ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#056「好きだと言って」

 

 

 勝負は一瞬の出来事だった。

 

「小僧が……いままでで一番いい一撃を放ちやがった……」

 

 勝ったのはエルフ。

 負けたのはラズワルド。

 何が起こったのかは正確には分からない。

 ただ、ケイティナの目には結果だけが映った。

 

(斧が砕け散って、ラズくんが倒れた……)

 

 ダークエルフの男の子は、ガクリと白眼を剥いて地面へ沈んでいる。

 反面、聖剣のエルフは、血煙を上げながら握り拳をほどいた。

 

 しュゥゥゥゥ……

 

 立ち上る熱が風にさらされ、微かに揺れる。

 大剣で斧を破壊し、即座に拳を叩き込んだ。

 流れとしては、おそらくそんなところなのだろう。

 血煙が出ているのは、最初から聖剣の熱で焼かれていて、皮膚が柔くなっていたため。

 目にも止まらない刹那の連撃。

 音さえも置き去りにする拳の怒涛に、脆くなっていた細胞が悲鳴を上げた。

 ダークエルフの筋肉()は、ゆえに意味を要さず的確に鳩尾を打たれ──

 

「……しばらくそこで眠っていろ。次に目を醒ました時、オレはどちらにしろ消えてるはずだからよ」

 

(やっぱり、ラズくんは殺さない)

 

 アレクサンドロ、と呼ばれていたエルフの男は、それ以上の追撃をしなかった。

 聖剣を使っている以上、はじめからそうではないかと推測していたが、やはり生きた人間に対し、聖剣は振るわれない。

 人類文明を守るための武器で、人類への攻撃は、担い手に厳しい罰則を与える。

 それを、アレクサンドロもまた当然のように弁えていたのだろう。

 互いに知った仲のようでもあったし、もしかするとケイティナが知らないだけで、ふたりは密かに長い交流を続けていたのかもしれない。

 

(よかった)

 

 これなら、ラズワルドが傷つけられる可能性はほとんどない。

 

(このひとがママへの復讐心で、何もかもを燃やし尽くしてしまわないひとでよかった)

 

 死霊の分際で、生者のフリをしていたケイティナはともかく、正真正銘、本当に被害者でしかないラズワルドが巻き添えになるのは申し訳ない。

 これまで吐き続けたすべての嘘もそうだが、ケイティナは身勝手にも、ラズワルドの無事を本心から祈っていた。

 ケイティナの人生は、およそアレクサンドロが語った通りのもの。

 

(自分勝手に崇められて、自分勝手に生贄になって)

 

 でも、だからといって、すべてが悲劇だったワケではない。

 たとえば、ケイティナは自分で生贄になることを選んだ。

 気が遠くなるほどの大昔、魔女の脅威に怯えた信徒たちが、あまりに困っている様子で見ていられなくなった。

 切っ掛けとしてはそんなもの。

 

 ──皆んな騒ぎすぎ。こんなの私が生贄になればいいだけでしょ。

 ──だいたい何のための御子なんだか。こういう時、皆んなの役に立たなきゃ逆に申し訳ないよ。

 ──いいから私に任せておいて。魔女のひとりやふたり、デーヴァリングがすぱっと解決してあげる!

 

 必死に止めようとする誰かが、いなかったワケではない。

 だけど、当時はそうするのが、一番の解決策だった。

 ケイティナは魔女のもとに自ら訪ねていき、そこから先は至極簡単。

 いつものようにお話をして、言葉がきちんと相手のもとに届いて、狂える魔女はそこで初めて仮初の理性を手にした。

 半神の血は魔物にすら言葉を届けられる。

 そして、

 

(……ママは優しかった)

 

 最初の内は無論、ちょっとだけ、いやかなり怖かったが、接し続ける内に見方は変わった。

 偽りの親子関係。

 嘘だらけの母娘ごっこ。

 すぐに破綻して終わりかと思えば、十年も続いてしまい。

 それだけ続けば、感情は見事にひっくり返る。

 

 ──このヒトは寂しいだけ。

 

 悲しくて哀しくて。

 辛くて苦しくて。

 恨めしくて呪わしくて。

 我が子を奪った世界が憎くて許せなくて。

 だからその優しさは、〝子ども〟以外には向けられず。

 〝子ども〟以外のどんなモノも〝悪魔〟に置き換えられて皆殺しにした。

 

 誰が悪いのだろう?

 どうしてこうなってしまったんだろう?

 

 ケイティナはいつしか、魔女を本当の母親のように愛してしまっている自分に気がつく。

 ゆえにこそ……

 

(ママは私がいれば、絶対にお家に縛られる)

 

 彷徨い歩く習性。

 それそのものを根本的に無くせるワケではないが、子育てという母親の役割が生まれる都合上、魔女は一日の行動を大きく制限された。

 まるで人間のように。

 本物の母親のように。

 朝から夜、いいや、ケイティナが眠っている間でさえその務めを果たす。

 

 子どもがいない時は、無軌道に『扉』を使い、各地で神出鬼没、いたるところで大事件を巻き起こしていたが──愛しい娘が帰りを待っている。

 

 たったそれだけの意識が、魔女を嘘のように落ち着かせた。

 

 やがて、人里近い場所は怖いひとがいるかもしれないから。

 取ってつけたような理由で、魔女はいとも容易く頷いて、自分たちの棲家をヴォレアスへ移動させた。

 すると、子どもの健康と安全を守るため、魔女はますます一日の仕事を増やし、世界は結果的に少しだけ平穏になった。

 だが、それだけでは足りない。

 

(私が死ねば、ママはまた大勢殺し始める)

 

 育てるべき子どもという縛り。

 愛しい娘の死亡は、狂気を呼び戻し、否、いっそう深めるコトに繋がって。

 仮初の理性はほどけ、魔女は魔物として元来の狂気を爆発させるだろう。

 

 ケイティナは考えた。

 考えて考えて、寿命が来る直前まで考えて、

 

 ──ママ。()()()()()()()()()()。そうでしょ?

 ──ええ。もちろん……!

 

 息を引き取る寸前、『楔』を残した。

 デーヴァリングの能力を意図的に全開にして、自分の意思をいつもより強めに相手に伝えたのだ。

 できるかどうかは分からなかった。

 なにせ試したことが無い。

 でも、魔女は結果的に、期待通り魔法を使った。

 他の死霊たちとは違う。

 それは特別な魔法だった。

 歪な母娘関係は、そうして何百年、また何千年とやめ時を失って。

 

(死霊になった直後は、カラダをうまく動かせなくて、満足に言葉も喋れなかったっけ)

 

 滑舌も最悪になり、名前すらきちんと発音できなくなった。

 キティという渾名は、実はそこから来ている。

 つくづく嘘ばかり。

 

(……だから、私はもういい。もう十分なの)

 

 ケイティナは愛しい弟の横顔に涙を流し思う。

 ラズワルドはあらゆる欺瞞に気がついた。

 もちろん、すべてを正確に理解したワケではないだろう。

 けれど、自分がいつからか魔法をかけられていて、何かがおかしくなっていることは感じたはずだ。

 彼は愚かではない。

 無知ではあっても、知ることをやめた愚者ではなかった。

 きちんと頭を働かせられて、だからこそ勉強も張り切って教えてしまって。

 それでも……

 

(ごめんね、ラズくん)

 

 どうか私を、許さないでほしい。

 罪に穢れた私を、嘘に塗れた私を、どうか許さないで。

 

 キミを好きになっていた私。

 未来に未練を残していた私。

 もうそちらの世界では生きられないのに、みっともなく生者のフリをしていた魔物()

 

 正直、だいぶ頑張った方だとは思うのです。

 死んでいるのに生きているのがツラい。

 意味なんて無かったはずの花嫁修業に、意味が生まれてしまう予感。

 怖くてたまらなかった。

 いつか同じように、キミを死霊にしてしまうと思ったから。

 ママはきっとそうする。

 私がそうさせるかもしれない。

 怖くて怖くて、恋なんてしなければよかったと夜毎に後悔を繰り返し。

 

 でも、大好きだった。

 

 そんな自分が大嫌いだった。

 

 ママが好きでキミが好きで、二人を見れば好きが溢れてしまう自分が嫌い。

 

(私はもう、とっくに世界の敵でした──)

 

 矛盾している。

 まさしく、生前の業に囚われている。

 だから終わるなら終わって。

 ケイティナは断罪を待つ罪人の面持ちで、その瞬間(とき)を待った。

 ラズワルドが負けたいま、聖剣のエルフを阻むものは何も存在しない。

 魔法を打ち破るカルメンタリス教の聖剣であれば、ケイティナの長かった人生にもついに終わりが与えられる。

 

 ──それなのに。

 

「……待って。どこへ行くの」

「……」

 

 アレクサンドロはケイティナに背を向けていた。

 振るうべき刃を収めて、ザッ、と反対側の雪を踏み始める。

 

「これは独り言だが」

 

 呼び止めるケイティナに、アレクサンドロは背を向けたまま口を開いた。

 

「死霊の娘。オマエがまだそこにいるなら、聞いておけ。

 今しがたの小僧の渾身は、オレですら目を(みは)る見事なものだった。家族を守るための男の決意。それが如実に顕れ、あともう少しでこの首は両断される寸前だった」

 

 エルフの左の首筋には、スゥ──、と一条の赤色が浮かんでいる。

 アレクサンドロはその薄傷をなぞり、大きく笑った。

 

「ハハッ! これほどの成長を見せつけられて、なあ、どうしてオレがその努力を踏み躙られる?」

 

 友であり弟子である男の渾身。

 アレクサンドロは決して軽視はしない。

 だから、

 

「いまこの一時は見逃そう。小僧の眼にも感謝するんだな。そいつの祝福には、オマエたちも気がついていたはずだ。死に生きるオマエたちにとって、『死界の王の加護』はさぞやありがたかったことだろう。小僧が意識を失ったいま、オレにはオマエの姿が見えん」

 

 嘘である。

 ケイティナはアレクサンドロの言い分にハッと息を呑み込んだ。

 死者の世界を覗き、死者の世界を浮かび上がらせる青の瞳。

 それはたしかに、死霊にとってはこのうえない福音となるが、ケイティナは死霊として長らく世界に留まり続けた。

 そうなってくると、死霊はあるときから〝あるほうが正しい〟として世界に認められる。

 すべては不完全な秩序律。

 矛盾が矛盾のままに受け入れられてしまう、壊れた渾天儀世界であるために。

 

(このひと……!)

 

 アレクサンドロがケイティナを見えていないはずはない。

 こうして言葉を続け、呼び止めに返答しているのが何よりの証拠。

 だが、

 

「だが──勘違いはするな。オレがオマエを見逃すのは、どちらにせよ結果が変わらないからでもある」

 

 白嶺の魔女は殺す。

 魔女を殺せばケイティナも消える。

 そこは揺るがない。

 ならばこそ、これは単なる偽善行為。

 アレクサンドロは強く念押しした。

 

「せいぜい小僧との最期の時間を楽しめ……あるいはオレが殺される未来を、バケモノらしく願いでもしていろ」

 

 復讐鬼はわざとらしくそう捨て台詞を吐いて、ゆっくり山を下っていく。

 聖剣の炎は渦巻き、まっすぐに『扉』までの道を示した。

 戦いはヴォレアス。

 正真正銘、本物の永久凍土地帯で始まるだろう。

 ここは魔女の〈領域(レルム)〉ではない。

 扉で繋げただけの、いつかのだれかのとおいふるさと。

 薬草が採取できるから、たまたま選ばれただけの静寂な地。

 

(……それもまた、私たちの欺瞞のひとつ)

 

 魔法で作った空間などない。

 死者にこんな世界は作れない。

 魔女はただ奪っただけ。

 悪魔の遺品を、いいように利用している。

 

(私たちに作れるのは、冷たく凍てついた暗闇の世界だけだもんね……)

 

 子どもにはできる限り、素晴らしい環境を与えようとする親の真心。

 それがじきに、皮肉な天罰として彼女のもとに飛びかかるのだ。

 何もかも因果応報。

 

「ママ……」

 

 ケイティナはラズワルドを抱き寄せ、運命を天に任せることに決めた。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

死ね

「出会い頭にいきなりそれか。相変わらずだな、白嶺」

 

 バケモノらしくて実にやりやすい。

 

「オマエが死ね」

 

 

 

 





tips:〈神の落とし子〉Ⅱ

 神の血は尊さを失った。
 デーヴァリングは人々に利用されるだけの道具に堕ちた。
 しかしそれでも、少女は世界を愛する。
 形骸化しつつあったかぼそき信仰。
 ひっそりと暮らした忘れじの村。
 いずれ不要と居場所を失うにしても、愛されていた事実だけは変わらない。
 生贄の運命は、実のところ少女にとってのみ喜びでもあった。
 最後に皆の役に立てる。
 その報酬が、歪な愛情/矛盾であるとは思いもせぬままに──

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