ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#044「波乱の胎動」

 

 

「──あら、逃げられちゃった」

 

 轟々と音を立てて吹き荒ぶ氷雪の嵐。

 自らの〈領域〉にて久方ぶりに狩りを楽しんでいたソレは、獲物があともう一歩のところで『異界渡り』の魔術を行使したことを感知した。

 

「ふ、ふふ──異界渡りだなんて、ずいぶんと懐かしい」

 

 ソレは魔法を操るものであり、人類が知恵と努力で見出した『魔術』なる技術を詳しくは知らない。

 されど、異界渡りと呼ばれる古風な魔術式については、例外的に知識があった。

 なぜなら、

 

「『扉』の模倣という割に、ひどく勝手が悪いのでしょう?」

 

 そも魔力持たざる人界の存在が、ソレの属する〈(ムンドゥス)〉の側に足を踏み込もうというのが、道理としての履き違え。

 此岸と彼岸、昼と夜、こちらとあちら。

 理を多少なりとも犯す以上、相応の罰則と痛苦は免れない……けれども。

 

「なりふり構わずの逃走なら、いい選択肢だわ」

 

 なぜなら、異界渡りは肝心の術師本人にも、行き先が把握できない。

 この魔術式は、術師が別の〈界〉へ移動しようとして、その過程で敢えなく失敗する結果を利用した、緊急避難のための触媒魔術だ。

 

 〝この世でもあの世でもないどこか〟

 

 通称、淡いの異界。

 狭間の幽世(かくりよ)混沌渦(こんとんか)とも呼ばれる時間流と空間相が入り乱れた〈(ムンドゥス)〉ならざる〈(ムンドゥス)〉への逃走。

 異界渡りとは、読んで字義通り──異界を渡ろうとし──弾かれ、強制的に吐き出される結果を狙った乱数的な移動法だ。

 人類が『扉』を真似て、けれど真似しきれなかった。

 そういう哀れで愚かな代物なのである。

 ゆえに当然、使い手は今頃、かなりの消耗を負ったはずだが……

 

「小賢しい悪魔。考えたわね?」

 

 ソレは賞賛とも、憎悪とも取れる響きで言った。

 この魔術は、淡いの異界という〈界〉そのものの特性を利用しているため、ソレでも追跡が困難だったからだ。

 

「……まあいいわ。居なくなったのなら、見逃してあげる」

 

 運が良かったわね、と微笑むように呟くソレ。

 踵を返し、まるで見せつけるがごとく『扉』を開く。

 

 ──さて。

 

「今日の朝餉は、何を用意してあげましょう?」

 

 ある日の未明。

 ソレは一転して、軽やかな足取りで白闇の中へ消えた。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 エルフの男は、思いのほかガッツリと気を失っていた。

 森から移動し、山の洞窟まで運んでいく過程。

 正直、一度か二度かは目を覚ますんじゃないかとヒヤッとした瞬間があったのだが、このエルフはだいぶ体力を消耗しているようで、俺のドキリとした緊張とは裏腹に、結局少しも意識を取り戻す様子が無かった。

 

(とりあえず大剣と、身につけてたナイフ……紐で括って、雪渓に埋め隠しておいたけども)

 

 男の出で立ちは、厚手の外套に革鎧と、どことなく旅人っぽい。

 端正な顔つきも相まって、ロー〇・オブ・ザ・リ〇グのまんまエルフ役の俳優さんに似ている。髪型はかなり違うが。

 

(ボサボサだな……)

 

 衣装自体は全体的に茶色。

 シャツの色褪せ具合や、外套のくたびれ具合はまあまあ激しい。

 腰に帯びていたいくつかの小袋。

 紐を緩めると、中には干し肉や数種の薬草、コップと小鍋が入っている。

 他には、妙に暖かな空気を発する不思議なカンテラ……ランタン? に、用途不明のドアノブ──鉄製で輪っか状のもの。

 

(なぜドアノブ?)

 

 カンテラはまだしも、ドアノブ単体は携帯している理由がマジで分からない。

 この男、もしや相当なドアノブマニアなのだろうか?

 カンテラはどういう仕組みか、ヒーターを思わせる熱気を放っている。なんだこれ。すごい。魔法道具的なサムシングか?

 

(……歳は、若そうに見えるな)

 

 無精髭と(くま)がすごいが、顔や肌の質感などからうかがえる年齢は三十代の中頃程度。

 しかし、エルフの年齢は見た目通りとは限らない。

 ダークエルフと同じで、実際はかなり歳上の可能性がある。

 

(……なんか、煤? いや、七輪の匂い?)

 

 他、それらしき所持品は見当たらないものの、鼻腔をツ、と刺激する煙臭さも漂った。

 焚き火の煙には慣れているため、それほど不快感があるワケではないが、しかしどこか通常の匂いとは違う。若干肉の焼け焦げる臭気に近い。

 

(でもまあ)

 

 野宿が当たり前の旅人か、哀れな遭難者か。

 背負っていた大剣は気になるが、ひとまずカンテラさえあれば凍え死ぬことはないだろう。

 怪我も思っていたより悪くない。

 所詮は素人判断でしかないが、目立った傷はゼロだ。

 擦過傷や打ち身の類いがあるだけで、致命傷らしき大怪我はひとつも無い。

 意識を失っているのは、たぶんだが、極度の疲労と墜落によるショックが原因じゃないか?

 こうして洞窟に横たえた今も、浅い呼吸を繰り返し、ずいぶん体力を消耗しているように見える。

 

(……とはいえ、屋根と壁は用意したから、あとは安静にさえしておけば平気なはずだ)

 

 本で読んだが、エルフは自然治癒力が高いのだという。

 

(面白いよな)

 

 ダークエルフはどちらかというと頑丈さを増す方向に進化して、エルフはダメージを負った際の回復力を増やす方向で進化した。

 あるいは、そのように生まれついたというのだから、やはり地球のホモサピエンスとは種族が違う。

 

(エルフは木漏れ日の種族、陽光の種族……だっけ?)

 

 まるで植物が光合成をするように、陽の光を浴びると生命力を活性化させられるというから、不思議な形質だ。

 エルフと聞くと、つい森の奥深くでツリーハウスに暮らしているアーチャーのイメージが付き物だが、この世界のエルフはとても文明的で、人間に勝るとも劣らぬ立派な勢力圏をも持っているらしい。戦争とかも普通にするとか。

 

 ──そういえば、〈渾天儀世界〉の人間とはまだ一度も遭遇したことがないが、種族的には地球のホモサピエンスと同じと思っていていいんだろうか? 案外、ネアンデルタール人に近かったり? いや、ケイティナを見るにそれはないか。

 

(っと……思考が逸れたな)

 

 とりあえず、今は目の前のエルフをどうするか考えよう。

 武装は解除したが、俺の方は斧を持っている。

 仮にこのエルフが危険人物だったとして、取っ組み合いの争いになれば、俺は大人と子どもの体格差から、容易く武器を奪われるリスクがあるかもしれない。

 できるなら、意識を回復した後の様子を、しばらくは観察してから接触を試みたいが。

 

(けど、ここに放置して……)

 

 いつまでもそのままというワケにもいかない。

 普通に考えれば、ここは真っ先にママさんへ異常を知らせるのが、最善に思える。

 ママさんからしたら、自分の魔法で作った空間に変なのが現れたのだ。

 何らかの異常であるのは明白だし、ひょっとしたらとんでもない問題が発覚するかもしれない。

 しかし、

 

「う〜ん……」

 

 俺は何となく、事態を伝えるのに抵抗を覚えていた。

 無論、現状の不可思議は正しく理解しているが、

 

(ママさん、過保護だからなぁ)

 

 自分の家の敷地に、見知らぬ他人が突然入り込んできたと知って、普通なら人は、どういう風に反応するだろうか?

 

(まあ、お帰りを願うのが順当なところだよな)

 

 ママさんは間違いなく、このエルフを帰らせようとするだろう。

 そこにあるのは、俺やケイティナを守ろうとする絶対の意思だ。

 

 身の丈を優に超えた大剣。

 見るからに物々しい雰囲気をまとった謎の男。

 俺はともかく、ケイティナに見せるには結構な躊躇いを覚える薄汚れた見た目。

 

 言っては悪いが、ママさんはそういうのが許せないタチの女性に感じる。

 そのせいで、ほんの少し()()に反応してしまう気がしないでもない。

 母親というのは、得てしてそういう部分が無きにしも非ずだからな。

 

(……まだヤベーヤツかも分からないのに、それはちょっとなぁ)

 

 ちょっと可哀想。

 少なくとも、北方大陸(グランシャリオ)の過酷さと、一人旅の苦労を知る身としては、多少の同情心を禁じ得ない。

 ので、

 

「────」

 

 俺はそーーーっと、忍び足でその場を立ち去ることにした。

 気づけば時間も、そこそこに経っている。

 朝食の時間までに戻らなければ、変な心配を生むことにも繋がるだろうし、いったん男のことは放置したまま、急いで屋根裏に戻ろう。

 

(謎多き旅人よ、しばしこの洞窟で身を休めるがいい──ヤベーヤツだったら即、ママさんに報告するけど)

 

 しかしまあ、最低限体力を回復するまでは、判断を保留にしておく。

 俺はできるなら、自分と同じように、誰かの救われる姿を見てみたいのかもしれない。

 そして、地獄に仏はあるんだーとか、世界はやっぱり綺麗なんだよなー、とか。

 そういう少しでも暖かな気持ちを、このエルフが持ち合わせていることを期待してしまってもいる。

 

 自分でも妙な感覚だが、この短時間でずいぶんと勝手な親近感を覚えてしまったらしい。

 

(……やっぱり、平和ボケのしすぎかな)

 

 分からないが、ともかくそういう衝動だった。

 

 

 

 

 

 ────だが。

 

「……ッ、待て……!」

「!?」

 

 男が唐突に、ガバリと身を起こして足首を掴んだ。

 

「なッ」

 

 奇しくも、それは俺の右足首だった。

 

「行くな……っ、小僧……!」

 

 はぁっ、はぁっ。

 息を切らし、這うように俺を呼び止めるエルフ。

 俺は若干、身の危険を感じてビクリと体を跳ねさせた。

 自分でもいま気づいたが、フロスト・トロールに右足首を握り潰されたときの精神的苦痛が、思いのほかトラウマになっていたらしい。

 

(グッ……こ、こいつ……!)

 

 ヤベーヤツか!?

 ゾッと顔を青ざめさせる俺。

 けれど、

 

「ここはッ……? いや、オレはいったい……!? クソッ、()()()()()()()()()()……!」

 

 エルフは、むしろ、俺などよりよっぽど酷い顔で、衝撃の一言を放った。

 

「おい小僧……! ()()()()()……!?」

「──なん、だと……」

 

 記憶の喪失。

 それは、予想を遥かに超えて、厄介事の気配がした。

 

 

 

 





tips:淡いの異界

 狭間の幽世。混沌渦。
 分かりやすく言えば、この世とあの世の境界そのもの。
 どこにでもあり、どこにもない。
 時間と空間が遍在する彼方の混濁。
 ゆえに資格なきもの、手順を満たさぬものは、決して通行不可。
 よほど熟達した魔術師でもなければ、本当の〝異界渡り〟にはそれ相応の対価を覚悟せよ。

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