ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#319「第五世界の神々」

 

 

 裏世界について、少しずつ分かってきた。

 

 ひとつ、ここは特定の何かの〈領域(レルム)〉ではない。

 括りとしては、俺たちが普段から息をして歩いたり寝たりしている世界と同一のモノ。

 ただし、概念としてはアレだ。

 ビデオゲームやコンピュータゲームで壁抜けを行った際に出てくる、通常ゲームプレイ可能エリアの外側。

 そのゲームの内側、一部であるコトには変わりないけど、本当なら行けない/行ってはいけないプログラムとシステムに近い世界。

 

 ギンヌンガから話を聞いて、俺はそのように解釈した。

 

 裏世界って名前自体も、まんまそういうふうに理解したほうがだいぶ親しみやすかったしな。

 とはいえ。

 

(こっち)側から(あっち)側を見るのは、普通にできるのか……」

「そうだぞ? 向こうの連中はアタシたちに気がつかないし、こっちからも何も出来ないけどな〜」

「すぐそこにいたってのに、透明人間にでもなったみたいだ……」

「透明人間? そんなのがいるのか〜」

 

 ギンヌンガはこちらの言葉に、逐一なんでも反応する。

 俺が遺跡を移動すれば移動可能な範囲でついてくるし、なるべくこちらを見失わないように視線も途切らせない。

 すでに時刻は夜。

 あれから、〈ギニェルガーブの封祠堂〉にはたくさんの捜索隊が入って来た。

 俺が消えてしまったコトで、どうもかなりの大騒ぎになっているみたいだ。 

 もちろん、俺は実際に彼らの目の前で大声をあげたり手を振ってみたりしたんだが、結果は効果なし。

 向こうもそれは同じで、先ほどまでかなり粘ってくれていたが、全員とも、いったん捜索を中断して遺跡から出て行ってしまったところだ。

 

「異界の門扉が開けないのは、オマエが禁止してるからじゃないんだな?」

「異界の門扉? ああ、ポータルのコトか〜。あれは自分が行ったコトある場所だけだろ? 開けるのは」

「いや、行き先を指定しなければランダムで開けはするだろ」

「じゃあ、試してみれば? たぶんこっち側でなら使えると思うぞ」

「……」

 

 言われた通り、意識を変えて解錠先を未指定で門扉を開けてみる。

 開いた。

 だが、それは結局、この裏世界の〈ギニェルガーブの封祠堂〉だった。

 一応、今度は行き先も指定してみる。

 裏世界内ですでに俺が行き来した場所なら、門扉は開けるのか?

 

 ──開いた。

 

 だが、封印(鉄柱とロープ)の外側には開けない。

 

「裏世界っていうなら、もっと別の場所があってもいいだろ」

「それ、自分に文句言ってるのか〜?」

「んなワケないだろ」

「え〜? だって、ここ作ったのオマエじゃん」

 

 ギンヌンガは一向に俺を誰かと勘違いしたままだ。

 というか、俺にその誰かであって欲しいのだろう。

 いったん壁に寄りかかり、腰を下ろしてギンヌンガを見上げる。

 多脚歩行ならぬ多指歩行でついて来ていた謎のモサモサ巨女は、「お、休憩か!?」と声を上擦らせた。

 

「待ってろ? たしかアタシのこのへんに、昔オマエの家から盗んだ茶沸かし器が……」

「どこをまさぐってんだ。やめなさい、女の子がはしたない」

「え──ア、アタシが女の子……?」

「違うのか?」

「いっ、いやっ! 合ってる! たぶん……」

 

 ギンヌンガは自分の手から降りると、ペタンと座り込んだ。

 そして、巨大な両爪で自分の髪の毛をニギニギする。

 なお、これだけ大量の毛髪があるのに、特にこれといって体臭などは香ってこない。

 サイズ感はともかくとして、フォルムは一応人型ではあるけれど、やはり中身は人間ではないからなんだろうな。

 

「は、はじめてだ……女の子って言われたの……」

「歳はいくつなんだ? それによっては、女の子って言ったのは撤回する」

「ええっ!? い、イヤだ! アタシは女の子だッ! 歳は……自分でも分からないし、分かったとしても教えるもんかっ!」

「そうか」

 

 まぁ、少なくとも精神年齢は低そうだよな。

 外見年齢はモサモサなので正確には分からないが、カラダつきは見たところ、髪の上からでもそれなりに凹凸があるっぽい。

 推定、少女の巨女。

 だけど実際には、かなりの歳上だろう。

 いつでも肌身離さず持ち歩いている水筒と携帯食を取り出し、軽く息をつく。

 

「あー! なにひとりだけ飲み食いしてるんだよ〜!?」

「これは俺のだ」

「アタシにもくれ!」

「やだよ」

「ええっ!? いいじゃんか〜、アタシも喉が渇いたし腹が減ったんだよ〜!」

「……オマエ、飲み食い必要ないだろ?」

「ギギギギクゥッ!?」

「これまでずっと長いこと此処に閉じ込められていたんなら、餓死してないのはおかしいもんな」

 

 ギンヌンガに食事は必要ない。

 だから、俺は怪しい茶沸かし器も遠慮したのだ。

 衛生的にも、なんか信じられなかったし。

 

「頼むよ〜! 食事は魂の栄養だろう〜!?」

「っていうか、まずは謝って欲しいもんなんだがな?」

「ウっ!」

「オマエの人違いのせいで、どうするんだこれ……どうやって出りゃいいんだ?」

「ひ、人違いじゃないもん……オマエはただ、忘れてるだけだもん……」

「何を?」

「転生前の記憶」

「──え?」

 

 一瞬、何を言われたのか分からず思考が停止してしまった。

 ポカン、と口を開けて惚ける。

 そんな俺に、ギンヌンガはいじけたように髪をイジイジしながら言葉を続けた。

 

「あの彗星に、アタシたちの世界はブッ壊された……アトラミシアもアリアンノルンも、頑張って守ろうとしたみたいだけどダメだった……」

「ちょ、ちょっと待て……何の話をしてるんだ……?」

「だから、オマエたちが今のオマエたちになる前の話だよ!」

「俺たち……? 俺だけじゃないのか?」

「……そうだ。どうして、どうして皆、忘れちゃうんだ……アタシだけ置いて、アタシだけ昔のままで……」

 

 ギンヌンガは悲しそうに、前髪を湿らせていく。

 大量の髪の毛が、内側から濡れていくほど大粒の涙を浮かべているのか。

 わずかに鼻も啜り、遺跡の床を爪で掻き立てる。

 否、それはきっと、何かを握り込んでグッと感情を堪えようとした仕草だったのだろう。

 反響する硬質音は、あいにく凶悪な怪物の爪を強く印象付けてしまうものだったが……

 

「ギンヌンガ。オマエはいったい、何処から此処に来たんだ?」

「思い出せよ……思い出してよ……アタシたちは、同じ宙から墜ちるしかなかったんだ」

 

 ギンヌンガは天井を見上げ、その先の宙を見通すように言った。

 

「〈第五円環帯(ティタテスカ・リングベルト)〉」

「!」

「アタシたちの故郷……アタシたちが生まれ、オマエたちが守ろうとした静寂の世界……」

 

 アトラミシアもアリアンノルンも、その名は今日(こんにち)ではこう知られる。

 

 すなわち──()()()()()()()

 

 巨人たちが崇め奉った巨いなる二柱。

 では、そこにもう一柱。

 ダークエルフが崇め奉った神とは、何だったのか?

 

「オマエ……俺を、()()()()だと思ってるのか……!?」

 

 月の神殿に棲まうモノ。

 

「ああ、そうだ! オマエは、モルディガーンだ!」

 

 その名は、旧き第五の地平において〝夜に風をもたらすもの〟を意味した。

 神話に曰く、ダークエルフは夜風から生まれ、巨人は北の厳から生まれたと云われている。

 

 

 

 

 

────────────

tips:聖女と灑掃機構

 

 夜。聖女と機械天使は、ひとりと一機のみで会話をしていた。

 「アイヴィ様」

 「あら、珍しいわね。なにかしら?」

 深夜の湯浴み。

 聖女は裸体を、無垢なる鋼鉄に洗わせている。

 女神の被造物は、敬虔なカルメンタリス教徒なら一目見ただけで気を失いかねないほどの奇跡。

 然れど、女神の化身とも謳われる聖女にとっては、侍女や小間使いにも等しいのか。

 あるいは、その独特な感性で友人のように扱っているのか。

 自身の肉体を清潔に洗い終えた後、聖女は手ずからプラチナム人形のカラダを洗い始める。

 丁寧に、優しく、泡に濡れながら。

 マイ・フェア・レディは、それを無表情に受け止める。元より、表情を変える機能など搭載されていないが。

 「どうしたの? 急に黙り込んで」

 「──アイヴィ様の予見の通り、小国家連合が動き出しました」

 「そうみたいね」

 「……スカイハイ卿が、追手を放っています」

 「ええ。彼なら、そうするのでしょうね」

 「……なぜ、当機には命令が下されないのでしょうか?」

 「アナタの出番はまだ先だもの」

 「それは、いつ」

 「じきに分かるわ」

 聖女は微笑む。目蓋を閉じたまま微笑む。

 「悲しいですが、これも世界のため」

 「世界の、ため」

 「ええ。アナタにとっては、過去の失敗を取り返すチャンスになるかもしれませんね」

 「……──」

 言葉に、無垢なるカラダを僅かに硬直させ、鋼鉄の機械天使は沈黙する。

 過去の失敗。過去の失敗。過去の失敗。

 それはありえない。あってはいけない。許されてはいけない。

 だがそれは、ほんとうに──?

 「当機だけで、足りますか」

 「大丈夫よ? この場には雄々しい殿方たちが揃っていますし、アナタの兄と姉の代わりを務めるくらい、彼らでも出来るでしょう」

 聖女は、微笑む。その目蓋の内側で、来たるべき目的の到来を予見して。

 さて、誰が知っているだろうか?

 この同盟会談。

 自分が一番、思い通りに状況をコントロールしていると思い込んでいるモノもいれば。

 自分たちが一番、冷静に事の推移を観察し把握し、時が来れば最善の一手で介入できると考えているモノたちもいる。

 けれど、けれどけれど。

 「安心して? 私の眼には、すべて視えています」

 目蓋を開いた聖女のその双眸──果たして。

 

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