ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚 作:所羅門ヒトリモン
目が覚めて最初に感じたのは、どうしようもない無力感だった。
「グッ、くそ……!」
「ラズくん!」
痛む鳩尾に顔をしかめ、歯を食いしばりながら上体を持ち上げる。
アレクサンドロにやられた傷はそう重くない。
だが、あの一撃は人間の身体機能を、一時的にだが確実に
見えたのは一瞬だが、
(こっちが斧を振りきったのと同時に)
アレクサンドロはツヴァイヘンダーのセカンドクロスガード。
鍔とは別にある、刀身側に生えた短めの突起部分を利用して、武器破壊を行った。
最小限の見切りでこちらの斧を絡め取り、引っ掛けると同時に巧みな身体駆動で鉄を捻じ切る。
その後は躊躇いなく聖剣を放し、まるで一流の拳法家のように拳打を連続させた。
……おかげで。
(ちくしょう……ッ、思うように手足が動かねぇ……!)
たぶんだが、経絡的な何かをヤられた。
筋肉に力を入れようとすると、途中まではうまくいくのにガクリと力が抜ける。
痺れ。断線。
圧倒的な実力差。
天と地ほどの経験値量。
だが問題は、そんな初めから分かり切っていたコトではなくて──
「アイツ……ッ、何が
俺は生きている。
つまりアイツは、
すぐ側にはケイティナもいる。
何も怪我をしていない。
ふざけてるのか……?
「どこまで……!」
下唇から血が流れる。
あまりの怒りに、つい地面を殴りつけた。
アレクサンドロ・シルヴァン。
エルフの男。
アレは復讐鬼を気取るには、なんとも根が優しすぎる……!
「俺は首を……致命傷を与えるつもりで行ったのに……!」
「ラズくん……」
「なぁ、ケイティナ……こんなのってあるかよ……」
見慣れた少女の顔を改めて見つめる。
いつもより心做しか、いや、かなり生気を失った真っ白い肌。
なるほど。これはたしかに、
けれど、それがどうした。
たとえ死霊でも、ケイティナはケイティナだ。
これまでの時間が、すべて嘘だったワケではない。
だからこそ、
「ぅ、っ……」
「! ラズくん……?」
「くっ、頼む、ケイティナ……!」
俺は泣き顔を見られるのも厭わず、少女に懇願していた。
「俺はふたりを……止めたい……ッ!」
騙されていた悲しみはある。
魔法をかけられていたショックもある。
そんなことをせずとも、話してくれればそれだけで良かった。
文句のひとつは言ってやりたい。
でも、ママさんとケイティナと、ふたりで過ごしたあの家での生活。
不幸せだったコトは一度も無い。一度も無いから……!
「手を」
「え?」
「手を、握らせてくれ」
「っ、でも……あっ!」
躊躇うケイティナの両手を強引に取る。
「……ああ。ママさんと同じだ」
「……うん」
「俺たちにいつも、美味しい料理を用意してくれてる手だ」
「……え?」
「覚えてるか、ティナさん? キミは俺に、アツアツのミルク粥を食べさせてくれたよな」
ベッド上から動けなかった俺を、母娘は協力して世話をしてくれた。
言葉も分からず、何も返せるものを持たない俺に、ふたりは無償で食べ物を与えてくれた。
それだけじゃない。
暖かな家での暮らしを。きちんとした壁と屋根を。絶えず火の灯る暖炉に燭台を。知識を修める手助けを。
(……なあ、それがどれだけ、
「ありがとう、しかないんだ。大好きだって気持ちしか、ないんだ」
「ぅ、ぅぁ、ダメだよ、ラズくん……!」
「何がダメなんだっ!」
多くの倖せがあった。
多くの喜びがあった。
そして何より、一緒に生きていたいと初めて思わせてくれた。
「その……気持ちはっ、間違いなんだよ……?」
ケイティナが涙を堪えながら言う。
(ああ、やっぱり、笑顔の方がいい)
俺は涙を拭い、そっと額を突き合わせて、
「いいや、間違いじゃない。だって、こんなにも
「! っ、ぅあ──!」
愛してる。
その感情が自然と胸の底から湧いてくる。
ママさんもケイティナも、俺にとっては正真正銘の家族だった。
死んでいるからひとでない。
生きていないからつめたいなど、そんなのは世界の方がどうかしている。
俺はこのふたりが、大好きでたまらない。
ケイティナたちだって、そうだろう……?
「失いたくない。手放したくなんか、ないんだ」
「うん、うんっ……!」
「好きなんだよ」
「わた、しも……わたしも、好きっ」
失いたくない。
その気持ちは、どこまでも一緒にあって。
「だけど、このままじゃ……アレクサンドロがママさんを、殺してしまうかもしれない……!」
抱き締め合いながら声を絞る。
復讐を誓った聖剣使い。
ママさんとアイツの、どちらの方が強いかなんて、俺にはまったく推し量ることもできないけれど。
直接刃を交わした経験から、片方の実力はそれなりに理解しているつもりで。
常識外れな戦闘能力。
魔術だって使うらしいアレクサンドロ。
人生を懸けた終着点を前に、あのエルフが全霊を尽くさないはずはない。
ママさんも言っていた。
この世界の男性は幼い内から、戦うものとして育てられる。
そして、魔法の凄さも知っているつもりだが、魔法以外の部分でママさんは普通の女性と変わらない。
……少なくとも、これまでの生活において俺はそう感じている。
戦えば、万が一ってこともあるかもしれない。
「わがままかもしれないけどさ……俺はふたりが、いなくなるなんて嫌なんだ……」
「……でも、あのひとの想いは、正当なものだよ?」
「ああ……それはたしかに、そうなんだと思う」
アレクサンドロと接した数ヶ月間の中で、あの男の人柄が、不当な憎悪を懐くようなモノでないのは重々承知している。
だから、ママさんが過去に大量の人間を殺していて、世界中から憎まれたり恐れられたりしてるのは、どれほど信じ
子どもを喪った母親たちの怨霊。
人間が死後に魔物になるなんて、いざ目の当たりにすると嘘だろって言いたくなるけど。
だけど、こと生まれ変わりという話に関して、俺は誰より、それを笑い飛ばせない。
白嶺の魔女。
思えば彼女は、たびたび『外』へ出歩いていた。
薪の材料となる木材集めをしている。
主な理由として、そういう風なところを聞かされ納得していたけれど、これはよくよく考えると非常に変な話。
(台所床下の実験室)
時を操る魔法とやらで家畜を再生できるなら、木材だって再生させればいい。
おそらくではあるが、彼女は家を出たあと、〝子ども〟を探していたんじゃないのか……?
それが、魔物の本能。
変えられない魂の業だと考えれば、もうひとつだけ、ストンと納得が生まれる。
屋根裏の
あれらはきっと……犠牲者たちの、遺品なのだ。
(斧も槍も弓も火打ち金も、書棚の本だってそうかもしれない。いつか俺みたいな、男の子を攫ったら)
育てるのに必要になると感じて、少しづつ溜め込んだのだろう。
……いまはその事実に、何も言葉を持てない。
ただ分かるのは、彼女は多くの男たちを殺してその遺品を奪い取った。
でなきゃ、どうしてあの家にあんなにもガラクタが存在する?
アレクサンドロは死ぬかもしれない。
ママさんも、死ぬかもしれない。
「ふたりが殺し合うのは……嫌なんだ」
「……ラズくん」
「だからさ……ケイティナ? 聞いてくれるか?」
俺が思いついた、バカなやり方を。
耳元で囁く。
「────うん。いいよ?」
少女は困り笑顔で、頷いてくれた。
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──
介入が成功したのは、ゆえに必然。
「……! キティ……? ラズィ……!? なにを……なにを──!?」
「ハァ……ハァ……アぁァ……?」
「
狂乱の戦場に、その声は不思議と浸透する。
たとえ正気を失おうと、魔女は必ず我が子の危機を察知し。
たとえ鬼気に満ち満ちようと、男の根底には今も誰かへの慈しみが。
ともに呪いの永久機関。
どちらかが動き続ける限り、どちらもが止まれない。
なら、まずは確実に止められる方を。
非道いやり方ででも絶対に止める。
「……悪いな、ふたりとも」
日輪と銀月が輝く永久凍土地帯。
神話のごとき空の下。
姉は弟の肩を支え、弟は息も絶え絶えになりながらも、自らの右足──太ももを刃物で刺した。
赤色の染みが、ポトポトダラリと白雪を濡らす。
「もう、殺し合うのはやめてくれ」
「ラズィッ!」
「次は腹を刺す」
「──!?」
その次は胸を。
ダメなら首を。
無力な俺にできるのは、自分を人質にするこんなやり方だけ。
然れどどうだ。
「──これでも、続けられるか……?」