ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
レイニー・ヘイズ・ジェヴォーダン。
驟雨の獣が展開する〈
豪雨と呼ぶには勢いが無く。
暴雨と呼ぶには風が吹かず。
その雨は、やはり驟雨と呼ぶのが最も相応しい。
突然の大雨は、人々の心に不意打ちの驚きと「えっ?」という不安をもたらし。
にわかに広がった視界不良は、雨粒の
雨霞の
地面や建物を、強烈に叩きつける雨の
脛に傷持つ悪人たちには、自ずと獣の唸り声のように聞こえ。
錯覚か、あるいは見間違いか。
積み重ねた罪の多寡に応じて、〝いつか報いを受けるのではないか〟という無意識を強制的に表層へ浮かび上がらせ。
その時が来たのだ! という恐怖を何倍にも膨らませていく。
やがて、雨の処刑場のなか。
不明瞭な視界の隅から、四方八方立て続けに矢が飛んで来て。
最後には雨粒のすべてが、呪矢となって異界に囚われた獲物を狩り殺す。
──それが、神父が思い描いた『確殺』の具現。
悪心萌芽の縛鎖狼には、銀やトリカブト以外にも致命的な弱点があったのだ。
ゼノギア・チェーザレ。
生成りの大弓使い。
掛け値なしの
悲しい雨色の魔法が、『鉄鎖流狼』の霊核を撃ち抜いた時、北北東の山麓でも戦場に変化が起こっていた。
〝いと妖しきグリムびと〟
長大な歴史を持ち、数多の謎や神秘が息づく〈渾天儀世界〉で。
なおも『不詳』を冠する第八世界人。
では、人界のどの『道』に当てはまるのか?
人間道か、亜人道か、怪人道か。
それすらも意見が分かれる魔的な人間。
ネルネザゴーン軍の将帥にして、
セラスとティアが率いる精鋭メラネルガリア軍の前で、手札を切ったのである。
「……この衝突には、あまりに時間の無駄が多すぎる」
拡声の震えは、すでに不要となっていた。
周囲では戦場の
ネメオンが声を届けるべき敵との距離は、すでに充分に近づいていたためだ。
あるいは、それはダークエルフの優れた聴覚をも見込んだ上での、判断だったかもしれない。
「はぁ、はぁ……時間の、無駄ですって?」
「そうだ。若く強き女よ。貴様らがどれだけこのモノたちを減らしたところで、どうせすぐに補充される」
ネメオンの口調は、冷めていた。
自軍の損耗や多少の劣勢について、まるで関心を払っていないようだった。
その眼はとても冷えついていて、
「仮にも、将帥を名乗ったヤツの発言じゃないわね……」
「否。将帥の立場だからこそ、と受け取ってもらいたいものだ」
どうにも、大戦の行く末に興味があるようには伺えなかった。
一言で云えば、やる気を感じられない。
セラスもすぐに、それを察知したらしい。
戦場のなか、強者の激突は自然と一対一の様相を呈する。
ティアが軍師として的確な指示を下し、同時に姉と同じくらいネメオンに注意を払っているなか。
すでに六十六本目になる長剣の再生をして、セラスは「フゥゥゥ──」と長めの息を吐いた。
敵はやる気が無いのに、それでも自分を上回る武力と武器を持っているのが、気に入らないのだ。
たしかに、将軍や将帥と呼ばれる類いの立場にある者にとって、率いる
俺だって、戦いの喜悦を否定はできない。
勝ったら嬉しい。
工夫して勝てたら、なお嬉しい。
これは万人に共通の感性だ。
生き死にがかかった戦争では、不謹慎ゆえに噤むべき事実だが。
セラスにも、それは共感できるのだろう。
「じゃあ聞いてやるけど、アンタは何のために此処にいるのよ」
「最初に告げた通りだが」
「ハンッ、あくまで仕方なくやってるってツラね!」
「本意を聞いてくれるのか? であれば、話そう」
ネメオンは正直に、ぶちまけた。
「私はこの大戦で、どちらが勝とうと負けようとどうでもいい。
人から転じた魔が、どれだけ大層な偉業を果たそうとも、所詮は転変の魔。
グラマティカ様がお望みになられなければ、こうして将帥として此処に立っているコトも無かった──」
言葉は先ほどからセプテントリア語だったが、思いのほか流暢に紡がれ始めた。
有角神、グラマティカ。
ベアトリクスとヴァシリーサを、魔女へと生まれ変わらせた第八の原棲魔。
その話が本当ならではあるものの、どうやら鯨飲濁流やその他の大魔に、忠誠心に類する感情は無いらしい。
代わりに、純魔。
ダークエルフが巨人と、〈
グリムびとは生まれながらの魔物と、〈
あらゆる書物で、〝すべての魔物が忘れじの楽土と恋い焦がれる〟と記された世界。
間違いなく『魔界』と呼ぶしかない
ネメオンは、〝グラマティカが望んだから〟大戦に参加していると言った。
「つまり、神様の思し召しに従ってるってワケね」
「その通りだ」
「けど、たしかそのグラマティカってのは、ついこのあいだ死んだって話じゃなかった?」
「──そうだ。その通りだ」
二度の、首肯。
ネメオンはそこで、ようやく冷めていた顔から本気の滲む
有角神グラマティカは、七日前の同盟会談で『折れた角』を残した。
やったのは聖地の連中で、その前にもギンヌンガと戦い〝逃げる〟姿を確認されている。
ヴァシリーサ曰く、角自体は本物だったそうだが。
その反応は本当に死んでいるのか、確証を持てていない様子でもあった。
俺もまた、聖地には不審な点が多いと思っているので疑っている。
しかし、
「実を言えば、我が真意をありのままに打ち明けるのならば、そちらの錬金術師を殺すコトすらどうでもいい」
「……の割に、急にやる気になってるじゃない」
「引き出したのは、そちらだ。若く強き黒曜石がごとき女よ」
信仰している神を。
主人としている神を。
ネメオンが仮に、
(──〝いと妖しきグリムびと〟の)
本領が発揮されても、おかしくはない!
「"魔槍剛結"」
「!?」
変化は、信じられないコトに一瞬だった。
尖り兜山の裾野で、ネメオンが握っていた槍──角獣の頭骨を武器として整え上げたような大槍──を中心とし。
そこはまだ、黒詩の魔女の支配下であるにもかかわらず。
強引な〈
セラスは驚愕し、敵の攻略方法を探っていたティアもまた、想定外の事態に戦慄する。
事の重大性を理解し、全身が総毛立つ。
だが、それは早とちりだった。
魔槍は〈
景色は完全には固着せず、うっすらとした二重の状態で止まる。
まずはその事実に、ネメオンが感嘆した。
「ほう──さすがは、グラマティカ様が見出した『大器』なだけはある」
「こ、れは……!?」
「喜ぶがいい、幼くも哀れな魔女の庇護を受けし者たちよ」
黒詩の魔女は、きちんと
「そちらの安全圏は、未だ無事だ。しかし」
ネメオンは、魔槍から魔力を可視化させる。
骨のような白と、痣のような紫と、乾き固まった血のような黒。
恐らく、魔界に特有の魔力結晶を光として揮発させながら、ネメオンは二度、三度と槍の柄頭を大地に打ち付ける。
その度に、『二重』の比重がうっすらと偏った。
東方大陸、世界三大禁忌が一、
本来は視認不可能、感得不可能であるはずの魔力が可視化されている異常な事実に、既視感を覚えただろう。
この星の秘境では、複数の霊脈が結びつき、結合点となっている箇所で。
星の存在力──
それ自体が、極めて稀な事例なのだが。
では、未だ呪文による〝在り方の定め〟も無いままに。
魔力が自ずと結晶化し、物質化するのなら。
──それは、〈龍穴〉と同等の魔力
英雄剣、ケント・トバルカインと。
大魔、外道鍛冶の戦いにおいて。
(聖剣が魔なるモノを討ち払い、魔の法則を掻き消す人界守護の鋼鉄なら)
魔剣は、魔なるモノを引き寄せ。
魔の法則を溜め込む、魔界礼賛の鋼鉄だと。
魔剣の定義が語られた。
魔剣には魔力と魔法を蓄積する機能があり。
担い手が魔力を持っていなくても、魔剣さえ持っていれば魔法使いになれるのだと。
使える魔法は、過去にその魔剣が刃に写した呪文だけになるが。
外道鍛冶は実際に、自身の魔力を消費せず魔法を行使していた。
十分に、恐るべき武器だった。
であれば、聖剣も聖槍も、魔剣も魔槍も同じこと。
だが、それ以上に──!
「我々は、第八の理を崇めるために創り出された。
この槍は、グラマティカ様から下賜された物でな……」
グリムびとは、天性の魔人であると云う。
魔の法理と、魔の力に慣れ親しんだ魔なる人間であり。
そんな種族が、もし魔剣に代表される『魔界礼賛』の鋼鉄を担うなら。
「魔女よ、緩めるなよ? グラマティカ様の最後のお望み、すぐに私が叶えてやる。ゆえに今しばし、真価を発揮してやる」
「〝
「若く、強き女よ。どの
白眉のネメオン。
性別の概念があれば、男であろう魔槍使い。
敵は〈
魔界礼賛とは、すなわち魔界構築。
あらゆるモノが、呪文で形作られた世界ならば。
グリムびとであるネメオンには、正しい意味で発動できる。
覚えているのだ。
憶えているのだ。
忘れじの、楽土なのだ。
……恐ろしいのは、それがカテゴリ的には人間の所業だというコト。
尖り兜山の麓は、魔槍による魔界化の進行によって必然、魔軍に恩恵を与える。
鉄鎖流狼が、黒詩の魔女との格の違いから、あらゆる能力値に制限を食らっていたように。
小魔どもも当然、微々たる能力値に貶められていたが。
少なくとも、ネメオンが率いる軍勢に関しては勢いを増大させた。
ネメオンの槍武にも、ここからは魔界の超常が相乗されていくだろう。
時とともに、それらは加速し拡大していく。
『大丈夫よ、ラズィ』
「ヴァシリーサ」
使い魔は、心配ないとメッセージを伝えて来た。
狙われているのは、他ならぬ自分だとも判明したにもかかわらず。
負担の大きい役割を任せてしまっているのに、健気に。
ゼノギアの異界を許容し、一箇所穴を開けた状態で全体の抑圧は続けるなど、ヴァシリーサ以外には決して出来ないはずだ。
他にも、避難民の保護や戦災の防止。
様々なタスクを並行して、こなしてもらっている。
「すべて終わったら、うんと甘やかしてやるからな」
『うん』
言葉にも、今は少し上の空。
それだけ、ララヤレルンの状況は複層的な混乱に包まれているんだろう。
だが、ヴァシリーサは冷静だった。
戦争開幕時の怒りに満ちた埋没からも復帰し、多少、冷静さを取り戻してた。
『大丈夫だわ。
「ティアが?」
『駄目だったら、
「……」
それはきっと、プツン、とキレてしまったからなのだろう。
ヴァシリーサはねだる。
大魔法の行使を、ご主人様である俺に許可して欲しいと。
ベアトリクスの白髏の夜と同様に。
ヴァシリーサにも、すべての始まりたる大魔法があるから。
ただ、それを使うとなると多方面にリスクが出る。
大魔の大魔法とは、すなわち破綻した精神の発露。
心象景色の〈領域〉化は、魔物としてのサガを炸裂させるのと変わらない。
避難民の保護も、戦場全域の監視や抑圧も。
最悪の場合、すべてを放り捨てた御破算になりかねなかった。
避難民には子どもだけではなく、霊薬が追いつかずに回復を待っている負傷兵──大人も含まれているから。
それがストレスになったヴァシリーサが、何をしてしまうかは俺にも縛りきれない。
ララヤレルン防衛戦線を、今の形で決定した際にも。
ヴァシリーサを積極的に動かす案は、無いワケではなかった。
(……でも)
これは、俺のエゴだと認めるしかないが。
「出来るなら、最後まで危ないコトはしないでくれ」
『……』
「それに、俺の母親と姉を、任せられるのはヴァシリーサだけだ」
『……はぁい』
ヴァシリーサには、
テルーズもルフリーネも、外には出さずに守ってもらいたい。
それが、以心伝心で伝わったのだろう。
使い魔はちょっぴりだけ拗ねたように、けれど喜んだようにも了承を返した。
だから、俺からも言った。
「大丈夫だ。そろそろこっちも、近くなって来た!」
ララヤレルンの戦場は気になるものの、フェリシアの飛行速度は限界を超えている。
ただ北の大気を、冬の凍てつきを突き裂くだけでも。
長時間をかければ、神人にだって相当な体力の消費だ。
それでも、俺の空輸と投下。
敵にとって、決定的に最悪である作戦の成功は近い。
「ティアは、ネメオンが情報体クサいことには?」
『うん。気がついてるみたい』
なら、信じよう。
相手が情報体なら、今のメラネルガリアには最強の切り札もいる。
腹違いの弟と、その元婚約者は。
メレク・モルディガーンという人工の英雄現象を、使役することに成功した。
……もっとも。
(アイツらは今、〈大雪原〉にいるんだけどな……)
理由は、月の瞳がそれを指示したからだ。
ダークエルフ、巨人がいない場所では魔術式が成立しない。
そのため、未来でメレク・モルディガーンが必要になる〈大雪原〉を、今のうちから儀式場に整えておく必要があるらしい。
最悪、〈異界の門扉〉でちょこっとだけ、ララヤレルンに戻ってきてもらうが。
ティアもそれは承知している。
承知の上で、何らかの策を見出したのなら。
俺の幼馴染。
オブシディアンの双子姉妹は、必ず『白眉のネメオン』を打倒するだろう。
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tips:鳥籠の街の避難者たち
その頃、ダークエルフの女王はハラハラしていた。
「……オイ、あれは大丈夫なのか?」
「あれ、ですか?」
「愚弟の使い魔だよ。さっきからずっとブツブツ言って、おっかないぞ……!」
なんか、ヤバそうな瘴気も垂れ流しているし! と。
テルーズは気が気じゃない様子で、チラチラ見ていた。
場所は異界、鳥籠の街のとある一角。
城館内のヴァシリーサの私室から繋がった、非戦闘員の避難場所だった。
そのなかでも、どうも意図的に〝子どもと大人〟を分けた区画の、大人エリアのほう。
魔女は子どもたちに、瘴気の影響があってはいけないからと、実は大人たちのほうに移動していた。
「私たちには影響あっていいのか!? どうなんだ!? オイ!」
テルーズはビビリつつ、最低限の近衛と侍女に囲まれながら、ともするとヴァシリーサよりブツブツ口を動かしている。
そんな女王を宥めすかすのは、王太后であるルフリーネとセドリック、バルザダークだった。
新生メラネルガリア、首脳陣の『いつメン』である。
「たぶん、大丈夫よ……? メランの使い魔ちゃんだもの」
「使い魔ちゃん〜? 黒詩の魔女だぞ! アレ!」
「しっ! あまり大声で騒がれますな、女王」
「そうです、テルーズ様。またひとりだけ、子どもたちの区画に連れて行かれかねません」
テルーズは外見だけだとロリなので、ヴァシリーサは最初「どうしてここにいるの?」とテルーズを拉致ろうとした。
本人が「中身はガキじゃない!」と何度説明しても。
どうやら、魔女の視点では〝子どもジャッジ〟が下されてしまったらしい。
テルーズにはそれが、どうにも納得できなかった。
「く、くそ〜! 私を恥ずかしめやがって〜!」
地団駄を踏んで憤慨する幼女。
その姿は、たしかに子どもと言われても不思議ではないのだが……
けれど、一応テルーズの名誉を思って言及すると。
ロリ女王がハラハライライラしている理由は、外の戦線の状況を慮ってのコトでもある。
メランズールが空に飛び立ってから、テルーズたちはすぐに月の瞳が開いた門扉を潜り抜けてララヤレルンに移動した。
移動し、眼球魔の投影する戦争景色も現在進行形で監視している。
気にかけるのは、自然と自国軍の状況だ。
セドリック、バルザダークも。
男として戦える部類に入るため、本来なら戦争に参加したい。
しかし、セドリックはルフリーネに手を掴まれ、護衛執事として拒むことはできず。
バルザダークは普通に要人として、危険から遠ざけられる判断が下された。
先の戦場で、娘たちのためなら命を顧みないと判明したのも重要視された。
なので、メラネルガリア軍はいま、白髪の双子姉妹に命運を委ねられている。
「くっ……『炎素翠液』を使えば、どうにかなるかっ?」
「地形的に、危険でしょう」
「山の崩落で、みんなを巻き込んじゃうと思うわ」
「それに、あの敵将の武器は魔槍──」
第八世界人が魔界を礼賛するため、魔の法理を放出するなら。
それは他種族による魔法行使よりも、純度が異なる超常現象を結ぶと思われる。
つまり、同じ呪文を唱えても素のスペックが異なるため、呪文の原義理解で上回っていても負ける可能性があった。
魔法使いと魔法使いによる戦闘セオリー。
問題は、呪文に対する理解力自体も、ネメオンは高い可能性があること。
なのにそのうえ、情報体のような揺らぎまであること。
──何をすれば、有効打になるのか?
巨猪のごとく突撃する姉とは違って。
きちんと、敵の攻略方法を分析できる妹なら。
姉が突撃したおかげで、稼げた時間を有効的に利用して。
そろそろ、閃いた策を発動するはず。
「──いや、発動してくれ!」
テルーズは「うっ!」とお腹を抑えた。
キリキリと痛みがして、「ちくしょう」とブツブツ呻いた。
この異界に、トイレってあるのだろうか……?