ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
翌日の夕方、俺は出禁になった。
「いくら一年間、税が免除されるからってよ……」
「ああ。ありゃないわ……」
「絶対勝てないんじゃな……」
ララヤレルンの衛兵に自警団。
刻印騎士団ララヤレルン支部の訓練場で、彼らはトボトボと帰途に着く。
「てか、神父さんがあんなに強かったのも驚きだよ……」
「嫁さんの尻に敷かれてて、スッゲー親しみやすい神父さんだと思ってたのに……」
「なにあの技? 一本しか撃ってないはずなのに、雨が降ってきたんですけど」
「あれって魔法じゃね?」
「つーかフェリシア様も大概だと思ってたけど、群青卿はもう意味が分からん!」
「デカいのに速いし」
「斧術って言うの? おれ、あんなに巧いのはじめて見た……」
「てか、魔術が効かなかったんだが?」
「神秘の桁が違いすぎるんだよ」
「魔法も以下同文だ……」
「サー・クレイコートは、かなり粘った方だよな……」
「ああ。さすが、フェリシア様に直接世話になってるだけあるわ」
「カーッ! おれも超人戦技覚えてー!」
「死霊術師が術師本体まで強いとかアリかよ」
ぐちぐち、ぐちぐち。
群青卿の好感度が下がった音がする。
どうしよう。
思ってた以上に、大人気ないことしちゃったかな……?
訓練場の門の裏で、俺がひそかに男たちの背中を見送っていると、フェリシアがゼノギアリを連れて近づいてきた。
「先輩とゼノギア神父は出禁です」
「「はい」」
「どうして本気を出しちゃったんですか?」
「「なんというか、興が乗ってしまって」」
「……男のひとって、たまに物凄くアレだと思います」
「「すいません」」
年若い娘に本気で呆れられてしまうと、大人の男は頭を低くして謝るしか出来なくなる。
「ゼノギア神父なんて、せっかくテレジアさんに許可をもらえたのに」
「お願いしますフェリシアさん! どうかこのことは秘密に!」
「もう遅いです」
「え」
「こんばんは、ゼノ。ずいぶんはしゃいだみたいね?」
「──テレジア……!?」
夕刻の闇に紛れて、ぬらりと美人錬金術師が現れた。
ゼノギアの幼馴染。
人呼んでレイヴングリーン・テレジア(自称)。
緑がかった黒のロングストレートヘアに、キツめのツリ目をした才色兼備の貴族令嬢である。
「あらあら。ひどい顔」
「テ、テレジア……」
「せっかく街の神父さんとして穏やかなイメージを浸透させてきたのに、たった一日ですべて台無しなのね?」
「え、えっと……」
「私、言ったはずだけど。あまりハメを外さず、常識の範囲内で楽しんで来てねって」
「そ、それなのですが! ララヤレルンでは常識の定義が違うと思うのですよ。ほら、ここにいるメラン殿下が証拠です!」
「領主様と私になんて口の利き方なの?」
「バカな! 八方塞がりだと言うんですか!?」
ゼノギアはテレジアに耳たぶを摘まれ、ドナドナされていった。
「先輩」
「はい」
「……はぁ。そんなにしおらしくしないでください。私はべつにあそこまで怒ってません」
「ホント?」
「本当です。それに、元を辿れば私が誘ったせいでもありますから」
「じゃあ、また参加してもいいか?」
「調子に乗らないでください。それはダメです。出禁って言いましたよね」
「はい」
ワンチャンあるかなと思って確認したら、結構厳しめにジト目で否定されてしまった。
俺の後輩が頼もしくなったと同時に、いつの間にか塩辛くなって来ている。
調子に乗るななんて、リンデンにいた頃じゃ絶対聞かなかった言葉だ。
と思ったら、
「でも、参加してくれてありがとうございます。おかげで、皆さんかなり良い刺激を受け取ったみたいですから」
「……そうか?」
「途中から難易度が上がりすぎて諦めモードになっちゃいましたけど、先輩たちから学ぶことはたくさんあったと思います。特に刻印騎士団の視点としては、先輩はやっぱり対魔物戦を意識できる相手なので」
「……じゃあ、俺も役に立てたんだな?」
「はい。ありがとうございました」
フェリシアの微笑み。
それを見るだけで、スッと沁み入るように心が癒されていく。
これだ。こういうところだ。
俺がフェリシアに敵わないと思うのは。
「しっかし、クリスには悪いことをしたかな?」
「クリスさんですか?」
「ああ。思ってた以上に
「大丈夫だと思います」
俺の心配とは裏腹に、フェリシアの返答は明るかった。
「なんでそう思うんだ?」
「だって、クリスさん強いひとですから」
「……それは、心が?」
「はい。単純な戦闘能力では、私や先輩たちに敵わないかもしれません」
けれど、黄土色の騎士、サー・クリス・クレイコートは腐らない。
「先輩が留守の間、クリスさんは自分に何ができるだろうって考え込んで、私に修行をつけて欲しいってお願いして来たんです」
「ああ。らしいな」
「自分の弱さを知って、それでも前向きに立ち上がれるひとなんです。それって、どこかの誰かに似てるとは思いませんか?」
「どこかの誰かに?」
「ふふっ」
フェリシアは愛おしそうに笑うが、俺は誰のことだか分からなかった。
まぁ、誰でもいいか。俺よりも、フェリシアのほうがクリスのことは分かってそうだしな。
フェリシアがそう言うなら、たぶんそうなんだろう。
「それはそうと、先輩?」
「ん?」
「いまは二人きりです」
「……外だぞ?」
「でも、二人きりですね?」
「恥ずかしいから、耳」
「え?」
俺は身体を屈めて、フェリシアの耳元で小さく囁いた。シア、と。
「……くすぐったいです、先輩」
「まったく。だんだん大胆になってきたよな?」
「はい。だって遠慮をしていても、良いことはそんなに無いかな? って気づいちゃったんです。どうしてだと思います?」
「? どうしてなんだ?」
首を傾げる俺に、少女はニッコリ笑った。
「ヴァシリーサちゃんに言われました」
──お姉ちゃんはラズィが好きなの? お付き合いしているの? 手は繋いだの? キスはしたの? 結婚はするの? あら、まだ考えてもないの? そっか。愛称でも呼び合えない仲だものね? ちなみに私は、ラズィのお姉ちゃんでもあり娘でもあり使い魔でもあり家族でもあるわ!
「これって、どういう意味だと思います?」
「………………………さあ?」
「あと、秘紋様にも言われました」
──これからは、ともに我が王、我が今生の君を支えて参りましょう。それで、まずはどこからお話ししましょうか? 我が王の偉大なる道のりが始まったのは齢にして僅か七つあたりの頃。私はそんな幼い頃から片時も離れず、ずっとそばにてお仕えして参りました。ああ、なので順番で言うと一番目ということになるのでしょうか?
「これって、どういう意味だと思います?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………スッ」
空が、とても重苦しい。
おかしいな。
なんだか少しだけ、もっと
「よしっ。そろそろ暗くなってきたし、帰るか〜」
「先輩? 先輩? ねえ、先輩? せーんーぱーいー?」
俺はこの日、初めてフェリシアを怖いと思った。
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tips:増えた女の影
群青卿が西方大陸から持ち帰ってきたものは、生活に役立つ蒸気文明技術だけではなかった。
禁忌の魔女。
世界神の巫女。
顔を合わせたらさらに驚き。
「私、マウントとられてる……!?」
フェリシアの熱き戦いが、始まった。