ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
──では、ここでしばし昔語りの時間と行こう。
男は昔、ある国に仕えた騎士だった。
セプテントリア王国、エリン地方。
現代ではトライミッド連合王国のエルフ直轄地として名を継承する辺境の土地。
アレクサンドロ・シルヴァンはそこで生まれ、ありふれた青春時代を送った。
そして、当時の男性の大半がそうであったように、成人を迎えると当たり前に戦士職に。
最初は街の衛兵から始めていき、運よく腕を見込まれた後は豪族の傭兵。
やがては領主軍の一員、『騎士』に取り立てられた。
古代中期、力のある男はどこに行っても必要とされていたためだろう。
巨大彗星衝突による終末を越え、〈崩落の紀〉の終焉。
捻れ狂った秩序律が、どうにか形だけでも修復された後、〈壊れた星の紀〉……すなわちは古代が始まった。
しかし、世界は依然として安定状態には程遠く、神代残滓の希薄化や神々の本格退去、霊長の座が
とりわけ、第八より流入した恐るべき混沌──『魔』のもたらす惨状は、その多くが顔を背けたくなった。
そこで、中つ星に散った各
後にエルノスの三種族と呼ばれるエルノス人も含め、多くの種族が
北方大陸国──セプテントリア。
南方大陸国──メリディエス。
西方大陸国──アークデン。
東方大陸国──オリエンガルド。
俗に古代の四大。
四方の超大陸を、それぞれの歴史上で唯一統一してみせた偉大な超国家群。
彼らは最初、種族の垣根を越えた強力な協力体制によって、見事な社会秩序を構築した。
しかし、どの国もそうだが、永遠に続く平穏など無い。
国は作り上げられた後から、真の難題と直面する。
種族の垣根を越えたと簡単に言ったが、見た目も文化も、話す言葉すらも違う存在を前に、軋轢が生じないのは古今東西夢物語。
内憂は膨れ上がる。
然れど、時の統治者たちはそれでも最善を追求した。
いずれ破綻を迎えるのは誰の目にも明らかだったが、夢の世界を可能な限り守ろうとする。
その行いは決して嘲るべきではない。
各国は緩やかな破滅に向かいつつも、必死に国体の
──ゆえに、アレクサンドロら職業戦士は、何処に行こうと重宝される。統治者というのは、いつの世も安定の維持に力を必要とするため。
長寿種族ゆえの並外れた経験値。
たくさんの積み重ねから解き放たれる
特別な武功は何もなく。
取り立てて話すべき逸話もなし。
だが、どの戦場も必ず生きたまま帰還する。
凡庸であることは、劣っていることではない。
長い歴史をもとに最適化された『標準』
磨き上げられた基礎の動きにこそ、アレクサンドロは神が宿ると知っていた。
「オレは
生まれつき魔力を持つ者は、魔法使いになることができる。
しかし、魔力を持ちながら魔法使いにはならない人間。
戦士や武闘家。
そういう道を選ぶ人種も、世界には往々にして実在していた。
余剰の存在力。
種族規格を超えた
魔法使いが自己を外界に表出する外向型の〝存在使い〟なら、超人とはすなわち内向型の存在使い。
素手で岩を砕くだとか、斬撃を飛ばすとか。
空を舞う木の葉を両断して、水面を走り去るなど。
自らを超常的な〝そういう存在〟として定義し直す狂気の達人。
求道じみた修練の果て、人の身でありながら埒外の技能を獲得した者ども。
ごく稀に、そういう『超人』が誕生する。
けれど、
「オレは普通だ。普通のエルフだ」
ただ他よりも長生きというだけで、余剰の存在力など欠片も持ち合わせていない。
「そんなオレでも、笑顔は守りたかった」
何かと荒れがちな世界の情勢を目の当たりにし、アレクサンドロはただ、身の回りの幸福を守ることに喜びを感じる
戦争で死んだ父。
女手ひとつで息子を育てた母。
昔からよくしてくれる粉挽き屋に、パン職人のおっちゃん。
仕立て屋の娘さんは初恋で、靴磨きの貧乏小僧どもとはしょっちゅう他愛のないケンカをしたものだ。
彼らの笑う顔こそ、アレクサンドロの喜びに他ならない。
「……そして、ユキア・シルヴァン、シャーレイ・シルヴァン」
愛する妻と娘。
剣を振るうしか能の無かったアレクサンドロを、夫に変えて父にまでしてくれた最愛の家族。
強気な妻だった。
尻に敷かれていた。
生意気な娘だった。
幸せになって欲しかった。
ある晴れた日の遠征の折り──
「死んでいた」
アレクサンドロは死に目に会うこともできなかった。
最後に見たのは家の前、笑顔でこちらを見送る二人。
本当は騎士などやめて、野良仕事でもして欲しいと願われていた。
けれど、アレクサンドロには剣しか無かった。
領主の命で仕事に向かう度、二人がジッと不安に震えているのは知っていたはずなのに。
──そうだ。オマエは守ると誓ったものを、守れなかった。
遺体すら、墓に入れられず。
妻や娘以外にも、大切な故郷の街まで。
アレクサンドロが愛したものは、根こそぎ奪い取られた。
〝白き死〟
ヤツが通れば、後にはただ凍てついた屍の山嶺が横たわる。
恐怖を告げる伝説の魔女。
(……嗚呼、そうか。そういうコトだったのか)
復活した灼熱が、赫々たる憎悪が、煮え立ち沸騰する応報のための三千年が。
アレクサンドロ・シルヴァン──灼き焦がれる恩讐をいま呼び覚ました。
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「ハ、ハハ……ハっ、ハハハ……ハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!! 思い……出したぞッ!! 何もかもをなッ!!」
気がつけば、一瞬だった。
雪渓に現れたアレクサンドロは、呆然とした様子で大剣に近づいていき、燃え盛る炎の中、こちらが止めようと声をかけるのも待たず、一瞬で柄を握った。
その途端、ツヴァイヘンダーから放射されていた火炎が一気に剣身の内側へ収束し、赤熱の凝縮が、瞬く間にアレクサンドロの腕を逆流したのだ。
煤のような炭化。
爛れる両腕。
それは、初めて会った日にも嗅いだ、あの異臭そのもので……
「アレクサンドロ……?」
「ハ。なんだよ、小僧──」
エルフの男は、いまや人が変わった様子で小刻みに震えていた。
笑い、泣き、笑い、泣き。
眦から流す涙さえもジュッと蒸発させながら、壊れた笑みで大剣を掲げている。
「──そう。あなたが、そうなんだ」
「ケイティナ……?」
混乱する俺を放って、ケイティナがカクンと肩を落とす。
諦観に沈む声。
今度は怖れすら浮かばない。
ただ諦めの面持ち。
まるで、自身の終わりを悟ったかのような空しい笑顔。
俺は察知した。
「なんだよ……それ」
今この瞬間、何も分かっていないのは俺だけだった。
ケイティナもアレクサンドロも、正しく状況を把握している。
二人にはこの状況がどういうコトなのか分かっていて、俺だけが何も分かっていない。
ケイティナは何故、悲鳴を上げた?
アレクサンドロは何故、記憶を取り戻したみたいなことを言っている?
そして何故、
「アレクサンドロ……
「──ほんとうに分からないか?」
「分かんねぇよッ!」
俺は声を荒らげた。
敵意すら乗せた。
それくらい、状況の意味不明さに苛立っている。
「言っとくけどな、アレクサンドロ」
「ん?」
「俺はケイティナを傷つけられるぐらいなら、本気でアンタを許さない」
「ラズくん……」
腰のホルスターから斧を取り出し、俺は大剣の前に身を踊らせた。
必要なら、戦う覚悟もあった。
相手の実力は知っている。
けれど、時間稼ぎくらいはできるはずだ。
そんな俺の剣呑な眼差しに、
「ハッ」
アレクサンドロは乾いた声で笑った。
「小僧、オマエいったい、どれだけの間この
「……え?」
「自分がおかしくなってる自覚はあるか? いや、無いだろうなその様子だと」
いいか、よく聞け。
アレクサンドロは困惑する俺に、深く深く、息を吐いて言葉を続けた。
「
ケイティナ?
誰だそれは。
「