ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
黄土色の騎士、クリス・クレイコート。
ララヤレルンでは主に俺の近衛、ノウブル・ガードの役目を負わされた青年。
先祖にドワーフの血を引く者がいたらしく、見た目はただのニンゲンでも筋肉は常人離れ。
超人戦技も幾つか使える優秀な若者、なのだが。
可哀想にも俺なんかの護衛に抜擢されてしまったばかりに、ララヤレルンではイマイチ護衛の仕事に自信を持てない。そんな二十一歳好青年くん。
左目に額から頬にかけての傷があるのに、童顔過ぎて迫力に欠けることでも有名。
クールでスマートでアイロニカルなロン毛イケメンのギルベルト(最近はヴァシリーサのせいで情けない姿もある執事)と。
マイルドでパワフルでピュアな爽やかナイト(純朴で優しさの塊なのに肉体は男らしい)のクリス。
そんなクリスくんなのだが、どうやら俺がいない間、コイツはフェリシアに修行をつけてもらっていたようだ。
ララヤレルンの北東と南西を分かつ川状の湖。
空から見下ろすと、この湖川は名前の通りカチコチに凍りついた尻尾のような形をしている。
実際、冬の間はほとんど湖面に氷が張ってもいる。
水の中には
他にも数種の水棲生物が潜んでいて、元気な釣り師や漁師たちが、今日も寒さに負けじと食糧確保に精を出していたり。
岸辺付近では、
その湖川上。
東と西を繋ぐ唯一の架け橋の上。
旧大公国時代から朽ちず残り続ける大橋。
ララヤレルン石橋では、道幅が広いために即席の訓練場が出来上がっていた。
クリスはそこで、フェリシアを相手に、対魔物・対魔法・対超常戦闘の実戦形式訓練を行なっている。
「ウオオオオオオッ!!」
「“
「ウワアアアアアッ!?」
容赦ねえ。
時刻は十二時。
俺は昼食である
宙に舞い上げられ、橋から落ちる黄土色。
「大丈夫か? アレ。ルゥミオリアの暴風雨とか、少しやり過ぎだと思うけど」
「あ、先輩! よかった。いまの魔法、どのくらい真に迫ってましたか?」
「あー、三割くらい?」
「ああ。やっぱりそうですよね」
「後述詠唱による三重化とか、なかなかテクいことやってたけど、単純な物理現象に留まってたからな」
「あはは……退廃の嵐を理解するのは、さすがに難しいですもん」
「けど、巨龍の終末災害を物理現象の面だけでも再現できるのは、とんでもない話だぞー?」
「えへへ。まぁ、それほどでも……」
頭をワシワシ撫でると、フェリシアは照れた様子ではにかんだ。
が、すぐに真顔に戻って自身の魔法について振り返り始める。
「風と水、氷。ルゥミオリアの属性って、私のなかの
「いや、充分だろ。むしろ一般的な元素呪文の工夫で巨龍の終末災害を再現するとか、そっちのほうが凄いことだと思うぞ?」
魔法の
ベアトリクスの“
魔物や魔法使いには、その死生観から獲得された自分だけの固有呪文がある。
その点で言えば、
「俺だって、
「先輩はそれ以外で、充分に特別なものをお持ちですし」
「それはそうだけど。フェリシアだって、刻印魔法があるよな? そっちは
生きた人間が
ベロニカが
そう言えば、俺はまだフェリシアの刻印魔法がどんな魔法なのか知らないんだよな。
「あー、私のはその、何と言いますか……」
「?」
「フェリシア様! もう一回お願いします!」
「あっ、クリスさんが戻ってきたみたいです! 先輩、すいませんがちょっと行って来ます!」
「あ、うん」
フェリシアはクリスの元に小走りで向かっていった。
何だ? あんまり誰かに打ち明けたくないタイプの魔法なのか?
よく分からないが、まぁ、俺とフェリシアの仲だ。
もうじき巨人たちの王国、ティタノモンゴットへの旅も始まる。
道中の時間、どこかで再び同じ話をするチャンスもあるだろう。
しばらく、二人の戦闘訓練をモグモグしながら眺める。
「てかクリス、橋から落ちたのに無傷なのか。やっぱアイツ、地味に人間やめてるな」
「おやおや。人間離れ人間の代表みたいなお方が、何をおっしゃられるやら」
「ゼノギア?」
「はい。こんにちは、メラン殿下。今日も寒いですねぇ」
丸眼鏡の優男が、厚着のコートとマフラーを巻いて現れた。
肩には大弓も掛けている。
後ろには少し距離を置いて、五人のホムビヨンも。
それぞれゼノギアと同じような格好で、違うのは法衣と修道服の差だけ。
ゼノギアは「ハァ〜」と両手に息を吹きかけながら、俺の隣に立つ。
ホムビヨンは後ろで、テキパキと薪を積み始めて火焚きの準備を始めた。相変わらず、無表情で無言がデフォルトだ。
だがこの様子、どうやら通りすがりがてら、ちょっと立ち寄ってみたという感じではないみたいだな。
「クレイコート卿、頑張ってますねぇ」
「そうだな。でも、どうしてあんな真剣なんだ? 俺が来たことにも気づいてない」
「おや。メラン殿下はご存じないので?」
「ん?」
「クレイコート卿がフェリシアさんに修行をつけてもらっているのは、メラン殿下の護衛として相応しい強さを得るためですよ」
「え、そうなのか?」
「はい。クレイコート卿は真面目なのです」
真面目。
真面目、か。
そう言われると、つい反射的に喉元まで出かかった「無理だろ」の一言が吐き出せなくなる。
俺が怪訝そうな顔つきになったのを察したのだろう。
ゼノギアも「もちろん、それは難しい話です」と続けた。
「メラン殿下がクレイコート卿に、もっと楽に過ごしてもらっていいと考えているのも、もちろん我らは知っておりますよ? ですが」
視線の先、フェリシアの魔法を掻い潜り、黄土色の騎士が初めて橋からの転落を免れた。
アレは、何らかの超人戦技だろうか? 人声では発声不可能なはずの衝撃波を伴う雄叫びをあげて、魔法を跳ね除けたように見える。
フェリシアが「騎士の“ウォークライ”ッ!」と叫んだ。
その隙を、クリスはさらに両断するように剣を振り下ろして、剣圧の一閃を放つ。暴風雨の壁に道が開けた。
純粋な身体能力では、クリスのほうが上だ。
黄土色の騎士がフェリシアへ迫る。
が、フェリシアは翼を生やして空に回避した。「クソォ!」空振りに終わった得物を悔しげに握り締め、クリスはそのまま背中を狙い打たれて橋の下に落ちる。
「惜しいな」
「ええ。ですが、たとえ不要な護衛役といえども、クレイコート卿がメラン殿下を守りたがっている。その気持ちは無碍にしてはいけません」
「ふむ」
「ティタノモンゴットへは、彼も伴うのでしょう? いいではありませんか。古来、己が騎士より強い王など数多と例があります。そういった王と騎士の物語では、得てして忠義の美徳を語っていたりも」
「忠義? クリスから忠誠を誓われるほど、俺は主人らしいことを何もしてないと思うけどな」
「ハッハッハ。まぁ、クレイコート卿の想いが忠義かどうかはともあれ、人としての厚意は受け取っておくべきでしょう」
「なるほど?」
ゼノギアはたまに、ひどく神父らしいから困る。
「ところで、今日はどうしてここに?」
「? おや、メラン殿下はこれまたご存じないので?」
「なんだよ」
「フェリシアさんとクレイコート卿の戦闘訓練に触発されて、最近のララヤでは職業戦士による合同訓練や競技が盛んに行われているんです」
「初耳だ。じゃあ、大弓を背負ってるのは?」
「ええ。今日はニック氏と弓の競い合いをする予定でして」
「はぁ? ニックと? マジかよ。おいおい、俺も誘えよ……」
なんだよそれ……ずるい。ずるくない?
俺だって、そういうおもしろそうなイベントには参加したい。
「弓の競い合いって、ただの的当てをやるのか?」
「前半はそうです。そろそろニック氏も来る頃合いかと」
「前半と後半があるのか。後半は何をやるんだ?」
「狩猟と採集です。森で木の実でも集めながら、
「ん?」
「……メラン殿下、弓、使えるんです?」
「いや、使えないけど?」
「じゃあ誘っても、ダメじゃないですか」
「斧じゃダメか?」
「ダメですよ! それ許したら、メラン殿下が百発百中になりますし!」
「くそー」
ニックとの狩猟勝負とか、絶対楽しいだろうに。
俺が呻いていると、フェリシアがテクテク近づいてきた。
クリスはまだ橋をよじ登っている途中らしい。
「先輩も訓練に参加したいんですか?」
「訓練って言うか、競技大会とかに参加したい」
「ええ? 先輩が参加したら、皆さん本気になれないと思いますけど」
「なんでだ!?」
「なんでって……先輩、領主だし」
「まさか接待するって言うのか!? 舐めやがって!」
「怖っ! メラン殿下、急に大きい声を出さないでください! うちの子たちが驚いちゃうでしょう!」
「いまの先輩を見て、一緒に勝負をしたいと思う方は少ないんじゃないでしょうか……」
「ぐ、ぐぬぬ……」
俺は歯噛みした。
フェリシアとゼノギアには分からない。
俺がこの世界で、どれだけ娯楽に飢えているか。
遊びたい。俺だって、たまには無邪気に遊びたいんだ。本当にただそれだけなんだ……
シュンと落ち込むと、フェリシアが気の毒に思ったのか、顎に人差し指を当ててこんな提案をしてきた。
「うーん。そんなに何かやりたいんでしたら、明日、
「支部に?」
「はい。明日、ララヤレルンの衛兵や自警団の方たちを集めて、魔物や怪物なんかの知識交換会も兼ねた講習会をやるんですけど、午後は戦闘訓練もやる予定なんです」
「それ! 僕も参加します!」
橋の端から、クリスが耳ざとく大声で宣言した。
「メラン様が参加されるなら、是非とも試合をさせてください!」
「試合?」
「おお、いいですね。メラン殿下が対戦相手となれば、遠慮の必要がない」
「オイ」
「先輩。でもたしかに、先輩が参加してくださるなら良い刺激になります。師匠はあんまり手伝ってくれないので、最近は私が皆さんの相手をするのも緊張感が無くなってきてて……」
「贅沢なヤツらだな」
俺の後輩がわざわざ時間を割いてるっていうのに、訓練に集中しないなんて。
「にしても、フェリシア」
「はい?」
「本当に頼もしくなったな。リンデンで
「怪人道の種族のことは、今でも詳しくないですよ?」
「どうだか」
いつの間にか魔法の後述詠唱や三重化ができるようになっている天才娘に言われても、説得力に欠ける。
「それで? メラン殿下、明日は参加されるんですか?」
「ああ。俺も久しぶりに一般人レベルの再確認をしておきたいし、ララヤレルンの治安維持を、どれだけ任せられるかも掴んでおかなきゃいけないしな」
「い、一般人レベル……」
クリスがショックを受けたように呻くが、逸般人の自覚がある俺としては仕方がない。
どんな戦種もどんな魔術も、どんな超人もどんな魔法使いもドンと来いだ。
「俺に勝ったら一年間の税を免除するって言えば、たぶんみんな本気でやってくれるよな?」
「おやおや。私も参加していいので?」
「ゼノギアも? テレジアが許すかな……」
「ぐっ」
痛いところを突かれて、ゼノギアが膝に矢を受けたように呻いた。
テレジアはゼノギアが危険な行いをするのを、絶対に好まないだろうからな……
「あはは……じゃあ、明日はスペシャルゲストがいるってことで、先輩よろしくお願いします」
「おう。任せろ」
「メラン様、よろしくお願いします!」
「ああ。クリスも、楽しみにしてる」
「──はいッ! 胸を借りるつもりで行かせていただきます!」
実直な好青年だ。
ヴァシリーサにもクリスは好かれている。
会うたびに毎度、クッキーを貰えるからかもしれないけど。
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tips:黄土色の騎士と魔女の邂逅
クリスは焼き菓子が好きだ。
焼きたてのお菓子は香ばしくて温かで、ホッとする甘さを持つ。
常人よりもカロリー消費が激しい彼は、日頃から懐に砂糖多めのクッキーを忍ばせているほど。
魔女は目敏く気がついた。
「ねえ、お菓子ちょうだい?」
「いいよ。何枚欲しい?」
「くれるんだ。何枚あるの?」
「今日は十枚かな」
「じゃあ、五枚って言ったら怒るかしら?」
「怒らないよ。はい、どうぞ」
「まぁ、ハンカチまで。ありがとう。やさしいひと」
「そうでもないさ」
「あら、どうして?」
「クッキーあげるから、僕のことは食べないでってお願いするつもりだったんだよ。食べないでくれるよね?」
「…………ププ」
魔女は悪知恵を閃き、以来、黄土色の騎士に毎日クッキー五枚を献上させるようになった。