ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
尖り兜山は、標高が高いために空気が澄んでいる。
晴れた日は夜になると綺麗な星空を眺望でき、アルステラはどうやらそれが気に入ったらしかった。
あいにく
別のこと。
「これが、例の祈祷場か……」
「──ハ。恐らくは古龍信仰のためのものかと思われます」
「石切り職人でも呼んだのか?」
「いえ。自らの手で拵えられたものかと……」
ニックは片膝を着いて、妹とは対照的な畏まった態度で話す。
いま、俺たちの前には滑らかに切り裂かれた岩の祈祷場があった。
龍の口や爪、翼を模したと思しいモニュメントや台座があり、祭壇の上には捧げ物と思しい
尖り兜山の中腹、特に切り立った岩壁の上。
アルステラはここで、自分好みのお気に入りスポットを作ったようだ。
見晴らしが良いので、ララヤレルンも一望できる。
星見台も兼ねているんだろう。
「@@@@@@@@@@@@」
「なにか祈ってる?」
「先日、妹に協力を仰ぎまして、嵐や大渦、旱魃などの天災、天地自然に関する吉兆を祈っているのかも、と判明しております」
「吉兆を祈る、か……」
「──あるいは、占っているのかもしれないと」
「ますます、〈
天体観測が好きで、手から天使の骨っぽい剣を生やし、天災について占いをする。
見た目はティールくんと同じで、ニンゲンに近いとは言えない。
人型の龍。だからこそ半龍だと判断していたワケだけど、混血の可能性は日を経るごとにググンと高まっていく。
古龍信仰者にして占星術師のアルステラ・レイディバグ。
「歳はどのくらいとかって、もう分かったのか?」
「それは……申し訳ございません。分かっていません」
「謝らなくていいさ。それで、今んところ困ったこととかあるか?」
「困ったこと、ですか?」
「ああ。なにせ古代種族だからな。俺たちとは価値観が違うこともあるだろうし、何かすれ違いとか起きてたりしても不思議には思わない」
「……そういうことでしたら、ひとつ問題が」
「聞かせてくれ」
振り返ると、ニックは逡巡を挟んだ後、頭を低くして話し始めた。
「北神様のお耳を、敢えて煩わせるようなコトではないのですが……」
「気にするな。なんでも言ってくれ」
「では……アルステラ殿は少々、不気味がられております」
「不気味がられてる?」
「はい。北神様は、古龍信仰についてどの程度ご存知でしょうか?」
「カルメンタリス教が世界宗教の座を渾天儀教から奪う前、まだ世界宗教なんて言葉が無かった時代に多数派だった旧い宗教ってことくらいかな」
「さすがでございます。つまり、〈正史〉の時代に最大の力を持っていたとされる信仰です」
動物界・天地道。
荒ぶる獣にして世界最強の獣。
巨いなる力を持つ存在に対し、人々は自ずと神を認めてしまうもの。
古龍はそのなかでも、同族たる他のドラゴンを諌めるためにエル・ヌメノスが誕生させたと語られている。
終末の巨龍もまた、古龍のカテゴリだ。
昔、ヴォレアスの屋根裏部屋で子猫みたいな姉と世界地図を眺めて、渾天儀世界の歴史に想いを馳せたっけ。
一億〜十億年前。原生竜代。世界は竜(獣)のもの。
世界神エル・ヌメノスは、世界に生物──獣が溢れるようになると、自然を食い荒らし始めた彼らを見て、獣を律するためには特別な存在が必要だと考えた。
よって、いくつかの獣から〈竜〉の元型を作り出す。
獣の王である竜が誕生した。
しかし、獣から生み出された竜は獣の理に縛られ、いずれも原始的で野蛮な荒くれモノだった。
自然は荒らされ、神々(自然)はさらに傷つけられ、世界は竜とその眷属の時代を迎える。
四千八百万〜一億年前。新原生竜代。世界は龍(獣)のもの。
世界神エル・ヌメノスは各リングベルトにセンタースフィアの基礎情報を転写し、しかしながら、それぞれ別の可能性を与えて廻天させた。
異なる未来を辿らせることで、八つの異世界を促成したのだ。
やがて、八つのリングベルトの内、第六から第八の高次に純度を高めた霊的真髄(エッセンス)を抽出すると、センタースフィアの何匹かの竜へそのまま与えた。
竜は霊格を高め〈龍〉となり、この時代、ようやく獣の神=古龍が現れたことで、世界に均衡が取り戻される。
名書『壊れた渾天儀世界』で読んだ時代遷移の一部抜粋だ。
「外見は完全に半龍だし、こうやって祈祷場まで作ってるから、不吉だって言われてんのか?」
「まだ酒場の噂話程度ですが、山岳に出入りする者たちのあいだで、徐々に広まってきているようです」
「俺がいるのに、またずいぶん今さらな話だな……」
不気味というなら、ララヤレルンは最初から不気味だ。
「俺よりもアルステラのほうが不気味だって言うのか?」
「──恐れながら、北神様は我らララヤレルンの民に良くしてくださいますから」
「つい昨日、好感度を下げちまった気がするけどな」
「は?」
「いや、なんでもない。光栄な評価だよ。でも、アルステラが何か悪さをしたってワケじゃないんだろ?」
「はい。どちらかというと、迷い込んだ
「じゃあ、めっちゃイイヤツじゃん」
言葉の壁は、こういうところで損な面を生み出す。
人はやっぱり、分からないモノを怖いと思ってしまう生き物だ。
「てか、
「ッ、はいッ。この山のさらに東の方角から、三箇所で確認されています」
「東か」
その方角から怪人が迷い込んで来たと聞くと、嫌でも関連を疑わざるを得ない。
東境の大峡谷、ネルネザゴーン。
グリムランドとも呼ばれる北の五大が一。
(──恐らくは、アイツがいる場所)
カプリから、ゲーン・ダッドリューの名前は聞いている。
警戒しておくに越したことは、無いだろう。
「よし。死霊は増やした」
「北神様のご配慮、誠に民を思いやる仁心に満ちたものかと存じますッ」
「よいしょがすごいな……それよりニック、今度一緒に狩りでもしないか? ゼノギアとはよくやってるんだろ?」
「そんな! 北神様とともに狩りなどッ、恐れ多い限りですッ! 我が弓は、とても神の御前に披露できうる腕前ではなく……!」
「……えぇ? いいから、一緒にやろうよ」
「ッ──北神様の思し召しとあらば……」
「…………」
悲しい。
なんで俺だけこんな、パワハラみたいになっちゃうの?
「……やっぱり、いいや……また気が向いたら誘うよ」
「ハッ!」
ニックもこう言うと、すごくホッとした顔するし。
俺、悲しいよ。
「他には、アルステラ絡みで何か困ったことは?」
「差し当たっては……特にございません!」
「そっか……じゃあ、街の酒場で噂話には注意しつつ、問題が大きくなりそうだったらまた報告してくれ」
「承知いたしました!」
ハハァー! と平伏するニック。
ゼノギアへの嫉妬が止まらない。
俺は狩猟のプロと、普通の狩りをしながら互いの蘊蓄話を披露したりして楽しみたいだけなのに。
まあ、仕方がないか……
「じゃ、俺は行くから」
「はい! 行ってらっしゃいませ!」
門扉を開けてクルリと背中を向けると、ニックが心底安堵した様子で笑顔で送り出してくれた。
その後ろでは、途中から祈祷を終えていたアルステラが不思議そうに俺たちを見ている。
軽く手を振っておいた。
次は、アルバエルフのダスク・グウェンドリンだ。
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tips:銀星の半龍と雪豹人の狩人
夜になればすぐに帰ってくる。
妹であるニコはそう語ったが、実はこの頃、兄の帰りが遅くなって来ているのを知っていた。
夜、特に星の垣間見える日。
尖り兜山の厳しい山肌で、兄はもうひとつの星を見つめている。
種族も異なれば言葉も通じない。
然れど、自然とともに生きるエンシアには、そもそもが当たり前。
兄は昔から、美しい生命に心惹かれるタチだった。