ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
ギガース高原、三日目。
基地は良さげな岩陰に設営した。
ニドアの妖木とその
地面にはフェリシアが動物魔法の応用で、羊の毛皮を敷いてくれた。カプリは嫌そうな顔だった。俺とクリスは喜んだ。
食事は背嚢に詰めておいたもので済ませ、二日目は移動せずに順応のための休息。
天候も落ち着いたので、ギガース高原での本物の空と夜を満喫した。星がとても綺麗だった。
だからだろうか? カプリが「遠い宙の彼方に想いを馳せて」と昨夜はリュートハープを弾いてくれた。
「“届かぬものを 望んだ男──”
“彼はただ呟く 魔法のことば──”
“愛とは悲しみか あるいは怒りなのか──”
“答えは識らぬ だが忘れられない──”
“ことばこそが彼女 ゆえ呪われた──”
“我が身は石に 星の背骨に刻む──”
“終わりは必ずだ しかし嘆くな──”
“俺がおまえを ひとりにはしない──”
“許しも与えない──”」
歌はその昔、恋人に裏切られた男がそれでも変わらぬ愛を告げながら、同時に激しい感情をも抱えていることを伝えるもので、カプリは「美しい星空を見ると、ふと想い出すのです」と語った。
有名なタイトルでもなく、古代に忘れられた由縁も不確かな歌だそうだ。
カプリが気に入っているだけで、今ではきっと覚えているのはひとりしかいないだろうとも。
「他にも、同じようなお気に入りがもう一曲あります」
「へぇ。それはどんな詩なんだ?」
「そうですなぁ。そのうち、機会があれば歌いましょう」
「カプリさん。〝我が身は石に、星の背骨に刻む〟ってどういう意味の歌詞なんです?」
「さて。きっと、石のように固く、それでいて世界の骨組みにすら刻み込みたいほど、愛情が深かった。そのようなことを、意味するのではないですかな?」
「世界の骨組みにすら、刻み込みたいほどの愛……」
「ええ。ワタクシはそう解釈しております。ほれ、我らが〈渾天儀世界〉には昔から、ちょうど有名な謎がありますでしょう?」
世界が渾天儀の形をしているならば、中心のスフィアと周辺のリング。
それらを繋ぎ、結び止める〈柱〉はどこにあるのか?
もっと言えば、〈台座〉は存在しているのか?
太古の昔から論じられ続ける永遠の命題。
エルダースですら結論を出せていない謎。
「今や〈壊れた渾天儀世界〉とはいえ、星の背骨とはつまりこの〈柱〉を意味しているものかと」
「それって、じゃあ……とっても素敵な歌ですね!」
「ハッハッハ! フェリシア殿もお気に召しましたか。あいにく歌自体は、ちっとも売れなかったのですが」
「タイトルは何て言うんだ?」
「つまらぬタイトルですよ。『ある魔法使いの恋』」
「……たしかに、抽象的すぎてキャッチーではないかもしれないな?」
「先輩! 失礼ですよ!」
「ハッハッハ! なに、構いません。実際、ワタクシの歌声があっても耳を傾ける客は少なかった」
「素敵な詩なのに……」
詩の当事者でもあるまいに、フェリシアがえらく残念そうだったのが昨夜は印象的だった。
そりゃまぁ、不変の愛とか一途な愛とか永久の愛とか。
女の子がうっとりしそうなテーマだとは思うけど、俺はどちらかと言えば〝終わりは必ずだ〟ってところが気になったな。
(だって、世界の真芯に刻み込みたいほど強かった想いが、愛だったとは限らないじゃん)
裏切りに対する罰。報い。
そういうものを求めていた可能性も、多いにあり得るだろう。
無粋な発言なので、敢えて口にすることはしなかったけどな。
にしても、星を見上げて「届かぬものを」と連想するなんて、カプリはやっぱり詩人だ。
クリスなんか、リラックスして眠り込んだみたいだった。
歌詞の意味は何にせよ、歌声は掛け値なしに良いものである証拠だった。
目覚めの朝も、昨日までは若干の気疲れが見て取れたのに、今日は回復したのか「うーん! なんだかだいぶ、慣れてきた気がします!」と言うほどだった。
そんなワケで、「じゃあそろそろ、軽く身体を動かしてみるかー」と本日は運動に挑戦。
「メラン様! お願いします!」
「おーぅ。じゃ、行くぞー」
「はい!」
召喚した死霊を、クリスにけしかける。
数はとりあえず十体。
いずれも職業戦士だった死霊を選び、本気で戦うよう命令している。
一対多。
普通なら、戦う選択肢自体が論外。
けれど、クリスは超人であり仮にも俺の騎士だった。
黄土色の軽装鎧に身を包んだ状態で、互角以上に死霊戦士たちを相手取る。
超人戦技は使わず、体の調子を確かめるように剣を回し、その戦い方は戦場で裏打ちされた無駄のない動きだった。
トライミッド連合王国の正統剣術を軸にしながら、時にダーティに足技まで仕掛けて、視界を蹴り上げた雪で遮るなどの行為もする。死霊にどれほどの意味があるかは微妙だが。
「クリスさん、体調良さそうですね」
「そうだな。五日は多かったんじゃないか?」
「ダメですよ、先輩。こう言うのは、あ、なんだかイケそうな気がするって思っても、大抵まだダメなんです」
「へいへい。カプリもケロッとしてるから、あんま心配する気になれなくてな」
「カプリさんは、カプリさんですから」
隣にやって来たフェリシアは、理由になってるようななってないような、不思議なラインで断言した。
まぁ、
職業戦士でもないのに、体力が多いのは知っている。
ギガース高原くらいの高さなら、平静にしてる分には問題ないのかもしれない。
分からん。
ひょっとすると、俺たちの前では平気なフリをしているだけか? いや、それはないか。
「クッキーの騎士さんは、お稽古中?」
「! ヴァ、ヴァシリーサちゃん……」
「お、今日は昼に顔を出したか」
「こんにちは、ラズィ! それと、お姉ちゃん」
「こ、んにちは……」
「なんだ? クリスにでも用があったのか?」
「ううん。べつに。ラズィとおしゃべりしに来ただけ!」
「そうか。いいぞ? なにをお喋りする?」
「先輩が甘々な顔になってる……」
右膝のうえにピョンと乗ってきたヴァシリーサを思わず撫でていると、フェリシアがジトッとした目で俺を見て来た。
いかん。つい反射的に手が動いて──でも止められない。
「フェリシアも、こっち側に座るか?」
「す、座りません! なに言ってるんですか先輩!」
「あらあら。お姉ちゃんは恥ずかしがり屋さんね?」
「! やっぱり座ります!」
「マジか」
「あらあら」
右膝にヴァシリーサ。
左膝にフェリシア。
迂闊な発言により、どちらも占領されてしまった。
やはり先日の宣告の通り、フェリシアは遠慮をやめる覚悟なんだな。
「負けません……!」
「なにに? 私、べつにラズィのお嫁さんにはならないわ」
「およッ!?」
「ヴァシリーサ。違う話題にしよう」
「ラズィがそう言うならそうする!」
ベタァァ……。
万歳しながら寄りかかってくるヴァシリーサ。
フェリシアは対抗するつもりなのか、真っ赤になりながら同じように寄りかかって来た。
が、さすがに体格差に違いがあるので、ヴァシリーサと違ってフェリシアはしなだれ掛かるような体勢になっている。
「先輩、撫でてください」
「え──どこを?」
「頭に決まってます!」
「はい」
なでなで、なでなで。
「む。これは愉快な──しかし退散」
背後からカプリが、Uターンする音が聞こえた。
クリスは真面目に戦い続けている。
もしこの場を見る第三者がいたら、俺ってかなりサイテーな領主だろうな。
「そういえば、フェリシア」
「はい。なんですか先輩」
「いつまで、その呼び方なのかしら?」
「こら。話の腰を折らない」
「はーい」
「フェリシアの刻印魔法って、結局どんな魔法なんだ?」
「え?」
「ほら、ちょっと前に
そのとき、俺は聞きそびれてしまった。
ちょうどクリスが、いまみたいに真剣な時に。
「ベロニカと同じで、フェリシアの刻印魔法もやっぱり
「あ、あー……えっと」
「なぁに? ラズィには話しづらいの?」
「先輩だけに、ってワケじゃないんですけど……」
「誰かに話すのは、ためらう?」
「……すいません」
「いや、謝らなくていい」
魔法は嘘偽らざる心の在り様そのものだ。
刻印魔法ともなれば、生涯をかけた誓いも同然。
たとえ浅からぬ仲だとしても、心の奥底を大胆に晒すのは慎重になって当然だ。
「言いたくないなら良いんだ。それで怒ったりなんかしない」
「先輩……」
「お姉ちゃんがラズィに甘やかされてるわ」
「一番甘やかしてるのはヴァシリーサだよ」
「ラズィ好き好き大好き!」
「っ、先輩!」
「ん?」
「私の刻印魔法がどんな魔法なのかは、ちょっとまだ言えませんが……先輩がおっしゃる通り、
「お、やっぱそうなのか」
「今はこれで、良いでしょうか……?」
「良いも悪いも、俺は最初から全部受け入れるつもりだからなぁ」
「────私も先輩が、大好きです」
ドキッと、不意打ちだった。
が、フェリシアは羞恥心が優ったようで、膝からバッと降りてしまった。
「基地に、戻ってますね……!」
「あ、ああ……」
「むー」
タタタッ!
駆け去って行く少女の外套を目で追っていると、ヴァシリーサがツノで俺の顎に頭突きした。
「ウゴッ──痛い……」
「私とおしゃべりの時間だわ?」
「分かったから、ツノで顎をゴリゴリするのはやめてくれ」
ケツアゴになっちまう。
ただでさえダークエルフは彫りが深いのに。
「それはイヤ」
「だろう?」
「オリジナルスペルの話をしてたのね」
「そう言えば、ヴァシリーサの魔法もまだちゃんと聞いたことは無かったな」
「契約したんだから、もう知ってるでしょう?」
「まぁ、それはそうなんだが」
エル・セーレンで目の当たりにしたヴァシリーサの魔法は、どれもすでに詠唱後の超常現象だった。
鳥籠の街、ケージ・シティも。
怪奇屋敷・魔女王国、ミステリーハウス・クイーンダムも。
伝承融合・童謡化、厄介なバケモノ三重奏も。
すべてヴァシリーサは、たったひとつの呪文を唱えてから意のままに操っていたのだ。
俺たちがエル・セーレンに入った後で、ヴァシリーサはベアトリクスのように、コレだ! という呪文を唱えていない。
なのに、あれだけの摩訶不思議を実現してみせた。
まさに
「ふふふ。でも、ラズィだってオリジナルスペルは使えそうだわ?」
「俺が?」
「秘紋の巫女さまから聞いたもの。まだ死の定義をできていないって」
「ああ」
「けど、死を定義可能なだけの経験は積んである。まだ呪文が獲得できていないのは、ラズィにとって必要なピースがひとつだけ、すぐ足元に転がっているのに気がついていないから」
「……おいおい。なんだ? 俺よりも俺のことを知ってる感じじゃんか」
「使い魔だもーん」
白い髪の毛を手櫛で梳かすと、ヴァシリーサは気持ちよさそうに目を細めた。
「ヒントをあげるわ?」
「ぜひ聞かせてくれ」
「ラズィが忘れていて──ううん、きっと私のお母さんが、ただ唯一それだけは使おうとしなかったから、自分にも使えないモノと心の奥で思い込んでしまったのね? でも、それはずっと傍にあったモノ」
「……ずっと、俺の傍に?」
「そうよ?」
大事なのは、白嶺の魔女が抱きし
「“
むしろ、もうひとつのほう。
「“
「!」
「七番目の仔は、喚ばれてもいつも使われない。どうして? ──っていうのがヒント! ちょっと優しく、あげすぎちゃった? でも、これくらいは構わないはずよね!」
何故なら、ふたりはすでに人魔一体。
ヴァシリーサが答えを暗示しても、それはメランが自分自身で気がついたのと同じこと。
カチ……
ピースが、綺麗に嵌まりそうな予感がした。
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tips:秘紋(霊体)の決意
世界神の巫女、エル・ヌメノスの尼僧はみだりに顔を晒さない。
姿さえも、俗世に晒すのは避けている。
自分たちが世界にとって、極めて甚大な影響力を有している事実を自覚する彼女たちは、秘文字を護るためにも滅多に人前に現れない。
それが、かつての在り方であり使命でもあった──けれど。
「私は、もはやただひとつの私」
世界に対する影響力は、ごく限定的になった。
ならば、
「少しずつ……少しずつ……我が王の傍に侍る倖せを」
望んでしまっても、構わないのではなかろうか?
名は取り戻せていなくとも、世界に表出するだけの存在規模は戻った。
しかし懸念もある。
「カルメンタリス……」
渾天儀教を世界宗教の座から追放・駆逐したモノ。
エル・ヌメノス様が〈崩落轟〉から、世界を守らなかったとし弾劾を煽った。
だがそれは、そもそもがあまりに大きな謎を抱えていて──
「いいえ。いいえ。考えすぎても、今はまだ詮無きコト」
表舞台に上がる決断を前に、怯え、心細く、躊躇ってしまっているだけ。居心地のいい現状維持に留まろうとする、手弱女の意気地無し。
「私、は」
当世にて、はじめて、一個のひととしての喜びを求める。
──なお、慣れない他者(フェリシア)との自由な最初の会話は、何故か挑発して終わった。
「シリアスなら、得意なのですよ?」