ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#082「魔術考察・前段」

 

 

「……魔術を、何と心得る?」

「左様」

 

 男は古めかしい口調で頷いた。

 机、椅子、書棚、壁、天井、床、絨毯、燭台。

 部屋の中に通されてからというもの、視界に入るすべてが()()()で統一されている。

 俺は少々面食らった。

 出会い頭にいきなり、挨拶も抜きに発せられた今し方の質問もそうだが、まずはそれよりも偏執的な内装、あくまでも()()を目につかせる明らかな反骨精神。

 メラネルガリア貴石貴族十一位、黒方解石。

 現当主の名はトルネイン・シャーマナイト。

 ネグロ王との確執が深いことは、史書にも記されるほど有名な話らしいが、これはひょっとするとかなり根の深い問題かもしれない。

 

(いっかめしい顔……)

 

 ダークエルフはただでさえ顔の彫りが深く、陰影に沈みがちというのに。

 トルネイン・シャーマナイトの顔は、多くのシワが刻まれ威圧感を増していた。

 外見の年齢はホモサピエンスで云う七十〜八十歳。

 しかし、長寿種族であるダークエルフでありながら、逆にそれだけの年齢を感じさせるということは、実年齢はおそらくセドリックより遥かに上だろう。

 ともすれば、噂に聞く旧世代(エルダー)であっても、おかしくはないか……?

 

(見た目は完全に魔術師)

 

 杖とローブ。

 まさに古典的かつ王道一直線の出で立ちである。

 だが、侮ることはできない。

 トルネインはその身に、いくつもの宝石を身につけていた。

 両の五指に嵌められた指輪はどれも特大の宝石を埋め込み、その服の裾や襟口には、小粒ながらもキラキラと涙滴型の貴石が飾られている。

 凡百の魔術師とは、あまりにも攻撃力かつ防御力が違った。

 杖もまた、一目で逸品と分かる特注仕立て。

 最下位貴族とはいえ、さすがに貫禄がある。

 だが、

 

「その質問にお答えする前に、訂正を」

「……」

「私は黒金剛石(アダマス)ではなく、黒尖晶(スピネル)です。名はラズワルド・スピネル。何か勘違いをされてはいませんか?」

 

 カマかけの可能性も考慮して、最低限ここは取り繕わせてもらう。

 俺は内心ドキドキしながらトルネインの様子を窺った。

 すると、

 

「……ほう。そうか。貴殿はあくまでも、第二妃をこそよすがとするのだな。であれば、そういうことでもよい」

「え? あ、いや……」

「先ほどの問いだが、改めさせてもらうとしよう。シャーマナイト家当主トルネイン・シャーマナイトは、アダマス王家にゆかりあるスピネルの次代──すなわちは貴殿に問いを投げかける。其は、魔術を何と心得たるや?」

 

 トルネインは再び、同じ質問を繰り返した。

 引っ掛かりを覚えるイヤな話の運び方だが、どうやら一応、俺をスピネルとして扱うことにはなったらしい。

 というか、これはどちらかというと、質問の方に重きを置いているのか。

 トルネインの最大の関心は、理由は分からないものの、わざわざ俺と直接対面して、魔術についての解釈を引き摺り出すことにあるように思える。

 

(レイナートの見舞いに来たつもりが、思わぬ展開だぜ)

 

 別室に通され、フィロメナと切り離されたのは不思議でも何でもなかった。

 望み薄とはいえ、仮にも令嬢が後継を訪問したのだ。

 シャーマナイト家が余計なひっつき虫を遠ざけようとするのは当然であり、まあ、そもそも会わせてすらくれないのは(いささ)か狭量すぎるとも思わなくもなかったものだが、なにぶん道中腕を組んで歩いてきたのをシッカリ門衛に目撃されている。

 不興を買ったと思えば、仕方のない塩対応と納得も行った。

 

(フィロメナが「え、あっ!?」つって動揺してたのも笑えたしな)

 

 しかしまさか、俺の方まで想定外の事態に巻き込まれるとは。

 この状況、どう考えても色気のある話は生まれそうにない。

 レイナートのことが少しだけ、羨ましくなりそうだった。

 とはいえ、訪れておいて早々に帰るというのも、人として普通に礼儀知らずだしな……俺もそこまで蛮族になったつもりはない。

 

(──にしても、魔術。魔術か……)

 

 それは魔法とは、似て非なる超常の御業。

 セドリックや〈学院〉の講義を通じて、俺も多少は把握している。

 曰く、

 

「〝魔術とは、言ってしまえば()()()()()〟」

「……」

「〝一の意識を映し出す水鏡ではなく、全の無意識を結ぶ機織り器〟」

「『魔法使いと魔術師』」

「はい」

 

 頷く俺に、トルネインは無言のまま「それで?」と続きを促した。

 

(……やっぱり、単なる引用だけじゃ、答えたことにはならないか)

 

 魔術師らしいトルネインに、本の受け売りを聞かせたところで、そんなものは此処で望まれている答えではないらしい。当然のことだが。

 

(しかし困った)

 

 俺はスぅと息を吸って、思考の歯車を巡らせていく。

 藪から棒に突然、魔術を何と心得る? なんて訊かれても、そんなコト、こちとら魔術師でもないのだ。

 日頃から考え込んでいたワケでもなし、すんなりとは意見を出せない。

 自分なりの解釈を述べるには、まずは前提となる知識を確認していかなければならなかった。

 

「すみません。少し、頭の中を整理しながらでも?」

「必要であるなら構わない」

「助かります」

 

 許可も得たところでしばし黙考。

 先ほどの引用、水鏡ではなく機織り器云々(うんぬん)というのは、トルネインも察した通り『魔法使いと魔術師』に出てくるマクシミリアンという男の代表的な言説である。

 

 ──魔術とは、世界の魔法。

 

 しかし、魔法と違って魔術は、使い手が魔力を持たなくとも発動可能な、()()とされている。

 個人の意思や心の有り様、感情、欲、エゴなんかがダイレクトには結びつかない。

 結果として現れる超常現象こそ魔法と酷似しているものの、その発動過程と発動経路。

 二種のプロセスが大きく異なるものが魔術──ただし。

 

(忘れるな。それが超常現象である以上、魔術も魔法と同じで、元手に魔力を使っているのは変わらない)

 

 なぜなら、無から有は決して発生し得ない。

 何かを生み、創り出すというコトは、その創造物を形作るため、必要になる材料を準備・提供するのとまったくの同義。

 

(当たり前だ)

 

 焚き火を熾すのに、薪と火種が必要なように。

 獲物を捕らえるのに、罠の設置と見回りが必要なように。

 寒さを凌ごうと雪洞を掘れば、手が霜焼けになって酷く体力を消耗するように。

 求めるもの、欲するものを手に入れるためには、対価(コスト)を支払い労力(エネルギー)を注ぐ必要がある。

 

 そして、魔法にとってそれは、個人に与えられた余剰の〝存在規模(イデア・スケール)

 

 分かりやすく言うと、その生物がその生物として本来備え持つ、寿命以上の寿命。

 ゲーム的な表現をすれば、体力ゲージの上限をリミットブレイクした先にあるイレギュラーなもう一本目(アナザーゲージ)

 ゆえにこそ、魔法使いは普通の人よりも頑健とされていたり、また、驚くほど長命だと噂される。

 けれど、

 

「魔術師は魔力を持ちません。魔力とは天賦の才能であり、生まれ持つのはひどく稀なこと」

「然り。その通りだ。では、魔力持たざる尋常人が、なにゆえ超常現象を成し得るのか……貴殿は知っているか?」

 

 答えは、もちろん知っている。

 

「──()()()()()

「ふむ。より正確に言い表すなら、世界に隠された〈古態元型像(アーキタイプ)〉へと通じる()を発見したと言うべきだが、広義においては間違いではない」

「どうも」

 

 トルネインの補足に軽く頭を下げる。

 今の言い回しは、学者系の人種にありがちな、素人にはかえって分かりにくい専門用語を交えたものになっていたが、幸いなことに、〈古態元型像(アーキタイプ)〉という語なら耳覚えがあった。

 

 ──百億年以上前の流出代、世界神はその呼吸で宇宙の基礎となる土壌宇宙を流出し、後のあらゆるものの元型、アーキタイプと、その基本的な霊的真髄、エッセンスを広範囲に拡散したわ。

 

「……」

 

 頭の中にふと蘇る彼女の声音。

 俺は学習をやめていない。

 だから、トルネインの言わんとしていることがすんなり理解できた。

 

「すべての生き物や自然には、共通にして普遍の記憶。またの名を、集合的無意識があると云いますね」

「万物に宿る原初の繋がり。旧き神話に曰く、この世界は〈存在の始原〉によって流れ出でた末のモノと云う。であれば……」

「すべてのモノは大元を辿れば繋がっていて、どんな存在も究極的には川の支流のようなものに過ぎない。ですか?」

「うむ。そして」

 

 時の流れの果て。

 今現在はどれほどかぼそい繋がりになっていようとも、繋がりが存在し、必ずどこかで結びつくのなら、我々は個として分かたれたりといえども同一のイメージ、『意識』を共有しているとも言える。

 トルネインは年齢を感じさせない、実に淡々とした口調で続けてみせた。

 要するに、俺たちは生まれながらに共通の記憶、元型と呼ぶべきイメージ像を持っていると言っている。

 

(たとえば……そうだな)

 

 神話や伝説などで例えると分かりやすいかもしれない。

 ギリシャ神話のオルフェウスとエウリュディケ。

 日本神話のイザナギとイザナミ。

 詳細は割愛するが、どちらの神話も夫が死んでしまった妻を取り戻そうとし、冥界からの帰路の途中、決して振り返るなと言われていたのについ振り返ってしまうなどの共通点が存在している。

 その他にも、

 

(イギリスのアーサー王、ベトナムのレ・ロイ)

 

 こちらも湖に棲む精霊から特別な剣を授かった英雄として、現代まで逸話が伝わっていた。

 洋の東西がとんでもなくかけ離れているにも関わらず、これらの神話・伝承は何ゆえ類似点を持ったのだろう?

 どこかに原典(オリジナル)が存在し、それが人伝に広がったのだろうか?

 

(俺は学者じゃないし、詳しいことは分からんけどさ)

 

 太古の昔、人が天より降り落ちる雷光を見て、荒ぶる神の像を連想したように。

 豊穣をもたらす大地、恵みをもたらす海原、大地と海に対して「母なる」と修飾するようになったのは何故なのか。

 ひょっとすると人は魂の奥底に、同じ記憶を有しているからなのでは?

 

(──SFとかだと、遺伝子に眠る祖先の記憶とか言ったりしてね)

 

 まあそんなこんなで、この〈渾天儀世界〉でも、集合的無意識の概念は認められている。

 〈古態元型像(アーキタイプ)〉というのは、つまりはその集合的無意識に潜んだ万物の元型、オリジナルイメージと言い換えていい。

 

 察しのいいヤツは、この時点で気がつくだろう。

 

 魔法使いにとっての力ある言葉(呪文)

 それが、魔術師にとっては〈古態元型像(アーキタイプ)〉であるという事実に。

 

「すべての魔術師は、〈古態元型像(アーキタイプ)〉との繋がりを意図的に太くするため、如何にして親和性を高めるか? 如何にすれば、()()()()()()()()使()()()()()()()? 術式の発見と構築を求められる」

 

 トルネインの口調は段々と熱のこもったものに変わってきた。

 目の前で真っ向からその言葉を受け止める者として、俺は「思えば、この老人はどうして魔術師なんだろう?」と疑問を覚える。

 ダークエルフの男は通常、戦士として育てられるし戦士になることが当然。

 メラネルガリアの常識において、トルネイン・シャーマナイトの風貌は明らかに常道から逸脱していた。

 宝石の埋まった指輪が黒々と光る。

 

「魔法使いや魔物とは異なり、所詮は尋常人に過ぎない魔術師は、魔力を己の色に染めることができない」

 

 仮にリソースとして優秀な一千年ものの宝石や、特殊環境下で育った動植物等の魔力源があったとしても。

 それらは自分の物ではないから、どう理を捻じ曲げようとしたところで、自由に使う権利を認められない。

 

「しかし、自分の物ではないにしても、皆の物ではあるはずだ」

 

 だからこそ、

 

「術式を成り立たせる二つの必須要素ですね」

「〝象徴〟と〝擬似因果律〟──奇跡を為すのに必要な日頃からの研鑽を以って、我らは我らが望みの叶え方を識った」

 

 繰り返そう。

 ()()()()()()()()()

 超常を希った尋常人が、〈古態元型像(アーキタイプ)〉との親和性を高めるため、如何にして繋がりを太くするか。

 太くした〈道〉を辿って、如何にして集合的無意識(世界)に超常現象を起こさせるか。

 そういったロジックと仕組み。

 もとい術式の発見こそが、魔術の総括である。

 

(じゃあ、具体的にはどうやって〈古態元型像(アーキタイプ)〉との親和性を高めんの? って話だけど)

 

 それもいま、トルネインが言った。

 

 〝象徴〟と〝擬似因果律〟

 

 この世界流に小難しく要素の切り分けを行うと、そう云うらしいが、要は類感・感染魔術の原理と変わらない。

 

(なんだっけかなぁ……雨乞いの儀式とか、(うし)(こく)参りとかだっけ?)

 

 雨を降らせたいという目的。

 憎い誰かを殺したいという目的。

 前者は生贄と一緒に水を張った甕を用意し、乾いた大地に命と水を撒き散らすという行為。

 後者は怨敵に見立てた藁人形を、釘で打ち付け神聖な境内で磔るという残酷行為。

 どちらも象徴となる『記号』を用いて、自身の求める結果に近い行い──擬似的な因果の帰結──を『代演』している。

 

(すなわち、それこそが術式だ)

 

 世界に存在している大昔からの法則性。

 似ているもの同士には、一見どんなに大きな隔たりがあるように思えても、実際はどこかで必ず何かしらの相互作用が働いている。

 だからこそ『共感』という現象が存在し、それは類似性や接触性……関連という概念のもとに不可視の絆を作り上げた。

 〈道〉というのは言うなれば、その絆のことでもあり、最大多数の集団錯覚とも言い換えられる。

 

 簡単な話。

 

 枯れたススキが月夜の朧に揺れ動くのを見て、誰かが幽霊を見たと思い込んだ。

 それを、たくさんの人が真実だと受け止め「そういうこともある」と認めたなら、それは事の真偽に関わらず現実の出来事に変わるのだ。

 幽霊の正体見たり枯れ尾花。

 されど、多くのものがその幻視を無理もないと肯定していた。

 なので、

 

(幽霊も実在するガチの異世界……)

 

 前世じゃ迷信・オカルトの類に過ぎなかったコトが、この〈渾天儀世界〉ではマジの効果を発揮してしまう。

 もちろん、それはただの素人がやっても何の意味も持たない。

 日頃から〈古態元型像(アーキタイプ)〉との親和性、術式の強度を上げる努力。

 先ほどの例で言えば、雨を降らせるため毎日生贄と水甕を用意。

 敵を呪い殺すため、七晩連続深夜に藁人形を磔。

 そういった一見何の意味も持たないような不毛にも思える繰り返し。

 自身が術式の不純物にならないよう、最大限まで努力を重ねた者だけが、いつしか魔術式そのものとなり、〈古態元型像(アーキタイプ)〉を掌握可能なのだとか。

 

(──もっとも)

 

 魔術にも当然、修得の難しいと易しいがあり、魔術であればそのすべてが発動しにくいというワケでもない。

 先ほど挙げた例二つは、どちらかというと、どちらも一級に分類される代物だろう。

 小さな奇跡を望むのであれば、少量の対価で。

 大いなる奇跡を望むのであれば、やはりそれ相応の対価で。

 

「詠唱、ボディアクション、儀式化、大儀式化。

 〈学院〉の講義でも、様々な術式アプローチがあると教えられていますが、シンプルな手段だと〈道〉も短くなりますよね」

「ほう? そこまで踏み込めるのか。結構。実に結構」

「……」

 

 トルネインは感心したように首肯を二〜三度した。

 その反応に思うところがないワケではないが、顔に出すほど気にかかる態度でもない。そもそもこちらは顔を隠している。

 

(う、う〜ん……何なんだろうな? このひと)

 

 トルネインが何を求めて俺に魔術を語らせるのか。

 その意図は(よう)として知れない。

 なので、やや釈然としない気持ちではあるが、咳払いをして話を進める。

 今はまだ、相手の質問に答えを出せたというワケでもない。

 トルネインが親切に時間を割いてくれている内に、早いところ()()()()を済ませてしまおう。

 

「ウッ、ウンッ。……〈道〉が短くなれば、〈古態元型像(アーキタイプ)〉との繋がりも必然、薄くなります」

「左様。そして、そこまで掘り下げたならば、もちろん分かっているのだろうな? 〈古態元型像(アーキタイプ)〉へ通じる〈道〉──これは、()()()()()()()()()()()()()?」

 

 試すような、否、面白がるような声の響き。

 ここで答えられなかったら、俺、ものすごく失望されるんだろうな?

 

(どうでもいいけど)

 

 深呼吸して間を挟んだ。

 

「──その問い掛けに答えるには、万物の集合的無意識。共通の普遍記憶。〈古態元型像(アーキタイプ)〉とはそも、何処(いずこ)にて存在を証明されたのか? そこに触れなければならないでしょう」

 

 瞬間、ニヤリと口端を歪めるトルネイン。

 老人はまるで、教師のような眼差しでこちらを見ている。

 ここからは魔術の核心。

 いよいよ本質に迫る段階に話が進んでいくため、俺のことをどこまでデキるヤツか、量っているのかもしれなかった。

 まあ、なんで量られているのかは分からないけど……

 

()()()()()()使()()()()()()

「……」

「ですが、魔術も魔法も、どちらも超常現象を生み出すのに『魔力』を消費しているのは変わりません」

 

 消費している魔力が、自己の存在力か世界の存在力か。

 オドとマナ、内気と外気。

 違いがあるのはリソースの源。

 

「けれど、世界の魔力とは、果たして何処にあるのでしょうか? どうやって探せば良いのでしょう? 魔力自体、そもそも物質ではないというのに」

「そうだな。魔術が確立されるまで、魔力は魔法という形でしか視認不可能な代物であった」

 

 魔術師がまだ魔術師と呼ばれる以前の時代。

 はじまりの魔術師は、奇跡を成すのに魔力が必要なことは理解できた。

 なにしろ魔法使いという前例があったため、魔物ならざる此岸のものでも、魔力さえ用立てることが叶えば、自分たちでも奇跡を操れるのは証明されていたから。

 

 だが、魔力そのものは見えず聞けず触れず香らず。

 

 当の魔法使いたちでさえ感得が難しいらしい。

 はじまりの魔術師は、偶発的な術式の発見により驚くほどスムーズに奇跡の起こし方を検証・確立させたが、自分たちが奇跡を成す際、たしかに消費しているはずの魔力。

 それだけが、何処から来て消えているのか? 長い間分からなかった。

 由来の知れない謎の奇跡ほど、不安を抱かせるものはない。

 〈古態元型像(アーキタイプ)〉そのものも、当時は最も有力な仮説のひとつに過ぎなかったと云う。

 

「けれども、魔力≒存在力であるならば、それは万物に宿っています」

 

 宇宙も、星も、時間も、元素も、生命も、記憶も、感情も、魂も。

 この世にある何もかもすべて、〝ある〟という事実がなければ存在し得ないがために。

 

「魔術は世界の魔法。〈古態元型像(アーキタイプ)〉は集合的無意識。魔法が一の意識を写す水鏡で、魔術が全の無意識を結ぶ機織り器ならば」

 

 魔術で消費されている魔力は、集合的無意識に染められた大きな川の流れ。

 

「すなわちは、〈霊脈〉の魔力でしょう」

 

 地脈。

 あるいはときに、星脈とも呼ばれる大河のごとき魔力流。

 大地の奥底の砂礫、岩層の空隙を縫って走る星の血液。

 霊的真髄の循環する路穴(みちあな)

 その中でも、比較的地表に近いレイヤーレールこそは、

 

「世界……つまりは大陸で生息する全ての種族を支え、最もその痕跡を受け止め続ける大釜に他なりません」

「素晴らしい」

 

 トルネインはただ賞賛した。

 端的であり、味気ないとも言えるシンプルさだったが、どうやら本心から感心しているらしい。

 その賞賛は深い息遣いと一緒に吐き出されていた。

 

「全の無意識。集合的無意識。共通普遍の記憶。言葉や概念の上ではいとも容易く口にできるが、これらの正体、真に理解している者は少なくなってしまった」

 

 星の存在力。

 大陸の深き血潮。

 霊脈には様々なものが堆積し、混ざり合う。

 

「土に還ると云うであろう?」

「……」

「生あるものは皆な朽ちて、最後は土塊。土に還った我々の記録、魂の染み。受け止め煮立てるは、大地の霊脈」

 

 ゆえに、ひとつひとつは滓に等しい残念なれど、注がれ込まれた数がほら、歴史がほら。

 

「──まさに、集合的無意識と呼ばれるに相応しい積年であろうな」

 

 魔術師が皆な、何故杖を持つのか?

 それは足元に横たわる深大な星の存在力。

 世界に折り重なった全の無意識。

 より正確には、〈古態元型像(アーキタイプ)〉へ通じる道と、少しでも長く繋がっているため。

 杖は古来より人々の歩行を助け、長距離の移動を助くのに用いられた。

 二本の足(注意:種族によっては本数が異なる)と同様、大地との接触が最も長い拡張触覚器官。

 魔術師たちが大地(世界)との極めて高い親和性を見出すのは、あまりにも必然の成り行き。

 

(だからこそ、大半の魔術師は杖を愛用する)

 

 元より類感と感染。

 類似した二つのものを照応させることで、望みの超常現象を成立させる手法こそが、この世界における魔術という技術だから。

 

「さて」

 

 それを踏まえて。

 

「そろそろ、良い頃合いであろう。魔術の意義と正体について、我らは互いに十分な見解を共有できたと思える。そこでだ」

「……」

「質問を是正しよう。我らダークエルフ、北方で最も貴き種族の末裔(すえ)

 

 偉大なる古セプテントリア。

 史上で唯一、北方大陸(グランシャリオ)を統一してみせた()()()()()()()の同胞。

 

「そして同時に、魔術文明……いまや醜いほどに肥大化してしまった地熱文化(黒色信仰)。歪んだ差別意識を生んだ、我らが過ちと未来」

 

 すべては──大魔術式『黒石玲瓏晶瑩國體(メラネルガリア)』に端を発す。

 

「魔術に頼り魔術に秀で、いつの間にか引き返せぬところまで、自分たちを追い詰めてしまっていた愚かな種族(魔術式)について」

 

 若者よ、貴殿は何と心得る?

 

 

 

 





tips:〈古態元型像〉

 アーキタイプ。
 万物の集合的無意識、共通普遍記憶。
 いわゆるアカシックレコード的概念だが、その中でも〝オリジナル〟を指す言葉。
 星の表層を流れる霊脈(魔力≒星の存在力)の一部が、上から折り重なった数多の事象・想念・感情の受け皿となることで記録の大釜となった。
 魔法使い個人の魔力が、呪文を唱える前まで無色だとした場合、こちらはあらかじめ極彩色に染まっている。
 その構造上、深ければ深いほど、古ければ古いほどアーキタイプに近づき、より強力な魔術を発動可能。

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