ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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第3部 宣戦編
#281「新たなる日常」


 

 

 一ヶ月が経った。

 西方大陸(ゾディアス)から北方大陸(グランシャリオ)に帰ってきて、いろいろとバタバタしていた日々も段々と収束に向かっていく。

 

「え、最厄地をまるまるひとつ破壊した?」

「さすが群青卿」

「え、あの暗黒の御伽噺(ダークグリム・フェアリーテイル)、黒詩の魔女を使い魔にした?」

「さすが群青卿」

「え、三万人以上の子どもたちを受け入れられる体制作りに協力して欲しい?」

「さすが群青卿」

 

 トーリー王とザディア宰相のリアクション。

 なんだかこの頃、あのふたりは俺に対し思考を停止し、「とりあえず、さすが群青卿って言っておけばいいでしょ!」と、そんなふうに思っているような気がする。

 特にトーリー王。

 ザディア宰相は額に浮かんだ汗をハンカチで拭きながら、まだ真っ当な反応をするのに、トーリー王はもう完全に他人事だ。

 

「陛下。ふざけてませんかな?」

「まさか。ボクはただ臣下の能力を信じているだけだよ。──だからザディア、よろしく」

「また丸投げではありませんか!」

「ハッハッハ! 王命であ〜る」

「チクショー!」

「仲が良いですなぁ」

 

 玉座でふんぞりかえる青年と、青年に対して膝を曲げて両拳を握りしめ、渾身の悪態を披露するオッサン。

 トライミッド連合王国、ロア(王都)での一幕。

 カプリの感想には、俺も全面的に同意しておくけども。

 ゼノギアのお父さんって、家庭内だけじゃなくて職場でも苦労人だったんだ、って同情した。

 もちろん、俺が同情しても「誰のせいで?」案件なだけだと思うので、その場では苦笑しかできなかったんだけども。

 

 ともあれ。

 

 いったんそんなこんなで、あれから一ヶ月が経った。

 

 ──渾天儀暦6028年1月10日 常秋の超大陸から常冬の超大陸

 

 ララヤレルンでは、新たな日常を迎えている。

 

 

 

 

「メラン殿。『蒸気加速核(スチームアクセルコア)』と『銀氷蜜蜂(ビーター)』の量産計画ならびに『蒸気熱集配巣(スチームハイブ)』の敷設計画ですが、人足協会・商工会との合意は得られました。明日より順次、進められそうです」

「お、そっか」

「これで少しは、過ごしやすい冬になりますな?」

「第一基ができあがるのが二ヶ月後だろ? それぞれのサブ基も含めて第八基まで考えたら、本格的に過ごしやすくなるのは来年じゃないか?」

「それでも、メラン殿の死霊を単純労働力として動員し、監督・指示役にプロの人足を動員できるのですから、恐るべきスピードと言えましょう」

 

 ララヤの城館(シュロス)、領主の執務室で。

 俺とカプリは、暖炉の火に手を翳しながら会話をしていた。

 ぬくぬく、ぬくぬく。

 日課である朝の薪割りが終わって、かじかんだ手が温まっていくのが気持ちいい。

 隣をチラッと見れば、俺が不在の間に領主代行として贅沢な暮らしを満喫していたのか、毛ツヤの増した羊頭人(シーピリアン)がかなり上等な毛布に見えてくる。

 いや、滑らかなタオルだろうか?

 

「しっかし、よく合意を取って来れたな? 死霊と一緒に仕事なんて、絶対断られると思ってたのに」

「無論、はじめは断られましたぞ?」

「あ、やっぱり?」

「ええ。ですがまぁ、そこは口八丁手八丁。ワタクシの得意分野というのもありますし、何より彼らも慣れてきた頃合いでしたからな」

「慣れ?」

「ララヤレルンの常識に。あるいはメラン殿の力に」

「えー? ほんとかー?」

 

 神妙に言ってのける祐筆に、思わず疑わしげな目線を送ってしまう。

 死霊術、禁忌、魔物の力。

 ララヤレルンにいる人足たちの大半は、刻印騎士団人気の高いトライミッド連合王国から借り受けている人材ばかりだ。

 群青卿がいくらここの領主で雇用主だろうと、死霊と一緒に働けなんて命令されて、「あ、はい」と受け入れられるはずがない。

 俺はむしろ、夜中のうちに逃げ出す人足が二桁くらいは出るんじゃないかと予想していた。

 

 が、カプリは「チッチッチ」と舌を鳴らす。

 

「メラン殿」

「ん?」

「メラン殿が思うほど、市井の民というのは愚かではありません」

「愚かって」

「おや、べつにそんなことは思ってないと? では、少し自由民時代のことを思い出してはいかがでしょうか?」

「リンデンにいた頃を?」

「メラン殿は市井の民でした。そのとき、リンデンを治める領主の動向、街の治安や経済状況など、生活のなかでごく自然に払うべき注意を心得ていたのではないですかな?」

「……ふむ」

 

 たしかに、カプリの言う通り。

 いやむしろ、自由民っていう根無草だったからこそ、俺はより注意深く日々の諸々にアンテナを張っていたかもしれない。

 

「今のメラン殿は、注意を払われる側。そして彼らは、ララヤレルンを──引いては統治者であるメラン殿を、現状では〝良い〟と評価している」

 

 何故か?

 

「理由は単純です。ひとつ、メラン殿は話の通じない暴君ではない。ふたつ、街の治安が大変いい。多少不気味な光景に驚かされることはあるでしょうが、必要な時以外は死霊を往来に闊歩させないなど配慮もされている。みっつ、これが一番大きい理由ですが──給金が高い」

 

 ララヤレルンは経済的に自立している。

 壮麗大地(テラ・メエリタ)から定期的に送られてくる貴重な霊薬素材。

 錬金術関係の物資輸出によって、金だけならまったく困っていない。

 俺も領主として、ララヤレルンで働く労働者には他所よりも割高な報酬が支払われるよう最初に設定した。

 

「しかも、メラン殿はこの度、下々の生活にダイレクトで役立つ生活基盤(インフラ)増設を決定した」

「決定したっていうか、使えるものは便利に使おうぜ! ってだけなんだけどな?」

「その〝使えるもの〟が凄いのです」

 

 カプリは暖炉から離れ、部屋の壁で待機していたギルベルトに指を立てる。

 シゴデキ執事は、流れるような動作でお茶を淹れ始めた。

 白磁に緑のラインが入ったティーカップに。

 

「おい。いつの間にか俺より領主っぽくなってないか?」

「とんでもない。ギルベルト殿、貴殿もメラン殿が持ち帰ってきた()()を見て、さすがは我らが群青卿と……よりいっそうの敬意が高まった。たしか、そう仰っておりましたね?」

「はい、領主代行。旦那様はまこと、端倪(たんげい)すべからざるお方です」

 

 ギルベルトは胸に手を添え、心より敬服したと言わんばかりに一礼までする。

 

「大袈裟だな……俺はただ、()()を出しただけだぞ?」

「然り。エル・セーレンの王、ヴィクター・C・グレムリンの叡智から引き出した蒸気文明技術の一端」

「……」

「フッフッフ。メラン殿はお嫌いのようですが、何も知らぬ市井の民からすれば、あの図面から作り出される機械類は便利以外の何物でもなく」

 

 そう。だから複雑な思いなんだ。

 技術自体に罪はない。

 道具自体に善悪はない。

 造り出された器物それそのものは、いつだって誰がどのように使うかで責任の所在を明らかにする。

 

 俺は、黒色の絶対王権(アートルム・レガリア)でヴィクターを殺した。

 

 正確には、ヴィクターと超巨大ワポルマキナの存在力を奪い取った。

 

(ベアトリクスと同じで、()()には時間がかかってるけど……)

 

 我が半身、今では霊体化可能になった秘紋がせっせと刺青状態で働いてくれている。

 そのおかげで、俺は徐々に蒸気機械帝都市長の知識を引き出すことが可能になった。

 もっとも、俺自身がヴィクターに好感情を持っていないのと、ほとんどが理解不可能なこともあって九割以上がブラックボックス。

 

 例えると、そうだな。

 

(頭のなかに何がなんだかサッパリ分からない図面を引っ張ってくることはできるけど、その使い道はせいぜい手コピーで紙面に書き出すくらい)

 

 俺自身が蒸気文明技術を理解してるワケじゃない。

 なので、秘紋の協力も得て「これなら俺たちでも使えるんじゃないかなぁ?」ってなモノをピックアップ。

 暇を見て苦労しながら書き写して、あとはカプリに丸投げ。

 

蒸気加速核(スチームアクセルコア)

 蒸気文明技術の超初期段階を支えた基礎機械。

 高温ではないのに、高温の鉄球と同じ作用を持つ特殊な〈第一円環帯〉石素材をもとに作成される。

 あらゆる蒸気機械の動力源になる。

 

銀氷蜜蜂(ビーター)

 蒸気加速核を利用し動く蜜蜂型ワポルマキナ。

 雪と氷を食べて自律的にエネルギー補給を行い、ボディを小刻みに震わせながら飛ぶ除雪機能付き蒸気暖房機。

 北方大陸では水蒸気がすぐに凍るため、ダイアモンドダストを作りながら飛翔する。

 全長40センチ程度だがワポルマキナなので、警備的な方面でも利用可。

 

蒸気熱集配巣(スチームハイブ)

 蜂の巣型の銀氷蜜蜂ステーション。

 蜂の巣型とはいうが、実際はハニカム構造の全展望監獄(パノプティコン)みたいなもので、中心には大量の銀氷蜜蜂が密集する球がある。

 ニホンミツバチの熱殺蜂球と同じ理屈で熱を作り、専用の地下配管を通して都市全域を温める機能を持つ。

 渾天儀世界にもニホンミツバチに似た蜂がいるらしい。

 

「巷では、旦那様は稀代の発明家でいらっしゃると噂も」

「勘弁してくれ……」

「お、噂をすれば」

 

 カプリがティーカップを傾けながら、窓辺を見遣る。

 そこには、ダイアモンドダストの尾を引く試作型の銀氷蜜蜂が、不安定な挙動ながらも(へり)に着地し、雪を食べ始める姿があった。

 銀色の複眼が、無機質にガラス窓に映る。

 

「……あの図面から、よく造れたな」

「先ほど申しましたでしょう? 順次計画を進められそうだと」

「人足協会も商工会も、優秀な人材が多いようです。旦那様が治められるララヤレルンに、正式に移住を検討している者も多いようですよ」

「ほう」

「斯く言う私も、旦那様には終生お仕えしたく」

「終生ってまた……」

 

 俺、そんなに他人の人生を縛るつもりないんだけど。

 ギルベルトの真顔に少し戸惑いつつ、俺も温かなお茶を受け取った。

 

「まぁ、いい感じならいいんだ。これからのララヤレルンには、子どもの数も増える」

「差し当たっては二ヶ月後、ララヤだけでも暖房施設を整えておかないといけませんな」

「ああ。だからよろしく頼むぞ、ギルベルト」

「はい。……は? 私、ですか?」

 

 突然水を向けたから、ギルベルトが珍しく不意を打たれた顔になる。

 だが忘れてはいけない。

 ウェスタルシア王国が子どもたちの面倒を見てくれるのは、三ヶ月間。

 つまりあと二ヶ月後には、ララヤには三万人弱の子どもがやって来る。

 

「それまでまた、俺はしばらく留守にしなきゃいけない」

「は、はい。例の巨人国での会談のためですね?」

「左様。そしてギルベルト殿、お忘れかもしれませんが、ワタクシはメラン殿の祐筆」

「!」

「気がついたみたいだな」

 

 群青卿、メランズール・ラズワルド・アダマスが政治的・公的な場に出席するのならば、事実上の内政官であるカプリもまた隣にいなければならない。

 すでに招待状はもらっている。

 

「同じ理由で、クリスも一緒に来てもらう。護衛だからな。あとはリンデンでの当事者になるフェリシアも必須だ」

「神父殿は、どうするので?」

「ゼノギアは今回も居残り組だよ」

 

 公的な記録として、ゼノギアはリンデンにはいなかったことになってるからな。

 

「相変わらず五つ子の面倒で忙しそうだし、テレジアに恨まれたくないし」

「ハッハッハ! 神父殿を引っ張り出したら、テレジア殿はたしかに怒りそうだ」

 

 他の面々も後は残していく。

 フェリシアを連れて行かなきゃいけない都合上、ベロニカまで連れ出して刻印騎士団ララヤレルン支部をガラ空きにするワケにはいかないし。

 ニコやニックなどの雪豹人(エンシア)たちは、最初から同行させる理由がない。

 

「で、では旦那様がたがご不在のあいだ、私が諸々の手配を……?」

「執事の仕事じゃなくて申し訳ないんだが、任せられそうなのが他にいなくてな」

「問題はないでしょう。メラン殿がいらっしゃらないあいだ、ギルベルト殿にはワタクシの側であくせく働いていただきましたので、要領は掴んでいるはず」

「って、カプリは言うんだが、実際イケそうか?」

「っ、承知いたしました! このギルベルト、必ずやご期待にお応えして見せます……!」

「マジかよ」

 

 百パーセント無理だと思ったのに、うちの執事の勤労意欲が高すぎて怖い。

 

「ま、まぁ、何かあったら死霊念話があるからな?」

「本当に困ったことになったら、無理せずメラン殿に連絡するが良いでしょう」

「ああ。即カプリに繋げる」

「……ハッハッハ!」

 

 よく響くテノールが窓に視線を戻して笑った。

 もしかしたら、久しぶりにララヤレルンの仕事から離れられると、ウキウキしていたのかもしれない。

 元は吟遊詩人だし、俺をモデルに歌を作るのが目的だもんな……帰ってきて最初の一週間は本当にノイローゼになるかと思ったほどだった。

 質問攻めの嵐で。

 

「なんなら、向こうで暇ができたら小一時間、カプリだけララヤに帰したっていいしな」

「……メラン殿。なぜそこでワタクシだけなのですかな?」

「分かったよ。必要だったら俺も帰る」

「ハハハ……ありがとうございます」

 

 強張っていたギルベルトの顔が、少し和んだ。

 良かった。ちょっと心配だったんだが、この様子なら何とかなるかもしれない。

 執事ってのは、家政機関の長でもあるからな。

 

 家政。

 

 つまり、家っていう小さな規模ではあるけれど、一家内の政治を文字通り差配する仕事の長。

 ギルベルトは優秀だし、きっと何とかしてくれるだろう。

 

 

 

────────────

tips:群青卿不在期間中の領主代行業務

 

 吟遊詩人は思った。

 「これはいけませぬ。予想していたよりも百倍は面白味がない……!」

 なので、謎多き吟遊詩人は画策した。

 さすがに大事は自分で引き受けるが、些事は誰かに押し付けたい。些事の範囲が広いとかは言ってはいけない。

 どこかに良さげな人間はいないものか?

 いた。

 抜擢されたのは、ギルベルト・フォーミュラーだった。

 以降、吟遊詩人は仕事のデキる執事を連れ回し、自分の仕事を観察・サポートさせて来た。

 「ニンフの血のせいで同性に嫌われる? ハ、くだらない」

 人の心の機微など砂糖菓子を舌先で転がすようなもの。

 どのようにすれば、他者の心の隙間に入り込めるのか?

 盗賊は青年に、語らぬままに技の妙味を伝授した。

 

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