ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#059「命を懸ける」

 

 

 目が覚めて最初に感じたのは、どうしようもない無力感だった。

 

「グッ、くそ……!」

「ラズくん!」

 

 痛む鳩尾に顔をしかめ、歯を食いしばりながら上体を持ち上げる。

 アレクサンドロにやられた傷はそう重くない。

 だが、あの一撃は人間の身体機能を、一時的にだが確実に切断(カット)することに専心した極みの頂きだった。

 見えたのは一瞬だが、

 

(こっちが斧を振りきったのと同時に)

 

 アレクサンドロはツヴァイヘンダーのセカンドクロスガード。

 鍔とは別にある、刀身側に生えた短めの突起部分を利用して、武器破壊を行った。

 最小限の見切りでこちらの斧を絡め取り、引っ掛けると同時に巧みな身体駆動で鉄を捻じ切る。

 その後は躊躇いなく聖剣を放し、まるで一流の拳法家のように拳打を連続させた。

 ……おかげで。

 

(ちくしょう……ッ、思うように手足が動かねぇ……!)

 

 たぶんだが、経絡的な何かをヤられた。

 筋肉に力を入れようとすると、途中まではうまくいくのにガクリと力が抜ける。

 痺れ。断線。

 圧倒的な実力差。

 天と地ほどの経験値量。

 だが問題は、そんな初めから分かり切っていたコトではなくて──

 

「アイツ……ッ、何が()()()()()()()()()()()()()だ……!」

 

 俺は生きている。

 つまりアイツは、最初(はな)からこちらを斬るつもりなんて無かった。

 すぐ側にはケイティナもいる。

 何も怪我をしていない。

 ふざけてるのか……?

 

「どこまで……!」

 

 下唇から血が流れる。

 あまりの怒りに、つい地面を殴りつけた。

 アレクサンドロ・シルヴァン。

 エルフの男。

 アレは復讐鬼を気取るには、なんとも根が優しすぎる……!

 

「俺は首を……致命傷を与えるつもりで行ったのに……!」

「ラズくん……」

「なぁ、ケイティナ……こんなのってあるかよ……」

 

 見慣れた少女の顔を改めて見つめる。

 いつもより心做しか、いや、かなり生気を失った真っ白い肌。

 なるほど。これはたしかに、生命(いのち)の熱に欠けている。

 けれど、それがどうした。

 たとえ死霊でも、ケイティナはケイティナだ。

 これまでの時間が、すべて嘘だったワケではない。

 だからこそ、

 

「ぅ、っ……」

「! ラズくん……?」

「くっ、頼む、ケイティナ……!」

 

 俺は泣き顔を見られるのも厭わず、少女に懇願していた。

 

「俺はふたりを……止めたい……ッ!」

 

 騙されていた悲しみはある。

 魔法をかけられていたショックもある。

 そんなことをせずとも、話してくれればそれだけで良かった。

 文句のひとつは言ってやりたい。

 でも、ママさんとケイティナと、ふたりで過ごしたあの家での生活。

 不幸せだったコトは一度も無い。一度も無いから……!

 

「手を」

「え?」

「手を、握らせてくれ」

「っ、でも……あっ!」

 

 躊躇うケイティナの両手を強引に取る。

 

「……ああ。ママさんと同じだ」

「……うん」

「俺たちにいつも、美味しい料理を用意してくれてる手だ」

「……え?」

「覚えてるか、ティナさん? キミは俺に、アツアツのミルク粥を食べさせてくれたよな」

 

 霜の石巨人(フロスト・トロール)にやられた右足が治るまで。

 ベッド上から動けなかった俺を、母娘は協力して世話をしてくれた。

 言葉も分からず、何も返せるものを持たない俺に、ふたりは無償で食べ物を与えてくれた。

 それだけじゃない。

 暖かな家での暮らしを。きちんとした壁と屋根を。絶えず火の灯る暖炉に燭台を。知識を修める手助けを。

 

(……なあ、それがどれだけ、()()だったと思う……!?)

 

「ありがとう、しかないんだ。大好きだって気持ちしか、ないんだ」

「ぅ、ぅぁ、ダメだよ、ラズくん……!」

「何がダメなんだっ!」

 

 多くの倖せがあった。

 多くの喜びがあった。

 そして何より、一緒に生きていたいと初めて思わせてくれた。

 

「その……気持ちはっ、間違いなんだよ……?」

 

 ケイティナが涙を堪えながら言う。

 

(ああ、やっぱり、笑顔の方がいい)

 

 俺は涙を拭い、そっと額を突き合わせて、

 

「いいや、間違いじゃない。だって、こんなにも()()()()()んだから」

「! っ、ぅあ──!」

 

 愛してる。

 その感情が自然と胸の底から湧いてくる。

 ママさんもケイティナも、俺にとっては正真正銘の家族だった。

 死んでいるからひとでない。

 生きていないからつめたいなど、そんなのは世界の方がどうかしている。

 俺はこのふたりが、大好きでたまらない。

 ケイティナたちだって、そうだろう……?

 

「失いたくない。手放したくなんか、ないんだ」

「うん、うんっ……!」

「好きなんだよ」

「わた、しも……わたしも、好きっ」

 

 失いたくない。

 その気持ちは、どこまでも一緒にあって。

 

「だけど、このままじゃ……アレクサンドロがママさんを、殺してしまうかもしれない……!」

 

 抱き締め合いながら声を絞る。

 復讐を誓った聖剣使い。

 ママさんとアイツの、どちらの方が強いかなんて、俺にはまったく推し量ることもできないけれど。

 直接刃を交わした経験から、片方の実力はそれなりに理解しているつもりで。

 常識外れな戦闘能力。

 魔術だって使うらしいアレクサンドロ。

 人生を懸けた終着点を前に、あのエルフが全霊を尽くさないはずはない。

 

 ママさんも言っていた。

 

 この世界の男性は幼い内から、戦うものとして育てられる。

 そして、魔法の凄さも知っているつもりだが、魔法以外の部分でママさんは普通の女性と変わらない。

 ……少なくとも、これまでの生活において俺はそう感じている。

 戦えば、万が一ってこともあるかもしれない。

 

「わがままかもしれないけどさ……俺はふたりが、いなくなるなんて嫌なんだ……」

「……でも、あのひとの想いは、正当なものだよ?」

「ああ……それはたしかに、そうなんだと思う」

 

 アレクサンドロと接した数ヶ月間の中で、あの男の人柄が、不当な憎悪を懐くようなモノでないのは重々承知している。

 だから、ママさんが過去に大量の人間を殺していて、世界中から憎まれたり恐れられたりしてるのは、どれほど信じ(にく)くても真実なんだろう。

 

 子どもを喪った母親たちの怨霊。

 

 人間が死後に魔物になるなんて、いざ目の当たりにすると嘘だろって言いたくなるけど。

 だけど、こと生まれ変わりという話に関して、俺は誰より、それを笑い飛ばせない。

 

 白嶺の魔女。

 

 思えば彼女は、たびたび『外』へ出歩いていた。

 薪の材料となる木材集めをしている。

 主な理由として、そういう風なところを聞かされ納得していたけれど、これはよくよく考えると非常に変な話。

 

(台所床下の実験室)

 

 時を操る魔法とやらで家畜を再生できるなら、木材だって再生させればいい。

 おそらくではあるが、彼女は家を出たあと、〝子ども〟を探していたんじゃないのか……?

 

 それが、魔物の本能。

 

 変えられない魂の業だと考えれば、もうひとつだけ、ストンと納得が生まれる。

 屋根裏の武器類に道具類(ガラクタ)

 あれらはきっと……犠牲者たちの、遺品なのだ。

 

(斧も槍も弓も火打ち金も、書棚の本だってそうかもしれない。いつか俺みたいな、男の子を攫ったら)

 

 育てるのに必要になると感じて、少しづつ溜め込んだのだろう。

 ……いまはその事実に、何も言葉を持てない。

 ただ分かるのは、彼女は多くの男たちを殺してその遺品を奪い取った。

 でなきゃ、どうしてあの家にあんなにもガラクタが存在する?

 

 アレクサンドロは死ぬかもしれない。

 ママさんも、死ぬかもしれない。

 

「ふたりが殺し合うのは……嫌なんだ」

「……ラズくん」

「だからさ……ケイティナ? 聞いてくれるか?」

 

 俺が思いついた、バカなやり方を。

 耳元で囁く。

 

「────うん。いいよ?」

 

 少女は困り笑顔で、頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 介入が成功したのは、ゆえに必然。

 

「……! キティ……? ラズィ……!? なにを……なにを──!?」

「ハァ……ハァ……アぁァ……?」

()()()()()()()()()

 

 狂乱の戦場に、その声は不思議と浸透する。

 たとえ正気を失おうと、魔女は必ず我が子の危機を察知し。

 たとえ鬼気に満ち満ちようと、男の根底には今も誰かへの慈しみが。

 ともに呪いの永久機関。

 どちらかが動き続ける限り、どちらもが止まれない。

 なら、まずは確実に止められる方を。

 非道いやり方ででも絶対に止める。

 

「……悪いな、ふたりとも」

 

 日輪と銀月が輝く永久凍土地帯。

 神話のごとき空の下。

 姉は弟の肩を支え、弟は息も絶え絶えになりながらも、自らの右足──太ももを刃物で刺した。

 赤色の染みが、ポトポトダラリと白雪を濡らす。

 

「もう、殺し合うのはやめてくれ」

「ラズィッ!」

「次は腹を刺す」

「──!?」

 

 その次は胸を。

 ダメなら首を。

 無力な俺にできるのは、自分を人質にするこんなやり方だけ。

 然れどどうだ。

 

「──これでも、続けられるか……?」

 

 

 

 





tips:業

 生まれ変わっても変わらない絶対の宿命。
 とりわけ人から転じた魔、死に生きるモノたちに顕著。
 生前に子どもを探して彷徨い歩けば、死後も彷徨い続ける。
 厳しい飢えで死ねば、死んだ後でも満たされない。
 因果の縛り。
 魂の染み。

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