ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#070「はぐれもの」

 

 

 今期の〈学院〉には異彩を放つ者が四人いる──。

 式典を終えて一月ほども経つと、導師や学徒を含め、誰の目にもそのような事実が浮き彫りになった。

 

 ──王太子、ナハト・アダマス。

 

 言わずと知れた、メラネルガリア王国の次期国王。

 王家であるアダマス家の血を継いでいて、その肉体はまさしく磨き込まれた黒金剛石(アダマス)のごとし。

 ダークエルフの男性は、種族として筋力に秀でることで有名だが、ナハト・アダマスの身体は同世代の貴族子息に比べて、なお突出した精悍さを誇った。

 幼い頃から王家じきじきに英才教育も施されており、強壮頑健を美徳とするメラネルガリアで、およそ彼ほど将来を見込まれている者はいない。

 加えて、彼は生まれつき天与の才──『魔力』をも備え持った。

 

「魔術だけでなく魔法まで……」

「剣の腕も申し分ないとは」

「……強い」

 

 今期における〈学院〉で、名実ともに首席に相応しいのは王太子(ナハト)であると、ほとんどの導師が頷き合う。

 一方で、

 

 ──白髪の双子姉妹、死骨弔花(セラスランカ)涙滴鈴花(ティアドロップ)

 

 黒曜石(オブシディアン)の家門より訪れた異形の才媛。

 彼女たちもまた、厭わしいことに王太子と並びかねない実力の持ち主だった。

 姉のセラスランカは、女だてらに剣を振るい、自己流にアレンジした王朝剣術の使い手。

 オブシディアン家相伝の貴石魔術──黒曜石の扱いにも端倪すべからざる輝きを放つ。

 

 妹のティアドロップは、明晰な頭脳、貴族に必需の狡知奸計、入学早々始まった仄暗い暗闘をことごとく躱し切り、一探求者としては植物薬学への深い造詣を認められる。

 学徒どころか導師にすら疎まれる逆境の中で、彼女たちはそれぞれお互いの長所と短所を補うように、各院ではトップクラスの成績を修めつつあった。

 

「他の家の子息ほか令嬢たちは、一刻も早く本来の実力を発揮されたし」

 

 そして、

 

 ──世間知らずの田舎者、ラズワルド・スピネル。

 

 彼は……なんというか、変な存在感を放って悪目立ちしていた。

 怪しげな鴉面。

 猟師のごとき獣毛の外套。

 腰には何故か、常に無骨な鉄斧を留めていて、純血の貴族子息でありながら正統(マトモ)な剣術がひとつも扱えない。

 

 長年病床に臥せっていた軟弱な男。

 

 黒翡翠家や黒蝶真珠家などは、彼を大層侮り真っ先に決闘試合へ誘い込んだ。

 だが、ラズワルドはそのどちらをも粉砕。

 最初に剣を使いダメだと見切るや、立ち会いの導師が「あっ」と止める間もなく素早い動作で腰元の斧を取り出し、決闘相手の大剣を力任せに破壊してしまった。

 

「おっ、おまっ! どこが病弱……!?」

「……あー、なにぶん静養のため、田舎暮らしが長かったもんで」

「はっ、はぁっ? スピネル領では病人に、斧を振らせるのかよ!?」

「ふざけるな詐欺師……!」

 

 よって、兵装院での評価は高かったり低かったりと、安定したところを見せていない。

 実践的な戦闘技能という点では、間違いなく優秀だろうと目されるその一方で、メラネルガリアが誇る正統武術──王朝剣術が使えないのは劣等ではないかという意見もあるためだ。

 事実、ラズワルドは剣に関して、特別秀でた才能を持っていなかった。

 剣のみを使った決闘試合では、どの対戦相手にも四割ほどの勝率しか持っていない。

 

「アレは……自己暗示の差か?」

「剣を振れぬダークエルフ……スピネル家も苦労する」

「なぜ斧なのだ。斧など下々の道具であろう」

「しかし、生き残りの術には長けておるぞ……」

 

 メラネルガリアは〝瀟洒〟を尊ぶため、斧は貴族の武器に相応しくない。

 導師の中には、そういう見方をする者も多い。

 当人の奇抜な装いが、どことなく猟師じみた格好に通じていたのも、評価を下げた一因かもしれなかった──いや。

 

 それ以外にも、彼にはたくさんの欠点がある。

 

 まず、普段の言行。

 貴族らしからぬ俗な振る舞い。

 乗馬経験の皆無、城塞知識の欠如、周辺地理への不明。

 何より、メラネルガリアで生きていれば、当然知っておくべきはずの常識(コト)を、ほとんど知らない。

 ()()()()()()()()()

 そのため……

 

「お、セラスランカ。今日はよろしくな」

「……」

 

 兵装院での訓練日。

 周囲から段々と遠巻きにされ始めたラズワルドは、必然、もうひとりの爪弾き者とペアに組まされるようになった。

 今日、兵装院に通う学徒は、朝から厩舎に寄り、各自で選んだ馬の世話と騎馬戦稽古を行う。

 ペアになるのは、無論のこと学徒同士で技を磨くことを目的にして。

 だが、ラズワルドは〈学院〉に来て、初めて馬に乗った。

 入学して一月ほどでは、鎧を着ての騎馬戦稽古など到底できない。

 これは導師たちの嫌がらせである。

 セラスランカは深く呼吸した。

 

「ハァ……ま、別にいいわ。今日はよろしく、ラズワルド君」

「おー、よろしく」

 

 のほほんとした声。

 一ヶ月ほど前に動揺していた自分が、つくづくバカらしいとセラスランカは思う。

 

(……要はコイツ、何も分かっていないんだもの)

 

 セラスランカとティアドロップがどういう立場にあるのか。

 生まれてからずっと辺境に隔離されていたとかで、()()()()黒色信仰に馴染みが薄い。

 主流派から外れたはぐれもの。

 しかし、

 

(今はまだ、コイツ自身も敬遠されてるからこんなだけど)

 

 時が経てば。

 いつかセラスランカたちの白髪の由縁を知ってしまえば。

 結果は想像できる。

 いつだって、世界はそういう風に回っている。

 

(……ハァ。仕方がない)

 

 これも一ヶ月前に、きちんと礼をしなかった報いだろう。

 いずれ敵になると分かっている相手に、まさかこうして手ほどきをする役回りになるとは。

 女の相手は未熟者で十分。

 腐った男どもの、そんな嘲りが今にも聞こえてきそうだ。

 

「損な役回り。ま、それはお互い様か」

「ん?」

「気にしないで。ただの独り言」

 

 セラスランカは再度、深呼吸した。

 厩舎までは少し歩く。

 どうせこの嫌がらせは、しばらくの間続くだろう。

 ならば、相方にさせられるラズワルドの成長には、できるだけ多くの時間を取った方がよい。

 

(乗馬に慣れれば、コイツだって、そのうち自分から女の相手はイヤだって言うはずでしょうし)

 

 男女の筋力差にはそれだけの差がある。

 もちろん、埋められないとは思っていないが。

 とはいえ、セラスランカだって初心者を相手に時間を無駄にしている余裕は無い。

 王碩院で奮闘しているティアドロップと並び、姉妹揃って首席の座を獲得するため、自分たちには誰をも黙らせられる明確な実績が必要である。

 そのためには、組まされる相方にも最低限の実力があった方がいい。

 

「──じゃ、行きましょ」

「ああ」

 

 ラズワルドを自然と先導して、セラスランカは厩舎へ足を向けた。

 

 

 

 

 ────────────

 ────────

 ────

 ──

 

 

 

 

 厩舎にやって来ると、セラスランカは一瞬だけ驚いたように立ち止まった。

 

「やられた」

「? やられたって、何が?」

夜黒王種(ベルセ)がいないのよ」

 

 厩舎の中には数頭の馬がいる。

 しかし、どの馬も茶色の体毛で、ポニーよりかは大きいが普通の馬にしては小さい。

 

(これはたしか……厚栗小種(マロン)だったか)

 

 渾天儀世界では広く飼育されている家畜用の馬。

 特徴はモップのような(たてがみ)と、栗鼠のような大きめの尻尾。

 それ以外は、まさしく地球の馬と変わらない。

 実に馬然としている。

 

「こいつらじゃイヤだったのか?」

「いいえ? 別にイヤじゃないわ。ただ、この仔たちは夜黒王種(ベルセ)に比べて体力が少ないから、長時間訓練に付き合わせるなら、アッチの方がいいのよ」

「ああ、ムキムキだもんな。夜黒王種(ベルセ)って」

 

 まるでばんえい馬のように筋骨隆々としている。

 初めて見た時は、なんて世紀末覇者の愛馬っぽいんだと驚愕した。

 黒々とした体毛に物々しい種名。

 ダークエルフは筋肉量が多いから、それなりに体重も重い。

 軍用馬ともなれば、そりゃ夜黒王種(ベルセ)の方が安心か。

 

「割と早くに出てきたと思っていたけど、あいにく先に取られちまってたみたいだな」

「ええ、そうね」

「ま、馬は馬だぜ。俺はこっちの方が、初心者用って感じがしていい」

「実際、ラズワルド君は初心者だからでしょ」

「お、まぁな」

 

 セラスランカは呆れたように肩を竦めて、まっすぐに一番大きい馬を選んだ。

 俺は「そうだな。オマエとは相性がいい気がする」呟き、手近な一頭と目を合わせる。

 ヒヒィィンッ!

 顔を背けられた。

 

「何してるの? その仔はまだ子どもだからダメよ」

「ポニーみたいで可愛いのに。生意気な雌馬だな」

「雄よ」

「生意気な雄馬め」

「何を以って雌だと思ったのかしら……」

 

 呆れの度合いがググンと高まった気がする。

 俺は笑いながら、大人しくセラスランカの指示に従って、別の馬の前に移動した。

 

「ふむ」

 

 コモンドールみたいにモップっぽさが増したが、たしかに身体は大きい。

 年齢も若干いってそうだが、瞳の奥からは「まだまだ現役ですぜ」という意気込みを感じる。

 こいつならば、たしかに俺の乗騎に相応しかろう。

 セラスランカの見立てはだいぶ確かなようだ。

 

「決めた。オマエをスタリオンと名付ける」

「バカ言ってないで、さっさと手綱を引いて」

「はい」

 

 怒られたので、おっかなびっくり手綱を引いた。

 

「……もしかして、怖いの?」

「おっと。バレたか」

 

 隠すことでもないので素直に白状する。

 

「正直に言うとな? 俺は馬がちょっとだけ怖い」

「なんでよ?」

「昔、ドラゴンに襲われる馬を見たことがあるんだ。自分より遥かに逞しい生き物だってのは分かってるんだが、どうにも儚く見えちまって……」

「は? ドラゴンって……」

 

 それ、本当?

 セラスランカは瞠目して振り返る。

 にわかには信じられないのも仕方がない。

 俺もあれから、ドラゴンを見たのはそれっきりだ。

 

「恐ろしい獣だった。足爪の一本が、人間の胴体ほどもあった」

「よく……無事だったわね」

「運が良かったんだろう。それ以外に助かった理由は、見つからない」

 

 俺は馬が怖い。

 間近に接すると、こんなにも優しげな顔をしている。

 裂けた臓物(はらわた)や真っ赤な血溜まりなど、できれば連想したくもなかった。

 

「でも、乗れるようにはなりたいんでしょ?」

「──ん。まあ」

 

 乗れないか乗れるかで言えば、乗れた方が便利なのは決まっている。

 

「だったら、その怖さは克服しなきゃダメね」

「……そうだな。俺もそう思う」

 

 少女の率直な言葉を追いながら、俺はスタリオンの首をそっと撫でた。

 

「ブルルゥ」

「こら、外套を舐めるな」

 

 臭くなるだろう。

 軽く怒りつつ、手綱を引っ張る。

 馬自体への恐怖心はない。

 これはどちらかというと、俺個人の問題(トラウマ)が原因だ。

 気の持ちよう。

 慣れればそのうち、平気になると思ってやっていく。

 

「でも、意外だな」

「?」

「セラスランカ。君は俺を嫌ってると思ってた。なのに、案外親身に接してくれるんだな」

「なんですって?」

 

 先を行くセラスランカの足が止まる。

 

「私がアンタを嫌ってる?」

「ん? 違うのか? 君も君の妹も、落とし格子の件から、明らかに俺を避けてたと思うが」

 

 気づかないはずはない。

 この一ヶ月、俺は俺なりに色々と努力してメラネルガリアの環境に慣れようとしてきた。

 だが、〈学院〉の人間は最近、教師すら冷笑を浮かべる。

 

 ──世間知らずの田舎者。

 

 影で囁く陰湿な声も、幾度か耳にした。

 

(まあ、その大半は黒翡翠(スネイカー)黒蝶真珠(ディープ)のヤツらだったが)

 

 決闘試合で負けた腹いせか、よくもまあ、あることないこと吹き流す。

 ムカつくので、目についたら定期的に斧を振りかざして脅しているが、アイツらもだんだん肝が据わってきたらしい。

 今度は実際に、目の前で薪でも割ってみせよう。

 偽装工作の一助になっているので、いまいち手を出しづらいのが面倒だ。

 

「まあ、俺はこんな格好をしてるし、だいぶ浮いてるからな。ある程度は仕方ない」

 

 年頃の少女からしたら、不信感でいっぱいだろう。

 今日みたくペアになった時だけでも、普通に話してくれるのはありがたいよ。

 笑いながらセラスランカに伝える。

 すると、

 

「…………ちょっと、なによそれ」

「?」

「ふざけるんじゃないわよ」

 

 セラスランカは明確な、敵意の眼差しで俺を睨んだ。

 

「アンタ、今までそんなコト思いながら、私たちを見てたワケ……?」

「な。ど、どうしたんだいきなり」

 

 剣呑な視線。

 少女は眉間に皺を寄せてキッとこちらへ詰め寄る。

 

「ち、近いな」

「うるさい。頭に来たわ。別にアンタのことなんて、嫌ってなんかないわよ」

「え? でも、じゃあどうして避けてたんだ?」

 

 俺が怪しすぎて、あまり近づきたくない変な人種だと思ったからでは?

 だから、礼も言わずに立ち去ったんだろ?

 

「ええ、そうよ。アンタはだいぶ変よ」

「な、なんだ……当たってるじゃないか」

 

 改めて言われるとグサリと来るが。

 

「でもそれだけ」

「え?」

「ラズワルド・スピネル個人への嫌悪感は、今のところ無いわ」

「……今のところ?」

「当たり前でしょ? このさき嫌いになる可能性は十分あるわよ」

「十分……じゃあとりあえず、今は嫌いじゃないのか」

「好きでもないけど」

 

 フン、と鼻を鳴らすセラスランカ。

 俺は驚いて、ちょっとだけ瞠目する。

 この娘、もしかしなくても、かなり好ましい性格をしていないか?

 

(アタリはキツいが、だいぶ実直なタイプだ)

 

 少しだけ居住まいを直す。

 

「……悪い。君を少し勘違いしてた。セラスランカは見かけより、だいぶ良いヤツだな」

「見かけが変人のラズワルド君は、見かけ通りの変人みたいだけど」

「ハハ、言ってくれる」

 

 愉快な気持ちになって、つい笑ってしまった。

 

「なんでそこで笑うのよ……」

 

 気味が悪いわね。

 少女はいかにも不審なモノでも見たように顔をしかめた。

 だが、その反応はますます俺に好ましいものを感じさせる。

 

(異形のダークエルフ、白髪の双子姉妹)

 

 一月も経てば当然耳にしてきた。

 周囲の逆風は厳しかろう。

 メラネルガリアでは白い花を不吉としているそうだ。

 

 死骨弔花(セラスランカ)とは、植物界の神秘道。

 北方大陸にのみ分布している相当珍しい植物で、別名骨花。

 種子も芽も根も葉も、何もかもが白骨のような見た目をしていて、雪下に埋もれた亡骸の上にしか咲かない。

 

(ひでぇ名前)

 

 この娘の目には、世界はさぞかし醜く見えているに違いなかろう。

 なのに、セラスランカは腐ることなく真っ当に前を向いている。

 その在り方は(つよ)い。

 剣の腕も馬の乗りこなしも、俺などより遥かに熟練している。

 相当な努力家だ。

 聞けば、幼少期はスラムで育てられたそうだから、育て親がよほど心を砕いたのか。

 

(親のありがたみは、どこも変わらないな)

 

 何もかもが違うようで、変わらないものも世界には存在する……のかもしれない。

 俺は嬉しく思った。

 

「……そろそろ乗るわよ」

「ん。ああ、分かった」

「一応言っておくけど、変にカラダは強ばらせないで」

「俺、強ばってるように見えるか?」

「少なくとも、自然体には見えないわよ。馬を信頼しなさい。ここにはドラゴンなんていないんだから」

「……そうか。いや、そうだな」

「まずは慣らしから行くわよ」

「頼む」

 

 鞍にまたがり、俺たちはカッポカッポ進んだ。

 

 

 

 





tips:馬

 渾天儀世界にも馬はいる。
 しかし、地球の馬と比べると、やはりどこか変わった特徴を持つようだ。
 どこにでもいる厚栗小種(マロン)
 エルフ圏に多い陽金鬣種(アポロ)
 人界を避ける月白毛種(セレナ)
 ダークエルフの軍馬で有名な夜黒王種(ベルセ)
 etc.etc...

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