ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#282「ヴァシリーサちゃんは見ている」

 

 

 ギルベルトと言えば、この一ヶ月、俺はある仕事を任せていた。

 とても大事な仕事で、特別な仕事だ。

 その名を、ヴァシリーサちゃんのお部屋づくり。

 

 ララヤの城館(シュロス)に、俺は使い魔のための私室を用意することにしたからだ。

 

「私のお部屋?」

「ああ。やっぱ必要だろ?」

「使い魔よ? 私」

「ああ。つまり家族だからな」

「……ラズィ好きぃ」

「グェ」

 

 ぎゅー。

 俺は例によって例のごとく、自分の肩の上から首を絞められた。

 それはともかく。

 俺の使い魔ということは、城館(シュロス)の一員。

 ギルベルトを筆頭に、城館(シュロス)で働く下男やメイドも、一ヶ月前からヴァシリーサとは頻繁に顔を突き合わせている。

 気の弱い雪豹人(エンシア)の娘っ子は、まだまだ慣れないようで卒倒したりして大変だが、ギルベルトは誰より早くヴァシリーサと会話してみせた。

 

「ヴァシリーサお嬢様」

「ヴァシリーサお嬢様……?」

「は、はい。そう呼ばせていただいて構わないでしょうか?」

「──いいわ! いいえ! よくってよ!」

「え、えっと……!?」

 

 どっちだ!? と混乱するギルベルト。

 俺は苦笑して「気にするな」と首を振ってやった。

 使い魔契約のおかげで、ヴァシリーサの感情が何となく伝わってきたからだ。

 

「お嬢様呼びが気に入ったんだな」

「うん! ねえ、執事さん。あなたのお名前は?」

「っ、私はギルベルトと申します」

「過去に誰かをいじめたことはある?」

「え? い、いえ、ありません……むしろいじめられる側だったかと……」

「──そうね。嘘じゃないみたい。いいわ! じゃなかった。よくってよ!」

 

 ヴァシリーサはギルベルトを気に入ったらしい。

 俺は少しだけドキッとしたが、ギルベルトはもっとドキドキしただろう。

 カプリなんか直前に「ああ──嘘のニオイがするわ」とトーンを落としたヴァシリーサに凝視され、あまりの居心地の悪さに部屋を退散したほどだった。

 大魔のプレッシャーを真っ向から浴びるのはキツい。

 さしものギルベルトでも、顔面蒼白になってしまうのは無理からぬ話だった。

 

 だがギルベルトは、よく耐えている。

 

 なので俺は、これは相性が良さそうだと睨んで、信頼と期待を寄せてヴァシリーサの部屋作りをギルベルトに任せた。

 シゴデキ執事は一瞬、ものすごく眉を八の字にした気がするけれど、瞬きしたら「承知しました」と一礼していた。

 

 今日はそんなギルベルトが、ついにヴァシリーサのための部屋造りを終えたらしいので、使い魔とふたり「よーし!」と出来栄えを見に行くところだ。

 

「どんなお部屋なのかしら?」

「うーん。無難に貴族の令嬢(子ども)部屋とかじゃないか?」

「天蓋付きのベッドにピンクのカーテン!?」

「それはどっちかって言うとお姫様っぽい気がするなぁ」

「興奮が止まらないわ! ラズィからの初めてのプレゼント! お部屋をもらえるなんて初めて……!」

「ギルベルトにも、ちゃんとお礼を言うんだぞ?」

「もっちろん!」

 

 ルン♪ ルン♪ とスキップしながら廊下を歩くヴァシリーサ。

 泡を吹いて倒れるメイドが数人。

 曲がり角でクルリと引き返すカプリ。

 ララヤレルンの給料が高い理由には、心労手当も含まれている。

 けど、もう少し値上げしないとダメかもしれないな……

 

 白いスカートの裾を翻して、黒山羊の面がピタっと止まった。

 

「お待ちしておりました。旦那様、お嬢様」

「部屋、出来たんだって?」

「──はい。我ながら、渾身の出来栄えです」

「ありがとう執事さん! 嬉しいわ嬉しいわ! その扉の向こうに、私のお部屋があるのね!?」

「はいッ!」

「ギルベルト?」

 

 ヴァシリーサは気がつかなったみたいだが、俺はすぐにギルベルトの様子が妙なことに気がついた。

 普段なら落ち着きのある語調で話すはずなのに、今日のギルベルトは気合いを入れ過ぎている感じだ。

 よく見れば目も充血し、寝不足なのかクマまで出来ている。常日頃からやたらめったら男っぷりがいいギルベルトにしては珍しい。

 

 しかし俺の呼びかけに、ギルベルトはスッと胸に手を添え軽く一礼した。えっと、どういう意味だ?

 

「私から多くは語りません。部屋をご覧いただき、その結果がすべてと受け入れる所存でございます」

「お、おう」

「開けていい? ねぇ、開けていいかしら!?」

「はい。こちらが鍵でございます」

「鍵まであるのね!? 素敵だわ素敵だわ! わーい!」

 

 ヴァシリーサがドアノブに近づき、鍵を差し込んでガチャリとやった。

 ギルベルトの様子は気になるが、部屋の内装にも興味はある。

 開かれる扉に目線を釣られて、俺もヴァシリーサと一緒に自然と中に入っていた。

 

 部屋は、思いのほか茶色だった。

 

「おお。暖かみのあるデザインで統一したんだな」

「はいッ! ララヤの家具市で、選りすぐりのものを選んで参りました!」

「……」

 

 ララヤレルンでは旧大公国の廃墟資材を利用して、職人製・非職人製を問わず週一で家具市が開催されている。

 素人の作品も混じっているので質が高い家具ばかりってワケではないが、そのぶんハンドメイドの暖かみがダイレクトに伝わってくる作品も多く、探せばかなりの掘り出し物が出ていることもある。

 なるほど。どうやらギルベルトは、ララヤの家具市で調度品類を揃えて来たようだ。

 

 ヴァシリーサは部屋を眺めて黙っている。

 

 壁一面の本棚。白いシーツのウッドベッド。コンパクトなラウンドテーブルに可愛らしい椅子。午後は本でも読みながら、お茶とお菓子を楽しめるインテリア。

 

「ヴァシリーサ?」

「……」

「お、お気に召しませんでしたか? や、やはり一応コンセプトをご説明させていただきますと、ここにある家具はすべて現在のララヤレルンで造られた物です。ヴァシリーサお嬢様は魔物ということもあり、当家でもまだまだ言葉を交わせる者はおりませんが、それでも──」

 

 ゴクン。

 ギルベルトは呼吸を落ち着かせるように、唾を飲み込んで。

 

「──それでも、少なくとも我ら城館(シュロス)の者たちは、旦那様にお仕えするララヤレルンの民として、ヴァシリーサお嬢様を歓迎いたします。そしてヴァシリーサお嬢様にも、ぜひ我らララヤレルンの民を知ってもらいたいと思い、このようなお部屋造りとさせていただきましたッ」

 

 それは珍しい。

 本当に珍しい。

 熱い言葉。

 

「だってさ。ヴァシリーサ?」

「…………」

 

 ヴァシリーサはなおも黙っている。

 ギルベルトはダラダラと汗を流し始めた。

 

「も、申し訳ございません! やはりこのような、我々の勝手な想いでヴァシリーサお嬢様の大切なお部屋を造るなど以ってのほか……! 早急に違う内装のものをご用「要らないわ」──!?」

 

 ぁぅ。

 ヴァシリーサの声に、ギルベルトは声にならない声で絶望したように息を呑んだ。

 盛大な誤解が進行中だが、俺は黙って状況を見守る。

 部屋の中身を、ぐるり、ぐるり、と何回もゆっくり見回して、ヴァシリーサはギルベルトに向き直った。

 

「とても……とても素敵なお部屋だわ」

「────へ?」

「思っていたモノとは違ったの。錠前に鍵を差し込んで、扉を開ける直前まで、私はもっとお姫様みたいな部屋を期待していたの。童話のお姫様が暮らしているみたいな」

「で、ではッ、そのようにお造りし直すことも可能です!」

「ダメよ。これでいい。これでいいの。たしかに、思っていたモノとは違ったけれど、思っていたモノよりこっちのほうがとってもよかったんですもの」

 

 胸に手を当てて、噛み締めるようにヴァシリーサは頷く。

 

「私はお姫様じゃないわ。お嬢様じゃないわ。……いつかどこかで、こんなふうに普通のお部屋で、もっとたくさんお母さんと過ごしていたかった……ただのヴァシリーサ。ただのヴァシリーサでありたかったの……家族と暮らすんですものね?」

 

 なら、理想のお部屋はこれしかあり得ない。

 ヴァシリーサの胸の内側で、純粋な〝ありがとう〟が溢れ出て来るのが分かる。

 俺はギルベルトの肩に手を置いた。

 

「つまり、めちゃくちゃ気に入ってる」

「──よかった。死ぬかと思いました──」

「あ、でも」

 

 まさかの逆接に、ギルベルトの顔が安堵から絶望へ再び切り替わった。

 それを知ってか知らずか、ヴァシリーサはパンっ! と手を合わせて、クルッと回転。

 

「ほんのちょっとだけ、ちょっとだけ……模様替えしてもいいわよね? だってここはもう、()()()()()なんだもの!」

「あ、マズイ」

 

 俺は咄嗟に、部屋の敷居を超えて扉の外に出た。

 ギルベルトは「え」と何が起こるのか分からず棒立ち。

 それが運命を分けた。

 瞬間、ヴァシリーサの魔力が部屋のなかを小規模の〈領域〉化する。

 

「私のお部屋、私の居場所、私の世界、私の大切! 楽しいわ楽しいわ!」

「旦那様──!?」

「すまん! だが頑張れ!」

 

 宙に溶ける黒色のインク。

 書き換えられる物理法則。

 魔女の異界が城館(シュロス)に顕現し、ギルベルトが取り込まれた。

 扉がひとりでにバタン! と勢いよく閉まり、念のためドアノブに手をかけるも開けられない。

 

 使い魔になったとはいえ、ヴァシリーサは本物の大魔。

 

 会話が成立するようになっても、感情が高まれば魔物特有の〝聞く耳持たず〟は健在だ。

 俺なら強制的に止めさせることもできるが、ヴァシリーサは本気でギルベルトに感謝していた。

 あんなに嬉しそうだったのに、水を差すような真似はしたくない。

 

「それに、ギルベルトの心意気にも感動した……」

 

 本人はめちゃくちゃビビってるかもしれないけれど、長くても一晩くらいで解放されると思うので、ここは仲良くなる機会だと思って頑張ってもらおうかな。

 

「む。ギルベルト殿は異界のなかですか」

「なんだカプリ。機を見計らったみたいに出てきて」

「みたいに、ではなく見計らっていたのですよ。しかし、やれやれ……」

「どうしたんだ?」

 

 ひょこっと顔を出した羊頭人(シーピリアン)に、何がやれやれなのか尋ねる。

 すると、

 

「いえ、ギルベルト殿もまだまだお若い。技は相手を選ぶことも大切だと思ったまでです」

「技?」

「ハハハ。いえ、こちらの話ですとも。ギルベルト殿が自覚しておられるかは知りませんが」

 

 そう言って、カプリは煙に巻くように嘯きながら背中を遠ざけていった。

 何を言ってるのかサッパリだったが、カプリがミステリアスなのはいつものことだ。

 肩を竦めて、俺も自分の部屋に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なお、ヴァシリーサは翌日の夜になってもギルベルトを解放していなかったので、俺ははじめてお説教というものをすることになった。

 

「ご、ごめんなさい……」

「俺に謝るんじゃなくて、ギルベルトに謝りなさい」

「わかったわ……執事さん?」

「ヒぃッ!」

「あ! 待って!? どこへいらっしゃるの!?」

 

 …………うん。

 ふたりが仲良くなるのは、まだもうしばらく先なのかもしれない……

 

 

 

────────────

tips:執事と魔女の追いかけっこ

 

 ララヤ・シュロスで日常化した不思議な光景。

 働いている執事を、柱の影や物陰から魔女がこっそりと見ている。

 大いなる魔物の放つプレッシャー。

 気がついた執事は戦慄し、ハッと息を呑んで辺りを見回し、白いスカート、黒山羊のつぶらな瞳が見えた瞬間に哀れを誘う声で走り出す。

 それを追う小さな魔女。

 ギルベルトに恋する雪豹人のメイドたちは、強大なライバルの出現かとこちらも戦慄する──

 

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