ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#036「還りしもの」

 

 

 やあ。改めて言うまでもないが、この世界は神話的(Mythic)幻想世界(High Fantasy)だ。

 あるいは、神話から地続きにある幻想世界。

 ジャンルとして神話(Myth)幻想譚(Fantasy)を混ぜるのはどうかとも思ったが、単なる〝剣と魔法〟で片付けるにはいささかばかり神話色が強い。

 ここまでの道のりを振り返ってみても、至るところで『神』の気配は感じられた。

 それが、今現在の俺の認識である。

 

 一つ、世界の構造。

 

 〈渾天儀世界〉という明らかに地球の物理法則を超えた世界構成。

 ドーナツ型の並行世界が、八つも宇宙を廻っている。

 北方大陸では晴れの日限定であるが、空を見上げた時の衝撃は今なお心身を圧倒して止まない。

 

 二つ、ケイティナ。

 

 デーヴァリングという半神の娘。

 世界神エル・ヌメノスの末裔であり、推定だが宇宙の始まりと繋がっている。

 〈渾天儀世界〉には無いはずの日本語すらも、何の不自由もなく操れる彼女の種族能力からは、たしかに神と呼ばれるモノの実在を信じざるを得ない。

 

 三つ、セプタユトラ。

 

 北方大陸に昔からある伝統行事。

 八種の異世界が混じり合うことで爆誕した超大陸──その内の『北』を冠するグランシャリオでは、長すぎる冬を七つに分けて祝祭とする。

 そしてセプタユトラ──七つの冬至は、それぞれ一から七まで、太古の神々の名にあやかって異なる祝詞をあげるのが慣例だ。

 

 四つ、宗教観的生物学。

 

 この世のありとあらゆる生命は何がしかの〈(ムンドゥス)〉に転生し、仏教の六道ならぬ多様な『道』のもとに天寿を全うするという考え方。

 上位存在あるいは高次存在としての神が実存していなければ、こういった分類法は早々膾炙(かいしゃ)しないのでは? と思われる。

 

 ……このように、現時点で分かっているところだけでも、〈渾天儀世界〉における神そのものの存在感は、非常に大きい。

 

 世界の成り立ちに神が関与し、また、人々の生活に深く神が絡んでいることは、疑いようのない事実だ。

 しかし、俺はふと疑問に思う──

 

(前者二つは世界の創成に関わる話で)

 

 いわゆる創世神話の系列。

 言ってしまえば、現実感は薄い。

 けれど、

 

(後者二つは、どういう神話が下敷きだ?)

 

 実際の『生活』に密接に絡み込んだ神の気配。

 俺は自分でも不思議なことに、ニドアの林で遭遇した()()()のことを思い出していた。

 

 

 

 

 

()()?」

「ええ。それはきっと、〝(かえ)りしもの〟の転生した姿」

 

 夜。

 ママさんとふたりきり。

 ケイティナが入浴中のため、リビングは束の間の静寂に満ちている。

 俺は『北方の動植物』を片手にしながら、ママさんと雑談していた。

 

「えっと、〝還りしもの〟って?」

「……動物界の森羅道。この星の動物たちの中には、生きながらに自然界へ還る準備を済ませてしまうものがいるの」

 

 セプテントリア語にもだいぶ慣れてきたため、ママさんの言葉も以前よりだいぶ流暢に変わった。

 俺に対する気遣いが無くなって、まさに流れるような美しい音の響きが鼓膜を震わせる。

 ママさんは図鑑のページを捲り、やがて雪豚(スノウポルコ)の欄を見つけると、指を指して俺に語った。

 

「〝森羅還元擬態〟」

 

 生きながらに自然界へ還る。

 それは、地球の生命には無かった、〈渾天儀世界〉独特のバイオロジーであり生態系。

 誕生からしばらくは通常の動物(尋常道)と変わらないのに、ある時を境にして、自身が棲息する周辺自然環境と、半ば一体化してまで擬態を始めるとは、いったいどのような神秘(カラクリ)が潜んでいるのか。

 生物学者でなくとも普通に好奇心をくすぐられる内容だったため、前々から実は結構興味深くは感じていた。

 

「つまり、俺がニドアの林で遭遇したカエルは、森羅道の動物だったってこと?」

「ええ。きっと、そうなのだと思うわ」

「ほぇ〜」

 

 たしかに、あのカエルは普通のカエルではなかった。

 半透明でガラス的で、ひょっとすると水晶のようでさえあって。

 川の水と氷に一体化し、まるで滑るように凍結した水面を泳ぎ去った。

 自然環境に擬態していると言えば、たしかにその通りで、けれど──

 

「雪豚と違って、ありゃどう考えても怪異的だったけど」

「だから獣神なの」

 

 言うと、ママさんは再度同じフレーズを呟いた。

 

「転生した姿、と言ったでしょう?」

 

 動物界の森羅道。

 そこに属するすべての生命は、生きながらに自然環境と一体化する。

 目的は種々考えられるが、主な狙いは擬態だろう。

 それは生物が持つ立派な生存戦略のひとつであり、同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 森羅の元へ還るための擬態。

 

 すなわちは、死した後に動物霊ではなく自然霊となるための先駆けだ。

 

「ねぇ、ラズィ? あなたはノタルスカの森で、亡霊を見たと言っていたわね?」

「あ、うん」

「その亡霊たちはきっと、フロスト・トロールの犠牲者だったんでしょうけど、何も死んだ後に霊になるのが、人間だけと決まっているワケじゃないわ」

「じゃあ、動物たちも……?」

「そう。彼らもまた、同じように霊と成り得る」

 

 生きながらに自然環境と一体化していたことで、自然霊と化すことに成功した獣たちは、やがてその土地の守護霊となり、ゆくゆくは土地神と認められ、年月を重ねることで最終的には環境神へと霊格を上げる。

 

「獣神というのは、そんな彼らの総称のことよ」

 

 地に属する獣が天に属する神へ転生する奇跡を讃え、人々は獣神の名を畏れ奉った。

 

「ラズィが出会ったのがどの程度の神だったのかはわからないけれど、そのカエルがデドン川の獣神だったのは間違いないと思うわ」

「……なるほど」

「あ、でも安心して? 獣神の多くは、その土地を荒らされない限りは、大抵が大人しいの。

 それに、ラズィはびっくりしちゃったかもしれないけど、結局襲われることはなかったんでしょう?」

 

 だったら、きっとデドン川の主はラズィのことを受け入れてくれていたのよ。

 ママさんは「フフッ」と微笑すると、俺の髪を梳くように頭を撫でた。

 

(どうかなぁ……あれは単に、腹一杯だったから見逃されただけじゃねぇのかぁ……?)

 

 俺は腹の内で疑念を膨らませたものの、とはいえ、ママさんがそう言うならそういうものなんだろう。

 

(なるほどねぇ……あれは神様だったのか……)

 

 冗談交じりに福の神だと捉えていたのが、まさか遠からずも近からずだったなんて、肌で感じた直観というのはこれだからバカにならない。

 

(にしても)

 

 世界を創成したというエル・ヌメノスと違い、獣神は土地の守護霊、あるいは土地神、あるいは環境神というのなら。

 

(ユトラの七神は、地元の神様って感じだな)

 

 前者は世界的に有名なメジャー神だが、後者は田舎のお寺や神社で祀られているマイナー神。

 不信心且つ不敬かもしれないが、恐らくそういった理解で問題ないはずだ。

 昔からその土地に根付いて暮らしてきた人々にとって、地元本来の信仰はそう簡単には捨て去れない。

 獣神とは言うなれば、土着信仰の神か。

 日本人的な感覚からすると、ずいぶんと親しみやすい神様の系列だな。

 

「動物たちには動物たちで、それぞれの死生観があるってのも、要はこういうことなんだろうなぁ」

「勉強になった?」

「あい。勉強になりました」

 

 ママさんにニコリと頷き、本を閉じる。

 

「ところでママさん」

「ママって呼んで?」

「ママさん」

「イジワルなラズィ……なぁに?」

「獣神ってぶっちゃけ、どんくらいおっかない?」

 

 訊ねると、ママさんはコテンと首を傾げて「そうね」と考え込んだ。

 

「どうしてそんなことが気になるの?」

「いやだって、何が原因で神様を怒らせるかなんて分からないから」

「あら。まるで怒らせる予定でもあるみたいな言い方ね」

 

 そりゃあまあ、人生何が起こるかは分からないワケだし。

 実際、ニドアの林じゃ、よく分からないまま未知との遭遇をしちゃってるワケで。

 獣神なるものの危険度がどの程度のものなのか、魔女であるママさんの認識を聞いてみたかった。

 

「フフフ。そうね、その獣神がどの程度の霊格の持ち主であるかに拠ってくるとは思うけれど、彼らは曲がりなりにも『神』の一字を冠するものだから……」

 

 だいたい、地竜くらいかしらね?

 と、ママさんは答えた。

 

「……地竜って、たしか天地道の」

「ええ、ドラゴン。けど、地竜はその中でも最も格下。荒ぶる獣が竜へと転生しただけのものだから、獣神とはちょうど同じくらいの危なさじゃないかしら」

 

 はぁ、そうですか。

 

「ぜんぜん分からん」

「フフフ。まぁ、心配しなくても大丈夫よ。あなたたちのことは、何があっても守ってあげるから」

「ママー! タオル取ってー!」

「……あらあら」

 

 浴室から響いたケイティナの声に微苦笑を滲ませて、ママさんはスタスタとタオルを渡しに行った。

 俺はなんだか答えをはぐらかされた気分である。

 

「──ま、今後は獣神と地竜にゃ、要注意ってことだな」

 

 得体の知れない怪物がわんさか蔓延っている〈渾天儀世界〉において、これらの二つはとりわけ覚えておいて損のない存在だろう。

 

「俺、よく二年間で死ななかったな」

 

 幸運も実力の内という言葉を信じたくなってきたぜ。

 この世界の常識に詳しくなればなるほど、自分の生存が奇跡に思えてくる。

 ケイティナがなかなか信じてくれない様子なのも、だからかもしれなかった。

 

 

 

 





tips:獣神

 動物界・森羅道の動物が死後、神へ転生したもの。
 自らの肉体を自然環境と半一体化させる〝森羅還元擬態〟によって、彼らは動物霊ではなく自然霊となった。
 等級による格付けをする場合、守護霊<土地神<環境神の三等に区分され、最上位の環境神ともなれば存在そのものが一種の異界。
 土地の従属化、環境同位、還元法……ああ、くわばらくわばら。
 触らぬ神に祟りなし。

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