ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
灑掃機構。
その紫電は、ヴィクター・C・グレムリンの記憶で垣間見たモノと、まったく同じだった。
鋼鉄の翼、鋼鉄の
地上(地下と言ったほうがいいのか?)からでは遠いため、それ以上の外見情報は分からなかったが、間違いない。
アレこそは灑掃機構の三番・末妹たるプラチナム人形。
銘を『
カルメンタリス教の女神は、もしかすると〈
ヴィクターの記憶では、無垢なボディデザインと穢れのない装い、メカクレ系の髪型が特徴的だった。
恐らく、そのビジュアルは古代からずっと変わらないままだ。
「ッ、ビックリしたぁ……すごい雷」
「同じ電気タイプとしては、アレはどの程度のもんなんだ?」
「イヤね。比べ物にならないわよ」
「そんなにか?」
「聖域の展開力って意味では、ひょっとしたら私たちのほうが上かもしれないわ。でも、灑掃機構って私たちの聖具とは、そもそものコンセプトに違いがあるから」
「天罰か」
「そう。女神様は灑掃機構にご自身の権能を組み込んでいらっしゃるそうだし、魔を〝打ち破る〟のと〝撃滅する〟じゃ、攻撃性に特化してるのは明らかに向こうでしょ?」
アイナノーアは空を見上げて、「スッゴイ」と目を奪われている。
人類の工芸品に与えられた聖域の加護。
退魔、降魔、破魔のランク。
秘宝匠はそれぞれ、上質、高級、至高と値付けて看板を飾っているが、至高の上は果たして何と呼ぶべきなのか。
三番機──つまり、女神が三つ目に手掛けた作品はいま、分厚く固まっていた雪雲に紫電の網を張り巡らしていた。
蜘蛛の巣糸のように、紫電が波紋状になって明滅と震動を繰り返す。
目的は、どうやら雲のなかにいた魔物……
紫色の雷から逃れようと、何体もの魔物が雲の下に出てきたが、そのことごとくが紫電に灼かれて消滅していった。
「苛烈だな。なにも俺たちに、危害を加えてたワケじゃないだろ」
「そうね。でも、魔物には容赦しないのがあの子の機能なんじゃない?」
「だったら、ここにいる俺に真っ先に突っかかってきても良さそうなもんだがな」
「う、う〜ん……たぶん、人とそうじゃないモノを、ちゃんと識別できてるんじゃないかしら?」
「それか、今代の聖女ってヤツがきちんと手綱を握り締めてるかか」
灑掃機構は古代エリヌッナデルク以降、聖地の外には出ずに聖地だけを行動範囲とするのが常だった。
カプリも驚いていたけど、それは灑掃機構に「外に出て行動範囲を広げて良い」という命令を実行できる者が、古代以降いなくなっていたからだ。
女神は灑掃機構を世に送り出した後、最初に与えた基本命令以外のことについては、自らの代行とした『聖女』に役割を与えたと云う。
しかし、代々の聖女は灑掃機構を聖地の外には動かせず、ただ〝権限〟の引き継ぎだけが綿々と行われて来たとか。
カルメンタリス教圏じゃ、だいたい誰でも知ってる常識だな。
教会で説教を受ける子どもとかが、「なんで女神様のサイソーキコーは俺たちの村を守ってくれないのー?」とか言って神父とかに質問して、それに対して教会の人間が「灑掃機構は聖地の守護についているのです。我々には聖具が与えられたのですから、なんでもかんでも女神様に頼るのはよくありませんよ」なんて返すのがお決まりの流れ。
ソースはゼノギアだ。
まぁ、アイツは「子ども騙しの取り繕いであるのは、少々否めませんが」なんて珍しく否定的なことを言っていたけれど。
今代の聖女が灑掃機構を動かせるのは、どうやら本当のようだ。
俺もアイナノーア同様、しばし視線を空に吸い込まれる。
すると、
「フハハハハ! 見たか! あの神々しさ! あの聖なる雷の猛々しさ! もはや鯨飲濁流なぞ恐るるに足りず! 私は間違ってなどいない!」
紫電瞬く空とは打って変わって、地上。
聖地の騎士たちが陣を敷いているところから、とても大胆な発言が聞こえてきた。
声は壮年の男のもので、一瞬、俺たちに向かって叫んでいるのかと思ったが、そうではなかった。
「おお! 誓い申し上げる! 文明の光! いと聖なる光の炉! 偉大なるカルメンタ様! 我は貴方の永遠の信奉者であり! 悪魔の敵である! さあ、聖句を謳えェェッ!!」
「「「「おお! 誓い申し上げる! 文明の光! いと聖なる光の炉! 偉大なるカルメンタ様! 我は貴方の永遠の信奉者であり! 悪魔の敵である!」」」
ドワーフの男は周囲の聖騎士たちに向かって、まるで指導者であるかのように雄叫びを上げていたのだ。
だが、羽織っているマントにはトライミッド連合王国の紋章とダァト王家の紋章。
三叉槍と戦鎚が描かれていて、どう考えても聖地の人間ではない。
アイナノーアが引いた顔で呟いた。
「……うっわー、ヴィヴラさんってば、すっかり聖騎士気分なのかしら?」
「ヴィヴラさん?」
「あ、メランさんは知らないわよね? あのひと、レオナルドのお父さんよ」
「なに?」
じゃあ、アレが今回の不要な騒ぎを巻き起こした張本人ってことか?
ヴィヴラ・ダァト。
ドワーフなので外見だけだと正確な年齢は分からないが、息子であるレオナルドがアイナノーアと同い年くらいだと考えると、少なくとも五〜六百歳くらいは行ってそうだな。
ヒゲモジャで筋骨隆々で禿頭がテカっている。
顎も割れている。たしかな血縁関係。
「信仰に篤いってのは聞いたばっかりだったけど、だいぶ熱狂的だな……」
「あはは……」
「ダァト王家は、もしかして皆あんな感じなのか?」
「あ、それは違うわ。レオナルドも信徒ではあるけど、彼はあそこまで熱心じゃない」
「ってコトは、あのオッサンひとりが暴走の首謀者ってコトか」
「憧れの聖地から、拝光聖騎士団だけじゃなくて聖女様と灑掃機構まで引っ張って来れちゃったんだもの。いつもよりだいぶ信仰の世界に入り込んじゃってるでしょうねー」
「姫殿下は?」
「え?」
「聖槍の担い手だろ? アイナノーア姫殿下はどうなんだ?」
「私? 私はべつに浮かれてないわよ」
「そうなのか? でも、信徒だよな?」
「あら。信仰っていろいろな形があるものよ? 大事なのは受け取り方よね」
サラッと返されてしまった。
が、いまコイツ、何気に深いことを言わなかったか……?
信仰と聞くと、人はつい大いなるものへ捧げることばかり意識してしまうが、大事なのは自分が教えから何を受け取り人生に取り込んでいくか。
聖槍の担い手、斯くあるべしと言ったところだろうか?
俺の考えすぎかな?
「っと、噂をすればアレが聖女様よ」
「どこだ?」
「あそこ。ちょうどいま、拝光聖騎士団の団長さんに手を引かれて、神輿から降りてきたひと」
「……アレか」
「珍しいわね。往来を歩くなんて、見るのは私も二度目だわ」
聖女がヴィヴラ・ダァトの元へ歩いていく。
純白のローブに、黄金の
種族はニンゲンのように見えるが、耳が髪の毛と帽子、ヴェールで隠れているので分からない。
色素の薄い柔らかな印象の女性だ。
目を閉じて、胸の前で両手を組みながら歩いている。
「……盲目なのか?」
「いいえ? ただ、目を閉じていても問題ないみたい」
「?」
「彼女、ああやってずっと祈り続けているんだけど、そのおかげか普通なら無理なコトがいろいろ平気みたいなのよ」
「……たしかに、ひとりだけ防寒対策も無しか」
「聖女って、要するに女神様が唯一、加護をお授けになられる人間ですものね」
カルメンタリス教圏の者にとっては、文字通り、生ける聖具も同然。
つまりそれは、灑掃機構とある種の同格──〝自律的に行動可能な聖域〟を意味する。
まるでモーセの十戒みたいに、聖女の周りで跪拝が始まった。
ヴィヴラ・ダァトはあまりに神聖なものに近づかれたからか、滂沱と泣きながら平伏してしまう。
俺も少し気圧された。
アレクサンドロ・シルヴァン。
アイナノーア・エリン。
ベルーガ・ベルセリオン。
これまで、至高の聖具の担い手たる人間にはそれぞれ聖者の風格──ないし、偉業を成し遂げる者のオーラを感じ取ってきたものだが。
あの聖女とかいう女性からは、なにか……隔絶した凄味を感じる。
譬えるなら、聖者のカリスマってヤツか……
「名前はたしか──」
「聖女アイヴィ。元は孤児だそうよ? だから姓は生まれ育った孤児院の名前から取って」
テークア。
アイヴィ・テークア。
それが、今代の聖女の名前。
「拝光聖騎士団は、彼女をグラディウスくんや貴方と……」
「同格。いや、それ以上の人物として扱ってるんだな」
「ええ。だから余計に、揉め事が絶えない。でも、あの様子だと彼女自身は騒ぎを望んでないみたい」
聖女は、ヴィヴラに何かを語っていた。
俺もアイナノーアも、耳がいいから少しだけ聞き取れる。
〝我々は秩序の天秤〟
〝守るため〟
〝不和は望まない〟
なるほど。
聖女自身は多少は冷静なようだ。
だが、周りにいる人間は彼女のそんな言葉にすら、「なんとつましく、寛大であらせられるのか!」とますます熱を上げていく。
「「「聖女アイヴィ! 聖女アイヴィ! 聖女アイヴィ!」」」
狂信者、一歩手前。
「戻るぞ。これはたしかに、放置してたらマズそうだ」
「そういえば、トーリーくんが何か策を練ってたわね」
「ああ。俺も頭出しは受けてる」
何をやらされるのか知らないが、喜んで引き受けよう。
さっき、ヴィヴラ・ダァトは「私は間違ってなどいない!」と叫んだ。
もはや鯨飲濁流なんか、恐るるに足らずとも。
人は自分が善や正義、光の側に立ったと思い込んでいる時、最も暴走するものだ。
これから国家間の同盟会談だっていうのに、一番の柱であってもらわなければ困るトライミッド連合王国内で、分裂の種が育まれているのは見過ごせる話じゃない。
そうだな。ここは背骨に
南部の人間に、北部の恐ろしさを舐められては困る。
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tips:聖女と聖騎士団長
去っていく二つの影を、聖騎士団長は捉えていた。
「アイヴィ様。ダークエルフがおりました」
「まあ。ご挨拶したほうがいい?」
「いえ。遠目でしたが、アイヴィ様のお目に入れるには、あまりに穢れ多い姿でございましたので」
「まあ。またそんなひどいことを」
「夜に連なるモノは皆総じて、死の穢れに触れております」
「いけませんよ、スカイハイ。そういうのは現代では、差別と言うんです」
「事実と認識しております。ささ、アイヴィ様。これ以上は下賎の気が御身を毒しますれば」
「澄んでいて、とても気持ちのいい空気ですよ」
「北の空気など、パランディウムに比べれば糞の掃き溜め──失礼しました。お耳汚しの罪、舌を切ります」
聖騎士団長は即座にナイフで舌を切り落とした。
ポトリ。ごポッ、ドロッ。
血を吐き、噎せかけながら、しかしすぐに欠損が治っていく。
聖女は目蓋を閉ざしたたま、眉を微かに八の字にした。
「そういうの、やめてください」
「申し訳ございません」
「まったく。皆が真似したら、どうするのです?」
「……」
すでに一部の者は、拝光聖騎士団の長であるスカイハイに倣い、同じようにしている。
が、スカイハイは「申し訳ございません」と再度謝ることで場を誤魔化した。
なぜなら、聖女アイヴィこそ女神の化身。
この地上で最も崇敬されるべき、至尊の存在だと信じるがゆえに。
たとえ意に沿わぬ出征だとしても、アイヴィが決定した以上は従うのみだった。