ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#035「ヴォレアス日記②」

 

 

 夏が終わった。

 冬が来た。

 暖かな太陽は、その存在が嘘だったかのように姿を隠し、ヴォレアスは再び極夜の檻に閉じ込められた。

 

 あらかじめ分かっていたこととはいえ、それでも気分が落ち込む。

 

 家の中は第一冬至(ユトラ・ドゥーべ)のお祝いでリースだらけに飾られているが、俺の心は早くも太陽に恋い焦がれていた。

 燭台と暖炉の明かりも風情があっていいが、やはりお天道様には敵わない。

 

 ──ああ、恋しき夏!

 俺はキミを想い、これからまた十七ヶ月、ほろほろと涙するだろう!

 

 そう詩を作ってケイティナに提供すると、「……ごめんね?」と丁重に受け取りを固辞されてしまった。

 

 せめて謝るだけじゃなく、批評をしたうえで突き返してくれ。

 

 未来の大スターに早いとこ恩を売っておこうと浅はかな計画を立てた俺も俺だが、沈黙は時に雄弁に人を傷つけるという悲しい事実を、あの姉はそろそろ知っておくべきだと本気で思う。

 

 ……俺の作詞、そんなにダメだった?

 

 ともあれ、こうして愛用の日記帳に向かってツラツラと羽根ペンを動かし、エルノス語とセプテントリア語、それらを交互に使って文章を書くのにもだいぶ手馴れたもの。

 ちょうど一年ぶりということもあるし、今日は振り返りの意味も兼ねて、ヴォレアスでの生活の印象変化でも綴っていくとしようか。

 

 まずはやっぱり──ママさん。

 

 出会った時の第一印象は、ハハハ……なんか死神とか言ってた気がするが……でも、いまじゃそんなの、まったくもってとんでもない!

 

 彼女は立派な母親で、魔女なんて種族名からは考えられないほど、慈愛に満ち満ちている。

 

 見た目が多少おっかないのは事実ではあるけれど。

 ケイティナに対する熱のこもった教育ぶり。

 普段から窺える常に〝子ども〟を第一とした行動の雨あられ。

 俺はこれまで、彼女が自分のために何かをするというところを、一切見たことが無い。

 やや過保護すぎるとも時折り思うが、その心根は明らかに善良だと断言できるだろう。

 

 それに、ヴォレアスでの生活はママさんによって支えられている。

 

 彼女無くして、これほど安穏とした暮らしはありえない。

 魔法に関する諸々の基礎知識については、まだまだ本を読んだだけで確かな実感として理解しているワケではないものの、実際、ママさんの操っている魔法を見ると、彼女がとても優れた魔法使いであることが素人目にも分かる。

 

 火を熾す(イグニス)

 雪を融かす雪融け(ディソルティオ)

 

 食糧供給のための時間に関する魔法も含め。

 他にも多数、俺たちの生活は彼女の魔法に支えられている。

 ぶっちゃけ、一日に必要なほとんどの仕事は、彼女の働きによって大部分を消化されている状態だ。

 俺やケイティナも、手伝えるところは手伝っているが、所詮は〝子どもの手伝い〟としての範疇を出ない。

 それを思えば、感謝の気持ちもひとしおだった。

 

 次に──ケイティナ。

 

 彼女に関しては、出会った時からあまり印象は変わらない。

 神秘的な美貌を持った元気いっぱいな美少女。

 ズバリ、この一言に尽きる。

 けれど、最近は少しだけドキッとすることも増えたか。

 

 べつに恋愛的な意味ではない。

 

 何と言うか、ふとした瞬間に垣間見える〝ゾッとするほど大人な顔〟とでも言えばいいだろうか?

 錯覚かとも思ったが、錯覚として誤魔化すには、少々ヴォレアスでの暮らしが長くなっている。

 あれはやっぱり、気のせいとかじゃない。

 

 天真爛漫。元気溌剌。

 

 自らを家庭教師ケイティナちゃんだったり、鬼教師ケイティナちゃんだったりと名乗ったりもするお茶目な面も持ちながら、ごくたまに不意を打つ()()()()

 

 思えば、俺の夜目を綺麗だと言っていた時も、同じような顔をしていた気がする。

 

 ──デーヴァリングゆえの、人間ではない部分が発露した?

 

 ファンタジーだから、そういう事もある。

 と片付けてしまえば、所詮はそれまで。

 でも、俺は頭のどこかで、そうじゃないような直観もしていた。

 あれはたぶん、ケイティナ自身の深い根っこ。

 彼女の奥底にある、何か言い知れない複雑な想いが溢れ出てしまったがための、表情(かお)ではないのか。

 何となくだけれども、そう感じている。

 

 なので、印象の変化と言えば、ケイティナについてはそこだけが気になるところだった。

 

 ──あ、ウソ。もう一個ある。

 

 そういえば一つだけ、ケイティナに関しては驚いたことがあった。

 これはいつだったかの冬至(ユトラ)の支度で、何かの拍子にポロッと聞いた話なのだが、デーヴァリングというのは実は世界神エル・ヌメノスの末裔らしい。

 

「私、けっこう偉い神様の血を継いでるの」

「ガハハ」

「ホントだよ!?」

 

 なんてやり取りをしたのも懐かしいが、聞けばマジで世界神の系譜なんだそうだ。

 正確には、エル・ヌメノスの子どもとされる『三兄弟三姉妹』のいずれか。

 エル・ヌメノス本人ではなく、あくまで息子と娘たちが直接の先祖にあたるそうだが、それでもとんでもない。

 俺は「うそーん」と椅子からひっくり返った。

 

 曰く、〈渾天儀世界〉には数多の神話があるが、最もメジャーなのはエル・ヌメノスの創世神話。

 

 および、彼の神を崇める渾天儀教。

 デーヴァリングとは、古くは現人神として多くの崇敬を集めた種族でもあるのだとか。

 

 ──そもそも。

 

「デーヴァリングはどうして、何の苦労もなくいろんな言語を話せるんだと思う?」

 

 解答:世界を作り上げた神の末裔だから

 

「この世のあらゆる始まりの切っ掛けとなったエル・ヌメノスの血を引いてるってことは、つまり、この世の始まりと繋がっているとも言えちゃうんだよね」

 

 大元と繋がっている以上、大元から分かたれた支流の末端概念ごとき。

 後世になって作られた『劣化言語』など、容易に理解できる。

 つまるところ、そういうことなんだそうだ。

 

 ──ひょっとせずとも、もしやアカシックレコード的なことです?

 

 問いかけると、ケイティナは「たぶんそう」と平然と答えた。

 アカシックレコードなんて言葉、こっちには無い。

 しかし、ケイティナは理解に困った様子もなく、普通に頷いた。

 俺はひとり戦慄に打ち震えた。

 

 ──もしかすると、この世界と地球世界は、その〝始まり〟とやらでくっついているのかもしれない。

 

 でなければ、世界神の末裔であるというデーヴァリングのケイティナが、どうして日本語を理解できるのか?

 もともとこの世界に存在する言語ならいざ知らず、俺のような異世界転生者の母語を、何の不自由もなく喋ってみせたことに、違和感が無かったワケじゃない。

 しかし、それもファンタジーだからとなぁなぁで済ませていた。

 

 違った。

 

 まだ仮説の域を出ないが、この世界とかつての世界は、どこかで繋がっている可能性がある。

 転生した人間も、もしかすると俺だけじゃないのかもしれない。

 電撃的な閃きと悪魔的直観によって、俺はテンションをブチ上げ「うぉぉ!」叫んだ。

 

 ……まあ叫んだだけで、特段その先にはなーんも進まなかったんだが。

 

 だってそうだろ?

 渾天儀世界と地球世界が、実は宇宙の根源で繋がっていたとして、それで俺にいったい何ができるのか。

 仮に帰還の術を探るにしても、俺には何の方策も思い浮かばない。

 だいたい宇宙の始まりって何だよ?

 地球の科学力ですら解明しきれていないことを、こっちの世界で紐解けるとかありえないだろう。いや、そうでもないのか?

 

 分からん。現実は難しい。

 

 俺はひとしきりテンションを上げ終わった後、冷静になって結論した。

 ケイティナとママさんには「うるさい」と怒られた。

 

 ……それにしても、義姉とはいえ身内に神の血を引くものがいるってのは、元日本人として何だか妙な感覚だ。

 今度、ケイティナには二礼二拍手でもして、効果があるか確認してみよう。

 あいにく小銭の持ち合わせはないのでお賽銭はできないが、真心を込めた詩でもお供えすればあの少女には十分だと思う。

 

 吟遊詩人になりたいだなんて、いい夢じゃないか。

 

 いつかその夢が現実になったら、ぜひともマネージャーとして俺を雇ってもらいたい。

 もちろん、作詞家としてでも全然いい。

 俺は諦めないぞ?

 だってああいう職業って、印税とかがっぽり貰えるんだろう?

 不労所得はいつだって憧れだからな!

 

 





tips:〈渾天儀世界〉II

 地球における実物の渾天儀において、スフィアを囲むリングが意味するものは赤道や黄道などであったのに対して、〈渾天儀世界〉ではリング=〈廻天円環帯〉=ドーナツ型の異世界。
 そのため、地表から見上げた空には通常の空景色──青い空、白い雲、太陽、月、星々といった通常の気象や天体──の他に、絶えず巨大なリングが目視できる形で回っていることになる。
 古きエルノスの民は、この事実を以って世界をひとつの渾天儀として受け止めた。
 この世は偉大なる世界神エル・ヌメノスが作り上げた、渾天儀形の箱庭であると。
 しかし、世界が渾天儀形をしているならば、こういった疑問もやはり浮上する。
 中心のスフィアと周辺のリング。
 それらを繋ぎ、結び止める〈柱〉はどこにあるのか?
 もっと言えば、〈台座〉は存在しているのか?
 太古の昔から論じられ続ける永遠の命題である。

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