ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
捜索は、すぐに行われた。
ティタノモンゴット、ララヤレルン、トライミッド、メラネルガリア。
四つの国々から人員が割かれ、群青卿メランズール・ラズワルド・アダマスの捜索活動が行われた。
巨人王は息子たちにかけられた嫌疑を晴らすため、怒りを露わにしながら許可を与えたのだ。
老朽化しているため、〈ギニェルガーブの封祠堂〉での捜索活動は、細心の注意を払いながら夜まで続いた。
しかし、結果は芳しくなかった。
群青卿も、謎の怪異も、どちらも古代遺跡には影すら無く。
一度、山王の間に戻った彼らは全員を集めて情報の整理を行った。
「だから言ったであろう! あの遺跡には何も無いと!」
「しかし父上、実際に群青卿は姿を消している……」
「彼の近衛も、嘘を吐いているようには……」
「黙れモーディン、ロフフェル! オマエたちは名誉を汚されたのだぞ!」
ガンドバッハ王は怒りが冷めやらない。
群青卿が消えた原因は、彼らティタノモンゴットにも分からなかった。
軽薄な嘘や、吹けば飛ぶような言の葉。
山々や巌を貴ぶ巨人にとって、そのような戯れ事は名誉や誇りから最も掛け離れた物。
〈ギニェルガーブの封祠堂〉は、ガンドバッハすら来歴を詳しくは知らぬ旧き遺跡だ。
大昔、父祖さえも何を祀っていたのか分からぬと語り、とはいえ先祖が大事に受け継いできた遺跡ゆえに管理だけは丁重に続けて来た。
現代では、若い親たちが子どもたちの躾に、ギニェルガーブなるオバケがいると作り話をして語られる程度で、本当の名は誰も覚えていない。
嘘など、まったく吐いていない。
それに、大闘技決闘会は何のために開催されたのか?
北の人界で最強を決める戦いについて、いまさらティタノモンゴットが怯懦に駆られたなどと謗られる謂われは、まったく無かった。
当然である。
ガンドバッハ王は自らの口と舌で、ハッキリ言ったのだ。
──我らは何に集い、この命を託すのか。憤怒の剣に群青卿、どちらも存分にかかってくるがいい!
そして、巨人王は息子たちを疑っていない。
戦士としても、息子としても、人間としても。
それはすでに各国・各陣営にも怒号とともに主張されていた。
だがそれで、黙っていられる者たちも少なかった。
ララヤレルン、メラネルガリア、トライミッドの順に、群青卿と縁強い者たちが次々に言葉を放つ。
「僭越ながら、我らが主人が不在のためワタクシが代表して申し上げますが──状況証拠だけならティタノモンゴットはとても怪しい」
「そうだ。オマエたちはこの同盟会談で、我々と対立している。昨日は強がっていたが、すでに大闘技決闘会でも一敗し、今日の試合ではララヤレルンの異常な強さを目の当たりにした」
「しかも、初戦で。人界最強と名高いボクらの英雄と戦うばかりか、群青卿とも戦うなんてのは愚かな無謀だった。そう考え直したとしても、不思議ではないタイミングだよ」
カプリ、テルーズ女王、トーリー王。
三者から嫌疑をかけられ、ガンドバッハ王は額に青筋を浮かべる。
玉座の肘掛けを握り潰さんばかりに握りしめ、自身の怒気を必死に抑え込むように大きく息を吸い込む。
唇は大地震の予兆のように震えていた。
「戯けが! そもそも最初に話があると接触を図ったのは、我が息子たちではない! そういう話だったはずだ!」
「たしかに。それはそうですなぁ」
「だが密談場所を指定したのは、そちらのプリンスたちだとも聞いているが」
「モーディン王子、ロフフェル王子。貴方がたにも改めて話を聞きたい。なんであの場所を選んだんだい?」
「それは……先ほども充分に確認しただろう」
「我々はただ、あそこなら密談に相応しいと考えただけだ……」
「つまり、群青卿の近衛が証言している怪異など、そもそも最初から存在していないと思っていたワケだ」
「……実際、たしかに遺跡には何もいなかった」
トーリー王が話をまとめ、テルーズ女王がイライラした雰囲気を覗かせながらも事実を肯定する。
「そうなると、疑わしいのはクリス殿の証言になるワケですが」
「違う! 僕はたしかに……っ」
「と、このように彼を疑うのは酷でしょう。連合王国からも、クリス・クレイコートについて証言が上がっていますからな」
「あ、ああ! 僕、レオナルド・ダァトならびにリンデンの騎士長は、クレイコート卿が自らの主人に強い忠誠心を持っているのを認めます!」
「──そうなると、はて、賢明なる皆様」
よく通るテノールで、吟遊詩人は諸王に劣らぬ堂々たる佇まいで注目を集めた。
吟遊詩人の才能なのだろう。
「ここで疑問を向けるべきは、我らが主人がどうして消えてしまったのか? ではなく、なぜ今も戻って来ないのか? でしょう」
「? どういう意味だ?」
「……なるほど。たしかにそうだね」
群青卿の能力を知らない者、知っている者とでリアクションが二分される。
ティタノモンゴット、小国家連合、メラネルガリア、聖地パランディウムは前者。
ララヤレルンとトライミッドは後者で、星辰天秤塔は無反応だったためどちらでもない。
トーリー王がカプリから説明を巻き取った。
「詳細は割愛するけど、群青卿はどんな異界、どんな〈
「なにぃ〜? そんなコト、聞いてないぞ」
「テルーズ女王。まだそちらは、彼と再会して日が浅いでしょう。ですが、群青卿を新時代の英雄として国際社会に引き上げたボクらが、保証しますよ」
メランズール・ラズワルド・アダマスは、なにも魔女の力だけで英雄たる証を立てたワケではない。
「群青卿はとある〈
「……その〈
「は、はい。正解ですが……なんで分かったんです?」
「アイツが使うと来れば、昔から斧しかありえんからだ!」
そこで、ガンドバッハ王がダンッ! と足を鳴らした。
「エルノス人! それがなんだ? どんな〈
「ええ、その通り。けれど、彼はその英雄奥義で異界の最厄地──エル・セーレンすらも破壊した斧使いです」
「「「なん──だと……!?」」」
驚愕の情報に、一堂、震撼。
衝撃が吹き荒れ、各々の心からその衝撃が抜けていくには短くない時間を要した。
「いまの話、誠か……?」
「ええ。彼の武勇は、我が国の聖槍使いと、
「保証するわ!」
アイナノーアが端的に肯定したため、ティタノモンゴットも納得するしかない。
一度認めた戦士の発言は、彼らにとって充分な重さを持つからだ。
たとえそれが、因縁浅からぬエルノス人の言葉であっても。
巨人族の高潔さはここに宿る。
一方で、メラネルガリアは「あのバカ……!」と頭を抱えそうになる者が少なくなかった。
彼女たちとって群青卿の存在は、すでに計り知れないほど価値を持つ物だったが、さらにプラスの情報を加味しなくてはならなくなったからだ。
「よかろう……余にも理解できた。ネグロの子が何ゆえ戻って来ぬのか、それはたしかに不可解よ。カプリと言ったか?」
「ハ。ガンドバッハ王」
「そなたには理由が分かるか? そなたでなくともよい。ララヤレルンの者は心当たりがあれば述べよ。あの者と最も近しいのは、そなたらであろう」
世界破壊の斬撃を可能にする斧、森羅斬伐の所有者である群青卿が、何ゆえ怪異ごときの異界に囚われ戻って来ないのか?
カプリが振り返ると、ちょうどフェリシアが立ち上がるところだった。
「考えられる理由は二つです」
「ほう?」
「一つは、先輩が自らの意思で残っている可能性ですね。先ほどもトーリー王からご説明いただいた通り、先輩を閉じ込めるのはほぼ不可能に近いですから」
「その場合、ネグロの子は我らの集い、同盟や大闘技決闘会よりも優先すべき何かに遭遇したというコトになるか?」
「はい。それが具体的に何なのかまでは分かりませんが……」
「よい。では次の理由は?」
「二つ目は、先輩がその力を以ってしても脱出不可能なほどに、困難な状況にある可能性です」
「前言を撤回するような説ではないか!」
「そうですね。けど、先輩がどんなにすごい人でも、例外はいつだって起こり得ます。ただ、今のところ無事であるのはたしかです」
「ほう? なぜ断言できる?」
「私がいるからよ、お山のおじいさん」
フェリシアの背後から、ひょこっと黒山羊の面が現れる。
大魔の出現。
白衣の魔女。
群青卿の使い魔であるのは、入国の前に説明されているため動揺はあるが恐怖で恐慌状態になるほどではない。
ガンドバッハ王も他の巨人たちも、緊張を迫られながら動揺を封じ込めた。
「黒詩の魔女……」
「ええ、こんばんわ。かわいそうなガンドバッハ。それにたくさんの嘘つきたち」
「ヴァシリーサちゃん」
「わかっているわ。わかっているわ。おままごとは最後まで。台無しになんてしないもの。ラズィに怒られちゃう」
くすくす、くすくす。
童女の笑みは、不気味を煽る。
不穏な言い回しに固唾を飲むのは、どこも同じだった。
特に、灑掃機構は駆動音を響かせる。
聖女の制止がなければ、今すぐにでも魔を撃滅せんと飛び立たんばかりに。
それを横目に、ヴァシリーサはトコトコ歩きながら、この場で最も小さな体躯で最大の注目を集めていた。
「ラズィは無事よ。どこにいるのかは、私にも今は分からないけど」
「……たしか使い魔は、主人の居場所に門扉を開けられるはずだが……」
「ええ。だから、それが出来ないの! ラズィってばいっつも迷い込んでばっかり! これじゃあ王子様じゃなくて、囚われのお姫様だわ! でも、そこが私たちにとっては素敵なところでもあるんだけど! ああ、安心して? 最後には何だかんだで王子様だから!」
「…………翻訳を」
さすがのガンドバッハ王も、黒詩の魔女の奇矯な発言には理解が及ばなかったらしい。
フェリシアに視線を投じ、どういうコトだと説明を要求した。
他の面々も、だいたいが同じ顔だった。
コホン、とフェリシアが咳払いを挟む。
「えっと、要するに先輩……群青卿は無事です。私もいま知りましたが、ここにいるヴァシリーサちゃんのおかげで、どこか
「脱出は難しい、というコトか?」
「ヴァシリーサちゃん」
「そうよ! ラズィの斧でも、これはちょっと難しそうかも? よく分からないけど、もともと切れてるっぽい感じがするわ!」
「ほぅ」
カプリは口端をわずかに歪め、驚嘆した。
「例外のパターンでしたか」
「……では、どうやって助け出す? こちらからは何も見つからなかったのだぞ。手の出しようがないではないか!」
「メラン様……」
クリスがガクリと項垂れる。
フェリシアはその様子を気の毒に思いながら、しかし、ただひとりだけ恋人の安否を必要以上に心配はしていなかった。
「安心してください、皆さん!」
「「「?」」」
「先輩なら──群青卿なら大丈夫です! いますぐには無理でも、きっと自力でこちら側に帰って来ますから!」
フェリシアが見てきたメランズール・ラズワルド・アダマスは、いつだって困難を打ち破って来た。
ゆえに、新時代の英雄を信じる。
そう強く訴える。
「……まぁ、そうだね。いまは信じるだけが、ボクらに出来る唯一のコトかもしれない」
「唯一は言い過ぎだろう。何か手がかりがないか、我々はティタノモンゴットに調査協力を要求するぞ」
「……仕方あるまい。メラネルガリアには我らの古書を漁る許可を与える。幾人か学匠も貸そう」
大闘技決闘会もとい同盟会談の最中に起こった突然の事件。
夜の感想戦は中止された。
ララヤレルンの顔がいないまま、権益交渉も何も許されないからだ。
メラネルガリアが求める一番の権益、その当人がいないのでは意味も無い。
大闘技決闘会は、群青卿が帰還するまでしばらく延期される運びに──
「なぁ、ちょっといいか?」
連合王国の席から、もうひとりの英雄が待ったをかけたからだ。
刻印騎士団、団長。
憤怒の英雄または剣。
アムニブス・イラ・グラディウス。
彼は銅鑼のごとき声で、
「ボウズが消えちまったのはヤベェ話だがよ、何もダラダラ帰ってくんのを待つ必要はねぇだろ!」
「グラディウス?」
「トーリー! オマエもさっき、信じて待つしかねぇって言ったな? だったら、俺たちだけでも続けようぜ!」
「なっ、パパ!?」
「そうだろ? 巨人王! テメェんとこの名誉だ誇りだを守るってんなら、まだるっこしいコトは抜きにして、いい加減そろそろ
「なに……?」
「ったく、大闘技決闘会なんざくだらねーって言ってんだよ! やるなら、一番つえーヤツだけで決めりゃあいいだろうが! 俺とッ、そこの兄弟とでッ!」
いちいち一回戦だ二回戦だ三回戦だのと、長々やるのは面倒くさくて敵わない。
夜毎に晩餐を共にしてペチャクチャペチャクチャ。
いったいそれに何の意味がある?
「最初から、全員知ってるよなぁ!? 俺は誰だ!? この
海をも越えて謳われる英雄の名。
最新の英雄が現れるまでは、この世界で今も生き残る英雄はただひとりだけだった。
少なくとも、全世界に名を轟かせる英雄は。
「ほら、歌えよ。歌詞は知ってるよなぁ?」
“おお 怒りの剣 光の刃”
“魔物を 打ち破る 猛き益荒男”
“鋼の 肉体 不屈の魂”
“我らの 安息 守るために”
“彼の者 悪魔の 絶滅者となり”
“数多の 嘆きを 希望で塞ぐ”
“その身に 刻みし 誓いの言葉”
“栄えある 騎士道 人界を守る盾”
「分かったか? かかって来いじゃねぇんだよ、巨人王。勘違いしてんじゃねぇ」
「貴様……」
「かかって来るのは、オマエたちだ。なあ、そうだろう? やろうぜ、ティタノモンゴット! どうせなら兄弟まとめて、相手してやるって言ってんのが分かんねぇか!?」
「良 い だ ろ う ッ !」
ガダンッ!
ついに堪え切れず、ガンドバッハ王が玉座から立ち上がる。
「明日の試合はッ、貴様の望み通りッ、二対一だッ! その傲岸ッ、その増上ッ、叩き潰して笑ってやるわ──!」
「へっ……そう来なくっちゃな」
「な、なななな、なんてコトを──!」
英雄の独断に、連合王国から混乱の嘆きが響き渡った。
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tips:傍観者たちの眼差し
その一連を、星辰天秤塔は無言・無表情で観察していた。
自分たちを意図して〝第三者〟の立場に置く天使たちは、星の動きと照らし合わせて状況の推移を見守る。
──憤怒の剣に動きあり。無為に時間が過ぎ行くのを、英雄は嫌ったようですね。
──正しい判断かと。こうしているあいだにも、彼が救えるはずだった命は失われています。
──小国家連合に不審な動きあり。ターリアの外に数人、亜人が移動。
──拝光聖騎士団から、追跡者が出ているようですね。
──やはり動き出しましたか。我らからも監視の目を。
──失踪した群青卿はいつ帰還を?
──占星不能。占星不能。占星不能。
──役立たず。
──ですが彼の星は、あまりに巨大であり……
──黙りなさい。
──そんなだから私たちは、無能だと誹られるのです。
──今度こそ、今度こそ止めるのですよ。
──ティタノモンゴットから譲渡された
もう二度と、巨大彗星など降らせてはいけないのだから。