ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
「だけど、だからこそ私たちは敵の裏を掻く」
「なに?」
「優先順位を間違えてはいけない」
ララヤレルンに鉄鎖流狼が来る。
その脅威と人界同盟へのリスクを語ったばかりのその口で、月の瞳は非常に受け止め難い正論を放った。
「逆に言えば、これは叔父上がそれだけ王子を警戒している証でもあるんだ」
「ラズワルド君が鯨飲濁流に迫るコトを、ムーングラムは嫌がっているワケね」
「その理屈は分かるけど、ララヤレルンを守るのにラズワルドほどの適任者もいないんじゃないの?」
ティアとセラスが、思わずといった顔つきで鏡合わせに眉をひそめた。
なんだかんだ言っても貴石貴族である二人は、貴種が自分の領地を守るのは、当然だという考え方が染み付いている。
俺もウィンター伯も、ルカやフェリシアだって、心情的には「そうだ」と主張したい。
しかし、鉄鎖流狼と鯨飲濁流を比べれば。
どんな馬鹿でも、どちらが重要な敵かは理解できる。
「叔父上の悪癖なんだけど、アレは時に
「……我々が感情に流され、肝心の局面で判断を誤ると踏んでいるワケか」
「というより、そうなる未来を視ているんでしょうね」
リンデンの領主とその補佐。
美貌の伯爵は苦々しい顔で唸り続ける。
その隣で、ルカは器用に部屋の光を反射させ、目元を白く染まった眼鏡で隠していた。
……実際、あの頃の俺だったら間違えていただろう。
「分かるね? 王子」
「ああ。わざわざ言わなくても大丈夫だ」
「そうかい? でも、一応言っておくよ。不要な曖昧さは、残しておくと未来が不安定になるからね」
月の瞳は本当に口数が増した。
「君にはもう、信じられる仲間がいる。頼るべき友がいる」
「お、おい……」
「彼ら、彼女らもまた、君を信じている。肩を並べて一緒に戦い、背中を預けるに何ら不足は無いと心から安心している」
「っ」
まともな大人なら、気恥ずかしさで居た堪れなくなるような言葉を、月の瞳は無感情に述べ立てた。
公会堂内の面々が、わずかに照れと苦笑の気配に空気を弛緩させる。
「ゆえに、大丈夫だ。ララヤレルンは任せていい。王子はまっすぐ、敵の根城に飛んでくれ」
「……ったく、オマエが戦うワケでもないのに安請け合いしやがって」
「心外だね。私もまた戦うとも。戦いの仕方が、他とは違うだけさ。それに」
月の瞳はまるで油断なく、空気を即座に引き締める。
「私たちが裏を掻いても、叔父上は即座に〝変わった未来〟を自分にとって望ましいルートへ戻そうとするだろう。
こうしている今も、私たちの行動如何で生まれる些細な波紋のさざめき一つ一つを余さず観測し、裏の裏を搔くといった具合にね」
じゃあ結局、何をどうしても無駄なんじゃないのか?
室内に広がる苛立ち混じりの困惑は、しかし、月の瞳自身によって否定された。
「大丈夫だ。分かっていても、防ぎようのない未来はある。私たちの行動は、敵にそれを与えるための最善手だと約束する」
「……それ、向こうも同じように、分かっていても防ぎようのない攻撃を繰り出してくるって言われてる気分なんだけど……」
トーリー王の苦笑は、仕方のない感情だった。
ただ、どちらにしろ〝やる事は変わらない〟と分かっただけでも、俺たちにとってはいくらか気が楽ではあった。
「どうせ、未来なんて視えてる連中にしか分からないからな」
「そういうワケだ。だからまぁ、王子。フェリシア・オウルロッド」
「! は、はい!」
自分の名前を呼ばれるとは、思っていなかったのだろう。
フェリシアがビックリした様子で、月の瞳からの名指しに緊張する。
「君たちは今すぐ、ネルネザゴーンに向かって飛んでくれ」
「私が空を飛んで、先輩を空輸するってコトですか?」
「理解が早いな。そうだ」
群青卿投下作戦。
頭のキレる誰かが、そのときボソリと端的な発言をした。
まるで俺を、爆弾扱いしているような言い方だったが……言わんとしているコトは十分に分かった。
「カプリ様がいらっしゃれば、きっと冗談めかして揶揄されたでしょうね……」
「だが、実際かなり効果的な作戦だ」
クリスの呟きに、ウィンター伯がトン、トンと腕組みしながら指を叩く。
グラディウス翁が「ハッ!」と笑い飛ばした。
「ゼオメイガスはネルネザゴーンで、ザコどもを増やしまくってんだろう?
だったら、『生産元』を叩くのはアリだ!」
「群青卿がネルネザゴーンで、一度でもあの大魔法を使えば……」
「現状、無限に湧いて出て来ている小魔どもに対する、根本的な手立てになりますな!」
外の状況からも、あの無限増殖老人が敵
堕ちた大魔法使い自体を討滅できなければ、所詮は瞬断的な〝工場の停止〟に過ぎないものの。
たった一度の大魔法発動で、俺には大量の小魔を滅ぼすことが出来る。
人界同盟の戦線を助けるという意味では、まさに必須と言っていい作戦だ。
本来なら、今すぐにでも〈異界の門扉〉を開けて実行したい。
だが、ここで原始的な問題が浮上した。
東境の大峡谷。
グリムランドとも呼ばれるネルネザゴーンには、誰も行ったコトが無いのである。
俺はもちろん、ヴァシリーサもそうだ。
月の瞳なら、これまで何度か行った事があるかと思っていたが。
「……フェリシアで俺を運ぶってコトは、オマエもネルネザゴーンには?」
「悪いね。私も何度かチャンスはうかがったけど、それだけは絶対に叔父上が許さなかった」
「だから、オウルロッドってワケね」
セラスの納得は、大闘技決闘会における対戦あってのものだろう。
俺たちの陣営で、最も機動力に優れているのはフェリシアだ。
単純な移動能力という点では、門扉を使えるヤツが一番強い。
しかし、空を飛行して尚且つ速度も高いとなると。
フェリシアの神人形態。
女神の戦車魔法は、他の何にも比べ物にならない。
飛行中の安全も、かなり担保できる。
さらに、
「空を飛びながら、俺が門扉も開けて〝空中のショートカット〟をすれば」
「──概算だが、およそ半日でネルネザゴーンには到着するだろう」
「
「普通であれば、充分に早いと見るべきだが……」
「チッ……この状況では、長いと言わざるを得んぞ!」
「それでも、半日持ち堪えれば我々の〝攻勢〟だ」
同盟締結からの七日間。
こんなコトなら、もっと早くネルネザゴーンに飛び立っていれば良かったと思う気持ちもある。
しかし、それをやっていればきっと、同盟の戦線は早期に崩れてしまう可能性が高かったのだろう。
敵も敵で、小魔の大軍勢を量産したりするのに時間をかけていた。
……月の瞳と月眼の攻防は、まさに絶妙なバランスで進んでいると判断するべきなんだろうな。
方針はまとまった。
鉄鎖流狼を自分の手で討てないのは、業腹極まる不満だったが。
「貴公。この状況だ。私も無理を言うつもりは無い」
「ウィンター伯……」
「鯨飲濁流を討てば、あの人狼にはこれ以上ない打撃となるだろう。そして、それを実現できるのは貴公だけだ──それを以って、依頼は達成されたものとする」
リンデンの領主は、本当に大人物だった。
ならば、俺もまた大局を見失いはしない。
その後、公会堂内で諸々の確認や意識合わせなどを済ましてから。
いざ、皆に見送られながら、フェリシアとともに空へと飛び立とうとした──その時だった。
「──っ、待てッ……これは、なに……?」
「ッ──メランくん!」
月の瞳とルカが、同時に頭を抑えてよろめいた。
俺たちは慌てて、何事かとふたりに意識を集中させる。
ふたりは無事で、その瞬間、ルカの鼻からも血が溢れたが。
どうやら、瞬間的な高負荷による動揺だったらしい。
ふたりは同時に、呻き、困惑していた。
「……やってくれたな、叔父上」
「これは……まさか、いえ、どういう……?」
「なんだ。なにが視えたッ?」
意味深な様子に、不安を膨らませる一同。
そんななか、やはり明確な答えを口にしたのは月の瞳だった。
「──テッサが、ふたりいる」
「は?」
「ララヤレルンとネルネザゴーンに、鉄鎖流狼が二体同時にいるんですッ」
「なん、だと……?」
明確な答えが、不可解な疑問とセットでないとは限らない。
俺たちがネルネザゴーンへの急襲を選択した結果。
月眼=ムーングラムもまた、悪魔の頭脳を以って
「行け、王子」
「っ、いいのか?」
「ここで手をこまねくのはマズい。行くんだ」
「チッ……!」
何が何だか分からなかったが、どちらにせよネルネザゴーンには半日という時間がかかる。
それを無駄に引き伸ばすワケにはいかない。
俺は最後に、もう一度だけ仲間たちと目を合わせた。
「任せなさい、ラズワルド」
「安心して、ラズワルド君」
「なぁに、持ち堪えますとも」
「戦争は英雄だけでやるものじゃないからね〜」
「しばらくは、俺もちったぁ団長らしい仕事をしてやるぜ」
「ネグロの子よ、征くがいいッ!」
「我ら巨人は、再びダークエルフと肩を並べよう……」
「エルノス人とも、星辰天秤塔とも……」
「ご安心を。我らの星には、まだ陰りはありません」
「ララヤレルンは必ず守ります!」
「兄上……どうか、ご無事で」
「資格はありませんが、わたくしも尽力いたします」
「愚弟──生きて帰って来い」
「メラン。母は祈っていますよ」
「若様、ご武運を!」
「貴公──私もララヤレルンで戦おう」
セラス。ティア。ザディア宰相。トーリー王。グラディウス翁。ガンドバッハ。モーディン。ロフフェル。ルチア。クリス。ナハト。フィロメナ。テルーズ。ルフリーネ。セドリック。ウィンター伯。
「向こうに着いたら、合図を送るので〈異界の門扉〉を開けてくださいッ」
そして、ルカ。
月の瞳が創り出した
「ああ……行ってくる!」
「先輩!」
ゆえに、これが本格的な『第一線』の
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tips:第二次エリヌッナデルク動勢・1
北の人界同盟陣営は、同盟締結後わずか七日間で最低限の軍備拡強を間に合わせる。
最も入念な準備を進めていたトライミッド連合王国では、七日目にしてダァト王族プリンス・レオナルドの国葬も可能だった。
が、そこに〈異界の門扉〉による同時多数攻撃が行われる。
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人間同士の戦争と違い、〈異界の門扉〉の存在が『戦線』を神出鬼没にする。
カルメンタリス教圏では、聖具によって安全地帯の確保と防衛が可能。
そうではない国や組織は、独自の対抗策を維持。
巨人王国ティタノモンゴット、星辰天秤塔は『宙』の理を活かす形で協力し、現在擬似的な第五世界〈領域〉を展開中。
メラネルガリアはララヤレルンに移動し、非戦闘員は群青卿の死霊やワポルマキナ等に守られている。
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したがって、人界同盟は安全地帯ではない場所=敵の襲撃地点を中心に防衛。
霊薬等貴重物資に支えられ、非英雄級戦力での戦線維持に成功する。
が、それはあくまで小中規模の敵に限られ、いずれは破綻する。
そこで活躍するのが、月の瞳によって「まだだ」と待機中&遊撃部隊化している英雄級戦力である。
白雷聖姫アイナノーア・エリンを筆頭に、英雄たちは友軍の援護をしつつも、臨機応変に大魔出現に対応する構え。
また、月の瞳は北方大陸の人界全域を監視する魔法も発動し、大魔の出現を牽制(のこのこ出てきたら群青卿で即カウンターするぞという脅し)。
そして、同盟側は攻勢に転じるため、敵の本営たるネルネザゴーンに群青卿投下作戦を決行した。
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敵軍のほとんどは、事実上の不死身である。
ヴァンパイア・デモゴルゴン。
だが、それらは大半が急拵えの下級吸血鬼であり、小魔であるため、人類が積み上げた歴史のなか〝しっかと刻まれた戦いの記録〟……すなわち、弱点が判明している。
同盟側が戦線を維持できているのは、的確な弱点攻撃が有効というのも大きかった。