ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
#345「躍り出る盤上の指し手」
──其の
最も初めに、北の大自然で原初の生存闘争に塗れた【彷徨】に挑戦した。
常人ならば諦め、疾うに飢え死に、雪に埋もれて消えゆく
狂気とも呼べる空元気で、明日を信じ続けた。
──其の
次に最も冷たく、最もあたたかな雪と氷の【揺籃】に包まれた。
ようやく手にした守るべき
慈しみ深い母と、愛しく尊い姉、友にして師である父。
そのいずれもが悲しき偽りであり、おぞましき薄氷の上の灯火に過ぎなかった。
よって己の手で、すべてを失うことになった。
壮大なる自然、深大なる神秘。
遠大なる歴史、強大なる魔法。
──其の
この星の大地に足を踏み下ろしてから、絶え間なく幾度も思い知らされた。
まだだ。まだ、理解が足りぬと。
だから、其の
幼年期の終わり、己が呪われた出生の
救えるものがあり、降りかかった不運を打ち払うだけの力も手にしていた。
少しはこの世界での歩き方を、身に修めたつもりだった。
前を向いて、離別の悲哀を背負いながらも約束通り旅へ出た。
なのに──其の
晴れて『世界』へと歩み始めた一歩目で、【宿敵】たる大悪魔に敗北した。
未知も理不尽もまだまだ世界には存在し、差別と偏見、悪意と敵意に底は無く。
嘲笑の
だが、その辛酸こそが。
其の
──其の
東の大樹海で、遥か先達たる大英雄の姿に目指すべき道を見出し。
終焉と終末すら退ける究極の奥義、気高き伝説の継承を成し遂げるほどに【成長】を重ねた。
──其の
西の大異界では、囚われにして窮地の乙女を見事に救い出し。
頼るべき仲間の覚醒すら誘って、旧き泥濘の眠りの底からさえも、堂々たる雄飛と高き【鼓翼】を魅せつけた。
巨人王国での、二度目の大戦前夜。
ついに、互角へ至った宿敵との再会。
では。
「ここから始まる最終章……」
すでに号砲は鳴らされ、火蓋は切られている。
ならば、初幕にふさわしき
「ワタクシは、まずは【城塞】編と名付けようと思いました──」
何故なら、清算されるべき因縁が。
斯くて鉄火を散らし、耳障りにぶつかり合う……
激しい鋼の硬質音を伴って……
捻じれ狂い、不可逆に絡み合った宿命……最後の戦いとは!
つまり、こういうものだと告げるがごとく派手に始まったのが、この『第一戦』だから!
白毛と緑衣の吟遊詩人は。
ゆえに愛用のリュートハープを鳴らして、その音階に乗せるべき相応しき詩情、言の葉を吟味して。
「フフ……フハハ……ッ」
まるで悪魔のように、愉楽に歪んだ双眸で──
己が
期待の感嘆符を、胸いっぱいに吐き出さざるを得なかった。
「さぁ……さぁ……!」
ブチ上がれ、クライマックス。
……いいや。
ブチ上げろ、クライマックス。
戦争はもはや始まっている。
第二次エリヌッナデルクは、すでに開戦した。
- ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ -
- 第4部 城塞編 -
時は少しばかり巻き戻る。
「では、必然の話をしよう」
月の瞳は最初に、そう語り出した。
荘厳銀嶺での人界同盟締結から、わずか七日後。
渾天儀暦6028年2月8日
トライミッド連合王国、王都ロアにて行われた国葬の裏で。
往来ではまさに、ダァト領のドワーフを中心とした哀悼の大葬列が組まれているなか。
広場ではエリンの姫君が、聖槍を片手に弔辞を述べているなか。
これまで静かに、陰から大局を操り続けていたであろう魔物が。
まるで、もう雌伏の時間は終わりを告げたのだと。
いや、ここから先の沈黙には、ほとんど意味が無くなったのだと。
何か、しがらみから解放されるようにして、一気に前へ出たのだ。
口数を増した、と言い換えてもいい。
場所は要人用に
集まっているのは、人界同盟に参加していた顔ぶれとほとんど同じ。
と言っても、すべての種族が一堂に会しているわけではなく。
巨人や天使たちなど、体格的な理由で同席が難しい面々に関しては、月の瞳が開けた〈異界の門扉〉越しに遠隔通信的な形で参加が求められていた。
なお、敵の手に落ちていた小国家連合。
南方からの援軍である聖地の人間については、除外されている。
前者はすでに滅びていて、後者に関しては現状、連絡のつけようが無いためだ。
もっとも、月の瞳は然して聖地を重要視していない様子でもあった。
正確には、この場で行われる情報共有については、聖地──カルメンタリス教の存在は最初から不要と考えている様子だった。
その判断が、魔物であるがゆえの忌避なのか。
あるいは別の思索に基づく無視なのかは、他の誰にも分からない。
ひょっとすれば、使い魔契約の主であるルカ・クリスタラー当人であれば、何らかの根拠を把握していても不思議は無かったが。
少なくとも、その内実を語られるチャンスは、この場面では与えられなかった。
ともあれ。
公会堂の一室には、北の人界同盟において枢軸となる
そして彼らは全員、月の瞳という一体の魔物に注目していた。
直視すれば、精神汚染と発狂リスクのある魔物。
一見すると、藍鉄色のクラシカルブラウスに身を包んだ銀髪の女であり。
顔の半分を銀色と、大量に浮き立つ翠碧。
泡のように密集した怪物の眼球で隠した、見るからに分かりやすい化け物然とした化け物。
眼と眼が合い、月の瞳がその気になれば。
人間はあまりの〝情報差〟から、一瞬で廃人と化す。
にもかかわらず、人界同盟の指導者たちは注目を払っていた。
なぜなら、何を隠そう……この月の瞳こそが。
今や
共有は共通認識であり、すでに疑念も
各要人は思うところは多分にあれども、各々が
あるいは、それは月の瞳に納得させられた、と言い換えての参集であるとも言えたが。
どうあれ、この場に集ったメンツに目的のズレは無い。
「我々は闇の公子とその軍勢を討ち破り、〈崩落轟〉再来の未来から世界を救う」
月の瞳が繰り返す通り、人界同盟はそのために発足されていた。
しかし、復活した鯨飲濁流と大魔の軍勢はともかく。
どうして人界同盟を締結することが、巨大彗星から世界を救うことになるのかは、誰にも明かされていなかった。
その答えを、月の瞳はついに明言する形で開示した。
「率直に言おうか──この戦いは〝鯨飲濁流が勝利した世界で巨大彗星が再来する。その未来が視えてしまったから〟──始まった」
未来視レベルに至った叡智。
悪魔の頭脳を獲得した賢者。
月の瞳ほどの魔物が口にする絶望的な予言に、室内の面々は沈み込むように重い雰囲気に呑まれる。
ある程度は覚悟していても、改めて厳しい現実を突きつけられると、精神的重圧や苦痛は免れないためだ。
だが、続け様に放たれた言葉によって、すぐに皆が息を呑み込んだ。
意外な言葉だったからだ。
「勘違いしないでくれ。その未来を視たのは、私じゃない」
「オマエじゃ、ない?」
「ああ、そうだ。これは私の叔父上が視た未来だよ、王子」
月の瞳が「王子」と呼ぶのは、常にひとりだけだ。
つまり、俺である。
「オマエの叔父っていうと、例の月眼ってヤツだよな?」
「その通り。またの名をムーングラム。言うなれば、鯨飲濁流陣営における私のような存在だね」
「──要するに、僕らは盤上の駒ってワケだ〜」
トーリー王が、あっけらかんに要約した。
月の瞳も月眼=ムーングラムも、どちらも未来を読み合う。
未来を読み取り、望んだ結末を掴むために常人では不可能な規模で盤上を操作し、駒を打ち合う。
そんな存在が両陣営にいて、ここから先の戦いでは本格的な攻防が行われるとあっては、どんな黒幕気取りも奥に引っ込んではいられない。
月の瞳がこうして身を乗り出して来たのは、要はそういうコトでもあったし。
北の人界同盟各人も、それには納得して耳を傾けていた。
前巨人王ガンドバッハなどは、
双王となった双子巨人に取りなされ、賢明に清聴を続けていた。
そんな様子を、月の瞳は依然として何を考えているのか分からない無表情で見渡し、
「私の叔父上は、この〈渾天儀世界〉最大の謎に取り憑かれている」
淡々と、敵の動機を語った。
「一度目の〈崩落轟〉は、どうして起こったのか?
巨大彗星はどこから襲来し、どうして完璧な調和を保っていたはずの〈渾天儀世界〉を徹底的に破壊したのか?」
月眼ことムーングラムの目的は、その謎を解明することだと断言する。
「ホラ、私を見れば十分に理解してもらえるだろう?」
「何をだ」
「私の頭脳が、知性が、本当におかしいコトに」
「……」
「だが、私などよりも叔父上の頭脳は──いや、知的好奇心は、ハッキリ言ってさらにイカれている」
「魔物が、魔物の狂気を語るのか……?」
「語るとも、テルーズ王女。いや、女王。第八の原棲魔ならともかく、私と叔父上は人から転じた魔だからね」
もとは人間であり。
魔物としての特性的にも、特殊と言わざるを得ない。
「よく、人から転じた魔物は破綻した精神の塊と言われる。そうだね? 刻印騎士団」
「ああ」
「ええ」
グラディウス翁とルカの返答。
魔物退治の専門家に水を向けたのは、間違いなく敢えてのことだった。
「鯨飲濁流然り、黄衣の女怪然り、堕ちた大魔法使い然り、外道鍛治然り、鉄鎖流狼然り」
「──この通り、私たちはイカれた化け物だ。だが、そんな化け物である私からしても、叔父上の精神破綻は度を越している」
理由は、言うまでもなかった。
知識人であり探求者であり、生前も極めて賢者であったことが明白な魔物。
かつて人であり、人であることをやめてまで真理を求めるような手合いなのであれば。
「謎を解くために、もう一度〈崩落轟〉を起こす。観察と分析、記録と考察、仮説の立案と検証のための実験は、ごく当たり前の知的探求手段だとはいえ、どうだい? イカれているだろう?」
「っ、その結果、世界が今度こそ滅亡するかもしれなくてもか……!」
「──ああ。だから、私たちは魔物なんだ」
「ッ、ふざけてるわね」
「本当に」
テルーズを筆頭に、セラスとティアも顔を歪める。
無理もなかった。
ある意味で、それは絶望的な現実だ。
第八の理に呑まれてしまえば、人と魔の共存など不可能なのではないか? とも考えさせられる断絶が証明されている。
俺も自ずと、眼を細めてしまった。
「──問題は、そんな叔父上の
「でしょうな。鯨飲濁流が勝利した世界でなければ、二度目の〈崩落轟〉は無い。そう理解しましたが」
鯨飲濁流と巨大彗星の関連性が、謎すぎた。
ザディア宰相の端的な要点指摘に、月の瞳もこの時ばかりは、痛いところを突かれたという雰囲気を覗かせる。
珍しくも、苦笑という形で。
「参ったコトに、私自身の演算でもこれは同じだった。私が魔物になった方法は、叔父上と同じだからかもしない」
「他者の脳髄を、啜ったのであろう?」
「如何にも。人間の脳には、第三の瞳を開眼する機能が残されているからね」
「ふむ。先の戦場では、魔術によって『啓蒙』を得ている奴輩もいたな」
「彼の大魔法使いと比較されるのは、光栄の極みだよ」
「しかし、気色が悪い」
「叔父上にも言って欲しいね」
メレク・モルディガーンからの感想に、月の瞳は特に堪えた様子もなく軽く肩を竦めるだけだった。
「この
「……」
「ムーングラムを名乗る叔父上には、かなりの皮肉になるだろう」
月は〈渾天儀世界〉を挟む太陽と同規模の天体。
秘紋曰く、夜闇の王は世界神に「この宇宙の半分を理解した」と語らせたほどの叡智神だ。
神話において、〈第五円環帯〉から月へと旅立ち、到達して見せたという逸話も持っている。
ティタノモンゴットでは、ギンヌンガを閉じ込められる封印なども作っていたことが判明した。
であれば、『月の瞳』と『月眼』
どちらの魔物にとっても、メレク・モルディガーンの存在は何かしらの思い入れがあって不思議じゃない。
「さてな。あいにく、今の余はナハトとフィロメナの走狗よ」
残念ながら、人工の英雄現象は受け流すだけだった。
神としての在り方よりも、召喚者の従者であるコトを優先するという意思表示だろう。
一応同席しているナハトとフィロメナが、びくりと震えて周囲からの眼差しに身を固くした。
月の瞳にとっては、明らかにかわされた、と言っていい反応だったかもしれない。
が、それも目下の重大事に比べれば、きっと瑣末な感傷だったのだろう。
「──とにかく、私と叔父上の演算は時に自分たちの理解力すら置き去りにして、深淵から悪魔の結論だけを導き出す」
「迷惑な話ですね」
「うん、まったくだ。私と叔父上の行動は、他者の目から見れば、極端なまでに占いを信じているのと大して変わらないだろう。つまり狂っている」
「ぐぬっ」
星辰天秤塔からルチアが、「やれやれ」と如何にも上位存在っぽく溜め息を吐いたが。
月の瞳によって即座に、痛烈な皮肉を浴びせられていた。
「し、失礼ですね。我々の占星術は、これまで秘密裏に世界を守ってきた非常に確度の高いものですよっ」
「だろうね。だから、私と叔父上の演算も馬鹿にはできない」
「……ッ」
「私たちには、同じ未来が視えてしまった──」
視えてしまったのなら、後はもう〝そうなるように〟動いていくだけ。
あるいは、〝そうならないように〟動いていくだけ。
片や、巨大彗星の再来を望み。
片や、巨大彗星の再来を望まず。
叔父と姪は、古代以来、絶対に相容れない目的のために戦い続けていた。
「そしていま、叔父上は鯨飲濁流に武器を与え、第一次エリヌッナデルクでは叶えられなかった方程式を『解』へと導こうとしている」
一度目の目論見では、失敗した。
北方大陸王。
灑掃機構。
吸血鬼は敗れ去り、復活までに三千年は時を必要とする結果となった。
それから二千年の時が過ぎ、残った一千年はリンデンにあった秘文字によって短縮された。
ウィンター伯が険しく眉間を狭めて、月の瞳を睨む。
「オマエはその短縮を、世界を救うために必要だったと言ったな」
「ああ、言ったともウィヌ。いいかい? 王子が鍵なんだ」
「……俺が?」
「君の父親、今は亡きネグロ・アダマスは鯨飲濁流の復活を恐れていた」
キング・セプテントリアの正統な末裔であり。
北の超大国の後継を謳っていたメラネルガリア。
然れど、その実態は時を経るごとに古代の輝きを失い。
およそ十二年前、ついにはクーデターを招くほどの腐敗を招いていた。
そんな在り様では、復活した鯨飲濁流には絶対に太刀打ちできない。
「ネグロ王は自身の息子に、偉大なる初代王とその仇敵、双方を苦しめたとされる危険な魔物の力……」
「──おい、まさか?」
「そう。白嶺の魔女に希望とヒントを見出し、己が後継には絶対に魔力を備えさせようと決意したんだ」
メラネルガリアのダークエルフが、一斉に目を見開く。
特に、ネグロ王と面識がある面々の動揺は凄まじい。
長女であるテルーズ。
第二妃であったルフリーネ。
近衛騎士だったセドリック。
臣下のひとりだったバルザダーク。
そして、ネグロを殺した王太子ナハト。
「で、ですが……父上は妄執に囚われた邪王と……」
「──しかし、そう呼ばれる前までは……!」
「ああ。先王陛下はたしかに、賢君、名君と謳われていた」
「許してくれ、メラネルガリア」
月の瞳はそこで、一言だけ謝罪をした。
「少年……いや、ネグロ・アダマスの息子こそが、鯨飲濁流にとっての天敵となる」
「なん、ですって……?」
「私はその未来を視て、君たちの王と人知れず契約を交わしていたんだ」
秘文字の奇蹟を与え。
魔力喰らいの黒王秘紋を造らせ。
あらゆるものから、〝存在〟を簒奪する呪詛を完成させる。
それはたしかに、ネグロの願い通り。
息子に魔力を備えさせる究極の奇跡であり。
同時に、神域を冒す邪法だった。
世界神でもなければ。
世界神から秘文字の口承を許された尼僧でもない。
資格無き人間が手をかけるには、あまりに〈渾天儀世界〉の根幹を揺るがしかねない大権への陵辱。
「私と瞳を合わせれば、尋常人は発狂する。
けれど、私の
だから、ネグロの心身は摩耗した。
月の瞳から狂気を注ぎ込まれ。
尼僧の遺体と秘文字を弄んだ罰で、魂に穴を開けられて。
長寿種族であるはずなのに、見る見るうちに老い衰えて痩せさらばえてしまった。
権謀術数渦巻き、陰謀野望
王宮ともなれば伏魔殿は当然で、それにもかかわらず。
ネグロは玉座と王冠を得て、賢君、名君と謳われていたのに。
否、だからこそ。
ネグロ・アダマスは後世に希望を託すため、邪王に成り果てる道を選んだ。
「彼は魔物を恐れていたから、当時の私はひどく嫌われていた。いっそ使い魔になっても良かったんだけど、彼はあくまでも契約による縛りを望んで──私との勝負にこだわった」
魔力喰らいの黒王秘紋が完成し、無事に息子へ魔力が備わればネグロの勝利。
月の瞳はメラネルガリア王へ隷属し、いつまでもダークエルフの繁栄のために叡智を差し出す下僕となる。
あるいは、それは国の文明基盤を支える大魔術式の問題点さえも、解決するための鬼謀だったかもしれない。
が、ネグロ・アダマスは負けた。
待望の長男。
第一王子の肉体に、魔力喰らいの黒王秘紋を刻むことには成功したが。
その時にはすでに、自身の研究成果を正しく認識することが出来なくなっていた。
「最後のほうは、ただ魔力の有る無しでしか成否を見れなくなっていたし」
「──俺には余計な呪いもあった」
死界の王の加護。
研究者気質の人間にとって、自身の研究に不純物が混ざり込むのは、どれだけ許容しがたい現実だろうか?
故郷のメンツが、全員絶句している。
それでも、月の瞳の声音はブレない。
「その後の顛末は、いろいろ残念ではあったよ。でも、結果を見れば私には最良の展開だった」
「最良の、展開だっただと!?」
「父上の苦しみも……兄上を襲った絶望すらもッ、貴方は……!?」
「「黙れ」」
奇しくも、そこで俺とテルーズが同時にセドリックとナハトを制止した。
憤りには感謝もあったし、今も生きてる当人としては、同じように黙っていられない気持ちもあった。
いいや、顔を見ればテルーズだって……ルフリーネだって、黙りたくなどないのは分かる。
袖を握りしめ、衝撃から今にも倒れ込みそうなほど、足だって震えている。
けれど、すべては過去だ。
そして現状は、過去に向き合う時間じゃない。
相手は魔物である。
取り返しのつかない失敗を犯した人間にとって、後から知る真実ほど辛く悲しい現実もないが、すべては後で振り返ればいい。
俺たちにはまだ、明日があるのだから。
「本題に戻れよ、月の瞳」
「ありがとう、王子──いや、本当にありがとう」
「それで?」
「ああ。ここまで話を聞いてもらえば、聡明な諸君にはもはや自明だろう?」
月眼ことムーングラムにとっての鯨飲濁流。
それが、月の瞳にとっては俺。
「メランズール・ラズワルド・アダマス」
「実際、群青卿はターリアで見事に吸血鬼を撃退したよね〜」
「あの大魔法があれば、人から転じた魔物はひとたまりもないと伺いましたが?」
「その通りだ」
トーリー王とザディア宰相のコメントに、月の瞳が大きく頷く。
「王子はきちんと、到達してくれた。私が視た未来に向かって、真っ直ぐに突き進んでくれた」
「……俺からすれば、遠回りも挫折も多かった気がするんだがな」
「見解の相違だね。だから重要なのは、これから今まさにこのタイミングで、戦争が始まることだ」
ん? と全員が耳を疑った。
「──待て。
「うん。七日間は敵にとっても必要な時間だった。でも、準備が終われば仕掛けてくるのは当然だろう?」
宣戦布告は済んでいる。
むしろ、人間でもないのに敵がそのルールは守ったコトこそ、驚愕に値するかもしれない。
「そして、ある程度の力を持った魔物は、異界の門扉を開けて距離の概念を無視できる」
古代の大戦では、戦場とは大魔が解錠した門扉の出現場所で決定した。
ほとんどの場合で、そうだった。
──そのとき、公会堂の外からアイナノーアの怒声が響き渡った。
白雷が明滅し、聖槍が雷霆のボルテージを上げて、連合王国王都の空を震わせた。
「ぬぅ!?」
「なんと……!」
「馬鹿なッ」
それと似たような騒ぎが、人界同盟の各主要地でも始まった様子だった。
トライミッド連合王国。
ティタノモンゴット。
メラネルガリア・ララヤレルン。
星辰天秤塔。
どうやら
公会堂内はそれぞれ「おいおいッ」と気色ばむが、月の瞳は動じていなかった。
「まぁ、落ち着いて。慌てることはない。焦る必要もない」
「と言っても、私も聞いてませんでしたがッ?」
「なに──私が指し手だ。任せて欲しい」
堂々と、最終決戦への直接参戦を表明するのだった。
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tips:この宇宙の半分を理解したモノ
世界神エル・ヌメノスは、夜闇の王モルディガーンを称賛した。
日輪と月輪。
太陽と太陰。
渾天儀を挟み、ぐるぐると囲う二つの天体。
そのどちらか片方にでも到達するのならば、それはもはや世界の仕組みを識ったも同然である。
「さて、何の話でしょうか?」