ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

290 / 344
#290「ギガース高原三日目」

 

 

 ギガース高原、三日目。

 基地は良さげな岩陰に設営した。

 ニドアの妖木とその針葉樹林(タイガ)を小さく密集させて、大自然の真ん中とは思えない木材の暖かみがある壁と屋根。

 地面にはフェリシアが動物魔法の応用で、羊の毛皮を敷いてくれた。カプリは嫌そうな顔だった。俺とクリスは喜んだ。

 食事は背嚢に詰めておいたもので済ませ、二日目は移動せずに順応のための休息。

 天候も落ち着いたので、ギガース高原での本物の空と夜を満喫した。星がとても綺麗だった。

 だからだろうか? カプリが「遠い宙の彼方に想いを馳せて」と昨夜はリュートハープを弾いてくれた。

 

「“届かぬものを 望んだ男──”

 “彼はただ呟く 魔法のことば──”

 “愛とは悲しみか あるいは怒りなのか──”

 “答えは識らぬ だが忘れられない──”

 “ことばこそが彼女 ゆえ呪われた──”

 “我が身は石に 星の背骨に刻む──”

 “終わりは必ずだ しかし嘆くな──”

 “俺がおまえを ひとりにはしない──”

 “許しも与えない──”」

 

 歌はその昔、恋人に裏切られた男がそれでも変わらぬ愛を告げながら、同時に激しい感情をも抱えていることを伝えるもので、カプリは「美しい星空を見ると、ふと想い出すのです」と語った。

 有名なタイトルでもなく、古代に忘れられた由縁も不確かな歌だそうだ。

 カプリが気に入っているだけで、今ではきっと覚えているのはひとりしかいないだろうとも。

 

「他にも、同じようなお気に入りがもう一曲あります」

「へぇ。それはどんな詩なんだ?」

「そうですなぁ。そのうち、機会があれば歌いましょう」

「カプリさん。〝我が身は石に、星の背骨に刻む〟ってどういう意味の歌詞なんです?」

「さて。きっと、石のように固く、それでいて世界の骨組みにすら刻み込みたいほど、愛情が深かった。そのようなことを、意味するのではないですかな?」

「世界の骨組みにすら、刻み込みたいほどの愛……」

「ええ。ワタクシはそう解釈しております。ほれ、我らが〈渾天儀世界〉には昔から、ちょうど有名な謎がありますでしょう?」

 

 世界が渾天儀の形をしているならば、中心のスフィアと周辺のリング。

 それらを繋ぎ、結び止める〈柱〉はどこにあるのか?

 もっと言えば、〈台座〉は存在しているのか?

 太古の昔から論じられ続ける永遠の命題。

 エルダースですら結論を出せていない謎。

 

「今や〈壊れた渾天儀世界〉とはいえ、星の背骨とはつまりこの〈柱〉を意味しているものかと」

「それって、じゃあ……とっても素敵な歌ですね!」

「ハッハッハ! フェリシア殿もお気に召しましたか。あいにく歌自体は、ちっとも売れなかったのですが」

「タイトルは何て言うんだ?」

「つまらぬタイトルですよ。『ある魔法使いの恋』」

「……たしかに、抽象的すぎてキャッチーではないかもしれないな?」

「先輩! 失礼ですよ!」

「ハッハッハ! なに、構いません。実際、ワタクシの歌声があっても耳を傾ける客は少なかった」

「素敵な詩なのに……」

 

 詩の当事者でもあるまいに、フェリシアがえらく残念そうだったのが昨夜は印象的だった。

 そりゃまぁ、不変の愛とか一途な愛とか永久の愛とか。

 女の子がうっとりしそうなテーマだとは思うけど、俺はどちらかと言えば〝終わりは必ずだ〟ってところが気になったな。

 

(だって、世界の真芯に刻み込みたいほど強かった想いが、愛だったとは限らないじゃん)

 

 裏切りに対する罰。報い。

 そういうものを求めていた可能性も、多いにあり得るだろう。

 無粋な発言なので、敢えて口にすることはしなかったけどな。

 にしても、星を見上げて「届かぬものを」と連想するなんて、カプリはやっぱり詩人だ。

 クリスなんか、リラックスして眠り込んだみたいだった。

 歌詞の意味は何にせよ、歌声は掛け値なしに良いものである証拠だった。

 

 目覚めの朝も、昨日までは若干の気疲れが見て取れたのに、今日は回復したのか「うーん! なんだかだいぶ、慣れてきた気がします!」と言うほどだった。

 

 そんなワケで、「じゃあそろそろ、軽く身体を動かしてみるかー」と本日は運動に挑戦。

 

「メラン様! お願いします!」

「おーぅ。じゃ、行くぞー」

「はい!」

 

 召喚した死霊を、クリスにけしかける。

 数はとりあえず十体。

 いずれも職業戦士だった死霊を選び、本気で戦うよう命令している。

 一対多。

 普通なら、戦う選択肢自体が論外。

 けれど、クリスは超人であり仮にも俺の騎士だった。

 

 黄土色の軽装鎧に身を包んだ状態で、互角以上に死霊戦士たちを相手取る。

 

 超人戦技は使わず、体の調子を確かめるように剣を回し、その戦い方は戦場で裏打ちされた無駄のない動きだった。

 トライミッド連合王国の正統剣術を軸にしながら、時にダーティに足技まで仕掛けて、視界を蹴り上げた雪で遮るなどの行為もする。死霊にどれほどの意味があるかは微妙だが。

 

「クリスさん、体調良さそうですね」

「そうだな。五日は多かったんじゃないか?」

「ダメですよ、先輩。こう言うのは、あ、なんだかイケそうな気がするって思っても、大抵まだダメなんです」

「へいへい。カプリもケロッとしてるから、あんま心配する気になれなくてな」

「カプリさんは、カプリさんですから」

 

 隣にやって来たフェリシアは、理由になってるようななってないような、不思議なラインで断言した。

 まぁ、壮麗大地(テラ・メエリタ)でさえ生き延びた吟遊詩人だ。

 職業戦士でもないのに、体力が多いのは知っている。

 ギガース高原くらいの高さなら、平静にしてる分には問題ないのかもしれない。

 分からん。

 ひょっとすると、俺たちの前では平気なフリをしているだけか? いや、それはないか。

 

「クッキーの騎士さんは、お稽古中?」

「! ヴァ、ヴァシリーサちゃん……」

「お、今日は昼に顔を出したか」

「こんにちは、ラズィ! それと、お姉ちゃん」

「こ、んにちは……」

「なんだ? クリスにでも用があったのか?」

「ううん。べつに。ラズィとおしゃべりしに来ただけ!」

「そうか。いいぞ? なにをお喋りする?」

「先輩が甘々な顔になってる……」

 

 右膝のうえにピョンと乗ってきたヴァシリーサを思わず撫でていると、フェリシアがジトッとした目で俺を見て来た。

 いかん。つい反射的に手が動いて──でも止められない。

 

「フェリシアも、こっち側に座るか?」

「す、座りません! なに言ってるんですか先輩!」

「あらあら。お姉ちゃんは恥ずかしがり屋さんね?」

「! やっぱり座ります!」

「マジか」

「あらあら」

 

 右膝にヴァシリーサ。

 左膝にフェリシア。

 迂闊な発言により、どちらも占領されてしまった。

 やはり先日の宣告の通り、フェリシアは遠慮をやめる覚悟なんだな。

 

「負けません……!」

「なにに? 私、べつにラズィのお嫁さんにはならないわ」

「およッ!?」

「ヴァシリーサ。違う話題にしよう」

「ラズィがそう言うならそうする!」

 

 ベタァァ……。

 万歳しながら寄りかかってくるヴァシリーサ。

 フェリシアは対抗するつもりなのか、真っ赤になりながら同じように寄りかかって来た。

 が、さすがに体格差に違いがあるので、ヴァシリーサと違ってフェリシアはしなだれ掛かるような体勢になっている。

 

「先輩、撫でてください」

「え──どこを?」

「頭に決まってます!」

「はい」

 

 なでなで、なでなで。

 

「む。これは愉快な──しかし退散」

 

 背後からカプリが、Uターンする音が聞こえた。

 クリスは真面目に戦い続けている。

 もしこの場を見る第三者がいたら、俺ってかなりサイテーな領主だろうな。

 

「そういえば、フェリシア」

「はい。なんですか先輩」

「いつまで、その呼び方なのかしら?」

「こら。話の腰を折らない」

「はーい」

「フェリシアの刻印魔法って、結局どんな魔法なんだ?」

「え?」

「ほら、ちょっと前に独創呪文(オリジナルスペル)について話をしたろ?」

 

 そのとき、俺は聞きそびれてしまった。

 ちょうどクリスが、いまみたいに真剣な時に。

 

「ベロニカと同じで、フェリシアの刻印魔法もやっぱり独創呪文(オリジナルスペル)なのか?」

「あ、あー……えっと」

「なぁに? ラズィには話しづらいの?」

「先輩だけに、ってワケじゃないんですけど……」

「誰かに話すのは、ためらう?」

「……すいません」

「いや、謝らなくていい」

 

 魔法は嘘偽らざる心の在り様そのものだ。

 刻印魔法ともなれば、生涯をかけた誓いも同然。

 たとえ浅からぬ仲だとしても、心の奥底を大胆に晒すのは慎重になって当然だ。

 

「言いたくないなら良いんだ。それで怒ったりなんかしない」

「先輩……」

「お姉ちゃんがラズィに甘やかされてるわ」

「一番甘やかしてるのはヴァシリーサだよ」

「ラズィ好き好き大好き!」

「っ、先輩!」

「ん?」

「私の刻印魔法がどんな魔法なのかは、ちょっとまだ言えませんが……先輩がおっしゃる通り、独創呪文(オリジナルスペル)ではあります」

「お、やっぱそうなのか」

「今はこれで、良いでしょうか……?」

「良いも悪いも、俺は最初から全部受け入れるつもりだからなぁ」

「────私も先輩が、大好きです」

 

 ドキッと、不意打ちだった。

 が、フェリシアは羞恥心が優ったようで、膝からバッと降りてしまった。

 

「基地に、戻ってますね……!」

「あ、ああ……」

「むー」

 

 タタタッ!

 駆け去って行く少女の外套を目で追っていると、ヴァシリーサがツノで俺の顎に頭突きした。

 

「ウゴッ──痛い……」

「私とおしゃべりの時間だわ?」

「分かったから、ツノで顎をゴリゴリするのはやめてくれ」

 

 ケツアゴになっちまう。

 ただでさえダークエルフは彫りが深いのに。

 

「それはイヤ」

「だろう?」

「オリジナルスペルの話をしてたのね」

「そう言えば、ヴァシリーサの魔法もまだちゃんと聞いたことは無かったな」

「契約したんだから、もう知ってるでしょう?」

「まぁ、それはそうなんだが」

 

 エル・セーレンで目の当たりにしたヴァシリーサの魔法は、どれもすでに詠唱後の超常現象だった。

 鳥籠の街、ケージ・シティも。

 怪奇屋敷・魔女王国、ミステリーハウス・クイーンダムも。

 伝承融合・童謡化、厄介なバケモノ三重奏も。

 すべてヴァシリーサは、たったひとつの呪文を唱えてから意のままに操っていたのだ。

 

 俺たちがエル・セーレンに入った後で、ヴァシリーサはベアトリクスのように、コレだ! という呪文を唱えていない。

 

 なのに、あれだけの摩訶不思議を実現してみせた。

 まさに()()だ。

 

「ふふふ。でも、ラズィだってオリジナルスペルは使えそうだわ?」

「俺が?」

「秘紋の巫女さまから聞いたもの。まだ死の定義をできていないって」

「ああ」

「けど、死を定義可能なだけの経験は積んである。まだ呪文が獲得できていないのは、ラズィにとって必要なピースがひとつだけ、すぐ足元に転がっているのに気がついていないから」

「……おいおい。なんだ? 俺よりも俺のことを知ってる感じじゃんか」

「使い魔だもーん」

 

 白い髪の毛を手櫛で梳かすと、ヴァシリーサは気持ちよさそうに目を細めた。

 

「ヒントをあげるわ?」

「ぜひ聞かせてくれ」

「ラズィが忘れていて──ううん、きっと私のお母さんが、ただ唯一それだけは使おうとしなかったから、自分にも使えないモノと心の奥で思い込んでしまったのね? でも、それはずっと傍にあったモノ」

「……ずっと、俺の傍に?」

「そうよ?」

 

 大事なのは、白嶺の魔女が抱きし独創呪文(オリジナルスペル)──

 

「“白髏の夜、喪失の帳(レトゥス・アルバ)”ではなくて」

 

 むしろ、もうひとつのほう。

 

「“北辰星極・冬司る七獣神(アルクティカ・セプタユトラ)”」

「!」

「七番目の仔は、喚ばれてもいつも使われない。どうして? ──っていうのがヒント! ちょっと優しく、あげすぎちゃった? でも、これくらいは構わないはずよね!」

 

 何故なら、ふたりはすでに人魔一体。

 ヴァシリーサが答えを暗示しても、それはメランが自分自身で気がついたのと同じこと。

 

 カチ……

 

 ピースが、綺麗に嵌まりそうな予感がした。

 

 

 

 

 

────────────

tips:秘紋(霊体)の決意

 

 世界神の巫女、エル・ヌメノスの尼僧はみだりに顔を晒さない。

 姿さえも、俗世に晒すのは避けている。

 自分たちが世界にとって、極めて甚大な影響力を有している事実を自覚する彼女たちは、秘文字を護るためにも滅多に人前に現れない。

 それが、かつての在り方であり使命でもあった──けれど。

 「私は、もはやただひとつの私」

 世界に対する影響力は、ごく限定的になった。

 ならば、

 「少しずつ……少しずつ……我が王の傍に侍る倖せを」

 望んでしまっても、構わないのではなかろうか?

 名は取り戻せていなくとも、世界に表出するだけの存在規模は戻った。

 しかし懸念もある。

 「カルメンタリス……」

 渾天儀教を世界宗教の座から追放・駆逐したモノ。

 エル・ヌメノス様が〈崩落轟〉から、世界を守らなかったとし弾劾を煽った。

 だがそれは、そもそもがあまりに大きな謎を抱えていて──

 「いいえ。いいえ。考えすぎても、今はまだ詮無きコト」

 表舞台に上がる決断を前に、怯え、心細く、躊躇ってしまっているだけ。居心地のいい現状維持に留まろうとする、手弱女の意気地無し。

 「私、は」

 当世にて、はじめて、一個のひととしての喜びを求める。

 

 ──なお、慣れない他者(フェリシア)との自由な最初の会話は、何故か挑発して終わった。

 

 「シリアスなら、得意なのですよ?」

 

【評価】

【感想】

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。