ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#289「ギガース高原一日目」

 

 

 ギガース高原での一日目。

 五日後には月の瞳が門扉を開けて、テスカ山脈の道のりを大幅にショートカットする予定とはいえ、バカみたいに立ち止まったままではいられない。

 進められる距離は進んでおきたいのと、風雨を凌げる基地拠点をどこに作るか、探索の必要があるからだ。

 それに、俺やフェリシアは高山病──山降ろしの呪いにかかる恐れがないが、カプリとクリスは少しずつ運動量を増やしていって、標高の高さに慣れていく必要がある。

 

「いやはや、ワタクシどものせいでなんだか申し訳ないですな」

「メラン様はともかく、フェリシア様も体調は平気なんですね」

「あ、はい。私、父がハイランダーだったので、もともと足腰と心肺機能には自信があるほうだったんですけど、東方大陸から帰ってからこっち、調子はずっといいんです」

「ふぅむ。白き風と黒き智慧の夜女神。フェリシア殿に宿る神性は、たしか北方大陸の地母神のものでしたか?」

「地母神……? うわぁ、改めて考えると、やっぱり本当に凄いですね……」

「あはは」

「クリス。超人っていうのも、俺は充分凄い枠組みだと思うぞ」

「そうですぞそうですぞ? なのでこのなかで一番平凡なのは、間違いなくワタクシと言えるでしょう」

「「「…………」」」

「なぜ、黙るのです?」

 

 カプリの言葉に、俺たちは釈然といかず、それぞれが同時に曖昧な表情になるしかなかった。

 カプリにも精霊の祝福がある。

 人間性やミステリアスな雰囲気も含めたら、とても平凡の枠組みには入れられない。

 けれど、悲しいかな。

 常識の範疇か範疇じゃないか。

 その基準でジャッジを下すと、どうしても反論ができなかった。

 クリスもただの超人じゃなくて、超人戦技をいくつも使えるとかいう〝人間逸脱の証〟を文字通り持ってるし。

 

(普通はひとつだけだからな。一生に修得できる超人戦技ってのは)

 

 騎士の“ウォークライ”──ただの大声が、なぜか衝撃波による防御・緊急回避を可能にする技(魔法にも効く)。

 騎士の“騎士道剣”──ただの大上段からの振り下ろしが、なぜか剣圧を収束させて前方に道を作る技(前方にあったものはミキサーにかけられたみたいになる)。

 騎士の“メイルシュトロム”──ただの甲冑格闘術が、なぜか大渦潮を想起させる連続乱撃となって周囲を粉砕する技(騎士は徒手でも侮るべからず、という格言のもとにもなっている)。

 

 ウォークライと騎士道剣については、この前のララヤレルン石橋でも見たな。

 ちなみに、これらの超人戦技は昔から、騎士職にある人間が身につけやすいと言われているので騎士系として有名だ。

 生きている間に、〝自分にはそういうコトができて当たり前だ〟って存在定義を書き換えてしまったクリスくん。

 冷静になると、人懐っこいゴールデンレトリバーみたいな顔のくせして、だいぶ怖すぎじゃないか?

 俺たち誰ひとりとして、平凡じゃない。

 

 が、そんな超人でも北方大陸(グランシャリオ)の地獄みたいな自然には打ち勝てない。

 

 南部人だから余計に北部は厳しいだろうし、カプリはそもそも身体的スペックで言えば普通の羊頭人(シーピリアン)だ。

 超人と羊頭人(シーピリアン)が高山病に罹らないようになるために、どれだけの慣らしが必要かは分からないが……

 ティタノモンゴットに到着すれば、さらに標高が高くなるから無理はさせられない。

 あらかじめテレジアから薬などは渡されているけど、無理を言わせてカラダを酷使するより、徐々に順応させていった方が健康的だった。

 

 月の瞳の判断は、そのため、正しいのだろうと言わざるを得ない。

 

「では五日後」

 

 そう言って、すでにアイツは姿を消している。

 恐らくはルカのところ──先行して進んでいる連合王国の本営に戻ったんだろう。

 俺たちも歩きながら、今日のところは早々に基地作りを終えて休むつもりだった。

 基地作り自体も、場所さえ良さげなところを見繕えば、特にこれと言って苦労する話でもない。

 この場には魔法使いが、ふたりもいるからだ。

 俺に関しては、ヴァシリーサと契約したおかげで魔力の気兼ねもなくなっている。

 

 そうそう。ヴァシリーサと言えば、俺の使い魔には今回、ゼノギアと一緒でララヤレルンの守りを任せているんだが、

 

「ラズィと何日も会えないなんてイヤよ。毎日会いにいくわ!」

 

 とのことで、ヴァシリーサの好きなタイミングで、こっちに顔を出すことになっている。

 使い魔契約を結んだ瞬間から、俺たちの異界の門扉は開錠条件を共有しているからな。

 俺が行ったところ向かったところには、ヴァシリーサも異界の門扉を開けられるし。

 ヴァシリーサが行ったところ向かったところには、俺も異界の門扉を開けられる。

 あ、過去は含まない。

 あくまでこれは、使い魔契約を結んでからの話だ。

 個々の移動については、これまでと変わらない。

 

「それにしても、ギガース高原って何も無いですね」

「クリス殿……それはいささか、風情に欠けた感想かと」

「たしかに見渡す限り、雪と岩肌ばかりですけど……」

「何も無いってのは、言い過ぎだなぁ」

 

 吹雪が止み、夜天銀月に見下ろされたギガース高原では、黒々しい岩肌と白雲のような山群が確認できる。

 森林限界は超えているので、樹氷のひとつも確認できないのは物寂しいかもしれない。

 しかし、ここでも生命の痕跡は微かながら点在している。

 

「よく見ろ。あそこ、雪狒々(イエルティ)の死体がある」

「え? どこですか?」

「うーん……私でもギリギリですね」

「メラン殿、我らは夜目が」

「あ、そっか。じゃあ、もうちょっと歩いてから」

 

 真っ直ぐ歩いて、次第に雪に埋もれた怪人道の種族のもとへ。

 

「うわっ! 顔が半分ない……」

「この傷、何らかの獣ですかな?」

「怪物の可能性もありますね」

「顔だけ潰して胴体は残ってそうだから、クマみたいに餌を保管しておくタイプかも」

「ってことは、まだ近くに……?」

 

 クリスが緊張した顔で剣に手をかける。

 黄土色の騎士の得物は、聖剣でもなければ魔剣でもないが、『(ロック)』の銘を持つドワーフ製だ。

 特殊なオイルを塗っているようで、寒冷地でも常温を保っている。

 だが、周囲にそれらしい気配は無い。

 

「この寒さだ。凍って残ってるだけで、死んでからそこそこ経ってるかもしれないな」

「メラン殿の眼に、映るものはありますか?」

「いや。ここにはなにも」

「ふぅむ。すんなりと逝ったタイプなのか、あるいは魂すら雪に埋もれて消えてしまったか……」

「カプリ様!? こ、怖いこと言わないでください!」

「クリス。何にせよ、ギガース高原に何も無いっていうのは間違いだ」

 

 ここは北部、真なる冬の地。

 生あるモノはたとえ命を落としたとしても、者皆ただ静かに氷雪に沈み、忘れ去られるが定め。

 第五世界の理が強いのなら、なおさらそうなる。

 幼少期のあれやこれやが、目の前に浮かび上がるようだ。

 

「よし。とりあえず、進むぞ」

「ですね。何にせよ、このあたりじゃグッスリ寝れそうにありません」

「如何に死者に囲まれた生活が当たり前のララヤレルンとて、死者の真横に寝床を置いて暮らしているワケではありませんからな」

「……なんだぁ? 領主批判かぁ?」

「まさか」

「ふふふ」

「ところで、基地ってどうするんですか? ここには薪もありませんし、持ってきた物資だけじゃすぐに使い切っちゃいますよね?」

「そんなもん、生やせばいいだけだろ」

「生やせば、いいだけ……?」

 

 “樹木(アルボス)

 手から細めの枝を伸ばして、クリスに渡した。

 

「────え」

「なんなら、木造建築でもするか?」

「お、いいですな。ぜひお願いします」

「冗談だよ。本気にすんな」

「でも、簡単な屋根と壁くらいなら問題ありませんね」

「死霊術で作らせれば良いではありませんか」

「死者ならどんなにコキ使ってもいいってのか? 最低だなカプリ」

「最低です、カプリさん」

「おっと。ワタクシの数少ない非人間部分が出てしまいましたか」

「数少ない……?」

「おおっと!? そこに引っ掛かりを覚えられるのは、さすがに心外ですなぁ!」

「冗談だよ」

「ぬぅ」

 

 カプリを揶揄ったところで、俺たちは再び歩き出す。

 クリスは枝を、しばらく神妙な眼差しで凝視していたが、

 

「──あ、待ってください! 置いてかないでくださいよ!」

「早く来ーい」

 

 すぐに復帰した。

 

 

 

 

 

────────────

tips:フェリシア不在中の刻印騎士団ララヤレルン支部

 

 「馬鹿弟子が……」

 赤髪の女騎士は、タバコの紫煙を燻らせて舌打ちしていた。

 「ベロニカの姐さん、頼みますよ!」

 「フェリシア様がいねぇんだ。代わりにおれたちのこと、鍛えてくんねぇですか!」

 「教壇に立ってくれるだけでもいいんで!」

 「黙れ。帰れ」

 「「「姐さん!」」」

 むさ苦しい男たちが、支部長室に押しかけ頭を下げる。

 連日の戦闘訓練。

 ベロニカはロクに面倒を見てこなかったが、馬鹿弟子は熱心に取り組んでいた。

 その結果がこのザマだ。

 久しぶりに支部長室で書類仕事を片付けているというのに、余計な仕事が増えている。

 取るに足らないザコオスどもが、師事を請えば強くなれると勘違いしているではないか。

 だいたい何だ、コイツら。馬鹿弟子は様付けなのに、なぜベロニカは姐さんなのか。歳か。やはり歳のせいなのか。

 「燃やされたくなかったら、三つ数えるうちに消えろ」

 「お願いしますよ姐さん!」

 「今度いい酒奢りますから!」

 「タバコも安値で譲りますぜ?」

 「なんなら、今から店に行きませんか!」

 「あ、おい! テメェなに抜け駆けしようとしてやがる!」

 「うっせ! オレぁツラに傷のある女が好きなんだよ!」

 「へっ! 浮気もんめ! フェリシア様が帰ってきたら、チクってやるぜ!」

 「んだとぉ!?」

 「…………チッ」

 馬鹿弟子が。ずいぶん慕われたようだ。バケモノの分際で。

 「オマエたち、あの馬鹿が怖くないのか?」

 「はい?」

 「アイツがバケモノ混じりなのは知っているだろ」

 「そりゃまぁ……」

 「何度か見てますからねぇ」

 「でも、群青卿のほうがおっかねえし!」

 「フェリシア様、優しいからなぁ!」

 「違いねえ!」

 「チッ」

 なら、結局これが馬鹿弟子の最善だったのか。

 認め難い。あの男のおかげなどと、決して認めるものか。

 「いいだろう。憂さ晴らしに付き合ってやる」

 「「「姐さん!」」」

 どうせ書類仕事など面倒で仕方がなかった。

 ベロニカはザコオスどもを引き連れながら、三歩歩くごとに舌打ちをして訓練場へ向かった。

 

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