ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#032「なぜなに超大陸」

 

 

 世界の成り立ちを知った。

 エルノス語の本を読めるようになってからというもの、俺はまるで、自分がスポンジにでもなったようなつもりで、知識という名の水を吸収している。

 

「最近のラズくん、本ばっかり!」

「おやおや。そういうティナさんは、今日もまた刺繍の練習をサボっているご様子。いけませんねぇ? そんなことでは、良いお嫁さんにはなれないですよ?」

「話し方も変!」

 

 ケイティナは不機嫌な顔でくさくさしている。

 彼女は俺が成長し、自力で知識を蓄えられるようになってしまったことで、弟の成長が嬉しい反面、どことなく寂しい気持ちにも襲われているようだ。

 そのため、自分の中の複雑な感情とどう向き合えばいいのか分からず、結果的にむーむーと唸ることでフラストレーションを発散している。

 

 ──なんてお可愛い。

 

 もはやここに鬼教師ケイティナちゃんは存在しない。

 

(……いや、元からそんな存在は、何処にも居なかったな)

 

 いずれセプテントリア語もマスターし、二度と言語マウントを取れないようにしてやる。

 デーヴァリングがなんぼのもんじゃい!

 

「フン」

「っ!? むーッ!」

 

 鼻を鳴らしケイティナをスルー。

 少女は愕然とした顔で目を見開いていたが、俺は気にせず、いつものように勉強机に向かった。

 さて。

 

(今日は朝から天気も最悪)

 

 なので、浴室の掃除や服の洗濯など、俺に任されたいくつかの家事手伝いが終わってしまえば、後は何をして過ごそうとも誰にも文句をつけられない。

 エルノス語の授業は全過程を修了して、自学に切り替わった。

 セプテントリア語の授業は続いているが、今日はお休みの日。

 ケイティナはママさんから、刺繍の練習をしておくように言われている。

 

(どうもここ最近、あまりにサボり過ぎて、さしものママさんも小言をぶつけるようになったみたいだからな)

 

 弟の面倒を見ることを理由に、相当なサボタージュを決め込んでいたらしい。

 むーむーむーむー唸っていてやかましいが、ケイティナもワガママではないので、なんだかんだで今日くらいは言いつけを守るはずだ。

 

(女の子は小さい内から大変だねぇ。花嫁修業ってのも意外とハードなもんだ)

 

 舞踊、詩作、算術、裁縫、音楽、刺繍。

 デーヴァリングだから読み書きには何の問題もないんだろうけど、その他の教養や技能についてさえ、ケイティナはどれもまったく苦手というものを感じさせない。

 

 最初は一から学ぶしかなかったはずだ。

 

 だのに、彼女は出会った時から、まるで何万何億と繰り返してきたかのようにソツがなかった。

 無論、完全な素人目からでのジャッジなので、プロから見ればまだまだ向上の余地があるのかもしれない。

 が、少なくとも俺からすると、ケイティナの舞踊や刺繍の腕前などは、もう十分に大人に匹敵するレベルにまで達しているように感じられた。

 

(ママさんは意外と、子どもの教育に熱を入れるタイプなんだろうな)

 

 女性同士、きっとこの世界で女性に必要な知識や能力なんかを、あまさず注ぎ込もうとしているのだろう。

 俺ももしかすると、男の子に必要な教育ってことで、何かしら『習い事』を与えられるかもしれない。

 

(魔法とか剣術とか、ついにやってくるか──?)

 

 まあその前に、きっとセプテントリア語が先なんだろうけどな。

 ママさんはこの頃、ナッツとベリーを混ぜ込んだフィナンシェみたいな焼き菓子を作ってオヤツの差し入れをくれる。

 バターとか粉とか、加工食材まで自作らしい。すげぇ。

 しかし口元を見上げると、毎度ニコヤカに微笑んでいるのだが、俺は無言の圧力で「いつ喋れるようになる?」とプレッシャーをかけられているようで、地味に落ち着かなかった。

 

 ……ちなみに今日、ママさんは薪の材料集めに遠出している。

 

 そう。吹雪と白闇がゴウゴウとすべてを凍らせる世界で、彼女は何の問題もなく外歩きが可能なのである。

 魔女が人間の枠組みに入らないというのも、たしかに納得の強靭さだ。

 怒らせたら絶対に怖い。

 俺は恐怖から、真面目に勉強へ取り組む。

 なお、背後から「つーまーらーなーいー!」とダダを捏ねる声が聞こえてきたが、無視無視。無視だった。

 

(悪いな、ケイティナ)

 

 残念だけど、今日は遊んでやれない。

 俺はさっさと〝何も知らないラズワルドくん〟を卒業したいのだ。

 

(実際問題、今後も一緒に暮らしていくにあたって、どうせだったら同じ価値観で物事を共有していきたいじゃん?)

 

 冬至(ユトラ)の祝詞のような、本当に些細なことでも。

 ああいう「ああ、俺はこの世界で、やっぱり異物なんだ」って心奥で感じちゃう(しこり)のような寂寥感とは、なるべくなら無縁でいたい。

 

 人間って、不思議だよな。

 

 別にその時は何とも無かったはずなのに、ふとした瞬間、無性に物悲しくなったりして落ち込んでしまう。

 

(俺の感情は、この世界で()()()したものが大半だけれども)

 

 人間性ってものの本質が、魂ではなく心に紐づいているのなら、きっと俺はきちんと人間であることを取り戻せている。

 こういうこと、普段はあまり、考えないようにしてるんだけどね。

 

(よーし)

 

 机に本を並べ、ペラペラとページを捲る。

 家の書棚にあったエルノス語の本で、現状、俺が特に面白いと思っているのは五冊の堅板本だ。

 

 


 

▼解体神書

 〈渾天儀世界〉を創ったとされる世界神エル・ヌメノスにまつわる創世神話。

 および、エル・ヌメノスを信仰する世界宗教〈渾天儀教〉について、詳しく概要を補足してくれている解説本。

 

▼壊れた渾天儀世界

 宇宙誕生から天地開闢、未曾有の彗星大災害、世界が変わってしまった原因とその影響について語る、新釈世界論の入門書。

 

▼魔法使いと魔術師

 フィッツジェラルドという魔法使いと、マクシミリアンという魔術師。

 両者の伝説的決闘を記録した第三者目線の伝記。

 

▼北方の動植物

 グランシャリオに生息している動植物の図鑑。

 細かなスケッチイラストつきで、この世界特有の生物学が読み取れる。

 

▼昼知らぬ小さき王

 メリバ童話。

 主人公の鴉は結局、昼の世界を知ることができない。

 その代わり、鴉は夜を統べる王様となって、死後、自分の王国にやってきた昼間の住人を絶対的力で支配する。

 


 

 

 ……どの本も、基本的な世界観を理解するのに大変勉強になった。

 特に最初の二冊は、なるほどそうだったのかとストンと胸に納得が広がり、転生してからずっと疑問だった幾つかの謎にようやく決着を与えられた。

 

(小説でいえばプロローグ。ゲームでいえばチュートリアル)

 

 そういったスタートラインに、俺はついに到達したと言えるだろう。

 

(設定資料集みたいでたすかる)

 

 転生して自意識を取り戻し、そろそろ九歳? 十歳?

 よく分からんが、ヴォレアスにやって来る前はティザーサイトの煽り文というか、せいぜいがフレーバーテキスト程度のあやふやな情報しか入手できなかった。

 けど、今後はこういうハッキリした輪郭の、知識として信頼できる高確度な情報を基に行動することができる。

 

 本によると、どうやらこの世界はエル・ヌメノスと呼ばれる神によって生み出されたそうだ。ハイ・ファンタジーの定番だな。

 

 曰く、エル・ヌメノスは最初に 『呼吸』をし、その息吹によって土壌宇宙──後の宇宙の素となる霊的真髄(エッセンス)なるものを拡散した。

 次に、エル・ヌメノスは『声』によってあらゆるものにカタチを与え、宇宙、太陽、月、星々、天と地とを作り上げた。

 

 〈中枢渾天球〉──後に〈渾天儀世界〉の中核となる世界神の中つ星(エルノス・センタースフィア)が爆誕したとされるのも、この時期だそうだ。

 

 それから、いわゆる「神は七日で世界を作った」的な創造系のあれやこれやが巻き起こり、エル・ヌメノスはやがてリングベルト……八つの〈廻天円環帯〉を回し始める。

 

 ──〈渾天儀世界(Armillary Sphere)〉の形成。

 

(で、このリングベルトっていうのが、驚いたことにぜーんぶ、並行世界(パラレルワールド)!)

 

 一昔前のRPGにありがちだったドーナツ型のマップ(世界)で、真ん中の〈中枢渾天球〉が、まったく異なる可能性を辿ったもしもの姿って話らしい。

 それぞれがそれぞれ共に、言うなれば独立していた異世界なんだと云う。

 

 ──つまり、〈渾天儀世界〉とは、一つの宇宙に九つの世界が内包される北欧神話チックなコスモロジーだ。

 

(なんでそんな風に世界を作り分けたんだ?)

 

 理由は謎で、神学や考古学など、今でも複数の学問の道で研究のテーマとされているらしい。

 だが、俺にとってここで重要なのは、あくまで基礎的な世界観を把握すること。

 

(空にかかってる八つの円環帯の謎は解けた)

 

 星の構造、世界の成り立ちも把握した。

 

 中枢渾天球──エルノス

 第一円環帯──メルクミツハ

 第二円環帯──ルキフェディッテ

 第三円環帯──ソールマルス

 第四円環帯──ドリュタニィ

 第五円環帯──ティタテスカ

 第六円環帯──ホルゼウェル

 第七円環帯──スーサネプド

 第八円環帯──ハーディーンス

 

 これらに太陽と月を加えた総称こそ、渾天儀世界。

 そして、この星は過去に一度、徹底的なまでに()()()()()()()

 

 〈崩落の轟〉と呼ばれる巨大彗星の衝突災害だ。

 

 それにより、本来であれば交わるはずのなかった九つの世界に、共通の甚大なダメージが発生。

 すべての〈廻天円環帯〉は真円を損ない、あるリングベルトは半壊、またあるリングベルトは一部を欠落させ、センタースフィアには砕け散った彗星の破片と、宙より崩落する八つのリングベルトの破片が流星のように降り注いだ。

 

 まさに天変地異である。

 

 世界はかつての姿を永遠に失い、渾然一体とした混沌の星へと変貌。

 もともと別々の並行世界に棲んでいたモノや自然などが、一緒くたに中つ星(エルノス)へと流れ込んだ。

 だからこそ、

 

(多種族多言語)

 

 異言語がこうまで氾濫した世界へと変わってしまったんだろう。

 エルノス語が共通語なのは、もともとの先住言語だからで、他の言語はすべて後から混入したものに過ぎない。

 セプテントリア語の基となった四言語も、内三つはリングベルト産だ。

 

 北方大陸(グランシャリオ)とは。

 

 中枢渾天球(エルノス)第二円環帯(ルキフェディッテ) 第五円環帯(ティタテスカ)第八円環帯(ハーディーンス)

 

 四種の世界要素が融合して生まれた『超大陸』だった。

 

(なるほど〜?)

 

 要は地球でいう北欧神話やギリシャ神話。

 ほか、エジプト神話だったりアステカ神話などがカオス合体してしまったのが〈渾天儀世界〉であり、

 

(北欧の霧の国(ニブルヘイム)、ギリシャの嘆きの川(コキュートス)あたり……なのかな)

 

 とにもかくにも、暗くて寒くて生きにくい世界(環境)が集合してしまったのが、此処というワケだ。

 

「ふむ」

 

 道理でだだっ広いワケだぜ……

 

 

 





tips:壊れた渾天儀世界

 秩序律は狂ってしまった。
 世界はもはや、混沌の災禍に覆われている。

 〝──おおっ、神よ……!
  何ゆえ我らを見捨て賜う……!?〟
 
 古き民は嘆き悲しむが、応えは与えられず。
 新生の鼓動は、斯くして星に響き渡った。
 二万一千年前から六千年前までの永きに亘って、この星は、ようやく今の姿へ落ち着いたのである。
 すなわち、異界の法則を数多許容する形で……

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