ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
天幕を出ると、クリスが当然の疑問を口にした。
「あのぅ、中で何があったんです?」
「「ッ」」
思わずフェリシアと顔を見合わせて、恥ずかしさに視線を逸らす。
そんな俺の反応に、いろいろ驚愕の展開があったもののフェリシアまで恥ずかしいのか。
「あッ、あのッ! 私ちょっとお手洗いに行ってきます……!」
タタタッ!
走り去るフェリシアに、クリスはキョトンと困惑した顔。
「メラン様、中で本当に何があったんですか?」
「言えん。機密に関わることだ」
「いくらなんでも、僕にも嘘だって分かりますよ?」
「チッ……護衛クビにするぞ」
「えええええええ!? それはやめてください!」
クリスをいじめて、気分が落ち着いて来た。
でも、きっとこういうところで、俺とフェリシアの差が出てるんだろうな。
俺はダメな領主だよ。
「お〜ん? なんだァ、テメェ……?」
「む」
そんなことを思って息を整えていたら、天幕の影から男が出てきた。
リンデンの騎士装束を身に纏いながら、どうも荒くれ者の様相を隠しきれない酒臭い男。
「ウチの領主様のテントから、なんで出て来たんだァ?」
「メラン様、お下がりください」
「あ? メラン……
「そこの者、止まれ」
「止まれ? いやいや、止まるワケねえよなァ? オマエのツラを見て、オレが止まるワケねぇ!」
男が、ゆらゆらと近づいてくる。
クリスは護衛として、すぐに俺と男の間に立った。
だが、心配する必要はない。
男の顔と名前は知っていた。
「──よぉ! トロルズベインッ! 元気にしてやがったか〜!?」
「酒臭ぇんだけど。ジャック」
「あ〜? そりゃ、酒飲んでっからなぁ〜」
「……お知り合い、ですか?」
「悪いな。自由民時代の知り合いだ」
「知り合いだなんて、ツレねぇこと言うじゃねぇの! オレらはダチよ! マブのダチ!」
「……」
クリスが、本当ですか? という顔つきで見上げてくるので、部分的にそうかも、と頷いておく。
黄土色の騎士は疑わしげにジャックを見たが、いったん剣の柄から手は離した。
ジャック。
そう言えば、フルネームは知らない。
長い金髪を真ん中分けにし、中途半端に伸びたアゴヒゲをチャームポイントだと信じ込んでいる元傭兵。
年齢は俺と同じくらいだったか。
得物は
種族はハーフエルフだ。
「てっきり、とっくにクビになってると思ったぞ?」
「ヒデェなオイ! オレちゃん様がクビになるワケねぇだろ〜?」
「ああ、なるほど。じゃあ、去勢されたんだな」
「去勢!? ヒデェなオレの印象! ……いや、何度か危ない時はあったんだけどよぉ」
「あったのかよ」
相変わらず、女の尻を追いかけるのが好きでたまらない男のようだ。
騎士になったら娼館通いなんてしなくて済む。
最後に会ったとき、そんなふうに嘯いていたクセに病は治らなかったと見える。
「でもよ、でもよ? オレ様ってばマジ強いから、見て見て?」
「あん?」
「これ、騎士長のブローチな? どう? すごくね?」
「あの、メラン様に失礼な言葉遣いでは……」
「あーん!? つか、誰よオマエ。トロルズベイン、なにコイツ?」
「俺の護衛だよ」
「護衛!? ギャハハハハ! なんのジョークだよ! オマエが護衛なんか必要なワケねーだろ!」
「ッ」
いかん。クリスがジャックを嫌いになりそうだ。
もう少し酒が抜けてたら、マシな会話を楽しめそうなんだがな……今のジャックはダメだ。ちっとも騎士っぽくない。
「うるせーよジャック」
「あぁん?」
「今の俺は貴族なの。んで、クリスは必要な護衛なの」
「!」
「……は〜ん? アレ、そうだっけ? オマエ、貴族になったんだっけ?」
「酔っ払いすぎるだろ。なんでここにいるんだ……」
ティタノモンゴットにまで来ておいて、騎士長の立場にあるっぽいのに脳味噌がスカスカすぎる。
ウィンター伯が情報共有していないはずがないから、これはジャックが何も覚えてないだけだな。
呆れていると、胡乱な顔つきのジャックを後ろから殴りつける者がいた。
いや、殴ったんじゃなくてフライパンを投げつけたのか。
ガゴン!
「テッー!?」
「すいませんすいません! ウチの騎士長がご迷惑をおかけしてすいません!」
「グォ!?」
痛みにもんどり打って転げ回るジャックを踏んで、そいつは慌てた様子で頭を下げる。
従士の格好。
だが、まだ小さい男の子だ。
俺はどこかで、見覚えがある。
「いやほんとすいません! ウチの騎士長はホントにボンクラのアンポンタンでどうしようもなくて! この通り謝りますのでどうかご容赦ください!」
「グォ、オオ……アレス、オマエ……!」
「アレス?」
ジャックの呻き声で、完全に思い出した。
「アレスって……あのアレスか?」
「すいませんすいませ──えっ? 兄ちゃん?」
頭を下げるばかりで、相手が誰だか分かっていなかったのだろう。
男の子はクリスの後ろにいる俺を見上げて、わ! と笑顔になった。
「兄ちゃんだ!」
「メラン様に弟が……!?」
「誤解だ。てか、どう見ても分かるだろ」
アレスはニンゲンだ。
兄ちゃん、という呼び方は一般的な代名詞に過ぎない。
いつだったか、俺はこの子を
孤児院に送られたと思っていたけど、リンデンで従士になったのか?
「兄ちゃん、おれのこと覚えてるの!?」
「おぅ。覚えてるぞ? 強くてカッコいい名前のアレスだ」
「うわー! すっげー嬉しい!」
「アレス。あれから従士になったのか?」
「うん。おれ、兄ちゃんみたいに誰かを守れる男になりたいからな!」
「……そっか」
「けど、いまはジャックの従士なんだ。道のりは長いよなー」
「こ、のクソガキ……いつまで乗ってんだ!」
「うおっと!」
ジャックがグルンと身を捩って裏拳を放った。
アレスはそれを華麗に躱す。
手には二本目のフライパンが握られ、ズザザッ! と構えの姿勢まで取った。
避けられたジャックが頭をさすりながら立ち上がる。
「ったく! ヒデェだろ? トロルズベイン」
「何が?」
「このガキ、オレの従士だってのにオレを敬う気がまったくねー」
「だってジャック、すごいのは剣だけじゃん」
「舐めやがって。夜の技だってすげぇっての!」
「おれまだ子どもだから、わっかんないよそんなの!」
「下品な男だ……」
クリスが軽蔑の眼差しでジャックを見ている。
しかしまぁ、こんな男でも生きて再会できるのは喜ばしいもんだ。
アレスについても、まさかここで顔を見るとは思いもしなかった。
「ところでよぉ、トロルズベイン」
「ん?」
「オマエ、貴族になったならお姫様とも知り合いだったりするか?」
「王族にまで手を出すつもりか? ──死ぬぞ、普通に」
「バッカ! 命が惜しくて女に粉かけられるかよ!」
「……本物の馬鹿なのか? いや、本物の勇者なのか……?」
「兄ちゃん、このひとマジメなひと?」
「ああ。なんでまぁ、ジャックは悪影響だろうな」
「オレを病原菌みたいに言うんじゃねー! 実際、性病だって気をつけてるんだぜ?」
「メラン様! この男、下品すぎます!」
「許してやってくれ。それがアイデンティティーなんだ」
「へっ! まぁな」
褒めてはいないが、ジャックは何故か得意げだった。
アレスはジト目で、クリスはカルチャーショックを受けたみたいにドン引きしている。
久しぶりだなぁ、こういう男のノリ。
「それで? お姫様とも知り合いだったりすんのか?」
「あー、一応」
「マジかよすげぇなトロルズベイン! オマエはやる男だと思ってたぜ!」
「メラン様が遊び人みたいに聞こえる言い方は止してください!」
「うるせー! ばーか! 一生のお願いだ。トロルズベイン、そのお姫様を紹介してください」
「お姫様なら誰でも良いのか? とうとう身分と属性だけで女を見るようになったのかよ」
「いや、さすがのオレもそこまで猿になっちゃいねぇんだが……」
「ジャックはなー、エリンのお姫様が好きになっちゃったんだよなー」
「あっこら! このガキよくもベラベラ人の秘めたる恋心を……!」
「──エリンの、姫?」
もしかして、それって……
「ったく! バレちゃあしょうがねー! オイ、こっちだ。あそこの天幕が見えるか?」
ジャックが少し通りを進み、王族の天幕がある方角を指差す。
真ん中にあるのは、先ほども足を運んだトーリー王とザディア宰相の天幕。
幾つか隣を挟んで、左右にはエリンとダァトの紋章。
ジャックはエリンの天幕を指さしていた。
ちょうどその時、中から見知った顔が出てくる。
「はっ! あのお方だ! なんて、美しいんだ……!」
「アイナノーアじゃねーか」
「貴様なぜ名前を呼び捨てにする!」
「ウォッ!?」
「こら! メラン様になにを!」
「ジャック! 兄ちゃんから手を離せ!」
「フーッ! フーッ! 事と次第によっちゃ、オレはオマエを斬るぜトロルズベイン!」
「こっわ。ガチ恋じゃねぇか」
まさかジャックが、アイナノーアに惚れてるなんて。
「…………紹介、ねぇ?」
「靴でもケツの穴でも舐めます。しゃぶっても良いです」
「キモチワルっ!」
「この男、なんて転身の速さだ……!」
「ジャック。おれ人として恥ずかしいよ……」
「頼む。お願いだトロルズベイン……!」
幼いアレスに人として恥ずかしがられているのに、ジャックの瞳は不思議と澄んでいた。
曇りなき眼。
(いや、よく見たら普通に汚ねぇ)
風呂とかちゃんと入ってないのか、目ヤニとかすごかった。
そうこうしていると、アイナノーアの方に変化が起こる。
「ハッ! チクショウ、まただッ!」
「また?」
「見てくれよアレ!」
ジャックが歯軋りと一緒に頭を抱え始めたので、仕方なしに視線を投じる。
アイナノーアはそこで、男と会話をしていた。
身なりの良い男だ。
体格も俺と遜色なく、ゴリゴリに近い。
顔はここからだとちょっと特徴が掴みづらいが、顎が割れているのは分かった。
たぶん年齢は若い。
「あいつがオレたちの敵だ」
「しれっと俺らを仲間にすんな」
「というか、あのお方はたぶんダァトのプリンスでは?」
「そうなの? 兄ちゃん」
「ああ。クリスの言う通り、たぶんダァトの王子だろうな」
周りには、ドワーフ系の傍使いや護衛がたくさんいる。
アイナノーアのほうにも、エルフ系のメイドとか兵士が同じく。
見たところ、どちらも仲良さげに会話している。
まぁ、連合王国の王族同士なら、きっと昔から長いこと親交があるだろうしな。
「くっそー! 嫉妬が止められねー! もうダメだ! 辛抱たまらん! 突撃してくる!」
「あっこら! 正気かジャック!?」
「クリス!」
「ダメです! この男、意外と速い……!?」
「チッ」
こっそり地中から死霊を召喚して、走るジャックの足首を掴ませた。
「うごォォォ! 麗しの君ぃぃぃ!」
「なんて男だ……王族に突撃しようとするなんて……」
「アレス。悪いんだが、ウィンター伯に連絡を頼む」
「う、うん。でも、ちょっと待って?」
「ん?」
アレスはフライパンを振りかぶると、コケて身動きの止まったジャックに思い切りそれを振り落とした。
「ガッ──」
「ふぅ。これで、事件は未然に解決だね」
「……この子も少し、アレですね」
「リンデンの人間は、たくましくならないと生きていけないんだ」
アレスは本当に、たくましく言い放った。
「お姫様を守った勇者みたいだな?」
「え? あはは! 兄ちゃんに言われると嬉しいや! じゃあ、またね!」
そう言って、のびたジャックをズルズル引きずりながらアレスはリンデンの天幕に戻っていく。
失われたものは多くとも、今に残るものはたしかにあった。
それを知れて、良い時間だったな。うん。そういうコトにしておこう。
けれども。
「メラン様」
「ああ。見つかった」
少し、騒ぎが大きすぎたみたいだ。
耳をぴくりと揺らしたアイナノーアが、完全にこっちを捕捉している。
おい、なんだその満面の笑みは。
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tips:騎士長と従士
アレスは強くなりたい。
あの日、恐ろしき怪物から自分たちを助けてくれた「兄ちゃん」みたいに、いつか自分も誰かを守れる男になりたいからだ。
リンデンでは幼い子どもにも、早くから騎士の傍で教育を受けさせ、後の兵士にする計画が立てられていた。
従士。戦い方を何も知らないアレスには、まさに理想のファーストステップだと思った。
「あーん? んだこの汚ねえガキ。しかも女じゃねえのかよ」
割り当てられたのはダメ男だった。
けれど、そのダメ男は剣の腕だけはたしかだった。
他の騎士が、従士に身の回りの世話だけをさせるなか、ダメ男はアレスに戦い方も教えてくれる。
「ガキに剣を握らせるなんざヒデェ話だって言うがよ? 世界には剣を握らなきゃ生きられねぇガキだっているよな?」
人間として尊敬はできないけれど、アレスはジャックの従士になれて良かったと思った。
でも、「オマエ、剣握れねぇの? っカー! フライパンでも使っとけ!」いつか絶対、見返してやる。