ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#278「幕間6 ウェスタルシア王国へ」

 

 

 結論から言うと、言葉は通じなかった。

 しかし、ウェスタルシア王国からやって来た出迎え人のおかげで、通訳を介した会話は可能になった。

 

「こちらのネフィリムさんは、ティールって名前だそうでさぁ。カモハネのティールってのが通り名だそうで、そう名乗ってらっしゃいますねぇ」

「カモハネ……まんま鴨羽ってことか」

「ええ、ええ。どうもそうみたいで。あ、そっちの別嬪さんふたりですが、半龍さんのほうがアルステラ・レイディバグ、アルバエルフさんのほうがダスク・グウェンドリンって名前だそうでさぁ。いや〜、雅な名前で!」

「アルステラ・レイディバグ、ダスク・グウェンドリン……いや、助かりました。サー・レイドン」

「ええ? いやいやっ! サーはよしてくだせぇ! あっしは騎士と名乗るのも烏滸がましい田舎モンなもんで、この道中ではただの案内人兼通訳だとでも思ってくだされば、ええ、ええ! 幸いでございやす」

 

 すでにクレーターを出発して、小一時間ほど経過した頃合いだった。

 ウェスタルシア王国から派遣されたという出迎え人は、このあたりが辺境だからだろうか。

 如何にも田舎者っぽい口調で、西方訛りもだいぶ激しかった。

 だが、ただの田舎騎士ではないようで、俺ですらチンプンカンプンだった三種族の古代言語を、パッと聞いただけでペラペラ流暢に話せるスゴい能力を持っていた。

 

 日に焼けた肌、そばかすだらけの垢抜けない顔、縮れた赤毛に、赤茶けて使い古された革鎧、やや出っ張った前歯。

 

 他人の風体についてとやかく言うのは失礼極まるけれど、あまり冴えた見た目ではないので、ギャップもあって最初はかなり驚かされた。

 けれど、腰に差してある逆手剣(珍しい……)と、左手に嵌められた三つの指輪。

 武器と装身具だけは外見に似合わずとても上等そうに見えるので、実家は裕福だったのかもしれない。

 過去形で推測しているのは、それ以外の装束がだいぶ安物臭かったからだ。裕福な生まれだったなら、教養に富んでいるのにも頷ける。

 

(それにレイドン、って名前も)

 

 なんだか「おいどん」みたいに聞こえて、田舎モノ臭さに拍車をかけているよな。失礼なので絶対に口には出さないが。

 ウェスタルシア王国からの出迎え人が、幸いにも博学な知識人で助かった。

 

 時刻は夜。

 

 ヴァシリーサは眠り、右肩の上でスヤスヤしている。

 子どもたちはケージ・シティの中だ。

 サー・レイドンがやって来たのは日没から少ししてからだったので、子どもは眠る時間。

 今日はいろいろあったし、ヴァシリーサも疲れていたんだろう。

 夜の草原を歩いているのは、サー・レイドンに案内されてテクテク歩く大人が六人だ。

 

 俺、アイナノーア、アルステラ、グウェンドリン、ティール、ケント。

 

 ケントは殿(しんがり)をやっている。

 ぶっちゃけネフィリムと半龍がいるおかげで、獰猛な野生動物や危険度の低い怪物などは、一切こちらに近づいて来ないのだが、片腕を失ったケントは足手纏い扱いを嫌って自ら殿役を引き受けた。

 

 ──サー・レイゴ……失礼! レイドン殿がいれば道案内は問題ないです! 僕は後ろで、ヘンなのが寄ってこないか見張りでもしてます!

 

 夜は魔物の時間だ。

 西方大陸では夜道を歩いていると、不意にナニかにストーキングされるような怪談も珍しくないらしい。

 きっと日本の妖怪、べとべとさんに似た魔物だろう。

 殿も見張りも、俺がいるんだから死霊に任せればいいとは思ったんだけど、ケントの気持ちを慮って好きにさせることにした。

 

 ところで、なぜティール、アルステラ、グウェンドリンが俺たちについて来ているのかと云うと、

 

「ねえ、レイドンさん?」

「へい?」

「彼女たちの名前は分かったけど、どうして彼女たちは私たちについてくるの?」

「へい。どうやらお三方とも、ダークエルフの旦那に恩返しをしたいそうでさぁ」

「恩返し?」

「んー、あっしにもイマイチよく分かりやせんが、女神様のお告げがあったとかなんとか、おっしゃってますねぇ」

「へー。信心深いタイプなのね、三人とも」

 

 アイナノーアが聞いてくれたおかげで、どうもそういう理由だと判明している。

 詳細はまだ分からないものの、ユミナがなにか言い残して三人を解放したようだ。

 だけどもしかすると、三人は勘違いしているのかもしれない。

 何故なら、この三人から返されるような恩に俺はとんと覚えが無いからだ。

 

「お告げうんぬんはともかく、恩返しってどういうことだ……?」

「まーまー、いーじゃない! もらえるものはもらっておきなさいよ!」

「姫殿下はいつも気楽ですね。羨ましいです」

「思わず敬語に戻っちゃうほど引いてるの……?」

 

 アイナでいいって言ってるじゃない! もー!

 夜だというのに、エリンのお姫様は昼間のようにうるさい。

 この場には他国の人間もいて、言葉の通じない古代種族までいるのに、自分がどう思われるか関心がないのだろうか。

 いや違うな。きっと自分に自信がありすぎて、他人に悪く思われているなんて露ほども思っちゃいないのだろう。幸せな幼少期だったんだろうな……

 

「ま、悪そうな感じはしないから、構わないっちゃ構わないんだけども」

「でしょ!? 私もそう思って言ったのよ!」

「ハッハッハ、元気なお姫さんですねぇ」

「レイドンさん。ウェスタルシアには、古代言語に明るい知識人が他にも多勢?」

「へ? ……いや〜、どうですかねぇ? あっしは特にそういう話は聞いたことがありませんで」

「……そうですか。じゃあやっぱり、連合王国に人材探ししてもらうしかないかぁ」

「えー? 古代言語って言っても、三種族分でしょ? エルダースに要請したほうが早いと思うけど」

「エルダースなぁ。フェリシアとテレジアの伝手でイケるかなぁ」

 

 ネフィリムのティール、半龍のアルステラ、アルバエルフのグウェンドリン。

 三人をララヤレルンに招待するのは問題ないが、会話によるコミュニケーションが不便なままなのは困る。

 

「ちなみに、レイドンさん」

「へい?」

北方大陸(グランシャリオ)に興味とかあります?」

「ブフッ!」

「「?」」

 

 後ろでケントが、咽せたように水筒の水を吹いていた。

 やっぱ片手だし、傾けるときの水加減とかまだ難しいんだろうな。

 アイナノーアが「なにやってるのかしら」と不思議そうに首を傾げる。

 サー・レイドンもチラリと後ろを振り返るが、すぐに前を向いて後頭部を掻いた。

 

「いや〜、申し訳ねぇんですが、あっしはこれでも愛国者でして」

「あ、そうですか。いえ、もちろん無理にとは言いませんよ」

「そうですかい? いや〜、すいやせん!」

「そう恐縮しなくても大丈夫よ、レイドンさん。北ってホントに寒いから! 来たくなくても仕方ないわ!」

「ほーん。南部人のくせにそういうこと言うのか」

「うわ出た! たしかにうちは南部ですけどねっ、同じ北方大陸人(セプテントリオン)なんだから北部マウント取らないでくれますぅ!?」

 

 プンプン!

 俺が北方特有の揶揄(からかい)を挟むと、アイナノーアがこれまたお決まりのリアクションを返してくれた。

 サー・レイドンは少し目を丸くしたが、

 

「……いつか、暇ができたら行ってみたいですねぇ」

「あら、ホント? だったら、北部はやめておいたほうがいいわ! 来るなら南部ね!」

「ま、命にかかわりますからね。もし来るなら、実際南部がオススメですよ」

「え、あれっ? そこは南部マウントやめろって流れじゃない……?」

「北部は地獄」

「──有識者は語るわ!」

「アッハッハッハッ! おもしろい人たちでさぁ!」

 

 俺たちのやり取りに、大口を開けて笑った。

 その笑い声には、どこか哀愁じみたものも宿っているように俺は思った。

 分からない。気のせいかもしれない。

 

「はぁ〜、笑った笑った。久しぶりにこんなに笑いやした」

「そんなにおもしろかったですか? 俺たちのやりとり」

「ええ、ええ。ですが旦那、北部は地獄とおっしゃられましたが、西部にも地獄はあるんですぜ?」

「それってもしかして、例の神話世界のこと?」

「ええ! ええ! 我らがウェスタルシアに来てロスランカリーヴァを見ていかないのは、もったいない! 腕利きの兄さん姉さんがたなら、なおのこと!」

 

 というワケで。

 

「長らく歩かせてしまって申し訳ねがったです。ですがようやっと、着きましたで」

「着いたって、どこ……に……」

「──これか」

「へい。我らがウェスタルシアには、神話世界『ロスランカリーヴァ』に繋がる異界の門扉が、今なおこの通りたっくさんありますんで」

 

 王都までのショートカットがてら、いっちょ体験して行ってくだせぇな。

 その言葉と同時に、夜の草原に月光を浴びて朽ちかけた異界の門扉が浮かび上がる。

 

「西と北、どっちの地獄がより地獄なのか……感想をぜひ聞かせてくだせぇ」

「「なるほど」」

 

 時間は三時間もかからないと言われて夜に出発したが、まさかこういうオチが待っていたなんてな。

 てっきり途中で、ドラゴンに迎えに来てもらえるのかと思っていたのに。

 ベロニカは正解だったかもしれない。

 

「姫殿下。よかったですね」

「え?」

「観光。できそうですよ」

「……なにが?」

 

 アイナノーアは珍しく、本当に珍しく、静かにマジレスだった。

 

 

 

────────────

tips:サー・レイドン

 

 ウェスタルシア王国の騎士。

 田舎者まるだしの風体をしているが、腰に差した逆手剣と左手の指輪だけ、外見には不釣り合いな質をうかがわせる。

 

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