ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
ギガース高原、五日目。
昨日は一昨日と、ほとんど同じようにして過ごした。
クリスとカプリに関しては、一応、大事をとって休息時間を多めにしてもらいつつ、今日も体調は問題なさそうに見える。
「メラン様、今日は巨人の死霊をお願いします」
「デカいヤツと戦いたいのか?」
「はい。そろそろ対巨人戦を思い出しておこうかと」
「前に戦ったことあるのかよ……」
俺たちはべつに、ティタノモンゴットに戦いに行くワケじゃない。
しかし、護衛という観点。
クリスは念のため、巨人とのバトル展開も想定してから入国したいようだ。
月の瞳はまだ姿を現していないので、「ほどほどにな?」と望み通りの相手を召喚してあげた。
「巨人たちの国に向かう前に、巨人の死霊を召喚するとか……あんまり気は進まないんだけど」
「すみません! けど、後悔はさせませんので!」
クリスは頭を下げると、死霊巨人とともに少し基地から離れた。
そして、真剣に戦闘訓練を開始する。
雪がドシャーン! と舞い上がった。
派手だ。そして真面目だ。職務に忠実。なんて好青年。
一方で、
「ぬぅ。ギルベルト殿から相談ですか……」
「そうよ。嘘つきの羊さん」
「やれやれ……久方ぶりの休暇だというのに」
「領主代行。休暇ではないと思いますが……」
焚き火に当たりながら、カプリは如何にも億劫そうにギルベルトからの相談に乗っていた。
ヴァシリーサが異界の門扉を開けて、あっちとこっち。
窓越しに話すみたいに境界を隔てながら、何やら書類仕事関係の会話を始める。
たしかに、まだティタノモンゴットに入ったワケじゃない。
五日間も暇があれば、休暇だと思ってしまっても仕方がないが。
クリスと比べると、だいぶ不真面目さ加減が目立った。
もともと何か合ったらいつでも連絡していいって話だったんだから、相談くらい快く乗ってやれ。
群青卿はそう思います。ヴァシリーサはカプリが嫌いなのか、すぐに
「先輩。今日のお昼ご飯ですけど、あっちにまた
「おー、たしかにいるな。かなりデカいのが」
「お任せしてもいいですか?」
「いいぞ。連合王国への土産にもなりそうだ」
「じゃあ、お願いします。私はちょっと、いろいろ準備をしておきますね」
「おー」
五日間のうちに、自作した斧を肩に担いで。
俺はフェリシアからの頼みを受けて、
昨日は見かけても、まだ手持ちの食糧があったので手は出さなかった。
ギガース高原に棲息している種なのか、図鑑や生物学関連の書籍に載っている情報よりも一回りはデカい。
メガファウナならぬ、ギガファウナってところかな?
ある程度近づくと、飢えているのか目を血走らせ突撃してきた。
スピードはそこまでない。
ご立派に生えたツノが真っ直ぐ俺を狙う。
(てかコイツ、よく見たら地竜化しかけてないか?)
森林限界を迎えた高地で、そりゃ腹も減るだろう。
孵化登竜現象を迎える前に殺す。
が、手製の斧は岩を削っただけの原始的な代物なので、さて、どれだけ切れ味があるか……まずは勢いを殺してみようか。
ド ォ ン ッ !
「──!?」
「悪いな。俺は普通のダークエルフより、頑丈らしい」
ツノを左手で掴んで、抑え、少し後ろに滑らされるが運動エネルギーをゼロに。
鼻息荒い獣は、ダラダラと涎を垂らしながら混乱した様子だった。
その隙を、右側から首元目掛けて斧で刈り取る。
凶気に染まっていた目が、ス──と鎮まった。
「地竜化する前で、ラッキーだったな」
尋常の獣の範囲内なら、このくらいは素で何とかなる。
肉食済みっぽいので美味いかどうかは怪しいが、毛皮も有効利用できるし、どうせ大所帯だろう連合王国にプレゼントしちまえば問題はない。
まだ温かいうちに、血抜きなど最低限の処理をしておく。
手がベタベタになるが、基地に戻ればフェリシアがお湯を沸かしているはずなので、少しの辛抱だ。
それに、気温が低いので不快な匂いもそんなにしない。
むしろ、温かな血と肉に触れられて、俺の手先はじんわりと血行が良くなり気持ちいいくらいだった。
昨晩、我らがララヤレルン組唯一の女性であるフェリシアは、連合王国と合流する前に全員湯浴みを行い、身だしなみを整えておくべきだと言った。
「湯浴み? うーん……ティタノモンゴットに入る前でいいんじゃないか?」
「ダメです。先輩、これは先輩が群青卿として、初めて国際的な場に姿を現す記念すべき機会なんですよ?」
「だから、会談の前でいいじゃん」
「ダ・メ・で・す! 私たちも身だしなみに気を遣いますから、恥ずかしくない格好をしてください!」
「恥ずかしくない格好……」
「幸いにも、先輩にはとっても素敵で便利な能力があります」
「! だから俺の背嚢に、あんなに衣装を詰め込ませたのか!」
物質のサイズ変更能力。
フェリシアは出発前、「会談が何日かかるか分かりませんから」と、俺に何枚も箪笥から衣装を引っ張り出させた。
もともと持ってた衣装だけじゃなく、新しく買い込んだものまで。
ざっと百着は詰め込むことになっただろうか?
それらはすべて、小さな巾着袋に入れられている。
俺はもちろん辟易した。が、
「毎日ララヤレルンに戻って着替えるのと、どっちがいいですか?」
「風情もへったくれもない」
せっかくの旅だというのに、さすがにそれは無いだろう。
留守にするからと挨拶周りまでしたのに、どんな目で見られろと言うのか。
という事情で、やむなく大量の衣装を持ち込んでいた。
「旅をしてたら、多少小汚くなるのは当たり前なのに……」
けれど、王侯貴族なら旅先でも湯浴みくらいして当たり前。
こういうところで、俺はまだまだ高貴なる者の感覚が足りていない。足りなくても良くない? ダメか。
貴族ならぬ蛮族。
メラネルガリアのアイツらに再会したら、「変わってないわね!」「うそ……ぜんぜん変わってなさすぎ……?」と驚かれてしまうかもな。
仕方がないので、格好くらいはカッコつけよう。
「月の瞳、遅いな」
ずるずると
すでに昼も近いが、月の瞳はまだ迎えに来ない。
五日目になったら迎えに来ると言っていたのに、いつごろ来るつもりなのだろうか?
俺もフェリシアも暇なので、昨日は魔法をアレコレ試し撃ちするくらいしか、やることがなかった。
キッカケはもちろん一昨日のヴァシリーサだけど、たとえば“
汎用的な一般呪文を使って、俺はニドアの林の妖木を創造するワケだけど。
それってなんか、もう少し最適化の仕様がある気がするよな?
あの妖木は正確には、ただの樹木じゃなくて〝蠢く樹木〟だったワケだし。
「呪文の昇華。あるいは、より相応しい呪文を探すのは、たしかに魔法使いのライフワークです」
「そんなことより、いっそラズィもオリジナルスペルをどんどん増やしてしまえばいいのよ」
「ええ?」
「だいたい、やってること自体は自己の世界観の開示でしょう?」
それが異界化のレベルに至っているか至っていないかの違いだけで、呪文に込めている意味や想念は俺独自のモノ。
肉体を押し潰し、骨を縛り砕き、生命を土に還す針葉樹林の守護者。
鉄鎖流狼さえ拘束し得る大木の力強さ。
「“
「なるほどー。ベアトリクスの知識にも、たしかにあるな」
「ヴァシリーサちゃん。私にも、教えてください」
「どういうの?」
「動物系の呪文で、もっと強い仔を創りたくて」
「それって、必ずしも動物である必要はあるの?」
「え?」
「お姉ちゃんなら、“
昨日、ヴァシリーサはいろいろ候補を挙げてくれた。
なので、俺もフェリシアもそれぞれの呪文を試しに使ってみたりして、魔法の完成度を確認したりする日だった。
あーでもないこーでもないと考えながら、試行錯誤して。
途中で“
俺は少し、泣きそうになった。
ヴァシリーサの姿が、記憶のなかの母娘に重なったからだ。
場所のせいもあるかもしれない──なんて。
「っと」
ほんのちょっとだけ物思いに耽っていたら、基地の近くに異界の門扉が出現した。
月面に蠢く眼球、月光で泡立つ深淵的な門扉。
瞳を閉じた月の瞳が、霞のように浮かび上がる。
「やあ、王子」
「よお。遅かったな」
「すまない。これは開けておくから、食事と身支度は済ませてからで構わないよ」
「そりゃ気が利く」
皮肉には、肩を竦められた。
どうせ来るなら、もう少し遅くても良かったのに。
こちらの状況は視えているはずだが、どうしてこんな微妙なタイミングでやって来たんだか。
待たされた分、言われずとも待たせるけども。
「おーい!」
声をあげて、クリスに切り上げの合図を送る。
予定より少し遅れたが、これでいよいよトライミッド連合王国と合流だな。
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tips:西方大陸から帰還後のエリンの姫君
アイナノーアはドカ食いをしていた。
というのも、群青卿と一緒に北方大陸に帰ったのに、あのダークエルフは「じゃあな」の一言もなく即座に自分の領地に帰ったからだ。
自分だけ別れの挨拶を忘れられている。
英雄は忙しい? でも一言くらいあってもいいじゃない!
「姫様! それで、噂の群青卿はどのような殿方でしたか?」
「上背は? 鼻筋は? あばたは? 知性や教養は?」
「社交界にはいつごろ出席されるご予定と?」
「知らないわよ」
「まあこれだから姫様は! 相変わらずそそっかしくて!」
「重要なことを何もお聞きにならなかったので!?」
「──まったく。だらしないですよアイナノーア」
「そうですよ、お姉様」
実家では毎日これ。周りにいる侍女や乳母、母親に妹にまで責められる。
いったいどれだけ、私を結婚させたがっているんだろう?
群青卿は見たところ、アイナノーアにはまったく興味が無かったんですケレド★
でも、たとえ嘘でも、少しくらいはこの人たちの前で仲良さそうなところを見せたかった。
だって、うるさい。このままではアイナノーアは、息が詰まってコルセットに殺される。
ドレスは嫌いだ。結婚話も嫌いだ。
女の幸せが素敵な殿方との結婚にしか無いなんて、アイナノーアは思わない。
けれどそれが、理解してもらえる人たちじゃない。
彼女たちも彼女たちなりに、アイナノーアを大事に想っているからしきりに小言を垂れている。それは事実。
「こうなれば、仕方がありません」
「? なにが、仕方がないの?」
「やはりダァトのプリンスと、縁談を組ませましょう」
「ゲェ! 嘘でしょお母様!」
「それは名案ねお母様!」
「ふっざけるんじゃないわよ! ダァトの王子って、あのナルシス顎男でしょ!?」
「彼以外に誰がいるんです」
「いやー! あの男だけはいやー!」
「黙りなさいアイナノーア。あなたは槍など握らず、大人しく妃教育を受けて子どもでも産んでいなさい」
「子種を仕込まれて、たくさん孕みなさいなお姉様」
「ギャァ! 身内とは思えない発言なんですけど──!」
アイナノーアはいま思い出しても、血縁に震える。特にドSの妹に。
──ティタノモンゴットの国境前、王族の天幕内。