ、そうだ)

 

 ベロニカ・レッドフィールドの燃え滾る戦場を見た。

 ケント・トバルカインの不退転を誓った戦場を見た。

 アイナノーア・エリンの最高に光り輝く戦場を見た。

 

 準英雄とされる彼女たちと彼が、あんなにも気高く人間の尊厳に満ち溢れているのに。

 

(どうして俺が──)

 

 ウトウト眠ってなんかいられる?

 胸は熱く、魂はこんなにも震えているだろう。

 総身を駆け巡る想いの総ては、神の権能に重く閉ざされていた目蓋を開けてくれた。

 

 おかげで今は──何をすべきかがとてもハッキリとしている。

 

 外の光が、ユミナを照らした。

 瓦解する天蓋、両断される正史の冥府。

 

「本当に、綺麗な()……少しだけ、惜しい気持ちもありますが……」

 

 名残惜しそうに、眉尻を下げるその刹那さえ。

 崩壊は止まらず、消滅も止まらない。

 世界破壊の斬撃を、最も至近で受けた代償がこれである。

 ユミナは死ぬ。

 それが分かっていて、俺に仲間の姿を見せてくれた。

 

「……ええ。ですが、負い目に想う必要はないのですよ? この私はあくまで、地底下界の切れ端(カットエンド・ボトム)の私……本当の私が死んだワケではありません」

「それでも、この恩は絶対に忘れない」

「……マジメなひと。いつかまたお会いできたら、その時は今度こそ抱き締めさせてくださいね……?」

 

 後は、よろしく……頼みます……

 

 ──そうして、地底下界の切れ端(カットエンド・ボトム)、眠りの女神ユミナは消え去る。

 

 全身全霊、本気の英雄奥義を喰らったのだ。

 同様に、エル・セーレンにある異界もすべて斬り裂かれている。

 まさに神謀。

 ユミナはどこまで、計算の内だったのだろう?

 地底下界の切れ端(カットエンド・ボトム)がエル・セーレンでは、偏在する性質を備えていたこともを利用し──

 

「……何もかも、ここまでお膳立てされるなんてな」

 

 古代の英雄に何かしらの想い入れがある様子だったから、きっと先人の姿をありがたくも重ねてくれたのかもしれない。

 死界の王の加護。

 これがもしエンディアの贈り物のおかげで結ばれた縁だったとしたら、本当に禍福は糾える縄のごとしだと思う。

 

「……じゃあ、戻るぜ、地上」

 

 名残惜しいのは俺だって同じだが。

 肩に伸し掛る重圧も、生きていればこそ。

 冥界下りは、帰還するまでがお約束の物語。

 異界の最厄地エル・セーレンからも、俺たちはちゃんと帰ってみせる。

 

「その前に」

 

 もちろん、つけるべき始末を済ませてから。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 そして、ヴァシリーサは目の当たりにした。

 

『何、だ……何なんだ、コレは……!? オマエは、いったい……!?』

「薄汚いクズが、この子に触れてんじゃねぇよ……」

 

 気がつけば喪服のような黒衣が、ヴァシリーサを優しく抱き上げている。

 片膝を着いて、右腕ひとつでヴァシリーサのカラダを抱えて。

 宙に空いた孔のような、幽かに闇に溶け込む重い外套を、羽織ったまま包み込むように被せてくれて。

 自由な左腕には、巨人もビックリな戦士の両刃斧を握る。

 

 小型のワポルマキナは、蹴散らされた。

 激しい怒りのままに、ヴィクターの蒸気機械は破壊された。

 

 というか、青色の何かものすごいモノが、その前にエル・セーレンを有り得ないくらいめちゃくちゃにもしていて。

 

「……ぇ?」

 

 ヴァシリーサは驚く。

 本当は他にも驚かなきゃないけないコトがあったけど。

 朦朧とした意識、クラクラした視界もあって。

 ひどく驚いてしまったから、その貌しか目に映らない。

 

 白い膚。

 白い骨。

 白い角。

 

 奇しくも、ヴァシリーサとは対照的な白髏の羚羊面。

 枝状の角は王冠のようで、昏い眼窩は死の顕れのようで。

 凍える冷たさも、漏れる瘴気も。

 とても正視に耐え得る恐怖姿ではない。

 

 なのに。

 

(どうしてか、怖いとは思えない──)

 

 ヴァシリーサを抱く腕が、布越しでもひやりと冷たい手の体温()で。

 まるでヴァシリーサを、とても大切な宝物のように扱っているからだろうか?

 

(……そんなはずないのに。絶対に有り得るはずないのにっ!)

 

「……お、お母、さん……?」

 

 涙が自ずと、溢れ出す。

 病に冒される苦しさやツラさとは別の理由で、眼が熱くなって息が苦しくなる。

 思い出さない。

 思い出しちゃいけない。

 これまでずっと、取り戻したらツラいだけだからと目を背け続けて来たのに。

 どうして、唇は震えるのだろう?

 どうして、遠いいつかが重なるのだろう?

 

 あたたかな抱擁が、ギュッと力を強めた。

 

「──もう大丈夫だ。キミを苦しめるモノは、全部やっつける」

 

 だからもう、安心していい。

 お母さんではない声が、お母さんみたいに聞こえた。

 

 ……そこに、ヴィクターが声を荒らげた。

 

『オイ……オイ……! ダメだ……ダメだ! ()()は僕のだッ! あともう少し、あともう少しでッ! 僕は彼女にもう一度──ッ!!』

「“白髏の夜、喪失の帳(レトゥス・アルバ)”」

 

 支配は一瞬。

 塗り替えられる異界の法則。

 万全、万端。

 これこそが本来の暗黒の御伽噺(ダークグリム・フェアリーテイル)とでも言うように。

 大きく綻びを刻まれたエル・セーレンの大部分を、白嶺の魔女が乗っ取り奪う。

 北限の山嶺と見紛いかねない凍死者の総軍が、吹雪きと共にヴィクターの軍を凍りつかせる。

 

『──僕の、カリプトとワポルマキナを!?』

「よぉ、ブリキの王。オマエ、自分がどれだけ怨まれてるか知ってるかよ」

『! 単純な大魔法だけじゃない……空いた支配権を利用した……さっきの光、まさかその斧……〈崩落轟〉の──!』

「視えても無視か。どこまでも欠けた男なんだな」

 

 ならいい。

 そのままそこで、鋼の玉座に座ったまま永遠に頭の歯車を回していろ、と。

 お母さんみたいな謎の誰かは、ヴァシリーサを庇ったまま一歩も動かずヴィクターを圧倒する。

 

「たったひとりで四千年間、こんなバカみたいな物を造り続けられたオマエは、たしかに偉人だった」

『──そうかッ! 人と魔の融合じゃない。それは存在の簒奪……! ありえない存在がありえる矛盾は、すなわち世界が改変された事実を意味して……!』

「一目見ただけで俺を見抜くその炯眼も、マジでスゲェと思うよ」

『エル・ヌメノスの尼僧の遺体を、取り返しに来たんだな──!』

「ああ。でもな、俺がオマエを殺すのは彼女の躰を狙われたからじゃない」

『狭量な女神(カルメンタ)といいッ、世界神の係累といい……どいつもこいつも、どこまで僕の邪魔を……ッ!』

 

 あ、あぶない……!

 ヴァシリーサは声を上げて、謎の黒衣に注意を促そうとした。

 ヴィクターの乗っている超巨大ワポルマキナが、凍った脚部を内燃蒸気で溶かして制御を取り戻し、中央の主砲(カブトヅノ)を勢い良くヴァシリーサたちに向けたからである。

 

 通常のワポルマキナでさえ、魔改造された古代兵器を搭載しているのだ。

 

 大陸間巨大石橋を連想させるヴィクターの搭乗機に、その見掛けに合った神魔を穢す巨大機構が備わっていないはずがない。

 白髏と黒衣の誰かも、正面から主砲を見据えて悟った様子だった。

 

「燃料気化爆弾──いや、スチームパンクなら水蒸気爆発弾でも撃つつもりかな。いいのか? 俺もこの子も、まとめて吹き飛ぶぞ」

『殺せる気がしない……だから殺す!』

「……賢すぎるのも問題だな。何もかも一瞬で分かっちまうから、狂うのも一瞬か。オマエと同じ世界で生きていける人間が、この世界にはいない」

 

 それを哀れだとは思うが、他者との違いを自覚しながら、歩調を緩めようとせず延々突っ走り続けたオマエにも問題はあった。

 

 声は冷徹に、酌量の余地を認めず弾劾する。

 

「物事を見る目が、他者と違いすぎる孤独。一を聞いて十を知る誰かがいても、その傍らで千や万を理解しているのがオマエだ。

 頭の内側がそんだけ他者と乖離しちまってるなら、そりゃたしかに周囲の誰も、〝自分と同じ世界で生きている人間〟、とは思えなくなるんだろうよ」

 

 だが、

 

「だけどな。オマエは他人に共感できないんじゃない。他人に共感しなかっただけだ」

 

 傲慢。

 結局のところ、ヴィクター・カリプト・グレムリンの罪はその二文字に集約される。

 怒りと殺意は、天と地にパキリポキリ。

 おぞましくおびただしい白色の腕を、凍雲や積雪から呼び起こす。

 喪失したモノの嘆きと呪いを、世界で一番の慮外者に思い知らせるように。

 

「妖精の友だちがいたのに、殺した? ふざけんなよ」

 

 恐ろしい魔女であるはずのヴァシリーサを、一向に離そうとはせず。

 

 魔女の霊威()を纏った誰かは、愛を謳った。

 

「人ならざるモノから、好意や親愛を向けられていながら。その絆を裏切り、あまつさえ無垢な子どもにさえ手を掛けようとする。オマエは切り捨ててしまった物の価値に、何も気づいちゃいない」

 

 そんな男が、人外への恋を謳うだと?

 

「独り善がり過ぎて、気持ち悪いんだよ。その汚い手でこの子に、二度と触るんじゃねぇ……!」

『死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ──!!!!』

 

 主砲が、赤と銀の呪毒を集めて殺意を発射した。

 滅びゆくエル・セーレンに、束の間、人間の肺腑中にある酸素すら吸い上げて燃やす広域爆発が、広がりかけ。

 しかし。

 

黒色の絶対王権(アートルム・レガリア)

『……!!』

 

 そのすべては、片っ端から〝捕食の風〟に掻き消された。

 魔力喰らいの黒王秘紋。

 実に四千年の第五元素たる霊的真髄(クィンタ・エッセンティア)を奪い尽くす。

 

 目に見える神性など、わざわざ捉える必要は無い。

 

 ()()はいつだって、そこに遍いていると。

 異界の最厄地、エル・セーレンの王。

 並びに、完璧な被造物を企図して建造された未だ銘も無きワポルマキナ。

 

 ともに心無き二つのブリキを、塵も残さず咀嚼し呑み込む。

 

 消えゆく彼らの最後の姿は。

 

「僕、は──ただ彼女、に──」

 

 銀色の霧が現世から、様々なモノを吸い込んで来たのと同じように。

 これまでの悪行へ、静かに報いを与えたのだった。

 

 

 

 

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tips:魔人化

 

 魔女化と闇人化の同時形態。

 

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