ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#298「巨人語の書簡」

 

 

 連合王国の陣に戻ると、なんだかんだあって夜が来てしまった。

 地下なのに昼夜の概念があるとはつくづく不思議な話だが、そのあたりはティタノモンゴットに入国してから巨人族の誰かに聞いてみよう。

 アイナノーアとはすでに別行動である。

 あのお転婆はバチバチバチバチッ! と先に天幕に戻って行ったので、俺はテクテク歩きながら戻るコトにした。

 幸い、そうして時間をかけて元いた場所に戻っていくと、辺りは夜営の準備で忙しくなっていき自然と注目も薄くなった。

 

 というか、ダークエルフの肌が夜闇に溶け込んでしまって、少し距離があるだけでほとんどの人間が俺に気が付かなくなったってのが正確かな。

 

 勘の鋭いヤツはゾワッ! とクマでも見つけたみたいにビビってたけど、夜目が効く俺はなるべく人気の薄いルートを選んで群衆の横を通り抜けた。

 途中で、クリスが俺を迎えてくれた。

 

「メラン様! 良かった。やっと見つけられました」

「悪いな、クリス。アイナノーアのせいで」

「いえ。ご無事で何よりです。姫殿下は、どちらに?」

「先に飛んでったよ」

「なんて自由なお方だ……この後は、お休みになられますか?」

「あー、そうだな」

 

 北の昼は短い。そのくせ明るくもない。

 周囲の様子も、これからどうこうって感じではなかった。

 トーリー王に話を聞きに行くのは、明日にするしかないだろう。

 同盟会談の開催がまたしても一日遅れるコトになってしまうが、こればかりは仕方がない。

 

「今夜はゆっくり休むか。これだけ時間も経てば、俺たち用の天幕も完全に準備万端だろ」

「そうですね。フェリシア様とカプリ様が、きっとすでに寛いでいらっしゃるかと」

「……」

「メラン様?」

「いや」

 

 少し、フェリシアの顔を見るのが怖い──なんて、カッコ悪いので言えるワケがなかった。

 なので、手から枝を生やして、先端に雪を巻き付ける。

 薄い氷の板を作って、押し固めるように重ねていく。

 ちょうど薔薇の花のカタチが出来上がるように。

 

「……フェリシア様に?」

「小手先の技だと思うか?」

「いえ! きっと、とてもお喜びになられるかと!」

 

 クリスは笑顔で、感心してくれた。

 あいにく初めて作ったので、造形は少々不細工かもしれなかったが。

 武器を得たので、勇気と一緒に戻るコトができそうだ。

 

「それ、私にも作ってくれる?」

「「うおっ!?」」

 

 いつの間にか、音もなく出現していたヴァシリーサに驚かされて、フワッ! と吹き飛んでしまいかねない勇気だったけども。

 ともあれ、その後は幸運にも穏やかに夜が過ぎて行った。

 

 

 

 

 

 ──翌日、早朝。

 すでに主要なメンツが勢揃いしているトーリー王の天幕。

 

「それじゃあ、改めて話をしようか」

 

 朝早くに召集の伝令を走らせた男は、自身に注目が集まっていることを確認すると、開口一番切り出して来た。

 

「現在の状況だけど、ここにいる連合王国人のほとんどが知っている通り、ボクらにはふたつの問題がある」

「群青卿とそのお連れの方々には、ここで初めて共有させていただくコトでもございますが」

「ボクらはティタノモンゴットへの入国を、現在阻まれているんだ」

「なに?」

「事情を説明するから、落ち着いて聞いて欲しい」

 

 若き王と初老の側近が、阿吽の呼吸で話し出す。

 

「これはふたつの問題の内、すでに皆様がご存知であろう聖地関連のイザコザよりも先にあった問題です」

「端的に言えば、巨人王から与えられた入国審査だね」

「彼の王は自国の国境を我々に跨がせるにあたり、まずは最低限の資格を示すべきだと試練を課しました」

「──ほほぅ、試練。なかなか不穏な雰囲気になって参りましたな」

 

 カプリが顎をさすり興味をそそられた顔になった。

 周囲の顔を見渡すと、グラディウス翁、アイナノーア、ウィンター伯、ルカ、そして何故か同席しているレオナルドも驚いた様子はない。

 グラディウス翁など、大欠伸をして眠そうにしている。ルカがそれを見てムズムズしているのが分かる。きっと養父に、注意を叫びたいのだろう。

 

「試練ってのは、ティタノモンゴットからそういうふうに、正式な通達があったってコトか?」

「ああ。巨人王とは使者を介して何度かやり取りしているけど、そこに岩板があるだろう?」

 

 天幕内には中心に大きな岩のテーブルがある。

 いや、テーブルじゃないのか。

 

「なるほど。デカすぎて会議用の卓かと思ってたけど」

「よく見たら、文字が彫られていますね」

「その通り。ティタノモンゴットからの正式な書簡(・・)ってヤツさ」

「使者は巨人か」

「当然だろ? じゃなきゃ、どうやってこの()を運ぶってのさ」

「書簡には巨人語で、こう書かれていました」

 

 〝矮小にして脆弱なるエルノス人ども。最強を謳う憤怒の剣の力が、果たしてどれほどのものか試してやろう。なに、これはただの座興だ〟

 

「つまり、我が国の最強戦力たるグラディウス殿に関して、明らかな威力偵察が待ち構えている状況です」

「実際、国境線を越えた先に偵察を送ったら、たしかにヤバそうなのがいたよ」

「百腕の巨人、ヘカトンケイル。霜の巨人、ヨトゥン。アイス・ティタノボア」

「くだらねー。怪物、怪人、怪物みたいな蛇。俺の腕を試すってんなら、もっと歯ごたえのあるヤツを用意してもらいてぇがな」

「とは英雄の感想だけど、どの個体も通常の種より巨大だった」

「幸い、道は真っ直ぐ進んでいけば良いだけなのですが、厄介なのは他にも鷲獅子(グリフィン)や〈色彩竜(カラーズ)〉……ホワイトドレイクの群れがどこにでもいる点です」

 

 大所帯での行軍は事実上、不可能。

 

「でも安心! なんとここには英雄がふたりもいるし、頼りなる準英雄もいる!」

「ぶっちゃけ、グラディウス殿だけでも試練の突破は容易!」

「だけど、我らが刻印騎士団長は突撃脳だからさぁ……」

「何が悪ぃんだよ」

「ひとりで突っ込ませると、我らは終わるまで待ってるだけになります」

「具体的にどういう戦闘が行われているかは、ほとんど誰にも分からないんだよねー」

「試練をクリアするだけなら、それでもいいのでは……?」

 

 クリスが思わずと言った様子で疑問を挟んだ。

 

「あっ! 失礼しました!」

「いやいや。構わないよ。君の言う通り、たしかに試練をクリアするだけならこれでもいい」

「ですが、それでは聖地の連中に延々とデカい顔をされてしまう」

「プリンス・レオナルドには申し訳ないけど、ふたつ目の問題はダァト公に起因しているからね」

「いやはや……父がご迷惑をおかけして、こちらこそ申し訳ない限りで……」

 

 苦笑しながら、微かに頭を下げるハーフドワーフ。

 アイナノーアが言っていた通り、父親と違ってたしかに熱狂的な信徒というワケではないみたいだ。

 異性関係では問題があっても、それ以外ではマトモなのかもしれない。

 でなければ、今この場で同席を許されている理由が少し見当たらない。

 俺に対する挨拶も、ものすごく礼儀正しかったしな。

 とはいえ、

 

「それで? 結局は俺に、何をさせたいんだ?」

「──ありがとう。要は簡単でね」

「群青卿には、そのお力を以って()()()()()()()をお願いしたいのです」

「これは重要なお願いだ。ボクらがどうして人界同盟を結ぼうとしているのか。根幹に関わってくる」

 

 トーリー王もザディア宰相も、容赦はしないらしい。

 レオナルドに気を遣って、ヴィヴラ・ダァトと聖地の人間へ変に寛容さを示したり(へりくだ)ったりはしない。

 つまるところ、俺に求められているのは圧倒的な恐怖ってところか。大方、想像通りだ。

 ウィンター伯が言葉を繋いだ。

 

「かつて、世界を恐怖に沈めた禁忌の大魔、白嶺の魔女の力があっても──鯨飲濁流には敵わなかった」

「──そもそも、過去に鯨飲濁流を消滅寸前にまで追い込んだのも、灑掃機構一機ではなく全機による不意打ちになります」

「ああ。さらに加えて言えば、闇の公子はキング・セプテントリアとの戦いで辛勝したばかりのところ。恐らくは、彼の吸血鬼が魔物に転生してから最も消耗し、疲弊していたタイミングを狙われた形だった」

 

 ルカと月の瞳が、補足する。

 言いたいコトは明らかだ。

 そこに、

 

「一言。最厄地で手下と戦ってきた私からも言わせてもらうけど、敵は鯨飲濁流だけじゃないし、正直、至高の聖具がひとつあって、ようやく一体と戦えるって感じ」

「鉄鎖流狼……」

 

 アイナノーアが溜め息混じりに頷き、フェリシアがあの人狼を思い出した。

 そう。敵は強く、数も多いのだ。

 

「ボクらは〈目録〉に載る禁忌と戦うんだ」

 

 トーリー王が刻み込むように畏怖を孕んだ口調で宣言する。

 

「灑掃機構一機? 聖具で武装した騎士団? 女神の化身と祭り上げられている聖女? なるほど。彼女たちの力がどれほど敵に通じるものなのか。それはまだ推測の域を出ないけれど、少なくとも現段階で勝利を確信して、余裕綽々でいられるようなレベルでは決してないよねぇ!」

 

 ならば。

 

「ヤツらには分からせてやる必要があるよ──群青卿」

「了解だ」

 

 求められている役割を理解したので、端的に返答した。

 白嶺の魔女の魔法ほど、分かりやすく力を示せるものはない。

 特に、対象が軍勢ならばなおのこと。

 

 死霊の大量召喚──たぶん、ここいらの山ひとつくらいの数でカタがつくだろう。

 

「なぁに! ボウズだけに働かせたりしねぇよ! 俺もすぐに出るぜ!」

「いや、グラディウス……即時突破だからキミの出番は……」

「あーん? でも、巨人王の書簡には俺の異名があったじゃねぇか?」

「それは、そうだけど……」

「良いではありませんか、陛下」

「ザディア?」

「北の英雄が新旧ふたり、同時に並び立つのです。こんな機会は滅多にありません」

「ガッハッハ! んだよチビヒゲ。今日はノリがいいな!」

「ハッハッハ! 不敬ですが見過ごしますぞ? その代わり、必ずや連中に思い知らせてやってくだされ」

「おう! めっちゃキレてるな! 気持ちは分かる! ガハハ!」

 

 しばし、天幕内で野太い笑い声が続いた。

 どうやら俺とグラディウス翁で、協力して試練の即時突破を試みる流れになりそうだ。

 

「陛下。ティタノモンゴットが攻め入られていると勘違いしないよう、今から使者を送っておいたほうがよいかと」

「そうだね、ウィヌ……」

 

 ウィンター伯に忠告され、トーリー王がさっそく使者を呼びに行かせる。

 この感じだと、使者が向こうに到着してから出番が来る感じかな。

 それにしても、すごい使者がいるもんだ。

 巨人族だとしても、並のメッセンジャーではない。

 さすが、人材豊富なトライミッド連合王国。

 この天幕内にいる人間だけが、強みではなかった。

 

 俺は岩板に近づいた。

 

「巨人語か……そういえば最近、あんまり勉強してないな」

「先輩。読めるんですか?」

「いや、ちょっとしか分からない。カプリなら分かるか?」

「ふむ。ワタクシはまぁ、それなりに」

「へ〜。カプリ様は本当に多才ですね」

「吟遊詩人の手慰みですよ。しかし、メラン殿は過去にティタノモンゴット語を?」

「まぁな」

 

 まだ秘文字の手掛かりを求めて、あちこちを右往左往していた頃の話だ。

 最初に勉強を始めたのは、メラネルガリアの〈学院〉だったな。

 巨人の扱う言語と文字体系だから、メラネルガリアにあった初心者用の本とかもバカデカくて、いろいろオススメを教えてくれたのは……

 

「──そうか」

「先輩?」

「なんでもない。ただ、もしかしたら会えるのかと思ってな」

「会えるって、誰にですか?」

「故郷で多少、世話になったヤツ」

「会談にはメラネルガリアも参加されるのですし、当然では?」

「そうなんだけど、そうでもないかもしれない相手なんだよ」

「「「?」」」

 

 フェリシア、カプリ、クリス。

 三人とも首を傾げて、疑問符を顔の横に浮かべていた。

 説明になってない説明をされても、そりゃそうなるしかないか。

 けれどまぁ、詳しく説明するのもどうかって感じだ。

 なにせ会えると決まったワケでもなければ、アイツらが無事に生きているかも分からない。

 罪を思えば、生きていて欲しいとも簡単には口に出せない。

 

 腹違いの弟と、その婚約者だった女。

 

 生き延びていれば、〈大雪原〉を越えてティタノモンゴットを目指したはずだ。

 かつて故郷を追われた俺が、セドリックとともにティタノモンゴットを目指すはずだったように。

 

 

 

 

 

────────────

tips:雪の華の贈り物

 

 帰りが遅いメランを、フェリシアは心配するのと同時にどんな態度で迎えればいいか悩んでいた。

 トイレから帰って来たら、フェリシアの〝先輩〟にはまたしても女の影が接近していたから。

 リンデンの天幕前を通りがかったら、ルカがニッコリ騒ぎの大きい方角を見て両腕を組んでいたので、思わず回れ右して迂回してしまったほど。

 この調子では、メラネルガリアのダークエルフのなかにも絶対いる。

 「英雄譚に華を添える美女は、何人いても構いません」

 「カプリさんも、敵、なんですね」

 「近頃は純愛ものが流行りですな」

 「……それ、本当ですか?」

 「嘘ではないですとも。純愛ものは得てして、悲劇になりがちですからな。そちらのほうが印象に残りやすい。金にもなる」

 「……」

 吟遊詩人はときどき、このように残酷だ。

 フェリシアの気持ちを分かっているクセに、敢えて不安を煽るような言葉を返す。

 「私だって、分かってるんですよ……?」

 今の関係が、ほんの少しのリードでしかないコトは。

 田舎の村娘では、太刀打ちできないほど魅力的な女性が何人も、彼を好いている。その内の約二名には、どうやっても関係性の観点で敵わない。割り込み用がない。

 なのにフェリシアは、彼に〝シア〟と呼ばせるクセに自分は未だに〝先輩〟……

 「フェリシア殿はやはり、自分を過小評価するきらいがありますなぁ」

 「カプリさんに、繊細な女の子心が分かるんですか?」

 「分かりますとも」

 「嘘つき!」

 「心外ですな。今のは吟遊詩人として、嘘偽りない本心ですとも。それに、心配せずともメラン殿の想いはフェリシア殿から離れていない」

 証拠は? と尋ねようとした直後、天幕の出入口に気配があり、彼が帰って来た。

 慌てて口を噤むフェリシアだったが、その目はすぐにメランの片手に吸い込まれた。

 「外で拾ったんだ。綺麗な花だろ?」

 明らかに造花なのに、あたかも本当にそういう植物を拾ってきたテイで差し出された。

 「先輩。これ、私に……?」

 「綺麗のおすそ分け。なんつってな?」

 「ステキ……」

 「クッ!」

 カプリが噛み殺すように笑いを堪えている。

 けれど、どうでもいい。たったこれだけの行為が、こんなにも胸を温かにする。

 結局、惚れてしまったほうが負けなのだ。

 この先、どんな形で関係性が落ち着くとしても、フェリシアは今の気持ちを永遠に忘れないでいようと思った。

 死んでも、魂に残せるように。

 

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