ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#008「錐揉み式火熾し」

 

 

 時の流れの過ぎ去るスピードはどうかしている。

 自給自足のサバイバルを始めてからというもの、これはあらゆる面で感じてきたことだが、課題というのは基本的に一日一つのペースでしか満足に終えられない。

 

 ワンデイ・ワンタスク。

 オア、ワンチャレンジ。

 

 これまで俺は、何かを切断したいとき、すでにだいたい鋭利な形状をしている石を拾って、即席のナイフ代わりにするなど、目的と用途に応じて、できる限りその場その時にあるものを利用して対処にあたってきた。

 

 原始的で不便な暮らし。

 我慢さえしていれば、それだけでも十分に一日をしのげた。

 

 また、豊かな土地を探し求め、あくまで今よりももっと上があるはずだと懸命に足を止めなかったここまでの行程を振り返る。

 

 余計な体力を消費せずすむよう、持ち物は軽めに、極力身軽さを心掛けた。

 ゆえに俺はいまだ、いい感じの棒と少量の木炭しか持ち歩いていない。

 あとは最初から着込んでいた黒いズボン、紺のシャツ。レザーの上着と厚手の革靴。手袋が欲しいと何度嘆いたかは分からない。

 

 ともあれ、石器や土器などの作成は、それが成功するかは置いておくとして、完成すれば重たく、また嵩張り、わずかながらも確実に機動性を奪われる。

 五十歩百歩かもしれないが、いつドラゴンが降ってくるかも分からない場所で、それはなるべくなら避けたい。

 

 だからこそ、反復横跳びのように素早い行動を優先したかった俺は、木材資源を入手可能になっても、いろいろと不便なのは承知の上で、敢えてノンツールライフを続けてきた。まあ、普通に余裕がなかったって事情もあるけれど。

 だが、

 

「風呂作りに挑戦するとなると、いよいよ以って本格的な道具作りが必要だよな」

 

 セカンド・キャンプベース。

 水と食糧の調達が可能な川と、主に木材という点で資源に溢れている林。

 雪化粧は相変わらずだが、除雪を行い裸の地面を調べれば、なんとこのあたり一面に立派な苔まで生えていることが分かった。

 苔を地面から根っこごと引き剥がし、天日干しか焚き火の熱で乾燥させれば、ふかふかなベッドにも座布団にもなる。苔は断熱材として、大いに有用だ。

 川底には、石器の材料になりそうな石ころがいくらでも転がっている。

 

「……いいぞ。ここは、かなり、いい……!」

 

 二日目の夜、ひとまず一日かけて周囲の探索を行なった俺は、改めて自らの直観が正しかったことを確信した。

 腹痛の原因になった群生ベリーも、今後は注意して採取し食べていけば、不足していた栄養素を確実に補給できるはず。

 林もまた、想像以上に広い。

 道に迷う可能性を危惧して、今のところはまだ川沿いからぐるりと外縁を調査してみただけだが、それだけでも、結構な奥行きがあるのを確認できた。全容の把握は、数日かけても難しいに違いない。

 

「ちょっと踏みいっただけでも、こんなに太めの枯れ枝が手に入ったし、今夜は錐揉み式火おこしで確実に暖を取ろう」

 

 異世界に転生し、サバイバル生活を始めてから、ようやく生活の質が上を向いてきた予感がする。

 俺は暫定住居の雪洞に潜り込むと、さっそく枝を並べて火熾しの準備に取り掛かった。

 いつぞやのイカれたテンションを思い出すが、今日はさすがにアドレナリンが出まくっていて眠れそうにない。

 明日の活動に影響が出てしまうだろうが、落ち着くまで作業をしていた方が、昂った神経にも優しいはずだ。

 

 念願の錐揉み式火熾しに、ようやく挑戦できるというのもある。

 

 火打石・鳥の巣式焚き火術。

 あれは効率が悪い。

 何度も繰り返して、すでに七割くらいの確率で成功に漕ぎ着けることが分かっているが、火熾し一つに平均で半日以上費やす高コストは、ハッキリ言って如何(いかん)ともし(がた)い特徴だった。

 

 針葉樹林を見つけたいま、川岸の低木から生えた極細の小枝に頼る必要はもうない。

 

 生きるための純粋な試行錯誤。

 苦しくて辛いはずなのに、どこかで楽しいと感じつつあるのは成長か錯覚か。

 なんにせよ、

 

「まずは樹皮を削って、手頃な枝を握りやすくする……と」

 

 俺は記憶を辿りながら、一個一個作業を進めていった。

 両手で挟み込んで、スリスリするための一本。

 スリスリ棒をあてがい、摩擦熱で種火を作るための台座用の丸枝。

 できた種火を移して、息を吹き込むようの鳥の巣。

 今回は小枝のスライスじゃなく、林の中にあった地衣類を利用することにした。地衣類が手に入るとは驚きだったが、本来はこっちのほうがサバイバル的には正道だろう。

 

「──よし。じゃあ、いっちょ、やっていきますか」

 

 腕まくりをし、気合いを入れる。

 ここからは、ひたすらに腕力と気力の時間だ。

 スリスリ棒をスリスリさせ、摩擦熱でどうにか種火を発生させなければ。

 

「────────」

 

 スリスリ、スリスリ。

 スリスリ、スリスリ。

 スリスリ、スリスリ。

 

 次第に手のひらに豆ができあがって痛み出すが、無心で棒をスリスリし続ける。

 こんな痛みは、どうせ最初の内だけだ。

 何度も繰り返し、慣れていく内に、自然と皮が鍛えられ、いずれ出血もしない頑丈な手のひらができあがる。

 そして、その先にこそ、最短効率の『火熾しスキル』が待っているはずだ。

 必要な初期投資だと思って、頑張って痛みを無視する。

 

「………………」

 

 スリスリ、スリスリ。

 スリスリ、スリスリ。

 スリスリ、スリスリ。

 スリスリ、スリスリ。

 

 少しの煙があがり、汗が額をポトポトしたたり落ちた。

 単純な作業だが、だからこそ熱気のこもる肉体の運動に、雪洞の空気はムンムンと蒸し暑くなってきている。

 今後はきっと、何度もこういった暑さと付き合うことになるんだろう。

 石斧を作ったら、木材の伐採に何度も斧を振り続けることになるだろうし、汗をかいて体が冷えて、冷え切る前に焚き火の熱で暖を取って。

 

 風邪をひかないよう、注意しないといけない。

 

 抗生物質なんかどこにもないだろうし、体が何よりの資本だ。ポーションとかあるんだろうか?

 まあ、それはいい。今は何にしても無い物ねだりにしかならない。

 

「あの、林は、シカとか、イノシシとか、住んでたり、するかな」

 

 いればジビエが期待できる。

 けど、その前にどうやって獲るかが問題だ。

 現実的なのは罠にかけることだろうけど、俺の脳では、落とし穴くらいしか思い浮かばない。

 そうなると、間違いなく重労働だ。

 あまりスマートな策とは言い難そうだし、成果が無かったときの落胆は、今のうちから覚悟しておかないと……

 

 

「──────」

 

 

 集中、黙考。

 そうしている内に、小さな赤色がついにチラつき始めた。

 

 火種。

 

 俺は慎重に、そぉっとそれを地衣類へと移動させる。

 イメージするのは、(かまど)(ふいご)

 両手で包んだ地衣類へ、優しく息を吹き込み、火種の炎が徐々に燃え上がってくれるのを緊張して祈る。

 

(つけ……つけ……!)

 

 ────メラ

 

「!」

 

 火は不意に揺らめくように燃え上がった。

 

「おっ、おおお」

 

 慌てて焚き火スペースに持っていき、薪を焚べていく。

 神秘的な赤色が、ゆっくりと大きくなった。

 

 

「ッ、よっしゃアア!」

 

 

 かかった時間は、たぶん三時間程度。

 選んだ枝が良かったのか、それとも単なる幸運か。

 何はともあれ、この火は絶やさないようにしないと。

 錐揉み式火熾し、クリアだぜ。

 

 

 





tips:火打石・鳥の巣式焚き火術

 たくさんの小石と、その上に広げたスライス状の小枝を使った強引な火おこし術。
 現実にもフェザースティックと呼ばれる火口(ほくち)作成のためのテクニックがあるが、メランズールはたまたまそれに似た火口(鳥の巣)を作る発想に至った。
 石を石に投げつけ、火花を散らせることで種火を作る。
 錐揉み式も相当疲れることに変わりないが、こちらも負けず劣らず重労働。たぶん正気じゃない。

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