ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#348「鉄鎖流狼が二体いる」

 

 

 鉄鎖流狼が二体いる。

 ララヤレルンとネルネザゴーンに、同時に存在する。

 

 月の瞳とルカが視た未来は、その言葉だけを解釈すると謎でしかなかった。

 

 鯨飲濁流のように、分身を作ったのか?

 黄衣の女怪は吸血鬼化していた。

 ならば、鉄鎖流狼もまた安易な自己強化に走ったのか?

 

 闇の公子の爪牙を自称し、あのクソ野郎の一番の下僕(しもべ)を誇りとする人狼。

 

 リンデンでは事実、吸血鬼は人狼を助けた。

 仲間意識や友情、ましてや同族愛などからでは全くないにしても。

 鯨飲濁流が鉄鎖流狼をある種、可愛がっているのは間違いない。

 

 であれば、人狼が吸血鬼の特性を授けられたのだとしても、不思議は無かった。

 

 しかし、鉄鎖流狼もまた『大魔』に部類される。

 

 フェリシアとルカの情報から。

 黄衣の女怪が吸血鬼化によって得ていた恩恵は、〝ただの不死身もどき〟だったと判明している。

 

 女怪の潜在能力が、鉄鎖流狼よりもカスかもしれない可能性はあるものの。

 

 発生年数という絶対の単位。

 鉄鎖流狼よりも、格上であるはずの魔物が、その程度のパワーアップしか成し遂げられなかったとすると。

 

 魔物としての在り方を歪めるのは、むしろ大魔であれば大魔であるだけ、難しいのではないかと思われた。

 

 元が人間の大魔は、基本的に『己』が強い。

 

 だとすると、俺は〝吸血鬼化による分身説〟は根拠に乏しいように思えた。

 フェリシアも、それは同意見のようだ。

 

「……私も、鉄鎖流狼は吸血鬼化していないと思います。

 ティタノモンゴットで黄衣の女怪にトドメを刺そうとしたとき、アレはたぶん鉄鎖流狼だったと思うんですけど……」

「鎖が出てきたんだろ?」

「はい」

 

 黄衣の女怪は、フェリシアの刻印魔法によって邪視を失った。

 霊核である心臓も刺されて、〈領域〉内の邪視感染も解除されて。

 

 吸血鬼化していなければ、間違いなくフェリシアの白星だった。

 

 女怪は致命傷を負い、瀕死になり。

 文字通りの虫の息。

 雪と氷に塗れた岩山の地べたを這いずり回って、無様に逃げようとしていたらしい。

 

 だがそんな女怪を、間一髪で〈異界の門扉〉から助けたモノがいた。

 

 これはルカや、その時その場にいた連合王国兵なども多数確認している。

 

「鉄鎖流狼の姿はハッキリとは見えませんでしたけど、アレはたぶんあの人狼の鎖でした」

「そうか……七日前にも言ったけど、アイツがあの場に出て来ないのは妙だとは思ってたんだ」

 

 分身とはいえ、鯨飲濁流が自ら戦いの場に立ったのに。

 その爪牙にして一番の下僕が、どうして隣にいなかったのか?

 

 戦力差。

 足手纏い。

 

 そんな事実は関係無い。

 闇の公子を英雄視する人狼にとって、鯨飲濁流の戦場に己も共に立つのは、絶対に譲れない栄光だろう。

 

「別の戦場……セラスとティアが戦った『異形の一角獣』? って悪逆現象も、どうも同じように〝回収〟されたって報告されてるしな」

「情報体を回収するって、どういうコトなのかサッパリですよね……」

「そこはまぁ、今さらだろ」

 

 敵は何かしらの魔法を使った。

 メレク・モルディガーンによる攻撃を喰らい、事象レベルで矮小に改竄された悪逆現象は。

 その情報体としての断片を、恐らく概念的な()かなにかでサルベージされたそうだ。

 

 あくまで、ナハトとフィロメナ。

 魔術に詳しいメラネルガリア側の考察結果になるが。

 

「鎖を束ねて網状に投射すれば、たしかにそういう芸当もできそうだよな」

「鉄鎖流狼の策じゃなくて、月眼……ムーングラムの策だと彼女はおっしゃってましたね」

「ああ」

 

 そういう意味でも、月眼=ムーングラムの恐ろしさは確かに油断ならない。

 月の瞳が長年苦慮しているのも、納得と言える鬱陶しさと厄介さである。

 

 北方大陸王と夜闇の王の習合した英雄現象を前にし、逃走を成功させたという点だけでも驚異的だからだ。

 

「──でも」

 

 神人形態になり、『白き風』の女神戦車を駆りながら。

 北方大陸(グランシャリオ)の上空で、フェリシアはベイパーコーン現象を伴いつつ逆接を紡ぐ。

 

 俺もまた、東へ東へとひたすら視線を注ぎながら、幾つものショートカット用ポータルを解錠していくなか。

 次第に姿を現し始めた敵……『貪る蝗龍』グラトロンの複製群に戦意を研ぎ上げる。

 

「鉄鎖流狼が吸血鬼化していないのだとすれば、どちらかは必ず偽物です」

「同感だ」

 

 この世に同じ大魔は、ふたつといない。

 

 ララヤレルンに現れる鉄鎖流狼。

 ネルネザゴーンに待ち構えている鉄鎖流狼。

 

 これらは間違いなく、どちらかが敵の巧妙な欺瞞である。

 

 人狼という魔物が、元来そういう性質を持っているのも嫌な予感を膨らませる。

 しかしそれでも、現状の俺に最も優先して求められているのは、一刻も早くネルネザゴーンに到達することだけだ。

 

 月の瞳が創った眼球魔(ゲイザー)は、フェリシアの戦車のなかで各戦線の状況を投影している。

 

 何かあっても、俺であれば門扉を通じて何処にでも駆けつけられる。

 それに、仲間たちも信じている。

 

 洗脳されて行方不明になっているカプリは気がかりだが、それも月眼=ムーングラムを消滅させればどうにかなるだろう。

 

 グラトロンの輪郭が、どんどん大きくなる。

 キチキチと耳障りな蟲のアギトと翅の音。

 

 こちらからも向こうからも、猛スピードで接近しているのだから当然だ。

 

「かわせるか、シア?」

「かわします──!」

 

 敵は数が多すぎる。

 すべてを相手にするのは時間の無駄だった。

 

「捌ききれないヤツは、俺が墜とす。だから、安心して突っ切れ」

「はいッ」

 

 頼もしい返事に、知らず口角が緩む。

 

(でも、そうだよな)

 

 世界最強の獣、ドラゴン。

 けれどコレは、終末の巨龍とは比較するのも烏滸がましい劣化体。

 

(本当に〝ただの嫌がらせ〟でしかないな)

 

 やらないより、マシといった妨害だった。

 ただ、そんなもので俺とフェリシアの直進を、今さらこの程度の足止めで叶えられるとは思わないでもらいたかった。

 

「"擬・退廃の嵐(ルゥミオリア)"ッ!」

「"墜落龍弩(フォールン・ドラグ)巨銛竜狩(バッリストラ)"──」

 

 いつぞや、ララヤレルン石橋の上で試行錯誤されていた魔法。

 通常の元素呪文を、後述詠唱によって三重化するのではなく。

 フェリシアは単一の呪文に練り上げて、鈍白の天帝の暴風雨を擬似再現していた。

 

 一方で俺は、龍特攻の弩砲を創造し撃ち放つ。

 

 リンデンで識った、刻印騎士アルマンド・バッリストラの地竜殺し。

 〈中つ海〉で識った、巨人たちの銛突きによる魚竜狩り。

 エル・セーレンで識った、蒸気機械改造された対ドラゴン用古代兵器。

 

 それらをまとめ、ひとつの魔法として再構成・再昇華した独創呪文。

 

「「「KitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKitiKiti──!?」」」

「どいてろ、蟲ども」

 

 轟音、爆発。

 グラトロンの群れは、ミサイル砲撃を喰らったみたいに爆ぜては肉片となり、墜落していく。

 あるいは近づいた端から、ボロボロと体組織が風化していった。

 しかも、風化したグラトロンはフェリシアが生み出せる他の獣と同じく、『神使』として登録されていく。

 

 フェリシアがどんどん強くなってて、思わず笑ってしまった。

 

 女怪を瀕死に追いやったコト。

 刻印魔法について俺に告白したコト。

 

 ふたつの契機を迎えて、少女は少し吹っ切れたような成長を見せている。

 

「……いや、にしても手応えが無さすぎるが」

「たぶん、本命じゃないからなんでしょうね」

「まぁ、油断はしないけどな」

 

 グラトロンの数は、一秒単位で三桁は増えていく。

 ゼオメイガスは本当に、増殖炉になったようだ。

 

 その事実は、すでに遥か後方になったララヤレルンの戦況を、自然と脳裏に掠めさせた。

 

 後ろ髪を引かれている。

 俺は戦車内で、眼球魔(ゲイザー)が投影する戦線の光景を横目にせざるを得なかった。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 鉄鎖流狼が二体いる。

 ララヤレルンとネルネザゴーンに、同時に存在する。

 

 月の瞳とルカ・クリスタラーが視た未来は、その言葉だけを解釈すると謎でしかなかった。

 

 ──ならば、と月の瞳は演算を加速させた。

 

 ──まずは、と月眼は姪の一手を予測した。

 

「すでに現実化し、確定した事実を前提として組み上げ」

「そこから推理可能な確実な論理展開から、状況の不可解さを紐解いていくのでしょう?」

 

 およそ同時に、ともに未来を視る魔は静かなる攻防を繰り返す。

 

 片やロアで、片やネルネザゴーンで。

 

 大戦の行く末を操作する二体の魔物は、まるですぐ目の前に『対戦者』がいるかのごとくして、自他の打ち手を読み合っていた。

 

 叔父と姪という、生前は親族の関係であった両者──

 人としての在り方を捨てた後も、ふたりは同じ在り方をする魔物として転変し──

 深淵の叡智、悪魔の頭脳、月暈の啓蒙光に狂い──

 

 しかし、破綻した精神のベクトルだけが、決して交わらない対極上にあった。

 

「オマエに出来るのですか?」

 

 ネルネザゴーンは『ニコストラテー城』……

 主が留守にしている王の間で、月眼=ムーングラムは瀟洒な貴族服に身を包み、全身の眼球を弓なりに歪めながら姪へ問い掛ける。

 

「私の邪魔をするため、古代からこれまでずっと演算を続けていますね?

 使い魔契約まで結び、契約者に情報のバックアップを行いながら、人界全域の監視までしている──もうとっくに処理落ち寸前なのでしょう?」

 

 そんな在り様で、本当に出来るのですか? と叔父は姪を見下していた。

 

「オマエは昔から、一族のなかでも取り立てて有望な子でした。

 ですが、どんな知恵比べでも、どんな盤上遊戯(ゲーム)でも」

 

 姪が叔父に、勝てたコトは無い。

 その後半を口にするコトは、敢えてせずに肩を竦め、余裕たっぷりにフンと鼻を鳴らす月眼。

 

 藍鉄色のクラシカルブラウス。

 フリルのついたホワイトジャボ。

 

 身に纏う衣装は同じ意匠(デザイン)であり、たしかな血縁を感じさせる。

 が、ひとつだけ大きな違いがあった。

 

「……たしかに、どんな知恵比べでも、どんな盤上遊戯(ゲーム)でも、私が叔父上に勝てたコトは一度も無い」

 

 ロアの公会堂で、月の瞳は無感動に呟く。

 周囲にいる人間には、契約者を除いていったい何のコトなのかサッパリ分からない独り言に映ったとしても。

 

 姪は、叔父に向かってキッパリと告げた。

 

「しかし、お忘れかな叔父上? ──私は一度として、オマエに挑むのを止めたつもりは無い」

 

 月の瞳と月眼の一族は、先祖代々智慧者を輩出する家系だった。

 身につけている貴族服は、色合いこそ地味だが瀟洒な造りをしていて。

 それは一族の先祖が、時の権力者に重用される切っ掛けとなった際の装いに由来している。

 

 〝地味であれど、たしかな中身がある〟

 

 叡智、知識、聡明さ。

 頭の良さを褒め称えられ、以来、一族が伝統的に身につけるようになったのが、藍鉄色のクラシカルブラウス。

 

 両者はその着こなしに、明らかな差があった。

 

 月の瞳は丁寧にしかつめらしく袖を通しているが、月眼はところどころをはだけさせ、伊達男風味に着崩している。

 

 それどころか、あちこちで盗み取った宝飾品の幾つかも、華美に着飾っていた。

 

「だから? それがなんだというのです?」

「黙って見ていろ。すぐにその余裕を引き剥がす」

 

 微かな苛立ちを誤魔化すように、月の瞳は一瞬だけ目蓋を閉じた。

 そして次の瞬間、契約者であるルカに合図を送って魔法陣を展開してもらい──すべての瞳を開眼する。

 

 脆弱な人間の前では、意図して閉じられていた目蓋。

 

 泡のように空間に浮き立ち、大小様々な大きさで髪の隙間から零れ漂う怪物の瞳。

 それらは混じり気なしの毒性。

 精神汚染と強制発狂を引き起こし、ルカ・クリスタラーの魔法陣が無ければ、人前で開眼されるコトは絶対に無い『本気』の証だった。

 

 血涙は続いている。

 

 周囲にいる者が、総じてギョッ!? と身構える。

 

 そんななか、『月の瞳』はギョロギョロと瞳孔を蠢かせていた。

 

 

「──ララヤレルンは、包囲された」

 

 

 本大戦におけるネルネザゴーン側の戦略目標は、人界同盟の生命線を切り崩すコトだ。

 同盟側が維持する戦線は、ララヤレルンから供給される霊薬によって大きく支えられている。

 

 その効果の凄まじさは、巨人王国襲撃によって生じた被害の多寡(たか)を、たった七日間でどうにか『補填』してしまえるほど。

 

 無論、あくまでも最低ラインでの〝立て直し〟であり、犠牲は決して少なくない。

 

 それでも、ネルネザゴーンからすればこれは、非常に面倒かつ厄介な状況に違いは無かった。

 

 人界同盟軍は、敗北すれば後が無いと末端の兵士に至るまで理解している。

 敵は闇の公子の軍勢であり、自分たちが膝を屈すれば何もかもが凌辱されてしまう。

 北方大陸人(セプテントリオン)である彼らは、愛する者を守るために命を賭すのを躊躇わない。

 

 恐怖はある。

 苦痛はある。

 絶望はある。

 

 なれど、種族の垣根を超えて古代から変わらぬ唯一の在り方。

 男だ女だの性別も、この際もはや関係なく。

 我々は〝生きるために戦うのだ〟と。

 

 北方大陸(グランシャリオ)という黒白の死世界にありて、なおも連綿と受け継ぎ続けた(誇り)があるのだと。

 

 ゆえに士気は高く、意気は軒昂(けんこう)

 

 四肢を捥いでも。

 胴体を裂いても。

 臓腑を抉っても。

 流血を啜っても。

 

 霊薬を飲み、浴び、たちまち立ち上がる覚悟の化身。

 吸血鬼やデモゴルゴンに転変し、魔物となって安易な力の獲得に走ったクズどもにとって。

 それは面白くも何ともない話だった。

 

 弱者ならば大人しく砕かれろ。

 我らに(なぶ)られ、(けが)され、無様な肉塊を晒せ。

 

 どうしてそれができないのか?

 弱者を元の弱者に戻すには、何をすればいいのか?

 

 答えは、ララヤレルンの霊薬。

 

 そうと分かれば、包囲は必然。

 群青卿の大公国には、忌まわしきカルメンタリス教の守りは無く。

 吟遊詩人カプリのもたらした情報によって、霊薬がひとりの女錬金術師の手で量産されているコトも判明した。

 

 ただ、黒詩の魔女の存在により、鯨飲濁流以下の魔物では強襲は成功しない。

 

 発生年数という、絶対の『格』で負けているからだ。

 ネルネザゴーン側の大魔は、月眼も含めて〈異界の門扉〉の解錠を封じられ、大魔法の行使も制限されてしまう。

 

 加えて、今現在は有角神グラマティカを追い詰めた第五世界の怪神もララヤレルンにはいる。

 黒詩の魔女とともに、多くの非戦闘員を守っている。

 

 他には、白嶺の魔女の死霊総軍。

 冬至の七神や、魔女の眷属となった冬騎士。

 刻印騎士団〈炎の隊〉隊長。

 黒曜石の双子姉妹に率られたメラネルガリアのダークエルフ軍。

 

 異界の最厄地エル・セーレンからは、群青卿が設計図を復活させたことで、蒸気機械文明という()()の自律型兵器もある。

 眠りの女神ユミナが地上に戻した、三名の古代種族も。

 

 あとは、取るに足りない雑兵とはいえ、雪豹人(エンシア)の狩猟部族。

 連合王国やリンデンから集結した職業戦士たちもだ。

 

 この牙城を突破し、最奥にて守られている錬金術師を殺すには、どうすればいいだろうか?

 

「──テッサしかありえない」

 

 人間に変身できる魔物。

 カルメンタリス教の聖具すらも騙くらかし、化けている間は特殊な追跡法を用いなければ、極めて発見困難である人狼の大魔。

 

 潜入するだけ。

 暗殺するだけ。

 

 事がそれだけで済むのなら、大魔として確かな地力も保証されている、鉄鎖流狼しか適格者はいない。

 

 偽物か本物か。

 どちらにしたところで、ネルネザゴーンは『鉄鎖流狼』というカードを切るしか選択肢が無いのだ。

 

「…………」

 

 ──本来なら、それは月の瞳の狙い通りでもあった。

 

 現状、月の瞳には鯨飲濁流本体の所在が絞り切れていない。

 同盟会談の場で『分身』というカードを切られたため、演算すべき可能性が指数関数的に膨れ上がっているためである。

 

 どこに潜んでいてもおかしくはないし、誰が鯨飲濁流であってもおかしくはない。

 

 もちろん、鯨飲濁流が〈中つ海〉の深海を目指しているのは把握している。

 目指しているというより、すでに攻略の最中なのかもしれないが。

 

 ターリアでの宣戦布告の際、終末の巨龍『波濤の獣』レヤンドラスに対する捕食宣言。

 及び、巨大彗星の欠片を発見したという発言。

 

 月眼=ムーングラムが、鯨飲濁流に武器を与えて更なる強化を施そうとしているのは自明であり。

 

 大魔『外道鍛冶(げどうかぬち)』の(わざ)があれば、群青卿の森羅斬伐に匹敵する代物を造り出せる可能性はある。

 

 しかしながら、その二体の大魔が、どうやって〈中つ海〉の深海に赴いているのか?

 

 まさか泳いで向かっているはずもないだろう。

 海獣に変身できる吸血鬼はともかく、外道鍛冶にはさすがに無理がある。

 

 波濤の獣の所在も、巨大彗星の欠片の所在も不明であり。

 第一、〈中つ海〉の海底を精査するなど〈中枢渾天球(エルノス・センタースフィア)〉を一周するのと変わらない。

 

 東西南北、すべての超大陸と面している最大の海だ。

 

 ──ゆえに、月の瞳は敵の行動(妨害)から、より確度の高い未来(正解)を導き出す必要があった。

 

 メランズール・ラズワルド・アダマスの空輸と投下。

 

 これは敵の根城を攻め落とし、本営を陥落させるためのごく普通の戦略作戦でもあるが。

 

 実際には、〝月眼=ムーングラムが明らかに嫌がっているから〟という理由が大きかった。

 

 もちろん、ネルネザゴーン側からすれば自分たちの本拠地を襲撃されるのは、嫌だろう。

 しかし、今現在のネルネザゴーンは国を乗っ取られたようなものだ。

 

 二千年ぶりに復活した鯨飲濁流。

 闇の公子の麾下として、これまでどこをほっつき歩いていたかも分からないのに、急に寄せ集まった大魔たち。

 

 件の月眼=ムーングラムにしたって、目的はあくまで巨大彗星の再来。

 

 それさえ叶わないのであれば、ネルネザゴーンに対する執着心などあるはずが無い。

 愛国精神など、微塵もあるワケが無いのだ。

 鯨飲濁流は言わずもがな、である。

 

 にもかかわらず!

 

 月眼=ムーングラムは、明らかに嫌がっていた。

 東境の大峡谷に、新時代の英雄を近づけさせまいとして行動している。

 

 ララヤレルンを攻めるのは、大戦の勝利者を鯨飲濁流にするため。

 人界という言葉の意味を、最終的に無意に帰すために霊薬という生命線を潰そうとしている。

 

 そこまではいい。

 

 吟遊詩人カプリの洗脳も、理にかなった実に効率的な妙手だ。

 

「だが、それらすべてはフェイク……真の狙いじゃない……テッサをララヤレルンに送り込めば、王子が留まる可能性が高いと見越した上での一手だとしたら?」

 

 月の瞳が敵戦力の確実な排除のため、鉄鎖流狼を最初の獲物として設定する。

 そう。あくまでも自分の意思で、敵に鉄鎖流狼をララヤレルンに差し向けさせた、と思い込ませる事すら月眼の狙い通り。

 

 実際には、月眼は月の瞳の戦略を利用する形で、自らの〝得〟を手にする腹積もりだった。

 

 そういうふうには、考えられないだろうか?

 

 ネルネザゴーン側が、ララヤレルンを狙うのは不自然じゃない。

 なにしろ、鉄鎖流狼を狩り立てるため、月の瞳自身が自らそうなるように未来を仕組んだ。

 吟遊詩人の裏切りも、実を言えば過去の記憶から来る〝叔父上ならばそうするだろう〟という読みがあっての看過である。

 

 しかし、そんな月の瞳の深謀遠慮さえも、フェイクカバーとして利用して。

 

 月眼=ムーングラムは、〝鉄鎖流狼を出せば群青卿の足止めが出来る〟──その事実をこそ狙ったのだ。

 

「ただし──単にテッサを送り込むだけでは、今の王子を止めるコトはできない」

 

 周囲の賢者が大局を見据えた判断を促す。

 月の瞳自身も、惑わされていけないと優先順位を意識させた。

 そして事実、状況はそのように動いている。

 

 人間の愚かしさを信じすぎる男とはいえ、事態はすでに大局だ。

 

 そのうえで、策も重ねて来た。

 

「二体のテッサ……ララヤレルンにもネルネザゴーンにも、同時にふたりのテッサを用意したのなら……」

 

 あの人狼が持つ二つ目の呼び名を識る者として、月の瞳は確信しか得られない。

 

 悪心萌芽の縛鎖狼。

 

 体表を狼の毛皮だけではなく、いいや、大半を鉄の鎖で覆った痛ましき姿の人狼。

 鉄枷、鉄鋲、縫い付けられた鋼鉄の器具とは、すなわち拘束と拷問の証。

 であれば、二つ目の大魔法たる〈領域(レルム)〉もまた、どんな威容を誇るかは知れている。

 

 月眼=ムーングラムは、群青卿メランズール・ラズワルド・アダマスを確実に足止めしたがっているのだ。

 

 よって、鯨飲濁流の足跡と所在もネルネザゴーンに辿り着けば、高確率で判明するだろう。

 

 ……差し当たっての問題は、どちらが偽物で本物なのかという点だが。

 

「関係ない……たとえどちらともが本物だったとしても、叩いて潰せる──必ず勝つ」

 

 現在、ララヤレルンは包囲された。

 

 地を埋め尽くすのは、吸血鬼化した怪人道の種族。

 おびただしい数と異形を晒すデモゴルゴン。

 悪心萌芽に呑まれて、敵の尖兵と化した小国家連合の人間たち。

 

 大地を揺らし、天を席巻するのは二種の魔怪。

 巨大な怪獣と呼ぶほかない人喰い八脚馬スレイプニールは、多少小型化しつつも山々を紫色に踏み鳴らし。

 孵化登竜現象による蟲龍であり、粗製濫造の劣化複製とはいえ元は古龍のグラトロンは、空を虫襖(むしあお)色に染めた。

 

 さらにそこに加えて、ネルネザゴーン軍はグリムびとの将帥『白眉のネメオン』らしき戦力も指揮官として投入している。

 

 戦いはすでに始まり、ララヤレルンは天然の要害も活かしながら、外縁部にて戦端を切っていた。

 

 迎え撃っているのは、先ほども触れた同盟側戦力。

 人間サイズでも対抗可能な戦力には、冬騎士クリス・クレイコート、オブシディアンの双子姉妹、リンデンのウィンター・トライ・リンデンライムバウムが直接戦闘と指揮の両面から当たっている。

 

 有象無象は死霊やワポルマキナが狩り、少しは名のある敵に関しては火傷顔(フライフェイス)ベロニカ・レッドフィールドなどが烈火となって魔法を炸裂させていた。

 半龍のアルステラ・レイディバグもまた、大いに剣の閃きを活躍させている。

 

 そして、巨大な魔怪の相手は第五世界の怪神ギンヌンガが、空や山々を空間ごと〝裂く〟ことで相手取っていた。

 

 間違いなく、この大戦で最も苛烈にして混沌を極めた戦いが、ララヤレルンを襲っている。

 

 他の同盟主要地も、戦線は続いているが。

 一番最初の重要局面は、ララヤレルンで起こっていると誰の目にも明らかだっただろう。

 

 

 

 ──そんな、大騒乱のなかで。

 

 

 

 黒詩の魔女に守られし、ララヤ。

 群青卿の居城であり、象徴とも言うべき城館(シュロス)を中心に。

 大公領で生活する全ての非戦闘員が、身を寄せ合って避難している傍ら。

 

 テレジア・トライ・トロイメライもまた、工房(アトリエ)から必要な器具や材料を移して、霊薬の生産に命を尽くしていた。

 

 同僚たちと共に働き、文字通り心血を注いで人界同盟の生命線を維持するために。

 

「テレジア様。新しい『涙』です」

「ありがとう。そこに置いてッ」

「テレジア様。瓶がもうありません」

「無いならお皿や壺でもいいわ! 持ってきて!」

「テレジア様。私は」

「クゥナは残りの備蓄の確認! アノスは治療薬院(ケヒト)の倉庫! 行ける!?」

「行けます」

「いい子ね。頼むわ! ネイト! 一緒に行って!」

「承知しました」

「テレジア様。私どもは──」

「ミレイとヨルンは休みなさい! 調律がまだなんだから、あまり無理をしないで!」

 

 五人の培養混血児(ホムビヨン)にも、テレジアは指示を与える。

 普通の人間よりも肉体が頑丈で、腕力や筋力もあり、魔法による自衛も可能な五つ子たち。

 

 そのぶん、日々の調律や大量のエネルギー補給も必要とするが、彼らは緊急時のためテレジアのサポートに動員されていた。

 

 本来なら他の非戦闘員と一緒に、大人しく避難させておきたいところだったが。

 

「くっ……こんなコトなら、もっと近くに工房を建てさせれば良かったわね……!」

 

 錬金術に必要な道具類や物資。

 それらを一度に城館に移すのは、無理だったのだ。

 群青卿の使い魔に頼めば、難なく空間を繋げてもらえるだろうが、いま、あの小さな黒山羊の面の魔女は話が通じない。

 

 ララヤレルンにいる子どもたちを守る。

 

 意識のほとんどがそれに傾き、城館のどこかにいるのは確実だが、延々と瘴気を垂れ流す自分自身からも非戦闘員を守っている。

 鳥籠の街(ケージ・シティ)なる異界も展開し、避難者の保護活動でも忙しくしているはずだ。

 

 したがって、テレジアは五人の力を頼っていた。

 

 城館一階のホールを利用して、急増の生産ラインを何とか形にし。

 日頃から愛飲している自作のスタミナドリンクもガブ飲みしながら、自分にしかできないとかいうクソふざけた仕事を有り得ない速さでこなしている。

 

 霊薬の供給という役目があるため、完全な避難もできない。

 

「──殺す。絶対に殺すわ」

 

 ブツブツと吐き出されるのは、掛け値なしの呪詛。

 この状況を招いたすべての諸悪に向かって、才媛〝レイヴングリーン〟は死ねと文句が止まらない。

 

 だが、テレジアが一番に憎たらしく思っているのは、他ならぬ自分自身だった。

 

 大好きな幼馴染を自分のものにするため。

 

 群青卿と関わる道を選んだのは、何を隠そうテレジア自身の選択。

 

 後悔は無い。

 

 幼馴染を間違った道から、取り戻してもらった恩もある。

 腹立たしくてたまらないが、一度その恩に報いる──オーダーに応えると決めたなら。

 

 女神と勝負をすると決めたかつての日と同じく、大魔とだって戦う覚悟を済ませていた。

 

 ゆえに、呪詛の連続にはこういう意味もあった。

 

「ふざけないでよね……ここで最善を尽くせないなら、私が私を殺すわよ……!」

「テレジア様、やだ、死なないで」

「テレジア様──」

「テレジア様──」

「嘘よ! 死ぬわけないでしょう!?」

 

 ホムビヨンの五つ子は、まだ情緒が育っていない。

 人が口にした言葉を、そのまま額面通りに受け取ってしまう。

 だからテレジアは、傍目から見るとだいぶキてる感じで──それでもなお仕事の手を緩めなかった。

 

「大丈夫よ! たとえ今この場に闇の公子が来たとしても、私は死なずに仕事を続けるわ!」

 

 めちゃくちゃな言葉も吐く。

 しかし、それがゆえにホムビヨンには効果覿面だ。

 子どもたちが安堵し、未だ自我に乏しいとはいえホッと口元を緩ませるのならば、それが巡り巡ってテレジアの元気にも繋がる。

 

 この世ならざるモノを、物質に変える。

 

 精霊女王の涙を、人間の世界でも扱える薬に変換する。

 

 錬金術の奥義を、およそその道の人間であれば信じられないほど雑にこなし。

 然れど、結果だけは完璧という奇跡を連続させながら。

 

 テレジアは人界同盟の生命線を、たしかに維持していた。

 

 

 

 

 

 よって。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()は、やはり彼女をこそ殺すために潜入を果たしていた。

 

 ララヤレルンを襲う大騒乱。

 

 吸血鬼化した怪人類。

 デモゴルゴン。

 悪心萌芽の尖兵。

 人喰い八脚馬、貪る蝗龍。

 グリムびとの将帥。

 

 どれもどれも、すべては陽動であり目眩しのための囮。

 

 生皮を奪った衛兵のひとりに化け、人狼は何食わぬ顔でララヤの城館へ向かっていく。

 

 誰にも怪しまれない。

 何も疑われるようなヘマは無い。

 

 すでに都市の中枢に入り込み、問題なく獲物の姿を視界に捉えた時点で。

 

 人狼はニタニタと。

 ゲラゲラと喜悦に歪んだ笑みを隠すのに、苦労しているほどだった。

 

 城館まで、残り百歩も必要ない。

 窓から見える女は、あまりにも無防備。

 近くでウロチョロしている培養混血児も、大した脅威にはなり得ない。

 

 隙を突き、ただ殺す。

 

 鉄鎖流狼は「簡単な仕事だ」と内心でほくそ笑みながら、その大通りを歩いた。

 すると、女はただでさえ脆弱な守りを、さらに薄くするところだった。

 

 ホムビヨンの二体を外に出し、鉄鎖流狼が歩いてきた方向とは逆の方向に向かって、送り出す。

 

 どうやら、何か使いでも頼んだらしい。

 風に乗って耳に届いた言葉の切れ端に、ますます嘲笑の感情を膨らませながら。

 人狼は「ちょうどいい──」と、少し駆け足になった。

 

 獲物が自分から隙を増やしたのなら、ハンターとしてどうして、その隙を突かずにいられるだろうか?

 

 城館の周りには、護衛のひとりもいない。

 黒詩の魔女さえいれば、問題ないとでも思っているのか?

 

 ──馬鹿め!

 

 敵は間抜けだった。

 まんまと、鉄鎖流狼の接近を許した。

 ……まぁ、ヘタな護衛がいたところで、結果は何も変わらなかっただろうが。

 

 それにしたって、なんという愚かしさか!

 

 鉄鎖流狼は噴き出しそうになるのを堪える。

 そんなんだから、オマエたちは再び大事なものを失うのだと。

 いったい何が、他の都市と違うんだ? と。

 

 群青卿の所領?

 太公領ララヤレルン?

 

 笑わせるなよ!

 

 こんなものは、あのとき潰した城塞都市と何も変わらない。

 

 人狼はクツクツと、肩を揺らす。

 揺れてしまった肩を、駆け足で誤魔化すのに心底苦慮しながら。

 気を抜けば(よじ)れそうになる腹の筋肉を、必死に押さえなければならないほどだった。

 

「失礼」

 

 そのとき、不意に真横から声をかけられた。

 なんだ? と振り向くと、不愉快なことにカルメンタリス教の教会から、ひとりの男が歩いて来るところだった。

 

 丸い眼鏡をかけた優男だ。

 雨色の外套を羽織り、何か大きな長物のようなものを内側に隠している。

 

 が、法衣姿であることから、聖職者であるのは分かった。

 

 ──アァン?

 

 鉄鎖流狼は疑問に思った。

 

 ララヤレルンには、カルメンタリス教の手は伸びていない。

 女神の聖域はひとつとして無く、秘宝匠のギルドも無い。

 前情報では、聖具で武装した人間も完全にゼロだと聞いていた。

 

 だからこそ、一度人間に化けてしまえば侵入も容易かったのだが。

 

 ──さては、土壇場になって宗旨替えでもしたか?

 

 人狼は訝しんだが、ここでヘマをするのは得策ではないと判断した。

 

「神父様っ? どうしましたか?」

「いえ。ひとつお伺いしたいコトがありまして」

「えっと、何でしょうか? 私は見ての通り、城館に伝令を届けるところでして──」

 

 あまり、長い時間を取らせるなクソ坊主。

 さっさと失せろ。

 

 鉄鎖流狼のそんな思いは、直後、神父の撃ち放った大弓の一撃によって驚愕に変えられた。

 

「ガッ──ぐあぁ!?」

「おや、伝令ですか? それはおかしいですねぇ。城館(シュロス)に立ち入りを許されるほどの伝令であれば、私が顔と名前を知らないはずはないんですが」

「て、テメェ……なにを──!」

「そして、今の一撃を受けてまだ息がおありで? ハハァ、下手な欺瞞は結構ですよ」

 

 鉄鎖流狼──と。

 神父は明確に、人狼の忌み名を口にした。

 

 雨色の外套からは、信じられないコトに。

 マンモス狩りに使われる大弓が、抜き放たれていた。

 神父の腰には大きな矢筒もぶら下がっていて、もはやただのカルメンタリス教徒でないのは明白である。

 

「っ、痛ぇなァ……人に向かって、なんつーもんを向けてんだァ? このクサレ外道坊主ッ!」

「これは解せませんね。オマエは悪しき魔だ。人ではない──ですが、私自身への(そし)り自体は甘んじて受け入れましょう」

「アァ!?」

 

 意味不明な自嘲を口にする神父に、鉄鎖流狼は苛立ちの限界に達し怒声を放つ。

 すでに先ほどの一撃により、兵士の生皮はズタズタに剥がされていた。

 

 鉄の鎖に繋がれた人狼の姿が、完全に暴かれる。

 鉄鎖流狼という大魔の圧力が、格上である黒詩の魔女の圧力に抑圧されながらも、反発するように立ち(のぼ)る。

 

 その威容は、二千年を超える伝説。

 

 如何に抑え込まれようとも、人間ひとりが目の当たりにするには真実驚嘆のそれ。

 

 けれども。

 

「──オマエが来ることは読めていた。にもかかわらず、メラン殿下は私に最も大切なものを任せてくださった」

「ハァッ?」

「だからこそ──ここに私が立っている!」

 

 ララヤレルンの中枢。

 文字通り、人界同盟の生命線を守りし最後の防衛ライン。

 大戦の行く末を、大きく傾けかねない最重要局面にして。

 絶対に防衛しなければならないララヤ・シュロスを。

 

 まさか、護衛のひとつも無しに……放置するはずがない!

 

 ゼノギア・チェーザレ。

 

 生成りの神父が、ここに大魔『鉄鎖流狼』の前に立ち塞がった。

 

 

 

 

────────────

tips:大戦の行方を操作する二体の魔

 

 未来演算の維持と加速は当たり前。

 北方大陸(グランシャリオ)の人界全域の監視も必須。

 〈異界の門扉〉の解錠範囲を確保し、敵の出現も牽制する。

 

 群青卿の空輸と投下作戦は、メリットずくめ。

 

 創り上げた英雄が心置きなく戦えるよう、ララヤレルンへの襲撃内容はあらかじめ最大限正確に伝達しつつ、確かな対策も実施。

 

 だが、そこまでやっても月の瞳は気を緩めない。

 自分が深謀遠慮なら、叔父は神算鬼謀だから。

 こちらの一手に対し、複数の意図を持たせた利用法を見つけてくるから。

 

 よって、両者の戦いは単純な〝読み合い〟だけで終わるものではなく。

 

 時に指し手である彼らすらも凌駕して、現実を歪める〝駒の力〟が何より重要だった。

 

 ──ゼノギア・チェーザレは、それがたとえ魔物の欺瞞でなかったとしても、矢を射っていただろう。

 

 ──では、矢を射られた鉄鎖流狼は、この後どうするだろうか?

 

 月眼=ムーングラムは、本当に『鉄鎖流狼』だけに大事な役割を持たせているか?

 

 

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