ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
「ヒッ、ヒヒヒ──アァ、ダメだな、こりゃァ……」
崩れていくカラダを見下ろして、鯨飲濁流はフラフラと壁際にもたれかかる。
ターリアは崩壊を続けたまま。
このままいけば、落ち崩れる巨岩と土砂に押し潰されて、分身は消滅するだろう。
魂ももはや、ほとんど蒸発している。
白髪痩身の青年は、その肌をひび割れさせ、パラパラポロポロ砕け散っていく途中だった。
「認めてやる……天敵だァ……オマエは俺の天敵でしかない……」
「それは、お互い様だろ」
「ヒッヒッヒッ……そうだなァ……まさか本当に、メレク・アダマス以外にここまでやるヤツが出て来るとは……」
吸血鬼の紅い眼にも、バキリッ、と亀裂が入る。
それを、煩わしそうに自ら眼球を抉り潰しながら、鯨飲濁流は言った。
まだ少しだけ、喋る余裕があるらしい。
「おめでとう、新時代の英雄……オマエのおかげで北の人界同盟は守られた……!」
「……」
「だが、もういっかい言うぞ? 分かってるんだよなァ……!?」
顔を覆い、指の隙間から俺を見て。
せせら笑うように息をして、吸血鬼は告げる。
「この流れが、何を意味するか……この決着が、何を始めちまったのか……!」
闇の公子は、古代を幻視するかのように叫んだ。
「
──そう。
もはやその流れは止められない。
この魔物は、北から始めて、北が終われば他の超大陸へ。
そうやって四方を呑み込み喰らい尽くすまで、戦争を吹っ掛け続けるだろう。
二千年前に邪魔された勝利を、今度こそ再び己がものとするために。
そのための準備は、着々と進められていた。
「でも、俺がいる」
「アァ……」
「俺たちは天敵だ。不倶戴天だ」
「認めよう……俺たちは同じ空の下で、互いが同時に存在しているのが許せない……」
「だったら、そっちも分かってるよな?」
「ヒヒッ!」
鯨飲濁流が望んでいるような未来は来ない。
こうして戦えるようになった俺が、必ず鯨飲濁流の前に立ち塞がってその目論見を潰す。
鯨飲濁流に与する他の全部も、仲間と一緒に叩いて潰す。
「この人界同盟を潰せなかったコトを、オマエは死ぬ時に必ず後悔するだろうぜ」
「かも、しれないなァ……
ズザザザザ……
足も砕けて、背中が壁から落ちる。
落下の衝撃によって、きっと後ろはもうマトモなヒトガタを保っていない。
それでも、鯨飲濁流は続けた。
「良いことを教えてやろう……本体の俺は、もうじき龍を喰らう」
「……なに?」
「ただの龍じゃないぞ……? 終末の巨龍『波濤の獣』レヤンドラスだァ……」
「! そんなコト、出来るワケが……!」
「どうだろうなァ……!? 〈中つ海〉の深海でッ、俺はオマエの斧と同じ巨大彗星の欠片も見つけた……!」
「……!」
「阻んで見せるか……? 英雄! 俺は待ってるぜ……? ただし、地上で戦争は始めさせてもらうがなァ!? ヒヒヒッ、ヒヒャヒャヒャッ、ヒハハハハハハハハハハハハハ……!」
嘲笑を残し、分身は完全に消滅した。
第二次エリヌッナデルクの幕開けと宣戦布告。
勝利は得たが、次なる戦いはもう目の前。
巨岩が落ちる。
消滅した分身の姿も声も掻き消すように、ターリアがもう保たない。
俺は異界の門扉を解錠して、天窓から外へ脱出した。
「……クソ吸血鬼」
こちとらだいたい、徹夜明けでもうクタクタだってのに。
最後に嫌なコトを言い残して消えやがった。
「シアはどこだ……」
恋人を探しながら、今はただひとつだけを思う。
愛しい少女の膝の上で、気持ちよく眠りたい、と。
(──ああ、でも)
その前に、いろいろ皆の無事を確認しないとな……
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──
カツン、カツン、カツン、カツン。
足音は、ふたつ。
遥か深き地下にて、彼らは地上の喧騒が次第に静まっていくのを聞いていた。
「──ふむ。陛下の分身が敗れましたか」
「なぬ? ではこれは、我らの軍が敗走する地鳴りか」
「仕方がないでしょう。こうして我々が戦いに参加せず、勝手な行動を取っているのですから」
「ふぅむ。あとでお叱りを受けてしまいそうじゃのぅ?」
魔法の火を浮かべて、大魔二体が地下霊廟を歩く。
崩落の最中にあるターリアだが、地下の霊廟だけは平穏無事を保っていた。
古代セプテントリア時代の建築様式が使われているからだ。
身体中に大量の眼がある壮年の男。
単眼巨躯の老爺。
二体の大魔はそれぞれ名を、月眼、外道鍛冶と云う。
ティタノモンゴットの国境に解錠された異界の門扉。
その数は五つあった。
しかし、戦争に参加したのはゼオメイガス、ロドリンド、グラマティカの三体だけ。
残りの二体は、戦場に立ち寄りもせずに、巨人の穴倉に潜り込んでいたのだ。
「テッサのヤツがまた、うるさくしそうじゃのぅ。月眼殿、いやさ、ムーングラム殿よ」
「なんです?」
「あとで貴卿からも、陛下に取りなしてくださるかのぅ?」
「さて、それはどうでしょう?」
「おいおい……」
「巨人どもの穴倉に潜り込んだはいいが、目当ての物は見つかりませんでしたからね。何の成果も無かったとあっては、さしもの私も陛下にどうご説明したものやら」
「一応、成果はあるじゃろう」
外道鍛冶は手にぶら下げていた
魔法の火に照らされて、それは妖しく光を反射した。
ムーングラムと呼ばれた男は、顎のあたりをさする。
顎にも眼があるので、目蓋をさすったのかもしれない。
「ふむ。そのような小さな
「儂を誰じゃと思うとる? 無骨な鍛治仕事ばかりが能のジジイではないぞ? 繊細な細工仕事とて得意なものじゃ」
「それで?」
「うむ。まぁ、勘を掴むくらいは出来るじゃろう」
「では、習作というコトで通しましょうか」
「おお、助かる。しかし意外じゃったなぁ?」
「よく言われます」
「……まだ何が意外だったのか、言っておらんのじゃが?」
「失礼、視えてしまったので。まぁ、私はこのような
「ほほぅ? 儂の見たところ、慣れているどころの手腕ではなかったように思うがのぅ?」
「フ・フ・フ」
大魔たちは語り合いながら、霊廟の片隅で異界の門扉を解錠する。
もはやこの場に、用は無い。
ティタノモンゴットの宝物庫を暴いて、彼らはちょうど霊廟に戻って来たところだったのだ。
宝物庫には封印が施されていたため、そのまま宝物庫のなかで外へ出るのは不可能だった。
巨大彗星の極小破片を入手するのが、彼らの目的。
いや、月眼ことムーングラムに関して言えば、外道鍛冶と違って地上で戦争が始まるまでの過程で、大いに目的は果たしていた。
小国家連合の精神破壊と洗脳。
姪が仕掛ける数々の妨害に妨害を返し。
あと一歩のところで、同盟を潰せるはずだったのだが、新時代の英雄が想定していたよりも成長している。
分身が敗れる未来は視えていなかったのだ。
今回はさすがに、姪の勝利を讃えざるを得ない。
……とはいえ。
「ああ、そうだ」
「む? どうしたのじゃ、ムーングラム殿?」
「いえ。最後にひとつ、もう一手打っておこうと思いまして」
「ほう?」
門扉を潜り抜ける前に、大魔は後ろへ振り返り月の
尋常人には耐えられない精神汚染を伴うアビスゲイズだ。
「グアァッ!?」
「なんと。儂は気づかなかったぞ?」
「無理もありません。彼はあの〈禁忌収容編纂目録〉で、史上初となる三つの役職を得た優秀な
「? 儂の見たところ、
「欺瞞ですよ。やれやれ、好奇心も大概にしなければ……引き際を見誤りましたね、友よ」
「き、貴様……やはり魔物だったか……」
「気づいていましたか。まぁ、そろそろ使える手駒が欲しいと思っていた頃です。異例ではありますが、同僚のよしみで協力してもらいましょう」
「どうするのじゃ? そやつ」
「フ・フ」
薄暗い地下霊廟で、大魔は微笑んだ。
いや、眼を歪めたのか?
「裏切りは、戦争に不可欠ですよ。巨人どもはついぞ、それを弁えませんでしたが」
古代の悪意が、吟遊詩人を洗脳する。
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tips:魔物たちが去ったあとで
ヴィヴラ・ダァトは、ポツポツと歩いていた。
あれから結局、彼は聖女とも灑掃機構とも合流できなかった。
聖地の人間はどこにも見当たらず、気がつけば爆発が起こり、ヴィヴラは気を失っていた。
そのまま運よく何にも見つからず、瓦礫の山に埋もれるようにして倒れ込んでいた彼は、戦場の混乱が鎮まった頃に目を覚ました。
どうやら、自分たちは勝ったらしい。
周囲の状況を見て取り、ホッと安堵。
これも日頃の信仰のおかげだと、女神様への感謝を呟きながら、連合王国の旗を探して歩き出す。
きっと今ごろは、皆が無事に集まっているに違いない。
自分も無事を知らせて、臣下たちを安心させてやらなければ。
禿頭のドワーフはあちこち痛む身体に辟易しながら、戦場跡地を歩いた。
途中、瓦礫に埋もれて身動きの取れなくなった兵士がいれば、近くの巨人と協力して助け出し。
感謝を受け取りながら、段々と息子のコトを思い出す。
「そういえば、レオナルドは何処だ?」
ヴィヴラが息子の戦死を知るのは、それから間もなくであった。