ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
明くる日の話をしよう。
まずエル・セーレンは完全に崩壊した。
・森羅斬伐による世界破壊。
・異界の主だったヴィクター・C・グレムリンの死亡。
主にこの二点が決定的になり、異界の最厄地は完全に消えて無くなった。
それに伴い、エル・セーレンにあった他の異界も、大半が道連れの形で消滅。
地上に放り出されて形を残したのは、わずかな〈領域〉の残骸だけになった。
本来、森羅斬伐は一度に一個の〝世界〟を対象にする。
しかし、ユミナのおかげで目を覚ました俺は、覚醒と同時に全力で、何の手加減もなくカットエンド・ボトムから英雄奥義を使用した。
結果、異界の最厄地に存在した
──恐らく、斬撃王ヨキですら過去に成し得たためしの無い〝大量世界破壊〟が起こった。
地底下界の切れ端がエル・セーレンを貫通し、どの異界にも偏在していた理由。
それは地底下界が、〝世界から排斥された異界〟と似た性質を備えていたからだろう。
地上での役目を終えたモノが、最後に行き着く終着点。
忘れ去られたモノ、帰る場所を失ったモノ、捨てられて棄却されて、意味を取り戻せなくなってしまったモノ。
ユミナは優しくそれらを抱き締める。
どうして
救うべきを救い、守るべきを守り。
黒詩の魔女、ヴァシリーサ。
あの子もちゃんと、助けられた。
「まさか〝親切なヴァシリーサ嬢〟が、暗黒の御伽噺だったとはな」
「刻印騎士団としては、どういう態度を取るんだ?」
「フン。結果論でしかないが、黒詩はそのヴィクターとかいうクズから遺体を守っていたんだろう?」
だったら、それは間接的に我々の世界を守っていたのと同義だ。
ベロニカは紫煙をスパスパしながら、意外な反応だった。
渾天儀暦6028年12月12日。
銀色の霧が消えたクレーターの真ん中。
烈火の女騎士は、微かに黄金の縁取りを残した
傷ひとつ無い黄金像の傍ら。
地に剣を突き刺し、片膝立ちの姿勢で固まる──すでに事切れた襤褸騎士の姿をしばらく見守っていた。
黄金の邪神に呪われた
異界の内部でなら寿命を超えて生きられた人間も、現世に戻れば現世のルールに。
襤褸騎士カリオンは、呪業によって触手の怪物に変貌していたけれど。
怪物は生き物。
魔物と違い、寿命は存在する。
騎士の鎧の内側には、もはや誉れ高き男の痕跡は何も無い。
ベロニカの心中は、察して余りあった。
とはいえ。
「……なんか、ずいぶん優しいリアクションだな?」
「あ?」
「俺はてっきり、もっとキツい態度が返ってくるかと」
「なんだ。英雄サマはそういう言葉が欲しいのか?」
「いやべつに、そういうワケじゃないが……」
「喜べ。だったら言ってやる。オマエのせいで、敵は逃げた」
「……そうだな」
「チッ……規格外のバケモノめ。オマエのアレを目にすれば、黒詩の魔女などカワイイものだ」
ベロニカ・レッドフィールドは、やはり変わらない。
人界に仇なす悪しき魔物を絶滅する。
鋼の誓いに身を捧げる騎士は、ヴァシリーサよりも俺や敵の方に怒りを燃やしていた。
こればかりは俺も、甘んじて受け入れるしかない。
黄衣の女怪。
外道鍛冶。
堕ちた大魔法使い。
俺たちよりも先んじて、エル・セーレンに足を踏み入れていた三体の大魔。
古代エリヌッナデルクの時代から、あの
ヤツらはそれぞれ、三人の英雄の手で追い詰められて、上手くいけば完全消滅にも追い込めた。
けれど。
(森羅斬伐がエル・セーレンを斬り裂いたとき、ヤツらはその隙を突いて逃げ出した)
ベロニカの刻印魔法は、運悪く斬撃の通り道にあった。
魔法は瞬断されてしまい、黄衣の女怪は磔から脱出。
しかも、同時に出現した俺/白嶺の魔女の気配に気がつくと、脇目も振らずに逃亡したらしい。
亀裂の隙間から『外』に飛び出て、後は異界の門扉でどこへやら。
因縁浅からぬ敵をみすみす逃したとあって、ベロニカの俺への怒りは以前にも増して深く烈しくなっている。
俺の一撃も一応、黄衣の女怪の頭に生えていた触手を何本か斬り落としたらしいのだが、そんなものトドメになりえるはずもない。
フェリシアの故郷を滅ぼした敵だ。
俺もこの点に関しては、口惜しい気持ちでいっぱいだった。
「でも、黄衣の女怪にも当然、大魔法があったはずです」
「ケント」
「僕が相手をした外道鍛冶もそうですけど、仮にあのまま何事もなく戦闘が続いていたとして。ヤツらを上回れたのは、あの場あの瞬間のごく限られた時間だけだった気がします」
そういう意味では、僕は逆に群青卿に命を助けられた形です、と。
左腕を失い、隻腕となったケントは俺に頭を下げた。
「ありがとうございます、群青卿。未熟な僕では、正直『トバルカインの剣城』を出しても勝てたかどうかは怪しいものでした」
「いや、謙遜なんかするなよ。俺には結構、優勢に見えてたぜ?」
「ははは。見られていたなんて、本当にお恥ずかしい限りですが……あの時の威勢はほとんどハッタリです」
ケントは頬を掻いて、残った右腕を見下ろす。
護剣士の誇りに懸け、不退転の覚悟で降ろした神聖な決闘場。
あれは一対一で、どんなモノにも剣での果たし合いを強制する強力な異界だった。
外道鍛冶に百の霊核ストックがあったとしても、剣神に祝福されたケントなら必ず勝機はあっただろう。
ただ、それを当の本人は
「剣か死か。本来ならアイツか僕か、どちらかが倒れなければ外には出られません。双剣使いが片腕を失ったんです。負けていたのは僕でした」
だから、ありがとうございますと。
俺が森羅斬伐を使ったおかげで、ケントは命拾いしたのだと。
敵もたしかに逃げたかもしれないが、こちらも無念の敗北を避けられた。
護剣の誇りを背負う孤独な
だから仕方がない。
「……日輪剣は返すよ」
「え?」
「実はもう折れてるんだけど、三割くらいは形も残ってる」
「……え?」
「俺もオマエのおかげで、助けられたからな。壊れてて申し訳ないけど、それでも良ければ受け取ってくれ」
「え──あ……は、はいっ! ありがとうございます!」
借りは返さなくちゃいけない。
今のケントになら、返しても良かった。
素直にそう思えたのもあって、俺は約束を交わしたのだった。
ケントの変化を感じたのは、アイナノーアも同じらしく。
「ふーん。なんか少し、背大きくなった?」
「プリンセス・アイナノーア」
「アイナでいいわよ」
「……本当に?」
「ま、私ほどじゃないにしても。実力はたしかみたいだものね」
認めてあげる。
エリンのお転婆姫は、そう言ってケントと仲直りしていた。
やや鼻につく言葉の投げかけ方だったが、実際、アイナノーアの戦績はそれだけ凄い。
ゼオメイガス、スレイプニール、グラトロン。
たったひとりで、ドラゴンを含む脅威にほとんど打ち勝っていたのだ。
光属性陽キャのスーパーパワー、恐るべし。
ケントは敵の奥の手を示唆して、自分たちの勝利は怪しかったと判断しているが、ことアイナノーアに関しては俺は完全勝利だったと思っている。
(どんな奥の手も、使わせる前に殺しちまえば意味は無いからな……)
聖槍の担い手には、それが可能だった。
アレクサンドロの日輪剣も凄かったが、トライデントの
(まさか電気文明の先取りとは……)
ガチャ運に左右されるムラっ気はあるにしても、聖なる荷電粒子砲とかヤバすぎる。
大した三叉槍で、大した担い手だ。
アイナノーアがゼオメイガスを抑えてくれていなければ、ヴィクターの軍隊にはカリプトとワポルマキナだけじゃなくドラゴンまで追加されていた可能性もある。
さしもの黒詩の魔女でも多勢に無勢が過ぎて、さらなるピンチに陥っていたはずだ。俺も間に合わなかったかもしれない。
なのでそういう意味では、
「姫殿下は今回、俺たちのなかで一番の功労者かもしれませんね」
「フフン。それほどでもあるわ! ……でも、エル・セーレンで何が起きてたのかとか、私ぜんぜん分かってなかったのよねー」
皆、いろいろと最厄地の核心に迫るなか。
アイナノーアだけは、ただワポルマキナを破壊しまくり、ゼオメイガスと戦っていただけだった。
本人はそこを、申し訳なく思っているらしい。
「まぁ、ひとりだけずっと息吐く間もなく連戦&連戦だったんですから、気にする必要はまったく無いと思いますけど」
「そうだな。むしろプリンセスは、その異常なスタミナを褒め称えられるべきだ」
「俺も運が良かっただけで、自分の力でエル・セーレンの情報を全部把握できたワケじゃないからなぁ……」
「そ、そう?」
今回の遠征は、俺たちの誰かひとりでも欠けていたなら、失敗に終わっていただろう。
エル・セーレンはバカみたいに広かったし、それぞれがそれぞれ、自分に出来るコトを真剣にこなした。
その結果が、点と点を繋ぎ合わせて最厄地の全容を浮き彫りにし、最後に何が必要なのかを導き出してくれたのだ。
巨帯を構成する十二の都市が、かつて呪いの感染を避けられないほど強固な連結を誇ったように。
俺たち全員、誰ひとりとして別の道に向かうコトなく、居場所はバラバラになっていても同じ方向を目指して進んでいた。
苦境に追い詰められても、誰ひとりとして決して諦めなかった。
諦めるという選択肢自体が、最初から存在していなかった。
英雄である。
(スヤスヤしちまった俺が、一番情けないくらいだぜ……)
たとえユミナの権能には、秘紋も逆らえなかったとしても。
忸怩たる思いは避けられない。
少し凹む。
(森羅斬伐の継承者だからといって、何でもかんでもどうにかできるワケじゃないってコトだな……)
例外は常に存在する。
今回の件は、俺にもありがたい教訓を刻んでくれた。
自戒しよう。
そして、新たな誓いもこの胸に刻み込もう。
予想していた通り、ヤツらは秘文字の奇蹟を狙い出した。
(いや、すでにひとつは利用された)
堕ちた大魔法使いの復活と転変。
過去アムニブス・イラ・グラディウスに滅ぼされたはずの大魔を、再び現世に呼び戻した理由。
ヤツらは絶対に、そのつもりだ。
今の世界、現在の人界に対して、真っ向から唾を吐きかけるつもりだ。
そうでなければ、ゼオメイガスを選んだ理由が無い。
当代最強、刻印騎士団長。
海をも超えて人気を博す人界の守護者。
グラディウス翁に因縁ある魔物を復活させたのは、どう考えても喧嘩を売るため。
もしかしなくても、あのクソ野郎は考えているのだろう。
──再戦。
すなわち、エリヌッナデルクのやり直しを。
秩序律と混沌渦、二つの勢力に別れて争い合った古代の大戦を。
灑掃機構の横槍さえなければ、本当なら勝っていたのは自分たちだと。
俺の祖先、メラク・アダマス・セプテントリアを殺して、気持ち良く呑み込むはずだった勝利の美酒を取り立てるために。
トライミッド連合王国が睨んでいた通り、不気味な沈黙は嵐の前の静けさに過ぎなかった。
ヤツらは水面下で、大きく動き出している。
そして今回の接触で、向こうもこちらの存在に気がついた。
特に外道鍛冶は、正確にその脅威を語るだろう。
ケント曰く、単眼の大魔は去り際、尋常じゃない狂を発して叫んでいたそうだ。
──あアァ、ああァァァッ!? なんだその
森羅斬伐が斧だと、アイツは見抜いている。
堕ちた大魔法使いの見識もあれば、ほぼ高確率で来歴も暴かれるに違いない。
その分析と推測が、より正しい確度で鯨飲濁流の耳に入るのを俺は期待する。
ヤツの頸を落とすその時まで、せいぜい怯えた時間を過ごしてもらいたいからだ。
差し当ってはケントの治療や俺たちの休息もあるため、すぐにどうこうって話にはならないけども。
互いの存在感が、これでようやく同じ大きさにまで膨らんだはずだ。
復讐の時は近づいている。
願わくばそれが、決着の時でもあるのを今は祈るばかり。
第八の原棲魔、有角神グラマティカについても同じだ。
(ネルネザゴーンには純魔もいるらしいからな)
鯨飲濁流と有角神が、同じ場所にいるなら一石二鳥。
ベアトリクスとヴァシリーサのためにも、あの腐れ畜生は必ず殺す。
余裕綽々な薄ら笑いを、絶対に歪めてやるとも。
……さて、それはそれとして。
「ねえ。ところで、あの子どうするの?」
「あの子、というより、あの子たちだが……」
「遺体は今も隠されたままなんですよね? だったら……」
「ああ、分かってる」
三人に言われるまでもなく、残った課題は片付けなくちゃいけない。
敵は去った。
エル・セーレンからも脱出できた。
でも最後に、そもそもの目的であった遺体の回収が達成できていない。
クレーターの中央には、俺たちだけでなく他にも
大抵はよく分からない謎の異界の残骸だし、こんなのもエル・セーレンにはいたんだ、ってな初顔だけど。
じーーーーーーーーー。
彼女の視線は、ずっと俺を捉えている。
たくさんの子どもと、恐るべき童謡を背後に。
ヴィクターが死んで、ヤツが造った毒病も消えたから。
黒詩の魔女ヴァシリーサ。
真に自由を取り戻した暗黒の御伽噺の『黒』
彼女と俺は、話をしないといけない。
(……いや)
お互いに、話をしたいと望んでいた。
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tips:エル・セーレンⅡ
世界を穢す呪いの異界は崩壊した。
完全な崩壊には、一日の時間がかかった。
跡にはただ、夢の名残り。