ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#039「何気ない幸せ」

 

 

 岩山を登り少し経つと、わずかながらも斜面が緩やかになってくるところがある。

 山の地形が凸型から凹型に変わり、雪渓ができやすいなだらかな谷間の入り口。

 ケイティナを連れて軽めの登山を終えた俺は、良さげなポイントにあたりをつけると、早速火おこしの準備に取り掛かった。

 

「? なにしてるの?」

「まあ見てなさい」

 

 ママさんに作ってもらった畜犛牛の毛皮の外套(ファーコート)

 懐から自前の火口箱を取り出し、中に入れてあった火種のためのフェザースティック。それと、よく乾燥させておいた地衣類をチェックした。

 

「……うむ」

 

 少しもったいないが、今日はお姫様がいるので両方使うことにしよう。

 本当は焚き付け材としては片方あれば十分なのだが、ここは万が一にも手間取るようなところは見せたくない。

 なんで、道中拾っておいたテキトーな枯れ枝をササッと岩面に敷くと、パッパと横向きに積み上げた。

 こうすると、火をつけた時に薪の消費速度は早くなってしまうが、今回は別に長居するワケでもないので構わない。

 薬草探しの前の小休憩。

 なに、たまにはこうやって、外で暖を取るのも乙なものだろう。

 

「────」

 

 火打石と火打金をカッカッ、と打ち合わす。

 何度か繰り返すと、火はポォ……っと灯り始めた。

 それをすかさず手で包み込んで息を吹き込む。

 イメージするのは常に(ふいご)だ。

 やがて煙が上がり、メラメラと炎が踊ったら大慌てで薪の中へ。

 

「よし……さあどうぞ、ティナさん。これで少しは暖まってくれ」

「わぁ……すごいねラズくんっ!」

 

 ケイティナは目を輝かせて焚き火へ歩み寄った。

 そういえば、ケイティナの前で火熾しを見せるのは初めてだったかもしれない。家の中じゃ、大抵はママさんが魔法を使ってしまう。

 俺はいつぞやの会話を思い出し、フフンと鼻を鳴らした。

 

「ま、魔法に比べちゃ百倍は時間かかるし、道具だっていろいろ用意しとかなきゃならないけどな」

「あっ、その小さな箱のこと?」

「おう。火口箱って言って、火打石と火打金、あとは火口を入れとくための携帯箱だよ」

「かわいいね。家にあったっけ? そんなの」

「んにゃ。無かったから作った」

「作った!?」

「でもまあ、さすがに火打金は自前じゃないけどな」

「へ〜……そうなんだ」

「ハッハッハ。金属の加工はきちんとした設備がなきゃ無理」

 

 火打金に関しては、屋根裏の戸棚を漁っていたら、たまたま見つけたので勝手に利用している。

 

「俺しか使わんだろうし、別にいいだろ?」

「それはいいと思うけど……そういえばラズくん」

「ん?」

「その火口箱の他にも、私、いろいろと気になるものがあります!」

 

 ケイティナはスっと俺の腰元に視線を移動させた。

 そこには紐で括ってベルトに縛り付けてある、幾つかの道具がある。

 

「ねえねえ、それはなぁに?」

「あん? これか? これは水筒だよ」

 

 ケイティナが最初に指さしたのは、畜犛牛(オーノック)の角を()()いて作った水筒だった。

 栓には樹脂と木片を混ぜ固めて作った、なんちゃってコルクを嵌めてある。

 

「獣の膀胱で作る水筒も持ちやすくていいけど、膀胱ってのが何となくイヤでさ。代わりになる材料で目についたのが、やっぱりコレだったんだよな」

「膀胱……たしかに言われてみると結構イヤかも」

 

 役割を考えれば、それが一番有効活用するのに適した素材とはいえ、膀胱はな。

 本当は竹があれば最高なんだが、北方大陸には竹なんて生えてこない。東方と南方にはあるらしい。

 

(ま、この角も割かし軽くて丈夫だし、そこそこ気に入っちゃあいる)

 

 中には煮沸した水が、だいたい500mlくらい入ってるんじゃなかろうか。

 いや、自販機で買えるペットボトル一本分には、ちょい足りないくらいか?

 

「ふむふむ。ね、ね、じゃあコッチのは?」

「どれだ。これか? おいおい、これは見て分かるだろう。ただのホルスターだよ」

 

 次にケイティナが興味を示したのは、俺が二丁の斧を留めている革製の狩猟留帯(ハンティングホルスター)だった。

 右と左の両脇に一差しずつ、片方は正真正銘の鉄で、もう片方は鉄斧石を拾って作った(ジャンルとしちゃ石斧になるんだろうが、強度は以前より増している)。

 結局、ある程度の身軽さを保ったままでいるには、二本までが許容の範囲内だったからな。

 ホルスターにはあと、獣骨を研いで作った軽めのナイフが一本、細かい作業をするときなどに使うため備えてある。

 

「弓とかは持たないの?」

「弓? ……悪いがアイツらは犠牲になった。俺が握るには、どうやら強度が足りなくてな」

「壊したんだ!」

「違う! 壊れたんだよ!」

 

 慌てて訂正する俺に、ケイティナはキャッキャッと笑い声をあげた。

 

(このガキ……!)

 

 そういう言い方はたとえやましいところが何一つなかったとしても、ちょっとだけヒヤッと来ちゃうものなんだぞ!

 

「あはは。男の子の持ち物って、おもしろいねっ」

「はぁ? こんなの何もおもしろくないが」

「あれ、拗ねてる? やった! 久しぶりに弟ラズくんだ」

「なにワケの分からんことを……」

 

 俺は「ハァ」と溜め息を吐いた。

 これだけ談笑する余裕があるなら、体力を気遣う必要はあるまい。

 

「おら、さっさと探しにいくぞ」

「うふふ。はーい」

 

 手を差し出し、体温をチェック。

 一息分とはいえ火に当たったからか、多少は熱が戻ったようだ。

 

「……一応、これも着とけ」

 

 俺は毛皮のコートを脱ぐと、ケイティナに羽織らせた。

 

「え。でも、これだとラズくんが……」

「いいんだ。ダークエルフは寒さに強いし……気づくの、遅くなって悪かったな」

 

 思えば降りてきてすぐに、こうしておくべきだった。

 火を熾すなどよりこうする方が、遥かに簡単に気を利かせられる。

 俺も気が利かないな。

 

「じゃ、あのあたり水辺になってるから、ティナさんはあっちを頼む」

「あっ、ラズく──」

「ランタン切れたら教えろよー」

 

 俺はくるりと背を向けると薬草を探しに向かった。

 キマリは悪いが、せめて最低限のカッコはつけておきたい。

 背後からは小さく「ありがとっ」という声が聞こえた。

 

「どういたしまして」

 

 

 

 

 ──それからしばらく、俺たちは二手に別れて、互いにどちらがより多くの氷渓花薄荷(アイシーメリッサ)を集められるか自然と競い合いになった。

 結果から言うと、勝ったのはケイティナだった。

 

 

「そりゃそうだよ。よく考えたら俺、まだ図鑑がないと草の見分けとか分からねーもん」

「お姉ちゃんの偉大さを思い知ったかー!」

「あらあら。ずいぶんと楽しい薬草採取だったみたいね?」

 

 

 ママさんがどうして最初にケイティナにお使いを頼んだのか。

 これもまた、よくよく考えずとも、初めに気がついておくべき問題だったのだろう。

 勝負に負けて悔しいが、とはいえ、振り返ってみると不思議とイヤな気持ちは残っていない。

 

 その日の晩飯は白貂鼠(カリュオネス)のアーモンドシチューで、今日あったことを楽しげにママさんに報告するケイティナを見つめていると、なんだかこういう光景がずっと続いていけばいいなと普通に思えてしまった。

 

(平和ボケかな……)

 

 幸福に毒されている?

 けれど、とてつもなく居心地がいい。

 この日はとにかく、そんな感じで終わった。

 

 

 





tips:ラズワルドの所持品

・火口箱
 ポッケに入れられるくらいの小さな木箱。
 火打石と火打金、火口を二つの部屋に分けて入れられる。
 ※フェザースティックには針葉樹である黒松錐檜の端材を使用。

・角水筒
 容量的には膀胱で作られた皮袋タイプの水筒に劣る。
 が、こちらは耐久性と飲みやすさで優っているので一長一短といったところだろうか。
 テーブルに縦に置けないので、必然、腰帯からぶらさげる形になる。

・狩猟留帯
 ハンティングホルスター。古びた革製品。
 斧のほかに小型のナイフやナタなどを携行可能にしてくれる。
 その昔、誰かの持ち物だったのか、小さな傷などがところどころに。
 弓矢や槍と同様、屋根裏部屋で発見された。

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