ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#340「では宣戦布告を」

 

 

「ヒッ、ヒヒヒ──アァ、ダメだな、こりゃァ……」

 

 崩れていくカラダを見下ろして、鯨飲濁流はフラフラと壁際にもたれかかる。

 ターリアは崩壊を続けたまま。

 このままいけば、落ち崩れる巨岩と土砂に押し潰されて、分身は消滅するだろう。

 魂ももはや、ほとんど蒸発している。

 白髪痩身の青年は、その肌をひび割れさせ、パラパラポロポロ砕け散っていく途中だった。

 

「認めてやる……天敵だァ……オマエは俺の天敵でしかない……」

「それは、お互い様だろ」

「ヒッヒッヒッ……そうだなァ……まさか本当に、メレク・アダマス以外にここまでやるヤツが出て来るとは……」

 

 吸血鬼の紅い眼にも、バキリッ、と亀裂が入る。

 それを、煩わしそうに自ら眼球を抉り潰しながら、鯨飲濁流は言った。

 まだ少しだけ、喋る余裕があるらしい。

 

「おめでとう、新時代の英雄……オマエのおかげで北の人界同盟は守られた……!」

「……」

「だが、もういっかい言うぞ? 分かってるんだよなァ……!?」

 

 顔を覆い、指の隙間から俺を見て。

 せせら笑うように息をして、吸血鬼は告げる。

 

「この流れが、何を意味するか……この決着が、何を始めちまったのか……!」

 

 闇の公子は、古代を幻視するかのように叫んだ。

 

()()()ッ、()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 ──そう。

 もはやその流れは止められない。

 この魔物は、北から始めて、北が終われば他の超大陸へ。

 そうやって四方を呑み込み喰らい尽くすまで、戦争を吹っ掛け続けるだろう。

 二千年前に邪魔された勝利を、今度こそ再び己がものとするために。

 そのための準備は、着々と進められていた。

 

「でも、俺がいる」

「アァ……」

「俺たちは天敵だ。不倶戴天だ」

「認めよう……俺たちは同じ空の下で、互いが同時に存在しているのが許せない……」

「だったら、そっちも分かってるよな?」

「ヒヒッ!」

 

 鯨飲濁流が望んでいるような未来は来ない。

 こうして戦えるようになった俺が、必ず鯨飲濁流の前に立ち塞がってその目論見を潰す。

 鯨飲濁流に与する他の全部も、仲間と一緒に叩いて潰す。

 

「この人界同盟を潰せなかったコトを、オマエは死ぬ時に必ず後悔するだろうぜ」

「かも、しれないなァ……()()

 

 ズザザザザ……

 足も砕けて、背中が壁から落ちる。

 落下の衝撃によって、きっと後ろはもうマトモなヒトガタを保っていない。

 それでも、鯨飲濁流は続けた。

 

「良いことを教えてやろう……本体の俺は、もうじき龍を喰らう」

「……なに?」

「ただの龍じゃないぞ……? 終末の巨龍『波濤の獣』レヤンドラスだァ……」

「! そんなコト、出来るワケが……!」

「どうだろうなァ……!? 〈中つ海〉の深海でッ、俺はオマエの斧と同じ巨大彗星の欠片も見つけた……!」

「……!」

「阻んで見せるか……? 英雄! 俺は待ってるぜ……? ただし、地上で戦争は始めさせてもらうがなァ!? ヒヒヒッ、ヒヒャヒャヒャッ、ヒハハハハハハハハハハハハハ……!」

 

 嘲笑を残し、分身は完全に消滅した。

 第二次エリヌッナデルクの幕開けと宣戦布告。

 北方大陸(グランシャリオ)はこれから、古代以来の戦乱時代に突入してしまうのか。

 勝利は得たが、次なる戦いはもう目の前。

 

 巨岩が落ちる。

 

 消滅した分身の姿も声も掻き消すように、ターリアがもう保たない。

 俺は異界の門扉を解錠して、天窓から外へ脱出した。

 

「……クソ吸血鬼」

 

 こちとらだいたい、徹夜明けでもうクタクタだってのに。

 最後に嫌なコトを言い残して消えやがった。

 

「シアはどこだ……」

 

 恋人を探しながら、今はただひとつだけを思う。

 愛しい少女の膝の上で、気持ちよく眠りたい、と。

 

(──ああ、でも)

 

 その前に、いろいろ皆の無事を確認しないとな……

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 カツン、カツン、カツン、カツン。

 足音は、ふたつ。

 遥か深き地下にて、彼らは地上の喧騒が次第に静まっていくのを聞いていた。

 

「──ふむ。陛下の分身が敗れましたか」

「なぬ? ではこれは、我らの軍が敗走する地鳴りか」

「仕方がないでしょう。こうして我々が戦いに参加せず、勝手な行動を取っているのですから」

「ふぅむ。あとでお叱りを受けてしまいそうじゃのぅ?」

 

 魔法の火を浮かべて、大魔二体が地下霊廟を歩く。

 崩落の最中にあるターリアだが、地下の霊廟だけは平穏無事を保っていた。

 古代セプテントリア時代の建築様式が使われているからだ。

 身体中に大量の眼がある壮年の男。

 単眼巨躯の老爺。

 二体の大魔はそれぞれ名を、月眼、外道鍛冶と云う。

 

 ティタノモンゴットの国境に解錠された異界の門扉。

 

 その数は五つあった。

 しかし、戦争に参加したのはゼオメイガス、ロドリンド、グラマティカの三体だけ。

 残りの二体は、戦場に立ち寄りもせずに、巨人の穴倉に潜り込んでいたのだ。

 

「テッサのヤツがまた、うるさくしそうじゃのぅ。月眼殿、いやさ、ムーングラム殿よ」

「なんです?」

「あとで貴卿からも、陛下に取りなしてくださるかのぅ?」

「さて、それはどうでしょう?」

「おいおい……」

「巨人どもの穴倉に潜り込んだはいいが、目当ての物は見つかりませんでしたからね。何の成果も無かったとあっては、さしもの私も陛下にどうご説明したものやら」

「一応、成果はあるじゃろう」

 

 外道鍛冶は手にぶら下げていた(つつみ)から、指先ほどの石を摘み上げる。

 魔法の火に照らされて、それは妖しく光を反射した。

 ムーングラムと呼ばれた男は、顎のあたりをさする。

 顎にも眼があるので、目蓋をさすったのかもしれない。

 

「ふむ。そのような小さな()()でも、用を為すので?」

「儂を誰じゃと思うとる? 無骨な鍛治仕事ばかりが能のジジイではないぞ? 繊細な細工仕事とて得意なものじゃ」

「それで?」

「うむ。まぁ、勘を掴むくらいは出来るじゃろう」

「では、習作というコトで通しましょうか」

「おお、助かる。しかし意外じゃったなぁ?」

「よく言われます」

「……まだ何が意外だったのか、言っておらんのじゃが?」

「失礼、視えてしまったので。まぁ、私はこのような服装(ナリ)ですからね。盗みに慣れていると知られると、昔からよく驚かれました」

「ほほぅ? 儂の見たところ、慣れているどころの手腕ではなかったように思うがのぅ?」

「フ・フ・フ」

 

 大魔たちは語り合いながら、霊廟の片隅で異界の門扉を解錠する。

 もはやこの場に、用は無い。

 ティタノモンゴットの宝物庫を暴いて、彼らはちょうど霊廟に戻って来たところだったのだ。

 宝物庫には封印が施されていたため、そのまま宝物庫のなかで外へ出るのは不可能だった。

 巨大彗星の極小破片を入手するのが、彼らの目的。

 

 いや、月眼ことムーングラムに関して言えば、外道鍛冶と違って地上で戦争が始まるまでの過程で、大いに目的は果たしていた。

 

 小国家連合の精神破壊と洗脳。

 姪が仕掛ける数々の妨害に妨害を返し。

 あと一歩のところで、同盟を潰せるはずだったのだが、新時代の英雄が想定していたよりも成長している。

 分身が敗れる未来は視えていなかったのだ。

 今回はさすがに、姪の勝利を讃えざるを得ない。

 

 ……とはいえ。

 

「ああ、そうだ」

「む? どうしたのじゃ、ムーングラム殿?」

「いえ。最後にひとつ、もう一手打っておこうと思いまして」

「ほう?」

 

 門扉を潜り抜ける前に、大魔は後ろへ振り返り月の(まなこ)を物陰に凝らす。

 尋常人には耐えられない精神汚染を伴うアビスゲイズだ。

 

「グアァッ!?」

「なんと。儂は気づかなかったぞ?」

「無理もありません。彼はあの〈禁忌収容編纂目録〉で、史上初となる三つの役職を得た優秀な金翠羊(サテュラ)ですから」

「? 儂の見たところ、羊頭人(シーピリアン)に見えるが?」

「欺瞞ですよ。やれやれ、好奇心も大概にしなければ……引き際を見誤りましたね、友よ」

「き、貴様……やはり魔物だったか……」

「気づいていましたか。まぁ、そろそろ使える手駒が欲しいと思っていた頃です。異例ではありますが、同僚のよしみで協力してもらいましょう」

「どうするのじゃ? そやつ」

「フ・フ」

 

 薄暗い地下霊廟で、大魔は微笑んだ。

 いや、眼を歪めたのか?

 

「裏切りは、戦争に不可欠ですよ。巨人どもはついぞ、それを弁えませんでしたが」

 

 古代の悪意が、吟遊詩人を洗脳する。

 

 

 

 

 

────────────

tips:魔物たちが去ったあとで

 

 ヴィヴラ・ダァトは、ポツポツと歩いていた。

 あれから結局、彼は聖女とも灑掃機構とも合流できなかった。

 聖地の人間はどこにも見当たらず、気がつけば爆発が起こり、ヴィヴラは気を失っていた。

 そのまま運よく何にも見つからず、瓦礫の山に埋もれるようにして倒れ込んでいた彼は、戦場の混乱が鎮まった頃に目を覚ました。

 どうやら、自分たちは勝ったらしい。

 周囲の状況を見て取り、ホッと安堵。

 これも日頃の信仰のおかげだと、女神様への感謝を呟きながら、連合王国の旗を探して歩き出す。

 きっと今ごろは、皆が無事に集まっているに違いない。

 自分も無事を知らせて、臣下たちを安心させてやらなければ。

 禿頭のドワーフはあちこち痛む身体に辟易しながら、戦場跡地を歩いた。

 途中、瓦礫に埋もれて身動きの取れなくなった兵士がいれば、近くの巨人と協力して助け出し。

 感謝を受け取りながら、段々と息子のコトを思い出す。

 「そういえば、レオナルドは何処だ?」

 ヴィヴラが息子の戦死を知るのは、それから間もなくであった。

 

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