ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#346「裏切り者の名と敵の妙手」

 

 

「では、必然の話を続けよう」

 

 公会堂内で、月の瞳は微塵も狼狽えることなく皆を見回した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 裏切り者の名は、カプリ。

 白毛と緑衣の羊頭人(シーピリアン)であり、もとは流離(さすらい)の唄うたいだ。

 吟遊詩人であり、風の精霊から祝福を授かっている男であり。

 

 経歴不詳で年齢不詳。

 

 今でこそララヤレルンで、俺の祐筆(ゆうひつ)として頼もしく働いてくれているが。

 よくよく考えると、〈中つ海〉で出会う前までは何をしていたのか?

 知っているのは本人が語った吟遊詩人としての来歴のみで、すべてが嘘だったとまでは思わないものの、旅の吟遊詩人なんて肩書きは実際、いろいろと都合のいいフェイクカバーとも考えられる。

 

 本人もまた、ミステリアスな雰囲気を隠しもしていなかった。

 

 だが、そんな〝怪しさ〟がふんだんに香る男だったとしても。

 

 壮麗大地(テラ・メエリタ)での旅や、ララヤレルンでの働きから。

 カプリはこれまで、十分に信頼をおける俺たちの仲間だった。

 

 公会堂内には、同盟会談に参席した要人が漏れなく参加していると言ったが、実はカプリの姿は無い。

 

 理由は単純である。

 月の瞳がカプリの裏切りを、例によって例のごとく()()()()ためだ。

 

 その事実に、フェリシアは寂しげに俺の右側の足元を見つめ、クリスもまた沈鬱に剣の柄を握り込んでいる。

 

 トーリー王やザディア宰相なども、事態を重く受け止めている。

 政治的な折衝や外交の面での調整等で、彼らはカプリとは何かと接する機会が多かった。

 

 ゆえに、その能力が一介の吟遊詩人の枠に収まるものではないことを、ひょっとすれば俺などより瞭然に把握しているに違いない。

 

 文官、大臣、内政官。

 秘書、諜報長、外交官。

 

 カプリの能力は、古今東西、あらゆる国や地域の為政者にとって。

 およそ、喉から手が出るほど欲してやまない才能に満ち溢れていた。

 

 知性も経験も、演説に必要な喉と声も、きっとすべてが理想的に備わっていた。

 

 必然、俺も重要な機密情報などを任せることが多く。

 カプリの能力があれば、領主から任された仕事を進めていくうちに、自ずと各国のウィークポイントなどもしっかりと把握していただろう。

 

 そんな重要人物が、裏切り者になった。

 

 いや、()()()()()()()()()()()()()

 

 七日前、巨人王国はターリアの崩落から吟遊詩人は戻らず。

 どういうことだ? と俄かに騒ぎ始めた俺たちに向かって、月の瞳は言ったのだ。

 

 ──彼は洗脳された、と。

 

 そして、それは月の瞳が叔父上と呼ぶ魔物。

 月眼ことムーングラムによる容赦のない〝攻め手〟であるとも。

 

「吟遊詩人カプリを裏切り者にする……これは一言で言えば、我々の同盟を最も効率的に潰すための手段だ。

 何故なら彼は、この大戦における人界同盟の強みを(つぶさ)に把握している」

 

 人界同盟締結後。

 わずか七日間にて、トライミッドではプリンス・レオナルドを代表とした国葬の準備が完了した。

 

 ティタノモンゴットでは、あれだけの犠牲を擁したにもかかわらず、大国のメンツを最低限取り繕えるレベルでの軍備拡強が整えられた。

 

 広大無辺な超大陸上での移動も。

 普通なら国家予算レベルの財源や準備期間を要する施策も。

 

 たった七日間で、急ピッチゆえの(あら)はあっても迅速に推し進められた。

 

 その理由は、月の瞳や俺、ヴァシリーサなどが解錠した〈異界の門扉〉の有効利用。

 各国各組織が、あらかじめ二度目の大戦に向けて蓄えておいた金銭的な備え等も大きいが。

 

 一番は、違う。

 

「そう。ララヤレルンから供給される『霊薬』……」

 

 精霊女王、ディーネ=ユリシスの希釈された涙を原料に。

 一流の錬金術師、テレジア・トライ・トロイメライが調合を続けているポーション。

 

 すなわち、奇跡の薬の大量生産。

 

 死者の蘇生こそ叶わないが、逆に言えば命さえ落とさなければ確実に復活させられる()()を以って、北の人界同盟は生命線を支えられている。

 

 疲労や過労によるコストパフォーマンスの低下も、限界ギリギリのラインを見積もって『回復』させられていた。

 

 無論、そこには〝寿命の前借り〟とも言うべき回復者当人の代償も少なからず伴うのだが……何も無ければそこで終わってしまうと考えれば、奇跡と呼ぶ他に無い。

 

 他にも、俺も死霊術を使って、許容される限界ラインで労働力の提供を行なった。

 

 ──つまり、図らずも『ララヤレルン』が人界同盟の実質的な柱となっていた。

 

「語るまでもないコトだけど、この戦いは英雄が大魔に勝てば万事大団円で済む争いじゃない」

「当然だ。人界を守る同盟。その意味はちゃんと分かってる」

 

 大魔を滅ぼすことに成功しても。

 戦いの後、人々を守りきれていなければ、それは鯨飲濁流の勝利と変わらない。

 

 北の秩序律は破壊され、天秤は混沌渦に傾くのだから。

 

 語られざる英雄たち。

 およそ名も無きとされる兵士たち。

 無辜の民、愛すべき無垢なる世代。

 

 あのクソ野郎は、どれも陵辱しようとしている。

 

「うん。だからこそ、霊薬の供給源と供給ラインを潰されるのは、絶望的だ」

「つまり、月眼ってのは〝それ〟を知りたかったのか?」

「間違いなく」

 

 グラディウス翁の質問に、月の瞳がスムーズに頷く。

 

「叔父上は吟遊詩人の彼から、人界同盟を潰す最も効率的な手段を聞き出した」

 

 なぜ、カプリなのか?

 それは先ほども触れられた通り、カプリ一人を抑えれば同盟の要所を解体できてしまうからだ。

 

 なぜ、ララヤレルンの霊薬がポイントになるのか?

 それも今しがた語った通り、『ララヤレルンの霊薬=同盟の生命線』だからだ。

 

 が、魔物の視点からすると、忘れてはならない理由が他にもある。

 

「うちはカルメンタリス教の聖具を、置いてないからな」

「そう。王子が治めるララヤレルンでは、魔物の力を制限する女神の聖域がひとつもない」

 

 ゼノギアのために建てられた教会でさえ、実を言うと形だけのものでしかない。

 信徒が祈りを捧げるための心の拠り所。

 そういう意味しか、持っていない。

 

「これはララヤレルン自体が、王子の目指す『新天地』を基軸に作られているからなんだが」

「──なるほど。敵からすれば、他に比べりゃさぞかし攻めやすいってワケだ!」

 

 グラディウス翁の納得は、とても連合王国人らしいものだった。

 

「カルメンタリス教に頼らないのは、何もララヤレルンだけではないがな」

「ティタノモンゴットに同じくです」

 

 巨人と天使たちからは、一応、ぼそっと補足も入る。

 しかし、ティタノモンゴットも星辰天秤塔も、独自の事情からカルメンタリス教と同等以上の〝守り〟を有している。

 

 荘厳銀嶺は第五世界の法則が強く、巨人種自体も並の魔物に遅れを取るほど脆弱ではなく。

 第二世界の天使たちは、そもそもつい最近まで存在そのものを疑われるほどに、隠れ潜む術に長けている。

 

 ……まぁ、現状。

 そのどちらもが、連合王国同様に襲撃を受けているようだが……

 

 月の瞳が、「少なくとも」と反応した。

 

「少なくとも、君たちには大国としての歴史がある。この〈渾天儀世界〉で、古代から名を残し続けただけの地力がある」

「……翻って、愚弟のララヤレルンにはそれが無い。なにせ新しすぎるからな」

「テルーズ様。いまはうちも危ないですよ」

「ハッ! そうだったな! メラネルガリアは落ちぶれた!」

 

 ティアに突っ込まれた、テルーズの愚痴じみた嘆きはともあれ。

 北の()()同盟。

 柱となっているのは、事実ララヤレルン。

 

 表向き、盟主も旗頭もトライミッド連合王国であり。

 それは実際、同盟の経緯を思えば正しい認識でもあるのだが。

 

 人間は人間であるがゆえに、先立つものがなければ未来が立ち行かない。

 霊薬の供給を失えば、人間などすぐに魔物の力と暴威に削り潰される。

 

 なのに、最も重要な『生命線』が、カルメンタリス教の加護を持っていない。

 

 敵は魔物なのに、だ。

 

 よって、これは誰の眼から見ても『手薄な防備』に映るだろう。

 

「とはいえ、ララヤレルンが既存の常識で考えていい()()ではないのは、叔父上も把握している」

 

 白嶺の魔女の死霊総軍。

 自律型蒸気機械兵器ワポルマキナ。

 人間の職業戦士だっているし、古代から三名の客人もいる。

 

 今はそこに、メラネルガリアも加わった。

 

「ララヤレルンが攻めやすいというのは、実を言うと大いに語弊があるし詭弁でしかない。

 でも、それを敢えて呑み込んだ上で、叔父上は〝それでも〟と結論した」

 

 なぜなら。

 

「ララヤレルンを真っ先に潰すのが、最も旨味があるからだ」

 

 敵の視点から考えよう。

 戦力の分配と集中。

 それはあらゆる闘争行為において、当たり前の戦略観点となる。

 

 では。

 

「叔父上からすれば、ティタノモンゴットにはもはや用が無い」

 

 会談の場で同盟締結を防げなかった時点で、月眼の目標はターリアの下層にあった巨大彗星の小欠片に変わった。

 戦いの混乱に乗じて、外道鍛冶とともに盗みを行い、鯨飲濁流に与えるべき武器の準備を進める方向に舵を切った。

 

「加えて、双子巨神の転生体は脅威ではあっても、障害ではない点」

 

 鯨飲濁流の〝出血を強制する魔法〟など含めて、対処方法はいくらでもある。

 

「……悔しいが」

「ああ、認めよう」

 

 モーディンとロフフェルの双王が頷く。

 

「星辰天秤塔も同じくだ。直接的な戦闘になれば、勝つのは向こうであり──」

「……私どもは逃げて、隠れるしかありません」

 

 ルチアも、認めた。

 

 大量の星落としを可能にする第二法は、たしかに恐ろしい。

 しかし、それがただの擬似的な質量攻撃に過ぎないのであれば、超常の御業を持つ魔物にとっては正直、どうとでも対処のしようがある。

 

 特に、鯨飲濁流なら、容易にどうにかしてしまえるだろう。

 

 あのクソ野郎と直接対峙した者として、俺もルチアらが吸血鬼に勝てる未来は想像できなかった。

 

「トライミッド連合王国については、さっきも言った通りだ」

「ボクらにはカルメンタリス教の加護もあるし、何より──」

「俺がいる」

「……そう。魔力尽きたりとはいえ、人界最強の英雄『憤怒の剣』への警戒は今もって崩れない」

 

 グラディウス翁が生きている限り、魔物退治の専門家である刻印騎士団は奮い立つし。

 グラディウス翁自身も、どうもまだ戦う術を残しているらしい。

 

 聖地からの援軍も、同盟のなかで何処に最も届きやすいかと言えば、答えは連合王国。

 

 そういう意味でも、

 

「ララヤレルンさえいなければ、叔父上は真っ先に此処を潰そうとしただろう」

 

 人界同盟の表の柱。

 盟主であり旗頭。

 同盟を締結に導いたのは、実際、トーリー王とザディア宰相と言っても過言ではない。

 

 だからトライミッドが背負っている重荷は、まさに大国の名に相応しい責任と偉業の集積である。

 

 しかし、それがゆえにだ。

 

「トライミッドと、ララヤレルンの連携。

 この人界同盟で、最も中核を担っていると言っていい二つの柱。

 どちらを先に潰すか考えた際に、僅差で潰しやすいと踏んだほうを選ぶのは、当然だろう?」

 

 遷都を繰り返してばかりで、まともに国土の維持もままならないメラネルガリアは、最初から大した脅威とは見做されていない。

 現状、あくまで一時的とはいえララヤレルンに併合された状況でもあるため、俺の故郷は月眼的にはどうあれ〝大事の前の小事〟といった認識だと思われた。

 

(逆に言えば、仮にメラネルガリアが加わろうとも)

 

 カルメンタリス教を相手にするよりかは、ララヤレルンにリソースを絞ったほうが遥かに効率が良いと判断した証でもある。

 

 魔物にとって、人類文明を守護する女神の恩寵がどれだけ厄介なのか、象徴するような話でもあった。

 

 巨大彗星を再来させるとかいう、自殺紛いの破綻した欲求を叶えるために動いているくせに。

 戦略自体はどこまでも論理的で理性を感じさせるのが、ひどく気持ち悪くもあったが──それはさておき。

 

「カプリを洗脳して、人界同盟の生命線を突く。月眼の狙いがララヤレルンなのは分かったが、じゃあ、現状はどういうコトだよ?」

 

 敵は〈異界の門扉〉を解錠し、同盟の各主要地に対して侵攻を開始した。

 まだ大魔の気配は何処にも無さそうだが、ララヤレルン以外も同時に襲撃を受けている。

 

 その疑問に、月の瞳は「気にしないでいい。雑魚の陽動だ」と即断した。

 

「忘れたかい? 王子は先の同盟会談で、人から転じた魔物に特攻効果を持つ魔法を獲得したはずだ」

「忘れるわけがないだろ」

「だったら、叔父上の慎重な姿勢にも納得できるはずだよ」

 

 鯨飲濁流以外の大魔を下手に突撃させれば、闇の公子の軍勢は大きな痛手を(こうむ)る。

 敵の大半は人間上がりで、第八の原棲魔であるグラマティカは、聖地の連中によって討伐されたという話にもなっている。

 

「そして、王子には門扉も使えるし、私にはこの魔法がある」

 

 瞬間、月の瞳が呪文を唱えた。

 

「"月の瞳(トート)"」

 

 直後だった。

 恐らくは北方大陸にいる全ての存在が、突き刺さる〝視線〟を感じたことだろう。

 公会堂の外でも、次第に少なくない動揺が広がっていく。

 

 月が、浮かんでいたからだ。

 

 それもひとつではなく、一気に数えきれないほどの複数。

 大きさはテニスボールくらいで、色も翠碧。

 月面を模した質感とクレーターのような模様を宿しているので、なんとなく月だと受け取れる代物。

 

 だが、それは決して尋常の月などではなかった。

 

 目蓋を開けたのである。

 

「っ、眼球魔(ゲイザー)か!」

「可愛いだろう? この魔法がある限り、北方大陸(グランシャリオ)の人界はすべて私の監視下だ。

 視覚の投影もできるから、敵が現れればすぐに王子に居場所を教えることもできる。負担は大きいけれどね」

 

 血涙を流し、月の瞳はそれでも無表情を崩さず話を先に進めた。

 俺はルカにも注目する。

 案の定、ルカも顔を顰めていた。

 

 頭痛を堪えるように……

 

「この魔法は叔父上にも使える。だから、敵はそう簡単にカードを切ることができない」

 

 あまりに平然と血涙を流し続けるので、俺は状況を急ぐことにした。

 

「っ、分かったよ。連中は有象無象の小魔を送り込んで、初手は消耗戦狙いの物量攻めで来るってんだな?」

「そうだ。だから、慌てる必要も焦る必要もないと言ったんだよ」

 

 名のある大魔。

 名のある悪逆現象。

 英雄クラスでなければ対抗できないカードが切られない限り、こちらも落ち着いて七日間の準備を盛大にぶつけてやればいい。

 

「叔父上からすれば、それで王子がララヤレルンの防衛に留まるなら儲けものだ。鯨飲濁流が武器を得るまでの時間を、大いに稼ぐことができる」

「でも、それは悪手だろ」

「群青卿の言う通りだ。ボクらはもう後手に回らない。こっちから攻めるべき段階だよ」

「いくら霊薬があったところで、魔物と人間ではどうせジリ貧だからな!」

 

 トーリー王もテルーズも、フン、と鼻を鳴らす。

 今まさに国を脅かされている状況でも、二人はさすがに俺よりも指導者としての胆力が違った。

 

 状況が正確に理解できていくにつれて、冷静に自分たちの『準備』に命を預けている。

 

 ……いや、そんなのは最初からか。

 

 俺の場合は、ヴァシリーサがいるから冷静さを保っていられるだけ。

 今はちょうどギンヌンガもララヤレルンにいるので、だから気を動転させずに済んでいる。

 

 ……でも、そう考えると月眼の打ち手は、妙と言わざるを得ない。

 

 カプリを洗脳し、人界同盟の生命線を突く。

 たしかに理に適った効率的な一手だとは思うが、それでララヤレルンを狙うにしても戦力の投入の仕方が消極的すぎる。

 

 仮に俺を、ララヤレルンに縫い止められさえすれば良い、という考え方なのだとしても。

 

 それでは結局、人界同盟を瓦解させる一手には繋がらない。

 

 最低でも鯨飲濁流を引っ張ってこなければ、俺の相手をできるカードが向こうには無いからだ。

 そして、それは本末転倒に違いなかった。

 

 だとすると……

 

 俺が(いぶか)しむのを、月の瞳も当然予見していたのだろう。

 周囲の反応も似たり寄ったりで、回答はすぐに行われた。

 

「王子。それに、ウィヌ」

「! ……まさか?」

「君たちには特に動揺の避けられない話だろうけど、叔父上の悪辣さは私を超える」

 

 ウィンター伯の瞠目は、俺にも瞬時に伝播した。

 かつて、月の瞳は城塞都市リンデンで、鯨飲濁流を復活に導いた。

 世界を救うために、必要だったと語って。

 

 では、そのときはまだ、表舞台に出ていなかった月の瞳に代わり。

 

 鯨飲濁流を復活させるため、喜んで手足となって動いていた存在とは何だったのか?

 

 ──そう。

 

「テッサ。〈目録〉で語られている忌み名は、鉄鎖流狼……」

 

 悪心萌芽の大魔法により、リンデン市民一万人のほとんどを虐殺した大魔。

 人間の生皮をかぶることで、その人間に化け。

 化けているうちは、カルメンタリス教の聖具すらも効果を発揮しない変身の魔。

 

 痛々しい人狼。

 

 闇の公子その爪牙。

 

「私の計画すら利用して、叔父上はララヤレルンに何としてでも王子を留める腹積もりだよ」

 

 つまり、鉄鎖流狼がララヤレルンを襲撃する。

 月の瞳はそう、未来を宣言しているのだった。

 

 俺もウィンター伯も、ヤツの首は必ず落とすと決めている。

 

 月眼=ムーングラムは、その誓いを。

 過去の悔恨と報復の意志すらも、己が目的を叶えるために利用しようとしていた。

 

 鉄鎖流狼をララヤレルンに送り込んで来るのなら、ああ……

 

「それはたしかに……」

 

 ウィンター伯が唸る。

 

「たしかにッ」

「俺を縫い止めるに、値する一手だ──!」

「ララヤレルンには黒詩の魔女もいる。彼女がいる限り、ほとんどの魔物は〈領域(レルム)〉たる大魔法を発動できない──けれど」

 

 鉄鎖流狼であれば。

 人狼であれば。

 

「テッサなら、気づかれずに入り込める」

 

 大魔法を発動する必要も無い。

 目的は単純だ。

 

「霊薬を作る錬金術師を殺すだけ。人間に化けてララヤレルンに潜り込んで、目的を叶えることなんて」

 

 あの魔物にとっては、容易でしかないのだから。

 

 

 

 

────────────

tips:第二次エリヌッナデルク序盤

 

 闇の公子『鯨飲濁流』陣営──

 東境の大峡谷ネルネザゴーンは、大魔が解錠した〈異界の門扉〉により、人界同盟各主要地に向けて小魔の軍勢を大量投入した。

 

 大半は鯨飲濁流が王として即位する前、すなわち国を乗っ取る(取り戻す?)以前に権勢を誇っていた者たちの末路である。

 

 ネルネザゴーン王、ゲーン・ダッドリューは。

 城塞都市リンデンからの凱旋後、最も初めに彼らを蹂躙した。

 

 ダンピールの剣王。

 デュラハンの黒騎士。

 真血にこだわった吸血姫。

 

 その後、静観を保っていたグリムびとを臣下として迎え。

 恭順を示した名持ちの怪人たちや、行き場を失った悪党(ローグ)を配下に加え。

 

「力が欲しいか?」

 

 続々と集まった荒くれ者どもを、すべて下位の吸血鬼へと作り変えた。

 やがて、デモゴルゴンの女王が醜魔の軍勢(すべて人間の犠牲者である)も捧げ……

 

 名のある大魔も参集し。

 

 巨人王国で目的を失った老魔が、心を閉ざして〝バケモノを無限に増殖させる〟魔法機構に成り果てると。

 

 いくら消滅しても替えの効く、小さくも悍ましい魔の軍勢が出来上がっていた。

 人喰い八脚馬、貪る蝗龍すらも有象無象として加わったレギオンである。

 

 特にグラトロンは、古龍であるため灑掃機構に対しても有効だ。

 一度目の大戦の反省点を活かして、月眼=ムーングラムはだからこそ、堕ちた大魔法使いを復活させたのである。

 

 老魔が巨人王国で、自らの活動目的を失うことすらも織り込み済みで。

 

 対するは、『北の人界同盟』陣営──

 

 月の瞳は叔父の一手目に対して、霊薬の大量供給を背景にした尋常兵、一部準英雄の動員で対抗している。

 もちろん、そこには人間の協力もあり、人が人として最大限に発揮できる最良のパフォーマンスが前提になっている。

 霊薬なら、為政者たちも飲んでいる。

 

 状況は6:4のネルネザゴーン優勢。

 然れど、同盟側の士気は高く。

 正確には5.5:4.5の互角に近い。

 

 

 【吸血鬼・醜魔化兵】

 並の魔物よりは強い。D〜C相当。

 

 【スレイプニール/グラトロン】

 ゼオメイガスの精神活動停止により個としては弱体化。

 B⇒C相当。

 

 【人界同盟軍】

 覚悟ガンギマリ代償あり回復&圧縮睡眠等。E〜D相当。

 

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