ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
使者の発言に、巨人王は気分を害した。
「生意気な。ならばこちらも、すべて同時にけしかけてくれる」
怪物、怪人、怪獣。
ティタノモンゴットにはそれらを組み伏せ、従える、巨いなる力を持った戦士がいるのだ。
号砲ひとつ、掛け声ひとつで。
他の人類に、そのような偉業が叶うか?
王は全幅の信頼を寄せる臣下──息子である兄弟たちに合図を送った。
「やれ」
「「ハ」」
よって、試練は使者の帰りを待たず。
張り合うように始まるのだった。
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天へ轟く、地鳴りが最初にあった。
トライミッド連合王国、聖地パランディウムの陣が敷かれた野営地。
腹の底からズガンッ! と響かせるような、龍種の咆哮にも似た大音声。
多くの兵士たちが、何事かと驚き耳を抑える。
それから、次第に大きくなっていく本当の地鳴り。
ティタノモンゴットに棲息する怪物たちや、巨獣たちが騒擾する声。
瞬く間に近づいてくる脅威の気配に、誰もが一斉に緊急事態を悟る。
「オイ、マズイぞ……」
「伝令──! 伝令──!」
「荘厳銀嶺より、多数脅威接近ッ!」
「刻印騎士団──いや、グラディウス様に至急出動要請──!」
「オイ、連合王国人! 何を慌てている!?」
「敵は魔物か? 魔物なら、我らが出るぞ!」
「うるせぇ! 退いてろ!」
「つーかテメェらも、オレらと一緒にさっさと来い!」
「なんだと!?」
「腰抜けどもめ! 剣も抜かずに逃げるのか!」
「──バカが!」
「聞け! 聖具頼りの南方人ども!」
「ここはもうじき、ウチの英雄の戦場になる!」
「だからなんだ!? 我らは共に戦うために来たのだぞ!」
「北の野蛮人は、仲間を置いて逃げるのか!」
「我らならば聖女様を置いて、決して背中を見せたりはしないぞ!」
「……チィッ!」
「もういい! 好きにさせろ!」
「ヘカトンケイルだあああああッ!」
「ヨトゥンも来たぞおお!」
「竜種もいる! ホワイトドレイクだ!」
「王は退避したか!?」
「もうとっくに!」
「ヤバい!! 空に気をつけろ!」
「グリフィンまで来やがった……!」
「拝光聖騎士団ッ、抜剣!」
「戦闘態勢──!」
「クソッ、アイツら……!」
「構うな! ヤツら
「──来るぞ!」
咄嗟の判断力と、常識の差異。
常日頃から英雄とともにある連合王国軍は、比較的すぐに陣を後退させるコトに成功した。
一方で、聖地の騎士たちは慣れない足元、雪と氷、峻険な山肌の上ではスムーズに陣を下げるコトが難しく。
また、彼らにとって連合王国人が発する「英雄が出るから退がる」という理屈は、「聖女を矢面に立たせる」のと同義に映り、指揮系統も違ったためほとんどが
聖具頼りの南方人と謗られたコトも、聖地の人間には勘に障った。
「我ら女神の騎士なり!」
「我ら文明の使徒なり!」
「我ら聖女を守護し!」
「聖地を守護せし門兵なり!」
たとえ敵が魔物ではなくても、信仰に生きる彼らには加護がある。
手にした武具、そのひとつひとつが女神の愛の証明。
ゆえに、ついに現れた巨大な怪物。
身の丈が優に城にも匹敵する百腕の巨人を目の当たりにしても、恐怖を封じて立ち向かうだけの勇気があった。
連合王国の腰抜けどもは、我先にとみっともなく恥を晒していたが、見るがいい我らの勇姿とその結束!
犠牲は出るだろうが、必ずや目前の脅威を蹴散らしてくれる!
──そう、剣を抜いて構えていたのに。
「は?」
「いや、待て……」
「そんな……」
「そんなのってアリかよ!」
「BUAAAAAAAGUAAAAAAAAAAAAAAAAAA──!!」
ヘカトンケイルが、大地から雪と岩を握りしめて投擲の構えに入った。
腕が多すぎて動物のように山肌を駆けずりながら、余った腕で攻撃の姿勢に入っている。
その後ろには、塔にも見紛うヨトゥンたちが同じく大木で作られた槍を投げようとしていて。
さらにさらに後ろには、下位種とはいえ本物のドラゴンであるホワイトドレイクまで、牙を剥き出して氷霧のブレスを準備している。
しかも、それらスタンピードを迂回して、回り込むように接近する巨影もあった。
もはや竜蛇と呼ぶに相応しいアイス・ティタノボア。
……このままでは、逃げ場も失った状況で蹂躙される。
あんな巨大なものを投げ落とされて、剣を突き立てることもできないまま死ぬしかない……!?
「クッ──スカイハイ卿を呼べ──!」
「聖女様にレディ・エンジェルの応援を──!」
拝光聖騎士団が、慌てて逃げようとしたその
──
「「「……ッ!?」」」
足元から、
それは最初、雪の下からズボッ! と腕を生やし、凍りついた大地に手をつく。
手をついたかと思えば、ズルルルルッ! と一気に顔と上半身を這い出させ、伸びるように浮かび上がる。
一体、二体、三体どころではない。
聖騎士たちが驚き、息を呑んで肺腑すら凍える冷気を感じた直後。
それらは足元の大地を、盛り上げるように数を増した。
「ヒッ!」
「なんだ、コイツら……!?」
「死霊だッ!」
「凍死体……!?」
「魔物が急に、なんで!?」
「まさか──」
「これが、例の……!?」
「──
「飛び降りろォォォォォォッ!!」
「巻き込まれるぞッ!」
「うわあああああああああああ──」
顕現する凍死者の山。
血を失い、熱を失い、白く凍った夜歩き。
聖地の騎士たちは『白嶺』に真上から対面し、堪えきれない恐怖を叫んだ。
数はどんどん増えていき、怖気を誘う魔女のしもべが山を作り上げて行く。
突然の傾斜にバランスを崩し、あるいは腰を抜かして倒れ転がる拝光聖騎士団。
当然である。
地の底より溢れ出た白き骸の軍勢。
白嶺の魔女の逸話は世界に轟く。
どれかひとつ、どれかひとつ。
知識の上では違うと分かっていても、いざ眼前、迫り来る死者の群れにたかられたら。
手にした聖具による〝退魔〟など、どれほどの意味を持つのか思い知らされる。
仮に〝降魔〟を持つ者がいても、それは同じ。
──白嶺、とは。
古代、鯨飲濁流すら恐れを得たモノ。
ひとつの超大国を間接的に滅ぼした魔。
聖剣──〝至高〟のそれでさえ、討滅困難を極めた極大の闇。
ここにいるのは本物ではないけれど。
すでに終わってしまった恐怖譚ではあるけれど。
いまなお人界に、忘却を許さぬ禁忌の由縁はここにあり。
しかし、聖地の騎士らは恐慌状態に陥ってしまい気が付かなかったが、召喚された死霊は彼らを強制的に後ろに下がらせるように動いていた。
山が動くなどおかしな表現だが、波のように白嶺はうねり。
拝光聖騎士団をゴロゴロと後方に転がし、どんどんうずたかく積もり積もって。
文字通り壁となって前面に出る。
ヘカトンケイルの氷岩投擲。
ヨトゥンの大木槍投擲。
ホワイトドレイクの氷霧ブレス。
アイス・ティタノボアの雪崩落とし。
すべてすべて、真正面から受け止め粉砕されるも──死者は蠢き続ける。
トライミッド連合王国と聖地パランディウムの野営地に押し寄せた脅威は。
逆に、その倍以上の脅威を以って襲われ、飛びつかれ、伸しかかられて、八つ裂きに切り刻まれ、噛まれ、毟られ、殴られ、抉られ、断末魔の絶叫を響かせた。
その光景を、ザ、と雪を踏み締め「引くわー」と眺める英雄がひとり。
「オイオイ、えげつねぇなボウズ。これじゃあ俺は、ほとんどヤルコトがねぇぞ」
「鷲獅子は残しました」
「残しましたって言われてもなぁ……老いぼれにすばしっこいのを残すなよ。デカブツを一発で、ってのがカッチョイイんだぞ?」
「じゃあ、グリフィンも俺がやりますか?」
「まぁ待て」
刻印騎士団の長。
アムニブス・イラ・グラディウスは背中に重ねた二本の大剣へ両手を伸ばし、およそニンゲンの片腕で扱うには重すぎるであろう鋼鉄塊を何ら痛痒なく軽々構えると、
「人に仇なした怪物怪人怪獣の群れといえども、群青卿のこれはあまりに惨い。ゆえ、この俺がぜーんぶ、ただちに楽にしてやろう!」
「ッ!」
英雄、発進。
憤怒の剣がロケットのように空へ跳躍した。
白いマントをたなびかせ、熊のような大男がまっすぐへカトンケイルの首元へ突っ込む。
すでにヘカトンケイルは死霊に覆われ、蟻や蜂に襲われた哀れな被害者を連想させる有様だったが、そこに熱光する大剣による斜め十字。
ズバァァァァッ!! と、トドメの一撃が叩き込まれる。
まるで恒星の軌跡。
ソニックウェーブと熱波を伴いながら、英雄は瞬く間に残敵へ同じことを続け、空を飛ぶ鷲獅子や地を埋め尽くすホワイトドレイクたちは、ただの通りすがり──余波だけで殺していった。
それを眺める最新の英雄、群青卿は。
「……やっぱり、アレクサンドロより強い」
単純な戦闘技巧、身体駆動、突撃性だけで言えば。
アムニブス・イラ・グラディウスは、やはり人類最強の肩書きに相応しい英雄である。
無論、群青卿にも斧があるのだが……そこで張り合っても仕方がない。
「聖女も灑掃機構も動かなかったか。まぁ、だいたいの目的は達成だな」
双眸を青く染め上げ、ダークエルフは何事も無かったかのように戦場に背を向ける。
いや、すでにそれは戦場ではなく、戦場跡地でしかなかったかもしれない。
雪と恐怖に塗れた聖騎士たちの真ん中を、彼は注ぎ込まれる畏怖をヒシヒシ感じ取りながら、静かに仲間たちのもとへ戻って行くのだった。
「ガハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」
老いたる英雄は、豪放磊落、呵々大笑していた。
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tips:後方の観戦者たち
「いやぁ、とんでもないね」
「グラディウス殿は毎度のコトながら、群青卿はやはり国を滅ぼせますな」
「ああ。それも大国をね」
王と宰相が双眼鏡を片手に、それぞれ近衛に肩車をさせながら感想を呟いている。
「このアホども……」
ウィンター伯が頭痛を堪えるようにコメカミを揉んでいるが、そんな反応を気にするような方々ではなく。
「ウィヌやルカちゃんも、どうせだったら観戦すればいいのに」
「私はともかく、クリスタラーはここからでもずっと視てますよ」
「ああ、そうだったね」
「しかし、グラディウス殿はなぜ毎回、ああも笑うのか」
「憤怒の剣って異名の割に、本人そんなに怒ってるところ見たコトないしね」
「クリスタラー殿は養女でしたな。なにかご存知だったりしますか?」
ルカは少々驚く。まさかここで、自分にお鉢が回って来るとは。
「パ──失礼しました」
「パパでもべつに構わないよ?」
「コホン。団長がなぜああも笑いながら戦うのか。それは単純な話です」
「スルーされちゃった」
「陛下、茶々を入れないでくだされ」
「クリスタラー。単純、とは?」
「はい」
ウィンター伯に感謝の会釈をしつつ、ルカは答えた。
「あのひとは、そうでもしないと笑えなくなってしまうから」
「笑えなくなる?」
「はい。名前を変えたその時から、あのひとは“憤怒の剣”です」
「刻印魔法の代償かい?」
「いいえ。あのひとはそれを、〝かえって良かった〟と」
「どういう意味ですかな?」
「あのような顔と体格ですから、いつも笑って朗らかでいるくらいのほうが、周りを怖がらせずに済むと」
「……やれやれ」
双眼鏡から目を離し、王と宰相が同時に溜め息をつく。
「「これだから我らが英雄は」」