ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#285「小池に鎮座するネフィリム」

 

 

 本当に不本意なことだが、俺とゼノギアは同じ悩みを抱えている。

 

 ──そう。ある女性に対して、頭が上がらない。

 

 最初はゼノギアだけの悩みだったはずで、俺は対岸の火事よろしくオモシロおかしくゼノギアを笑っていたはずだった。

 今では自業自得で、とうとう年貢の納め時が来てしまったようだ。

 ハイライトの消えたフェリシアなんて、俺、見たくなかったな……

 

「しかしですよ? メラン殿下」

「あん?」

「我々も男であるからには、たまにはビシッと言ってやってもいいと思うのですよ」

「ほーん?」

「だいたいですね? うちの子たちだって、テレジアよりかは私に懐いているんです!」

「そーなのー?」

「そうですよ! その証拠に、このあいだ私は〝パパ〟って言われたんです!」

「五つ子から?」

「ええ! はじめて! ついに! 私だけが! これは要するに、どれだけ私がうちの子たちに愛を注いで来たか! どちらがよりうちの子たちの親として熱心に力を入れてきたか! 明確な結果が出たと言っても過言ではないでしょう!」

「あーね?」

 

 教会の祭壇で、ゼノギアは熱く語る。

 昨夜たっぷりとお説教をされ、軽い折檻まで受けたらしい。

 丸眼鏡のレンズを白く曇らせて、神父はダン! ダン! と力強く訴えていた。

 信徒の参列席の最前列で、俺はそんなゼノギアを密かに哀れむ。

 

 この男は知らないのだ。

 

 ホムビヨンの五つ子がゼノギアを「パパ」と呼んだのは、実はテレジアが密かにそう教え込んでいるからだというコトを。

 あの美人錬金術師は、表ではゼノギアにツンツンドラドラしているものの、裏ではゼノギア大好きラブチュッチュ。

 まるでペットの鸚鵡に芸を仕込むかのように、ホムビヨンたちに教育を施している。

 

 テレジアの工房(アトリエ)壮麗大地(テラ・メエリタ)関係の荷物を運び込んだ際、裏庭の納屋でなにか物音がするな? と思って覗いたみた時。

 

 俺は見てしまった。

 

 ──いい? 私がママ。ゼノギアがパパよ? はい、言ってごらんなさい?

 ──テレジア様がママ……

 ──ゼノギア様がパパ……

 ──テレジア様がママ……

 ──ゼノギア様がパパ……

 ──テレジア様がママ……

 

 以下略。

 とても恐ろしいものを見てしまった。

 俺は震え上がり、世の中にはこんな外堀の埋め方があるのかと戦慄したね。

 なので、五つ子からパパ呼びされて純粋に喜んでいるゼノギアには申し訳ないが、こいつはいま更なる袋小路に自ら突っ込みかけている状況なのだ。

 哀れまずにはいられない。

 たまには神の門を叩いて、自分の過去の振る舞いを懺悔しようかと思って教会にやって来たが、こんな神父がいる教会では救いなどあろうはずもない。

 

「そんなに自信があるなら、今度テレジアに自慢してみたらどうだ?」

「おお! それは名案ですね!」

「あくまで提案だぞ? ちゃんと後のことは考えたか?」

「フッフッフ! ご心配なさらず! 我が眼前にはカルメンタ様の導きぞあり! 勝利しか見えません!」

「……そっか!」

 

 ダメだ。終わったな。

 俺は「じゃあ、また来るから!」と席を立ち上がり、教会を後にすることにした。

 

「おや、もうお帰りで?」

「ああ。なんだかここにいると、よくない気がしてな」

「うーむ。メラン殿下は魔性に近しいですからね。女神様の聖域とは相性がよろしくない。申し訳ありません」

「いやいや、ゼノギアが謝る必要はないさ」

「またいつでも、気軽にいらしてください」

「ああ、本当にありがとう」

 

 せめて骨は拾ってやる。

 俺は絶妙な笑顔で、ゼノギアに背中を向けた。

 

 

 

 

 

 さて。

 今日は例の古代種族三人の件で、ちょっとした用事がある。

 

 ネフィリムのティール。

 半龍(半天使?)のアルステラ。

 アルバエルフのグウェンドリン。

 

 あの三人とは依然として、会話によるコミュニケーションに支障を抱えている。

 テレジアの伝手を頼って、エルダースに通訳者を派遣してもらうよう要請は出してもらったんだが、なにせ海を越えた学園島への連絡だ。

 返事が届くまでには時間がかかるし、もしかしたら要請を拒否されてアテが外れる可能性もある。

 

 テレジア曰く、「エルダースは世界最高学府。知の殿堂よ? 学術的に興味深い対象が見つかったのに、何も調査しないなんて選択は採らないと思うわ」とのことだったが。

 

 同時に、

 

「でも、メラン殿下が黒詩の魔女と契約した件については……ひょっとすると一悶着あるかもしれないわ」

「一悶着。それって、過去の闇祓いの件か?」

「ええ。北じゃそんなに有名じゃないかもしれないけれど、西だと闇祓いは王侯貴族より強い特権の持ち主だもの」

「魔法界に限定されてだろ?」

 

 魔法界。

 すなわち、エルダース魔法魔術賢哲学院の威光が届く国々。

 闇祓いとは独創呪文(オリジナルスペル)を獲得した()()()()の別名であり、魔法使いの世界では畏敬を以って遇される。

 特に西方大陸では、『光のカイブツ』リュツィフェール・レンミンカイネンや、『白馬の王子』アリオン・アズフィールドの名が有名なようだ。

 闇祓いの地位と権威を高めたのはエルダースであり、過去に闇祓いのひとりを廃人化しているヴァシリーサは、もしかすると敵意を抱かれている可能性があった。

 

「でも、俺の使い魔がヴァシリーサだってこと、向こうは知らないはずだろ?」

「あら。トーリー王とザディア宰相が知って、ここでも何人も目撃している人たちがいるのに、〈目録〉の蒐集官が気付いてないとでも?」

「つまり、もうとっくに知られてるって?」

「さっきも言ったでしょう? エルダースは知の殿堂よ。世界のありとあらゆる集合知組織なの」

 

 というワケで、新進気鋭の群青卿何某としては、返事が届くまであまり期待は出来ないでいるのだった。

 だが、だからといってその間、何もせずにあの三人を放置しておくのも大問題。

 俺と一緒にララヤにまでついて来た三人だが、現在はそれぞれ専属のお世話係を用意して、大人しくしてもらえる場所で過ごしてもらっている。

 

 今日は俺も彼らの様子を見て、なにか困ったことになってないか確認する予定だ。

 

 ひとり目は、ネフィリムのティール。

 

 専属のお世話係に任命したのは、ニコ・ノタルスカ。

 雪豹人(エンシア)の部族をまとめる女頭領にして、霊感高い巫術使いだ。

 西の森に門扉を開けてよっこらせ。

 

「っしょっと」

「! これは北神様!」

「お、悪いな。ニコいるか?」

「はい! ただちにお呼びして参ります!」

「いやいいよ。俺から出向く。ティールさんのところだよな?」

「ハ! 如何にも、巫女頭は鴨羽殿の池にて……!」

「分かった。ありがとう」

「ハハァ……!」

 

 もはや生き神扱いにも慣れた。

 部族のひとりに礼を告げて雪の道を歩く。

 ネフィリムは有翼巨人。

 ティールの体長は目測で七メートルほど。

 動いていれば物音が激しいのですぐに分かる。

 しかし、ロスランカリーヴァで垣間見たパワーイズパワーな暴れぶりからは一転。

 鴨羽色の獣毛を生やしたティールさんは、意外にも寡黙で静かなタイプだった。

 

 白貂鼠(カリュオネス)の森の小さな池のほとり。

 

 巨人の近縁種とは言うが、ネフィリムの身体的特徴は〝デカいニンゲン〟というより〝人型の巨獣〟と言った方が正しい。

 ティールさんは正座の体勢で、白雪に彩られた翼を折り畳んでジッとしていた。

 その顔は顎が大きく、牙も鋭くて、目は真っ黒、額の両側からは後ろに伸びるツノもあり、指の一本一本が丸太に見える。

 

 ……ぶっちゃけてしまえば、何も知らないまま森で出くわしたら、怪物や怪人と間違えられても仕方がない外見。

 

 その横に、ニコはちょこんと佇んでいた。

 太ましい尻尾をくにゃくにゃと揺らして、豹耳をピクピク動かしながら、アイスブルーの瞳が巨大な有翼者を見上げている。

 

「ニコ」

「……北神様。しばし、お待ちを。いま霊的な交感を解きます」

 

 目を閉じ、数秒。

 ニコはゆっくり目蓋を開けて、深く息を吐いた。

 

「ティールさんと、精神感応(テレパス)を試してたのか?」

「はい。少しずつですが、やっと心を交わすことが出来てきました。どうやらティールさんは、ティールくんのようですよ?」

「なに?」

 

 グ、グ、グ。

 微かな身じろぎと共にドサァ、と雪が落ち、ネフィリムの真っ黒な視線が頭上から突き刺さる。

 マジか。てっきりこの迫力から、一人前の男なのかと思っていたけど。

 

「有翼巨人の年齢なんて、外見から判断できるワケないもんな……」

「一人称は〝ぼく〟でした」

「そっか。ってことは、マジで子どもなんだな」

「まだ自己紹介と、簡単な挨拶しか出来ませんが、どうやらそのようです」

「異種族のなかでもネフィリムは、特に霊的な交感が難しいって話だったよな? すごい成果だ」

「ありがとうございます。ですが、もしかするとネフィリムだからというのは間違いだったかもしれません」

「ん?」

「ティールくん、かなりの引っ込み思案で怖がりなのかもしれません。だから難しかったのかも……」

「引っ込み思案で、怖がり……?」

 

 ゴ、ゴ、ゴ。

 野獣と呼んで何ら差し支えない顔面が、真っ直ぐに俺を見下ろす。

 にわかには信じがたいが、じゃあロスランカリーヴァの地で咆哮を上げながらキメラグールを蹴り飛ばしていたのは、恐怖の悲鳴と抵抗だったのか?

 いや、人は見かけによらないものだ。

 

「そうか。とりあえず、進展があったみたいで良かった」

「引き続き、交流を続けて参ります」

「頼む。ちなみに、なにか困ったことはあるか?」

「困ったことですか? そうですね。やはり、食料でしょうか……」

「ああ。この巨体だもんな。めっちゃ食うんだろ? 追加で畜犛牛(オーノック)を届けさせるよ」

「あ、いえ。そうではなく」

「?」

「ティールくん、菜食主義者みたいなんです。出来れば野菜か果物をお願いします」

「……マジ? それも精神感応で分かったのか?」

「いえ、用意した食事のなかで、手をつけるのが野菜と果物だけだったので……」

「……なるほどなぁ。じゃあこれまでの肉は?」

「あ、それは私たちが有り難く!」

「ちゃっかりしやがって」

「も、申し訳ございません……!」

「まぁ、べつにいいけど」

 

 次からは、野菜と果物だけを運ばせるようにしよう。

 狩猟部族のアイデンティティーを大事にして欲しい。

 けど地味に参ったな。

 

(家畜の輸入より、野菜と果物の輸入のほうが高いんだよな……)

 

 金には困ってないが、北方大陸(グランシャリオ)全体で食料自給率の問題は避けられない。

 連合王国も無限に輸出してくれるワケじゃないし、壮麗大地(テラ・メエリタ)に頼るしかなさそうだ。でもそろそろ、こっちばっか貰ってばっかで悪い気がして来たんだよな……ララヤレルンから何か、向こうに渡せるものを探しておくか。

 ユリシスと薔薇男爵は、何を欲しがるだろう?

 

「とりあえず、了解。他になにかあるか?」

「いえ、大丈夫です」

「そうか。じゃあ、手配はしておく」

「よろしくお願いしま──あ!」

「なんだ?」

「……そのぅ、あの仔たちは……?」

「…………また留守にするから、そのとき預ける」

「やッたー!」

 

 ビクぅ!!

 ニコの歓声に、ティールさ──ティールくんが驚いたように巨躯を弾ませた。

 地響きが森の木々を揺らす。

 ……たしかに、この様子では意外と怖がりなのかもしれない。

 ニコを軽く白眼視しながら、俺は門扉を開けた。

 が、境界を越える前にひとつ質問。

 

「ああ、このあと兄貴に会ってくるけど、なにか伝言とかあるか?」

「あに様に? ああ、尖り兜山に向かわれるのですね?」

「おう。だからなんか、兄貴に伝えておきたいこととかあるか?」

「うーん……いえ、特にありません! 夜になれば、どうせすぐに帰って来ますし」

「ふん。それもそうか。じゃあ、引き続きよろしく」

「はい! こちらこそ、よろしくお願いいたします!」

 

 ニコもだんだん、俺に対し気兼ねが減って来た。

 最初はめちゃくちゃ怖がられていたけど、今では割かし素に近いテンションで対応してくれる。

 やっぱ部族のトップに立つような女は、それ相応に胆力も持ち合わせているんだろう。

 あるいは、これも信頼が溜まって来たってことなのかな。

 

(ニックのほうは、まだまだガチガチに堅いんだけど)

 

 尖り兜山。

 ララヤレルンの北東、いっそう高く切り立った峻険な山岳地帯。

 ノタルスカ兄妹の片割れ、兄貴のほうには、半龍アルステラの面倒を見てもらっている。

 豹頭の弓使いは、さて、どこにいるかな?

 

 

 

 

────────────

tips:霊的交感による精神感応

 

 ニコ・ノタルスカの巫術の一種。

 本来は土地の声に耳を傾け、自然の一部となることで脅威をいち早く察知する技。

 先祖伝来の伝統的な術だが、瞑想が必要なくせに精度が低いため、ニコは使い勝手が悪いと考えている。

 しかし、群青卿の死霊念話を見たニコは、「これってこう使うのが正解なんじゃないの?」と閃き、徐々に言葉の通じない異種族とのコミュニケーション方法を確立させつつある。

 でも何故だろう?

 ネフィリムのティールは、怖がりなはずなのに驚かなかった。

 

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