ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#331「混乱の坩堝」

 

 

 鯨飲濁流の戦い方は、極めてやりづらかった。

 基本的な攻撃は、吸血鬼としての圧倒的な身体能力にものを言わせた殴打や爪撃。

 蹴り技はあまり使わず、獰猛な肉食獣を思わせる野生的な戦い方を好んでいるようだった。

 爪で相手の皮膚を抉り、血を流させ、打撃で着実にダメージを蓄積し、組み合えば噛みつきまでやってくる。

 

「ガルルルッ!」

「っ……!」

 

 時にはわざとらしく獣じみた唸り声をあげて、こちらの耳や首を狙って来て。

 それでいながら、反撃を食らいそうになれば蝙蝠の翼を生やして空へ逃げたり、次から次へ新たな魔法を放って来る。

 

「“不死なる拷問(トルメントゥム・インモルターレ)”ッ」

 

 終わらぬ苦痛(スリップダメージ)と行動遅延を与える四肢枷の呪い。

 

「“溶けた蝋にて血に浴す(ケラ・リクアータ・アルヴェオ)”ッ」

 

 ドロドロに溶けた蝋燭の浴槽。

 血と肉の混ざり込んだ煮え油ならぬ煮え蝋噴射。

 

「“持たざる者は弄ばれる(ルディブリオ・ファーメス)”ッ」

 

 突然の幻覚。

 手にした武器が突然どこかへ消え、自分が急にどうしようもないほど無力な存在に思えて足を止めそうになる。

 その隙を鯨飲濁流は容赦なく狙い、首を掻き切ろうとしてくる。

 

「──舐め、るな……!」

「ヒィッヒヒヒヒィッ! これも防ぐのかよ!」

 

 間一髪。

 ギリギリで幻覚を脱し、森羅斬伐で爪をガードした。

 ただし、衝撃は受け流し切れず、ものすごい勢いで壁際まで吹き飛ばされる。

 背中に当たる岩壁。

 肺から強制的に飛び出る酸素。

 戦闘が始まって、およそ十分程度だというのに、闇人化していてなおもこれだけの苦戦。

 

「分かるぜ? 俺に奥の手を使わせたいんだろ?」

「……」

「アァ、その眼だ。メレク・アダマスもそんな眼で、俺を見やがった」

「ハ──古代じゃオマエが勝ったんだろ? なのにずいぶん、忘れられないみたいだな」

「当然だ。アイツは最期まで、イラつくヤツだったからなァ……これはなんの因果だ?」

 

 二千年の時を超えて、鯨飲濁流はいま再び北方大陸王を俺に見ているのかもしれない。

 クツクツと肩を揺らし、肩を掻き抱きながら、吸血鬼はフラフラとカラダを揺らす。

 

「まるで、夢みたいだァ。あのとき食い損ねたアイツの末裔を、今日ここで、俺は食えるかもしれないッ!」

「俺を、食うつもりなのかよ……だったら、さっさと〝血潮の海〟くらい出したらどうなんだ?」

「ハッハッハ……見え見えだァ。そんなあからさまな誘いに、俺が乗るとでもォ?」

「……」

「ヒヒヒっ、まぁ……出したっていいんだがなァ? だけど、いきなりメインディッシュってのは、ちょっともったいないだろう?」

 

 やはり、森羅斬伐について敵は情報を共有している。

 自分たちが魔物であるからこそ、死生観の根幹に等しい大魔法を発動して、それを破られたら。

 コイツらはもう、自分たちに勝ち目が無いのを本能的に分かっているのだ。

 伝説化した魔物であればあるほど、大魔法=伝説世界=存在証明の式から抜け出せない。

 リンデンでは歯牙にもかけなかったくせに、今では完全に天敵として認識されている。

 

(なら)

 

 やはりこちらも、敵が大魔法を使わざる得なくなるまで追い詰めるしかない。

 生半可な状態で奥義を使おうとしても、いざとなれば脇目も振らずにコイツは逃げる。

 古代の大戦を生き残った大魔。

 戦闘能力は高くて当然だし、生き汚なさも相当で当然。

 

「“報復律(レクス・タリオニス)髄鳴火剣(イグニス)──」

「また、それかァ。テッサはもう、オマエの前に出せないなァ!」

「──鬼哭三千年(クラモール・トレス・ミリア)”」

「────」

 

 三千丁の髄鳴火剣、展開。

 鯨飲濁流は思わずと言った様子で口を噤んだ。

 山王の間が広々していて良かった。

 ヴァシリーサにも感謝しないとな。

 

「オマエ……ずいぶん、魔女らしくなったなァ……? 白嶺のチカラは、使えないはずだろォ……?」

「今の俺が、ベアトリクスの力だけでオマエの前に立ってると思うな」

「ヒ、ヒヒヒ……黒詩か。これだから、魔女は気色が悪ィんだ……!」

 

 鯨飲濁流が駆ける。

 山王の間の壁から壁へ跳躍し、髄鳴火剣の雨を掻い潜りながら俺へ迫る。

 だが、いいかげん舐めないで欲しい。

 今の俺はもう、昔の俺じゃない。

 

「“針葉王域(シルヴァタイガ)凍原古木(ノルドエンティア)”ッ」

「な──はァァ!?」

 

 俊敏な動きの吸血鬼を、ニドアの林の妖木とその針葉樹林を以って縛り付ける。

 足元から突然、蠢く樹木が現れ手足を締め付けたコトに、鯨飲濁流は驚愕していた。

 呪文の昇華は、以前よりも魔法の強度と効果を増強している。

 俺へ飛びかかる寸前、壁に縫い止められた鯨飲濁流はそれでもなおブチブチと、拘束を破壊しかけていたが、

 

「数千年も死に損ねておいて、生きた人間相手に魔法戦で遅れを取るのはどんな気分だ?」

「アァ!? バカが! オマエはもう、その枠に収まる存在じゃ、ねェ──!」

「だとしたら、そうさせたのはオマエだよ」

 

 残った髄鳴火剣、実に二千六百。

 すべてを一度に、射出した。

 アレクサンドロ・シルヴァンの一撃が、反応不可の絶技だったように。

 対象の脊髄を、掻き鳴らすように貫く!

 

「もっとも、オマエは不死身だ」

 

 吸血鬼の不死性は再生力。

 一度、殺せたのは確認済みだが、もともと弱点を突いてもマトモに殺せるような手合いじゃないのだ。

 

「これでもまだ、オマエはすぐに再生するだろ」

 

 でも、その時にはもう、奥の手を温存しておけるほど余裕は無い。

 分身ならなおさら、余力は少ない。

 万単位で生き血を啜ってる鬼に、二千六百回分の死を与えたところで効果は然程とも思われるかもしれないが、報復の律、万象灼き焦がす恩讐の車輪によって駆動する鬼哭の三千年間。

 単純計算で二千六百回というのは、ファーストインパクトだけでの話だ。

 終わらぬ苦痛(スリップダメージ)が、自分だけの専売特許だと思ってもらっては困る。

 この魔法、一振り一振りの髄鳴火剣が、俺に理解し切れる限りのアレクサンドロそのもの。

 

 2600×3000‎ = 7,800,000

 

 多少のマイナス誤差はあるだろうが、髄鳴火剣はまだまだ追加で出せる。

 

「オマエがたとえ、百億の命をストックしてたとしても」

「ギャハハハッ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!」

「これをあと、千回でも二千回でもやれば」

 

 鯨飲濁流は消滅する。

 

「なぁ、オイ。聞かせろよ。オマエっていう存在そのものが、擦り減って消えていく今この瞬間は、いったいどんな気分なのかをよぉ!」

「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ──ッッ!!」

 

 悪魔は、それでも未だ嘲笑を止めなかった。

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 吸血鬼の哄笑に呼応するかのように、黄衣の女怪もまた戦場を睥睨して哄笑していた。

 

「アハハッ! キャハハッ! そうよ! これよ! ワタシはずっとこれが見たかったの! あぁ、あぁ……! 最っ高だわ!」

 

 ドシン、ドシン、ドシン。

 女怪は大型のデモゴルゴンに自らを運ばせ、崩れ落ちていく巨人王国を見下ろす。

 地べたを逃げ惑い、醜く押し潰されて悲鳴を上げる人間たちに、恍惚とした表情で頬を染める。

 デモゴルゴンの女王は、すでに多くの巨人兵を手駒に変えて、雪の降り頻る王都を醜怪な地獄絵図に作り替えていた。

 その瞳は、()()

 

「お、のれ……よくも戦士たちを──!」

「霊廟を暴いた……!?」

「よくもそのような真似をっ!」

 

 叫びと怒り。

 黄衣の女怪に気がついた巨人たちは、揃って怒り狂う。

 それもそのはずだ。

 彼らは自分たちの誇り、偉大なる先祖、三人の戦士を穢されていた。

 

 巨獣狩りのヘイムダル。

 雪崩歩きのライヘン。

 流星穿ちのポルポルポ。

 

 ターリアの地下霊廟で、彼らは厳かな眠りについていたのに。

 デモゴルゴンの邪視。

 吸血鬼化したコトで、黄衣の女怪はすでに眠れる死者すらおぞましきバケモノへ変貌させる力を得ていた。

 かつての名残りを、わずかに覗かせ。

 三雄は戦士とも呼べぬ奇怪で醜悪なバケモノとなって、同胞たちに牙を剥く。

 ガンドバッハ王は怒りのあまり、ついに戦場へ突進した。

 もはやこの段になると、巨人王には自責の念より、遥かに激しい怒りしかなくなっていたのだ。

 

「ヘイムダル殿の槍も……ッ、ライヘン殿の鉈も……ッ、ポルポルポ殿の弓も……ッ、どれもみな素晴らしい武の研鑽ゆえだった……ッ!」

 

 それを、このような武のカケラも解さぬ下等なバケモノに変えるなど。

 死してなお同胞に手をかけさせるなど。

 

「尊厳凌辱、甚だしいぞ──ッ!!」

「なによあのデカいジジイは」

 

 女怪は三体のデモゴルゴンを同時にけしかけ、ガンドバッハ王と戦わせる。

 

「そんなに尊厳ってのを守りたいなら、どうにかしてみればぁ? オマエたちみたいな醜いデカブツが、ワタシを殺せるワケないけどね?」

「陛下を守れ──!」

「王を助けろ──!」

「あーヤダヤダ。巨人ってうるさくて」

 

 ガンドバッハ王を助けるため、黒白の兄弟がジャイアント・デモゴルゴンと戦い始める。

 しかし、女怪がデモゴルゴン化したのは何も巨人ばかりではない。

 霜の巨人(ヨトゥン)、アイス・ティタノボア、ヘカトンケイル、白竜(ホワイト・ドレイク)

 ティタノモンゴット周辺に棲息する怪物怪人怪獣まとめて下僕に変えて。

 それぞれを下位のアンデッドにするオマケ付きで、使嗾(しそう)していた。

 

「バッカみたい! どんなに高潔を謳って、どんなに栄誉だなんだと体面を取り繕ったって、ワタシの前ではどいつもこいつも同じなのよ! きったならしいブサイクども! せめてその断末魔で、最後に耳心地いい悲鳴でも聞かせてみればぁ!?」

 

 ただ純然たる数による暴力。

 栄えもなければ誉れもない魍魎によって、一廉の戦士、高名な王、それらが一様に押し潰され、呼吸に喘ぎながら引き倒される。

 黄衣の女怪は、甲高い声でティタノモンゴットを嘲笑った。

 何しろ、デモゴルゴンなどいくらでも増やせばいいのだ。

 生きているのも死んでいるのも関係ない。

 飛行型のデモゴルゴンに飛び乗り、空から銀嶺を見下して。

 女怪はパワーアップした自らの能力に、うっとりと微笑む。

 エル・セーレンで斬り落とされた触手は、すでに元通りに戻っていた。

 

「ああ、感じるわ……ゲーン陛下の愛が! ワタシを満たして強くしてくれた! 彼に守られてる!」

 

 ゆえに、女怪はすぐに狙いを新たに定める。

 もはや自分は、白嶺の魔女を超えただろう。

 そう驕り高ぶり、戦場を俯瞰して。

 

「あはっ!」

 

 トライミッド連合王国軍と、そこにいる王や美貌の伯爵を捕捉した。

 

 

 

 

 

────────────

tips:隣り合う戦場

 

 デモゴルゴンの襲撃に対処しながら、トライミッド連合王国軍は脱出経路を探していた。

 その隣では、メラネルガリア軍もまたネルネザゴーン軍に対処していた。

 しかし、メラネルガリアのほうが窮地の度合いは高かった。

 混乱の戦場、その最奥に現れたネルネザゴーン軍は、大魔に並ぶ脅威に率いられていたからだ。

 「クッ……なんなのよ、アイツ!」

 「英雄現象──いいえ、この場合は『悪逆現象』って呼んだほうがいいかしらね……」

 白髪の双子姉妹は、対峙していた。

 古代エリヌッナデルクで、秩序律の側に刃を向けたのは大魔ばかりではない。

 偉業を為した英雄が、伝説となって情報体化するのならば。

 悪業を為した梟雄が、同じく伝説となって情報体化するのもまた必然。

 「『卑槍のジュリウス』……〈目録〉にも、載ってるわ」

 「女殺しの大量殺人鬼じゃない……!」

 首から上が異形の一角獣。

 分かりやすい特徴は、ダークエルフを戦慄させた。

 

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