ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#073「予期せぬ騒乱」

 

 

 王立ポルトガル図書館かな?

 

【挿絵表示】

 

 

 まるでハリ◯タの映画撮影地のような幻想的内観。

 王碩院の書庫塔にやって来て、最初に待ち構えていたのは、所狭しと並べられた膨大な量の蔵書だった。

 

「……」

 

 書店や古本屋に訪れた時の、独特な紙の匂い。

 扉を開けて一歩踏み入るごと、全身が噎せ返しそうなほどの〝書気〟に浸される。

 叡智の殿堂、智慧の宝庫。

 ひとつひとつの棚が壁のように高く、足元は薄暗い。

 対して、天井の中央には、ガラスのショーケースのような六面の立方体があった。

 中には不思議に光り輝く緑色の繁茂。

 

(なんだ? あれ)

 

 どうやら植物らしきものを使い、照明の代わりとしているらしい。

 主な明かりはそれだけで、それ以外だと、棚壁のところどころに手元を照らす程度の小さな燭台が置かれている。

 空中に浮遊する例のシャンデリア。

 察するに、その小型版だろう。

 司書らしき数人の導師が、同じ大きさの燭台を、まるで蛍火のように浮かせて連れ歩いていた。

 

 ポワポワ、ポワポワ。

 

 幻想的な光景。

 しかし、空気は静謐である。

 騒音を好まない厳粛な雰囲気(ムード)

 そのうち、片眼鏡(モノクル)をかけた男のひとりが、俺に気がつくと露骨に渋面を作り上げた。

 鴉の仮面と獣毛の外套。

 腰には常に無骨な鉄斧。

 ラズワルド・スピネルの奇矯な装いは、今や〈学院〉中に知れ渡っている。

 ピチッとした着こなしに神経質そうな顔。

 片眼鏡の司書は、あきらかに油断ならない者を見つめる眼差しで、俺を監視することに決めたらしい。

 

(ま、いつも通りと言えばいつも通りだわな)

 

 蛮族的貴族のレッテルは、迷惑なこともあれば都合のいいこともある。

 なので、軽く鼻息を鳴らすだけに収めて、書庫内の探索をさっそく開始した。

 俺は今日、純粋な調べ物をしに来たのである。

 

「さて。どこの書棚から漁るか」

 

 小さく呟き、クルリと辺りを見回す。

 棚の側壁には、ガッカリなことに渾天儀暦──メラネルガリア数字による記数法で、刊行年間がしっかり板金(プレート)されていた。

 タイトル名や著者名順では整理されていない。

 ジャンルもごった煮のようだ。

 

「あー……マジか。まいったなこりゃ」

 

 完全な年代順。

 司書を頼るのは避けたい。

 となると、どうやらこれは、地道な虱潰しで目的の情報を探す必要がある。

 

「ッスぅぅぅ」

 

 思わぬ障害に、つい息を深く吸ってしまった。

 気合いを入れて早朝に来たが、いやはや、いやはや……

 

(うぅむ。長寿種族(ダークエルフ)は、年代順の方が好きなのか……?)

 

 長く生きていれば、それだけ時系列順は肌に合うってことなのだろうか。

 若者には少々、いや、ひどく不親切な気もするが。

 出生率が低いと、社会の仕組みはこういうところも先人に固められてしまう?

 

(ま、本来は司書を頼ればいい。それだけの話なんだろうけどな)

 

 異国に敷かれた暗黙のルール。

 郷に入りては郷に従え。

 俺は「でもやっぱり分かりにくいだろコレ」なんて愚痴りつつも、すごすご端の棚へ向かった。

 これは予想よりも遥かに時間がかかりそうだ。

 

(休日に来ることにして、正解だったぜ……)

 

 今日は十一曜制(一週間)で言うところの──夜神の曜。

 第五円環帯(ティタテスカ)系種族であるダークエルフの王国メラネルガリアでは、ちょうど中休みの休日に指定されている。

 そして、本日の天候はあいにくの雨。

 外では雨垂れが、引っくり返したみたいな勢いで軒下を濡らしている。

 

北方大陸(グランシャリオ)にしては、悪くない天気だけど)

 

 とはいえ、こんな日にわざわざ〈学院〉の門扉を超え、王碩院にまで足を運ぶ奇特な同期(若者)はいない。

 神経質っぽい司書の目は絶えず付き纏うだろうが、それ以外の視線は一切気にしなくていいだろう。

 他人の目が少ないってのは、それだけで幾分か気が楽になる。

 

(それに、一昨日くらいか?)

 

 俺の背中には、どうもおかしな視線が突き刺さるようになった。

 王太子ナハト・アダマス。

 血縁上は腹違いの弟に当たる美貌の少年。

 彼からは、この頃妙な雰囲気を感じている。

 最初はお互い無関心に近い立ち振る舞いをしていたはずだが、ほんの二〜三日か前ぐらいから、ナハト少年は気がつくと物言いたげな視線を送ってきていた。

 いや、そればかりか、話しかけようとして話しかけられない。

 そんな曖昧な『間』も、幾度か与えられている。

 

(うーむ……)

 

 四歳下の弟。

 且つ、幼さの残る外見。

 ダークエルフは年齢と見た目がそぐわないので、俺からすると彼は十歳程度の子どもにしか見えない。

 実際の年齢は十三ないし十四のティーンエイジャーのはずだが、見た目が幼いため余計に反応に困った。

 こういった場合、やはり普通は、俺の方から声をかけてやるのが優しさなのだろうとは思う。

 だが、俺と彼の間柄は少々込み入っていた。

 

(向こう側がどこまで情報を掴んでんのか、イマイチ分かんないしなぁ)

 

 表向き、こちらは落ちこぼれの変人で、翻って、彼は名実ともに最優を謳われる金剛の王太子。

 スクールカーストというか何というか、マジモンの身分差が存在している。

 生まれ持った筋肉の素質や、魔法による身体強化。

 〈学院〉は彼を、首席の座に相応しいと早くも認めているし、実力主義の風潮もお国柄強いため、彼の周りには選民的な圧力も漂っている。

 

(いわゆる、オマエごときがナハト様に近づくなんて、舐めてんのか? 的なね)

 

 目を光らせた近衛。

 あるいは、王族に擦り寄らんと好機を探す者ども。

 セレンディバイトのやたら女くさい令嬢や、隙あらば俺を攻撃したがる三ブラック家。

 諸々の面倒事を考えると、俺からナハト少年に話しかけるのは何とも気が進まなかった。

 

(あー、あー、くっだらねー)

 

 文明社会は気疲れすることの連続。

 貴族の生活とか、やっぱり根本的に性に合わない。

 贅沢な食事と毎日の風呂。

 生活の質って点だけなら、まさに最高の一言で感想を終えられるが。

 しかし、それに付随する不必要なしがらみ。

 視界に入ってきて不愉快な出来事等を思うと、さっさと出ていきたいぜと感じてしまう。ぶっちゃけな。

 

「だから頼むぞー。なるべく早く見つかってくれー?」

 

 小声でブツブツ。

 ぼやきながら、それらしき情報をタイトル頼りに探していく。

 検索キーワードは、とりあえず以下の三つだ。

 

 ・秘文字

 ・魔力喰らいの黒王秘紋

 ・存在の真体

 

 はてさて、めぼしい書物はどれだけヒットしてくれるやら……

 

(こういう時、サーチエンジンがあれば便利なんだけどな)

 

 つい無いものねだりもしてしまう。

 やれやれ。

 俺は首を振り、息を吐きつつ書影を攫っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──だが。

 

「目薬欲しい」

 

 昼過ぎになり、五時間ほど費やしても、成果は何も得られず道のりはあまりに長く。

 眼精疲労と空腹を感じ、俺はいったん食事を摂ろうと外へ向かった。

 といっても、もちろん本当に外に向かったのではない。

 天気は依然として大雨。

 冷たい水と北風の匂いは、メラネルガリアとて変わらない。

 王碩院には書庫塔の他にも、幾つかのサブ塔があった。

 石造りの回廊を行きしばらくすると、その内のひとつに角錐型の温室塔。

 ガラス張りでできた縦長ピラミッドが存在する。

 ここであれば、幾分か過ごしやすい。

 

「ちょっと土臭くて、一部蠢いてるけど、寒くはないからな」

 

 ありゃ妖人根(アルラウン)か?

 眺めつつ、テキトーな花壇に腰を置いて、スピネルの屋敷から持ってきていたお弁当を開く。

 中に入っているのは、燻製肉のサンドイッチ。

 夜明け前の誰もいない時間、こっそりと厨房に忍び込んで勝手に作った俺お手製である。

 燕麦のパンにスモークチーズを乗っけて、強引に挟み込んだだけのゴロゴロっとした代物だが。

 

「ま、期待できる味が粗雑な分、せめてボリュームの方で満足しないとな」

 

 仮面を半分外し、豪快に一口。

 すると、想像の上をいくかなりの固さ。

 あまりの難敵感に、ついワニワニパニックみたいにたじろいでしまう。

 それを、何とか噛みちぎって無理やりに咀嚼してやった。

 ダークエルフは顎の力も強靭で助かる。

 

 ──モッキュ、モッキュ、モッキュ。

 

 自分の口から、そんな食感が聞こえてくるのはちょっとどうかと思うも、素材がひどいから仕方がない。

 まともな麦は、貴族ですらめったにありつけない。

 燕麦のパンは固く、それでいて歯にまとわりつき、チーズと肉の約束された勝利がなければ、到底許容し得ない絶品に仕上がっていた。

 

(チクショウ。これ、ぜったい他の粉も使ってるだろ)

 

 ふと、どこかの森で、大変野生味に富んだ焼き菓子を創作していた記憶が蘇る。

 気のせいでないなら、この燕麦のパン、黒松錐檜(ピヌスプルース)か何かの木の実も使っているはずだ。

 だって心なし、懐かしい味がするから。

 

「…………ハハ」

 

 顎を動かし、懸命にむしゃむしゃしながら、俺はそこで「どうかしてるな」と笑った。

 メラネルガリアの粉挽屋には、なかなか商魂逞しい人間がいる。

 燕麦はただでさえ、焼いても膨らまないらしいのに、いくら粉に挽いてしまうからって木の実なんか混ぜたら、余計にパンらしさが失われてしまうだろう。

 俺はいま何を食ってるんだ?

 

「クックック」

 

 肩を揺らし、もぐもぐ。

 食べ終わる頃には、すっかり愉快な気持ちで一杯だった。

 なのに。

 

 

 ──たすけて

 

 

「マジか」

 

 仮面を被り直し、それでも視えてしまった()()()()()()の呼び声。

 こっちに来てからは、仮面をつけている時以外、それなりに気にしないようにしていたものの、今のはさすがに無視できるような()()じゃなかった。

 というより、無視しようと思って無視できるタイミングじゃない。

 日常に潜む暗がり。

 正視してはならないもの。

 未だ形を得ざる嘆きの澱みが、猛スピードで温室(ここ)へ近づいている。

 中心には一つの影。

 

「……デカいな」

 

 花壇から立ち上がり、斧を握る。

 影が登場するまで残り三秒──カウントしたその矢先。

 想定よりも少しだけ早く、入り口の扉がバンッ!! と開けられた。

 ビュゥゥゥッ!

 流れ込む冷気。

 転がるように入り込む華奢な人影。

 

「……セラスランカ?」

「ひと……!?」

「違う。妹の方か」

 

 白い長髪、お洒落なケープコート。

 姉とそっくりの出で立ちに、思わずセラスランカを推測したが声を聞き即刻否定。

 少女は双子姉妹の片割れであるものの、名をティアドロップ。

 荒っぽくない方のオブシディアンだった。

 しかし、

 

「追われてるのか!」

「見れば分かるでしょうッ」

 

 こちらに駆けるティアドロップの後ろに、今度こそ俺の予期していた大柄な影が登場する。

 入り口の扉はそいつには狭すぎて、枠ごと大きく吹き飛ばされた。

 ガラスの破片が宙に飛び、勢いよく床に散らばる。

 鬼が出るか蛇が出るか。

 目を懲らすと、そこにはまるで、ハダカデバネズミとオランウータン、キメラ合体したブタとゴリラの(あい)の子のような怪物が……

 

「プルァァァァァァ”ァ”ァ”ァ”ァ”ッッ!!」

「いやキモすぎんだろ! なんだアレは!?」

豚猩猩(オーク)!」

 

 嘘だろ? 怪人道じゃねえかよ。

 呆気に取られる俺に、ティアドロップは走りながら言う。

 

「逃げて! コレの狙いは私!」

「──なに?」

 

 だったら、それはますます、見過ごしてはおけないな……

 

 

 

 

 





tips:豚猩猩

 オーク。
 人界・怪人道に分類される危険種族。
 頑丈でゴワゴワの体毛と、象の足のような脂肪の鎧に覆われている。
 顔はしわくちゃな豚をゴリラと掛け合わせたみたいな雰囲気。
 鋭い爪や牙の他には、毒液を染み込ませた三つ編みの鞭(体毛を切り離したもの)を用いて外敵を攻撃する。
 トロールのような精神的悪性はないが、知能が低いゆえに、どちらかというと猛獣に近い扱いをされている。

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