ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#060「復讐鬼と」

 

 

 ──その光景を、覚えている。

 

「ラズィ! ああ、あァあっ! 大変、大変……どうしたら、どうしたらどうしたらどうしたら……!」

 

 ()が子に慌てて駆け寄り、その心身を案じて、ヒステリーに周章狼狽(しゅうしょうろうばい)する姿。

 小さな影は血を流し、怪我をして苦痛にあえぐ。

 親は我が事のように、右往左往。

 大事な我が子、守らなければならない子ども。

 仮に、ツラいツラいと泣き叫ばれでもしたら、こちらは当然、居ても立ってもいられない。

 それは、過去に一度でも子を持った親であれば、誰だろうと当たり前の反応(こと)で──

 

「ハァ……ハァ……」

 

 背中を見せる魔女。

 転ぶように屍の玉座を駆け下り、それまでの魔性が、まるで嘘だったかのごとく白原に膝を着く。

 振り返ることなど一度もない。

 アレクサンドロは完全に意識の外に放り捨てられた。

 呪い呪われ、永劫続くかとも感じられた闘争の真っ只中から、こんなにもたやすく──

 

「……っ、ぐ……なんで……」

 

 何故、オレはそこで、ひとりの親の姿など幻視してしまったのか。

 極度の疲労、限界状態を優に超えた極限の先、命を焚べ続ける焔の陽炎がそうさせた?

 それとも、怨敵の後ろ姿が、あまりにもかつての誰かを想起させたか。

 

 ──シャーレイ! アレクっ、どうしましょう……シャーレイが……!

 ──ユキア、落ち着けって。たかがタンコブだろ? 心配することなんかない。

 ──でも……!

 

「やめろ……」

 

 やめろ。

 ふざけるな。

 アレは白嶺。バケモノの中のバケモノ。

 愛した妻などではない。断じて違う。

 アレクサンドロ・シルヴァン。

 

(オマエは何に、家族を奪われた? オマエは何に、故郷を台無しにされた?)

 

 決まっている。

 白嶺の魔女だ。

 三千年間殺すことだけを考え続けた大いなる魔物だ。

 人界に厄災を撒き、五千年間ずっと恐怖の具現であった闇の死霊。

 それを思えば、いまここで、この瞬間で、それは思い出していい記憶じゃない。

 間違っても! 重ねるなど……!

 

「ハァ……ハァ……ッ、ハァぁァ、アァァ、アアアぁぁァァァァァ……ッ!」

 

 吐き気とともに声を振り絞る。

 聖剣は両手に、地面に突き刺し杖代わりにして体勢の維持を。

 グラグラとグラグラと。

 数瞬とはいえ揺らぎかけた己を、裂帛の意思で鍛え直す。

 

 ……それなのに。

 

「イヤ、イヤよ……どうして、こんなコトしたの……?」

「──ごめん。でも、ふたりを止めたかった」

「キティも、ダメじゃない……お姉ちゃんなら、弟の無茶は止めなきゃでしょ……?」

「ごめん、なさい……でも、私だってっ、ママが死んじゃうのはイヤだったんだもん……!」

「っ」

 

(……嗚呼)

 

 悪い夢を見させられている。

 この期に及んで、こんな非道い話があるのか……

 三千年間焼き焦がれた。

 人生の意味は復讐だった。

 あともう少しのところで、自分のすべてを焼き尽くして終わりにできるところなのに。

 

(──それを)

 

「……小僧、オマエは……()()()と言うのか」

 

 目の前で行われる家族の抱擁。

 親と子が互いを想い涙する光景。

 これを壊すのは、アレクサンドロが最も憎んだカイブツの行い。

 間違っているのは、世界か己か。

 糾すべきは、歪んだ愛のカタチなのか。

 あるいは、もうここで剣を収めて、退いてしまうのが誰にとっても救いになるのではないか……?

 柄を握る手のひらに、かつてないほど自信が失われていく。

 そんなことはあってはいけないのに。

 ()()()()()()

 

「………………はぁ」

 

 剣を抜き、二本の足でしっかりと立って。

 最後の最後まで大切にしていた信念(オノレ)を、自分の手でゆっくりと引き剥がすように葬り去る。

 丁寧に丁寧に、二度と立ち返ることのないように。

 予感は正しかった。

 しかしこの身は、本来なら真っ先にそうしておくべきだったのだと、三千年の後悔をも自覚する。

 遅きに失した諦観(気づき)

 なればこそ、男は苦笑とも惜別とも言えぬ面持ちで……

 

 ──行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 ()()()()()()()

 それは俺たちの、誰にとっても不意を打つ一閃だった。

 

「あ──え?」

 

 驚く声はケイティナのものか。

 あるいは自分のものだったかもしれない。

 ただ明らかなのは、それは間違いなく、ママさんの発した音ではなかった。

 

 ママさんは背中から、真っ直ぐに心臓(むね)を刺し貫かれている。

 

 刺し貫いているのは、赤く燃える鈍色の剣。

 目の前でちょうど、抱き竦められるように突っ立っていた俺も、一緒に刺された。

 肺腑を焼く炎。

 鋼鉄の厚さが、体内(なか)から感じ取れる。

 口元に血。ああ、こういう時って、ほんとうに口から血が溢れ出るんだな。

 

(……うそ、だろ)

 

 引き抜かれる。

 剣と一緒に、命のもろもろが。

 その途中、脊髄に触れられたのだろう。

 肉体はガクガクと痙攣して、空は高く、音は遠く。

 まるで時間が、一秒一秒が、間延びしていくみたいに物事の輪郭と光彩を欠いていく。

 

 後ろに倒れ込むと、ママさんも上に重なった。

 

 重みを感じない。

 痛みもやって来ない。

 いろいろと不思議な感覚。

 けれど状況だけは、正確に理解が追いついた。

 

「ウあァ、ああァアアア、アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……ッ!!」

 

(だれ……?)

 

 見知らぬカイブツが号泣(歓喜)に震えていた。

 アレクサンドロのような格好をして、アレクサンドロのような大剣まで持って。

 全身を赤く、血のように真っ赤な炎で染め上げながら、(ケモノ)みたいに天へ咆哮している。

 その声は聞こえないけれど、見ただけでハッキリ分かった。

 

(──ああ、そうか)

 

 俺は師を失った。

 歳の離れたエルフの友達も。

 彼は復讐を謳い、その実際は未だ本物の鬼ではなかったはずなのに……変わってしまった。変えてしまった。

 最後の最後で、アレクサンドロは自分自身だけでなく、周囲をも焼き尽くす鬼そのものになった。

 俺が彼をそう変えた。

 追い詰めてしまったから。

 復讐鬼というのは、目的のためなら何もかもを巻き込み、燃え尽きるまで止まらないモノ。

 完成した。

 完成させてしまった。

 そうなれば、結果はこれ以上なく明らかで……

 

「ラズくん……! ママ……! いや、いやだよぅ……こんなの絶対、いやぁぁ……!」

 

 また、泣かせてしまった。

 

(……ごめん、な……ケイティナ……)

 

 上手くいくと思っていたんだけど。

 少しばかり、期待と甘さが大きすぎてしまったらしい。

 命さえ差し出せば、きっとふたりとも止まってくれる、なんて。

 ママさんの方は上手くいったけど、アレクサンドロの方はダメだった。

 三千年の想いは、やはりそうそう変えられない。

 一度殺さなかったなら、二度目も殺さないだろう。

 そんな楽観は、通用しなかった。賭けに負けた。

 

(……勝算、あると思ったんだけどなぁ……)

 

 アレクサンドロのばかやろう。

 泣くくらいなら、やめればよかったんだ。

 

(でも、俺にアンタの人生を否定する資格なんて、無い……)

 

 最後の一撃は、そういうことだろう。

 凡庸を極めた先にあるシンプルな刺突。

 シンプルがゆえに究極で、微塵も捉えることはできなかったし、予兆も掴めなかった。

 なあ、いったいどういうカラダの動かし方だよ……?

 もともと霞んでいた視界に、右足まで壊していれば、避けるのは無理だったと思うけれども。

 

(せめてママさんを、突き飛ばして庇うくらいは、させて欲しかったよな……)

 

 家族を守らなきゃいけない男として、とんでもない失態。

 その代償として、俺はここで終わる。

 守るべきものを守れなかった時点で、生きる喜びも無くなった。

 ママさんが死んだということは、遠からずケイティナも死んでしまう。

 後に残るのは、復讐を成し遂げた鬼がひとりだけ。

 

(それも、この北の地がどこまで許すか……)

 

 とことん、人間には厳しすぎる世界だったなと。

 俺はそこで、白闇に紛れるように意識が薄れゆくのを感じた。

 本当に終わりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ()()()()()()

 

「……殺してやるわ

 

 

 





tips:復讐鬼

 復讐を誓ったならば、自らの破滅は当たり前。
 鋼鉄の意志、憎悪の薪となって見るもの燃やす。
 周囲の犠牲も厭わない。
 赤色の車輪は誰彼構わず轢いていき、回りきった後は盛大に焼け落ちる。
 そして、空を舞う火の粉は、新たな車輪をきっと回すだろう。
 復讐とは、ゆえに不治の病。
 たとえ余人を避けようとも、報復の律からは逃れられぬ。
 不倶戴天を唱えたならば、その道行きは初めから決まっていたのだ。

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