ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
アルバエルフのグウェンドリン。
地底エルフ、純白エルフとも呼ばれる古代種族である彼女は、実はティールくんやアルステラと比較すると、ひとりだけララヤレルンでの過ごし方に大きな違いがあった。
それは現代に対する姿勢。
ダスク・グウェンドリン──姓が先にくるらしい──は、現代の常識を積極的に吸収しようとしている。
言葉の壁に悩んでいるのは俺たちばかりではなく、彼女たちも同じ。
しかし、ティールくんとアルステラは自分たちの異質性を理解しているのか、こちらの文化や生活に馴染もうという意思はそれほど強くなかった。
一方で、グウェンドリンは違う。
彼女は外見もニンゲンに近いためか、身振り手振りによるコミュニケーションで悪戦苦闘すること三日。
どうやら勉強をしたがっていると判明して、以降、ララヤレルンで最も知識人だと言える人物のもとで、言語学習に勤しんでいる。
そう。エルダースの卒業者であるテレジアのところだ。
フェリシアも同じ卒業生ではあるが、刻印騎士団の仕事の都合上、外を出回る機会が多いため、基本的に内勤仕事しかしないテレジアに白羽の矢が立てられた。
個人的にはカプリもイケそうだと思ったんだが、あの吟遊詩人は「ワタクシそこまで年寄りではないので」と嘘くさい理由で拒否しやがった。
ちょうど連合王国からの旅程調整の連絡がなければ、もう少し食い下がって面倒を引き受けてもらったんだけどな。
「私もべつに、古代言語にこれといって明るいワケではないのですけど?」
「でも、神代の調合書とか研究したりしたんだろ?」
「同じエルフなら、メラン殿下が対応すればいいじゃない」
「俺はダークエルフだ」
「親戚みたいなものでしょ」
「大いに違うぞ。アルバエルフは〈最初のエルフ〉にルーツを持ってて、ダークエルフは〈
「色も白と黒で真逆ですものね」
「その言い方はどうかと思うけど、まぁ、そうだな」
と、こんな感じで。
テレジアは億劫そうだったが、あくまで一時的な仮教師ということでグウェンドリンの面倒を見てもらっている。
そして、グウェンドリンは要するに地底人なので、地下での生活を好んだ。
彼女は現在、テレジアの錬金術工房兼治療薬院の地下室、暗室で保管しなければいけない薬などが置かれた部屋で熱心に勉強中だ。
エルノス語の簡単な挨拶や動詞くらいなら、すでに問題なく使えるらしい。
「メラン。コンニチハ」
「こんにちは。グウェンドリン」
「テレジア。メラン、キタ」
「はいはい。見れば分かるわ。相手をしてくるから、勉強を続けて」
「ベンキョウ、する」
「凄いな。もう結構カタコト会話できてるじゃないか」
「エルノス語ですから。覚えるのは簡単でしょう」
真っ暗な地下室から燭台を持って、テレジアが目をしょぼしょぼさせながら出て来た。
アルバエルフは俺と同じで、暗所での視界に困らない種族らしい。
耳も俺たちより優れていて、コウモリみたいに鋭敏な聴覚を持っているようだ。
たしかに、耳を見ると俺やアイナノーアなどの耳より少し大きいかもしれない。
火がないと教材が見れないテレジアには、少し酷な生徒かもしれなかった。
「悪いな。すぐに代わりの人材を見つけるから」
「私の伝手を頼っているのに、どうしてそう根拠のない気休めを口にするのかしら」
「ごめんなさい」
「……ちょっと。子どもみたいに謝らないでください。そういうのはゼノで充分なの」
「おっと」
これは惚気か?
了承のポーズで、階段を上がる。
テレジアが躓きかけた。
「おっと」
「あ、ありがとうございます……」
「気をつけてくれ。ゼノギアに変な誤解はされたくない」
「どういう意味ですか……」
「簡単な意味だ。フェリシアにも変な誤解をされたくない」
「それは……そうでしょうね」
苦笑を得て、俺たちはすぐに離れる。
カウンターテーブルを挟んで、いつもの立ち位置だ。
さて、チラッと様子は見られたけど、この様子だとテレジアの疲労が問題かな?
「錬金術師なのに、目薬くらい作ってないのか?」
「失礼ですね。目薬ならそこの棚に、たくさん作ってあります」
「商品だろ? 自分用のだよ」
「まだまだ若いので平気です」
「いやいや……」
目薬くらい、若くても指しておくべきだろ。
「ゼノギアとお揃いの眼鏡でもかけるつもりなのか? 言っておくけど、丸眼鏡が似合う人間はそういない」
「あらあら。メラン殿下も失言がお得意なのかしら。私にだって似合います」
疲れているからか、テレジアの機嫌があまりよろしくない。
俺に対してはいつもこんな感じとはいえ、やっぱり日々の業務に加えてグウェンドリンの面倒まで見るのは大変だったか。
「今度、目に良いらしいベリー類を
「……それはどうも。で、今日はどのようなご用件で?」
「グウェンドリンの様子を見に来たんだ。何か困ったことがないかってな」
「睡眠間隔」
「ん?」
「睡眠間隔に困っているわ」
「と、言うと?」
「彼女、眠らないのよ」
「なに?」
「まったく眠らないの。エルフって、そういうものなの?」
「いや……そんなことはないが」
「……そう。じゃあ、やっぱり彼女がおかしいのね」
「眠らないって、どのくらい眠らないんだ?」
「私が把握している限りだけど、ここに来てからは一度も眠ってない」
「────」
絶句。
「じゃあ、その間ずっとあの部屋で勉強してるのか?」
「そうよ。休憩しなさいって言っても、平気って言うの。しかもそのうえで、私が寝てる間にドッサリ質問を作ってくるオマケ付き……」
「他は? 食事とかもか?」
「いいえ? さすがに基本的な生活行動は私たちと同じ。でも、睡眠だけが全然違う」
「なるほど……」
それはちょっと、予想外だ。
ユミナの加護を授かっているかもとは思っていたけど、西方大陸では気づかなかった。
俺たちと同じように、眠っているものとばかり。
目を閉じていただけ?
「悪い。それは俺が、もっと早いうちに気がついておくべきだったな」
「いいのよ。メラン殿下は帰って来たばかりでバタバタしていたし、またすぐに留守にするんでしょう?」
「ああ」
「やっと出来た暇なのだから、領主らしく下々の者を使えばいいわ」
「下々の者って」
テレジアは大貴族の令嬢である。
「とりあえず、無理はしないでくれ。グウェンドリンのライフスタイルに引きずられて、身体を壊すようなことになったら困る」
「もちろん、それは心得ています。他者を癒そうって人間が、自分をおろそかにしてたら本末転倒ですもの」
「ああ、ゼノギアにも恨まれそうだ」
「…………本当に、そう思います?」
「そりゃ思うだろ」
「そうかしら……」
テレジア・トライ・トロイメライ。
普段からゼノギア大好きアピールに余念が無いくせに、変なところで自信に欠ける。
あのスカポンタンは何をしているのやら。
「しかし、そうか……眠らずに勉強してるなら、これだけ修得が早いのも納得だな」
「あ、そうそう。彼女からたぶん、メラン殿下にメッセージがあったわ」
「メッセージ?」
「ええ。たぶん、これを言いたいんじゃないかしら? って私が勝手に推測しているだけだけど」
〝我らはここで時を待つ。私は海。彼は槍。彼女は船〟
「時を待つ……は、なんとなく言わんとしていることが分かるんだが、後半は何だ……?」
「私が知るワケないわ。でも、何かが来るのを待っているってのは察しがつくのね。後半はグウェンとネフィリムの彼と半龍の彼女のことでしょう」
「……とりあえず、分かった。覚えておくよ」
「ええ。間違ってたらごめんなさい。そのうちグウェンから、すぐに話を聞けるとは思いますけど──ただ、その前に出発のほうが早いかしら?」
ちょうどいいから聞かせなさい。
テレジアはカウンターの下から〝スタミナドリンク〟とラベルの貼られた瓶を取り出すと、キュポン! とコルクを抜いた。
片手の親指だけだった。
「ついに決定した人界同盟締結のための巨人国での会談。ティタノモンゴットへの出発は、具体的に何日になったの?」
ゼノはメンバーに入っていないでしょうね?
恐らくは後半のほうが重要なトーンで、アルケミスト・クールビューティーは俺を睨んだ。
敬語がときどき外れているのが、信頼と友情の証だと思いたい。
────────────
tips:錬金術師と地底人
グウェンドリンの学習力は異常だった。
人の脳は通常、眠っている内に一日の記憶を整理する。
眠らなければ脳内の老廃物は溜まり続け、何もかもに支障を来たしてしまうはず。
錬金術師であり薬師でもあるテレジアには、グウェンドリンが次第に人間ではないモノに見えていた。
しかし、
「テレジア、オシエテ」
「分かったわよ、もう……」
どうせここは常識の通用しない非常識の都。
絶滅したはずの古代種族が目の前にいる時点で、自分の知識など絶対の自信には繋がらない。
「グウェンドリンって長いわね。グウェンって呼ぶわよ?」
「テレジア、アリガトウ」
「子どもなんて産んでないのに、もう六人目が出来た気分だわ……」
相手はもちろん──彼だけだ。彼とだけ、そういうコトをしたい。
「……ばかゼノ」