ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
「
ネメオンはもはや、ネメオンではなかった。
「──"
紡がれた解号は、堕ちた聖騎士の名を指し示した。
唱えられると同時、戦場に顕現した〝槍の林原〟は梟雄の奥義を指し示した。
ララヤレルン北東部の戦場は、女にとって地獄に変わっていた。
女殺しの大量殺人鬼が、魔人となって受肉し復活したからだ。
さらに、ララヤレルンの大地を穢そうと、大魔槍が落下速度を緩めない。
魔界礼賛を拒絶するため、黒詩の魔女ヴァシリーサが必死の抵抗を続けるが。
有角神グラマティカに起動された『双角王』──魔槍の銘──は、大気中の霊脈である気脈にも影響を与え、ドロドロと第八世界を創り上げ始めていた。
その光景は、『白眉卑槍』……
この場で最も〈核〉にふさわしかった『ジュリウス・ネメオン』の性質を反映し。
女を
ただひたすらに痛みつけては、
淫惨魔界である。
ネメオンが魔槍を使っていた際には、美しいとすら言っても良い壮大な暗黒芸術都市。
仄暗く、残酷で、暗澹たるものの、ある種の偉大な文明や秩序すら、感じられる世界が降りようとしていたが。
──鎌で股を裂かれる、女の彫像があった。
──首を切断され、断面から口腔に向けて杭を穿たれた女の庭柵があった。
──片や乳房を削ぎ落とされ、片や大量の乳房を縫い付けられた女と獣のキメラが、檻とともに飾られた見世物小屋があった。
とにもかくにも、言葉にするのも吐き気を催す。
ジュリウス・ネメオンのそれは、女を穢して殺すという方向性しか無かった。
軍の九割以上が女で構成されているメラネルガリア軍は、たちまち戦線を下げざるを得なかった。
ジュリウス・ネメオンが槍を振るい、その穂先の切先や刃の軌跡にいるだけで。
女の腹には〝串刺し〟の概念が走り、多くの女騎士と女兵士が戦闘不能になったからだ。
刃の感触が肌に触れた際に、辛うじて致命傷を回避する者もいたが、大半は戦線を維持できなかった。
現在、北東部の戦場は白嶺の魔女の死霊軍と、急遽駆けつけるララヤレルン軍、トライミッド・リンデン軍の男たちによって、勢いを取り戻したネルネザゴーン軍の猛攻を抑える形となっている。
そんななか。
「うわああああああああああああああッ!!」
小さな魔女の絶叫は、人界同盟軍に不可避の焦燥を与えていた。
群青卿の使い魔であり、娘。
無防備な童女を悪逆現象から守らなければ、彼らは自分たちの命も危ういと分かっている。
しかし、何よりも彼らの心を逸らせたのは……
「ふ──ざけんなァァァッ!!」
「薄汚ぇっ、クソどもが!」
「俺たちの国で……っ」
「彼らの街で……っ!」
「よりにもよって!」
「──この、ララヤレルンで!」
如何に、魔物といえども。
如何に、暗黒の御伽噺といえども。
「よくもッ、そんな穢らわしい
ララヤレルンを守るため、今この戦場に集った者は、必然、群青卿の思想と相性の良い者が多い。
相性の良くない者。
どうしても群青卿を受け入れられないものは、そもそも最初からララヤレルンには足を運んでいない、と言っていいからだ。
連合王国から大公国に移住した者は、大抵が居場所を失った者たち。
しかし、連合王国も元は自国の民を、新天地でツラい目になど遭わせたいはずはない。
群青卿に迷惑をかける愚も取らない。
だから新しいララヤレルンには、最初から馴染めるような人格の持ち主を選出している。
トライミッドからの援軍も、同じくである。
リンデン軍に関しては、過去の因縁を思えば言うに及ばず。
そもそも、ウィンター伯の気質からして、今なおリンデン公に付き従う生き残りは、ララヤレルンがどういう場所か理解した上で参戦している者ばかりだ。
群青卿と種族を同じくするメラネルガリアなら、さらに言うに及ばない。
彼女たちは過去、自分たちのプリンスを受け入れられなかった後悔を抱えている。
同盟会談には、群青卿となったメランズールを迎え上げるために参上したと言っても過言ではなく。
一時的、という枕詞はつくとはいえ、ララヤレルンとの併合を歓迎している時点で──
大公国における一番の禁忌。
まだまだ法整備も途中であるこの地で、群青卿が「これだけは」と明確に定めている罪……
──すなわち、子どもに危害を加える行為を。
彼ら、彼女らは許せなかった……!
黒詩の魔女を、守るため。
暗黒の御伽噺を、救うため。
恐らく、〈渾天儀世界〉で初となる奇跡が、そこにある。
然れど、悲しいかな。
歴史に名前を残せない一兵卒では、男であってもジュリウス・ネメオンには勝てなかった。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハ──ハハハハハハハハハハハハハハハハ──ハハハハハハハハハハハハハハハハ──ッ!!!!」
長大な哄笑は、ともすればネメオン以上の槍武を誇っていた。
いいや、史に凶跡を刻み込んで、『異形の一角獣』の名を二千年間も残し続けた武威。
かつて、世界最速を謳われた梟雄──ジュリウス・デスランディングの技は、間違いなく圧倒的だった。
もはやその槍の冴えは、過去のジュリウス、白眉のネメオンのどちらをも凌駕する。
なぜなら。
「さぁ! 私は戻ったぞ! 夜闇の王、北方大陸王、メレク・モルディガーン何するものぞ!
出てくるがいい英雄現象! 我が名はジュリウス・ネメオン!
この『器』を得たいま、もはや情報体としての差で負けるコトは無い!
いいのか? キサマの
グハハッ! ハハハハハハハハハハハハハハハハ──ッ!!」
月眼=ムーングラムは、ティタノモンゴットで消滅寸前に追い込まれたジュリウスを、情報体としての断片から完全体にまで再構成して、ネメオンにインストールしていた。
"叡智"の魔法を獲得しているがゆえの、情報体操作だ。
──なぜ、そんなコトができるのか?
答えは、深淵の叡智。
情報体である『英雄/悪逆現象』は、文字通り情報の集合体だ。
では、『第八世界人』であるグリムびとは、その魂からなにまで〝何で〟構成されているだろうか?
第八世界の万物万象は、第八の神が唱えし〝ことば〟によって形作られている。
つまり、ネメオンは月眼=ムーングラムにとって、非常に改変しやすい存在だった。
情報体との相性が良かったのだ。
敵がメレク・モルディガーンという人界最強の情報体を用意したのなら。
こちらはもう、情報体としての戦いは行わない。
ジュリウスは〝今を生きる人間〟としての権利を手に入れ、且つ、魔人という器のスペックも与えられ。
魔術に弱いという弱点も無くし。
魔界礼賛の範囲下では、魔物同様の能力値強化も得られる。
それでいて、梟雄奥義も使えるという不正存在となった。
──グリムびとの将帥。
──白眉のネメオンと呼ばれた第八世界人。
──灰色の肌。
──黒く尖った耳先。
──両側頭部から湾曲した捩じれ角。
──人界を避けると云う
──薄紫の外套と灰銀の鎧に身を包んだ白髪白眉。
──妖しい貌をしたグリムびとは。
「そら、またぐらを差し出すがいい!」
今や、額から奇形を晒し。
下半身は
堕ちた聖騎士に自我と誇りを奪われ。
魔人半馬となって、女殺しの喜悦に濡れていた。
──よって。
「──────!」
「ほぅ!?」
悪辣下劣を極めた敵の喉笛に、白髪の長剣使いが速度で追い縋る。
超人、セラスランカ・オブシディアン。
女である性別が、圧倒的な不利になる状況のなか。
新時代のメラネルガリア。
最新最強の名を
腹に突き立てられる
薄皮半枚を犠牲にするコトで、まさに超人的な直観回避を重ねていた。
「──────!」
それどころか、言葉を捨てて殺意の世界に入る。
己を生かすために不要な思考は、すべてカット。
敵を殺すために不要な動作は、オールカット。
女と見れば、ただの慰み者であるかのように
先の会談で、最愛の妹を傷つけられた恨みと怒り。
往生際悪く、再び迷い出てきた不愉快。
情報体としての戦いは、もうしない?
……馬鹿を吐かすな、腰抜けが──!
情報体としては勝てないと諦めたから、アンタはその勝負から逃げただけじゃない!
卑怯者。
卑劣漢。
セラスランカは動物が好きで、特に馬が好きだからこそ不快で堪らない。
だが、そういった雑念はすべてカットした。
相手がわざわざ〝人間〟に戻って来たなら、武の領域において古今の戦士は対等である。
すなわち、ただ研ぎ澄まし積み重ね上げた戦技の結果。
我が眼前に立ちはだかる不愉快、ことごとく斬り殺す。
自らをそういう存在として定義し直せてしまうほど、求道に注ぎ込んだ鍛錬の結実。
「疾いな──だが!」
「──────!」
「なに!?」
魔人だろうが半馬だろうが。
そのカテゴリが、あくまでも『人間』だと云うならば!
たなびく戦旗と雪風に紛れて。
躍れ躍れ、白き軌跡。
廻れ廻れ、黒き剣閃。
超人セラスランカは、人たるを超えるがゆえに──ジュリウス・ネメオンの首を断つ!
新たな超人戦技は、
(〝
恋しい男の、重厚な斧と同じような一撃は。
残念ながら、黒曜石の長剣では成し得ない。
鎧袖一触、一撃必殺の理念は、セラスランカの手には無い。
だから、その法則をまずは細心尽くして斬殺した。
女と侮るすべての不愉快を、この世から殺し尽くすために──!
──果たして。
自らの槍を弾かれ、予想外の打ち返しを食らったジュリウス・ネメオンは。
首に迫った〝ありうべからざる剛撃〟を、どう思ったのか。
答えは、残酷な真実となって帰還した。
「────っ」
首が、寸前で消えたのだ。
魔人半馬は、気づくと空間跳躍をしていた。
背後に気色の悪い息がかかる。
「クソッ!!」
「ふぅ──まさしく、巨猪のような女だ。
だが、あいにくとこちらには『魔人戦技』があってな?」
超人は、自らの魔力を〝自らの作り替え〟に使う。
魔人は、わざわざそんなコトをしなくとも、自らの動作を終わった後からでも〝望んだ結果にアジャスト〟できる。
肉体の魔法適用。
言うなれば、前者は体内からの作用だ。
後者は体表における作用だ。
脳が意思を肉体に伝達するまでの微かなタイムラグを消し、体勢的にどう考えても無理がある身体駆動でも、〝意思と同じ速度で操り人形のようにして〟動かす。
グリムびとは、魔力の運用に優れている。
セラスランカはそれでもなんとか身を捩り、槍をいなした。
けれど、振り上げられた前脚から繰り出される一撃は、防げず胸に食らった。
肋骨が粉砕され、胸が破裂する。
ジュリウス・ネメオン顕現により、最も初めに腹を貫かれかけ。
二度はやらせぬと、姉の手で助けられた妹は。
後方で、負傷の痛みよりもツラい痛みに、声ならぬ叫びを挙げた。
ヴァシリーサを守れる者が、いなくなる。
群青卿はこういう事態に備え、いつでも〈異界の門扉〉を使ってララヤレルンに戻れるようにしていたが……それも。
「──このタイミングでは、無理でしょう?」
月眼=ムーングラムは、笑う嗤う。
タイミングもそうだが、鉄鎖流狼の二番目の大魔法は、異界とか〈領域〉の塗り替えとか、そういう性質ではないからだ。
「
未来を手繰り寄せるとは、つまりこういうコトですよ? と。
叔父は姪を哀れみながら、嘲笑った。
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tips:大魔槍『双角王』の脅威
有角神は一手で黒詩の魔女を追い詰めた。
ララヤレルン全体の戦場を見渡せるギンヌンガは、すぐに大魔槍を破壊しようと思った。
「うがーっ! いいかげん、鬱陶しいぞッ!?」
しかし、ララヤレルンの空には依然として、グラトロンやスレイプニールが押し寄せている。
ネルネザゴーンから量産される敵軍は、群青卿の大魔法によって大幅に数を減らしたが。
人から転じた魔物ではないモノ。
貪る蝗龍や人喰い八脚馬は、関係なしに襲来を続けていた。
ギンヌンガはその対処に追われ、クリスもまた必然的に動けなくなる。
だが、ギンヌンガと同じ『視点』を持っているのは、他にもいた。
半龍のアルステラ・レイディバグ。
空を飛べる彼女は、ギンヌンガと同じくすぐに大魔槍の脅威を見て取った。
世話役のニックに、通じるか通じないかはさておき断りを入れ、一時グラトロンとの『対話』を止める。
アルステラは上空から、銀星のアーマードレスを煌めかせて滑空の体勢を作った。
が。
「──……」
その必要は、無くなった。
北東部の戦場に、ニックの身内とネフィリムが入った。
止まっていた彼の時が、ついに動く。