ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#084「企む者たち」

 

 

「やめていただけませんか、御老公」

 

 ラズワルドが屋敷を去って、すぐのことだった。

 トルネイン・シャーマナイトは入れ替わるように現れたもうひとりの客に、屹然とした抗議を受けていた。

 

「……そう怒った顔をするでない、フィロメナ嬢」

「怒らせるような真似をしたのは誰です」

「美人の怒り顔は箔がつきすぎるのだぞ? それでは〈学院〉の()の子どもも、蜘蛛の子を散らして逃げ去ろう」

「ふざけないでください」

 

 惚けた回答に少女──フィロメナ・セレンディバイトは柳眉(りゅうび)を逆立て、更に老人へ詰め寄る。

 どうやら彼女の機嫌が損なわれているのは、明らかにトルネインが原因のようだ。

 しかし、責められているトルネインの方に改悛の色は無い。

 手元に浮かせた先ほどの石仮面を、緩やかに回転させて泰然自若。

 

「あの少年と切り離されて、(せがれ)の相手をさせられたのが、そんなに気に食わなかったかね」

「当然でしょう。()()()()()()()()()()()()()()。わたくし、小さな頃から()()()()だけは趣味ではないのです」

「……ハッ! 人形遊びとは言ってくれる」

 

 フィロメナの毒舌に、トルネインは口端を歪めて石仮面を粉々にする。

 黒方解石の破片が、パラパラと部屋の中に散らばった。

 人形。

 人形遊び。

 フィロメナの皮肉は、老人の矜持に爪を引き立て不快感を与えるもの。

 そう。

 

「あれでもレイナートは、傑作と自負しているのだが?」

「でしょうね。わたくしも別に、人形師としての貴方の腕を、否定したいワケではありません」

 

 人形魔術。

 古来より人の文化圏に、人形は共通し存在する。

 農作物を見張るための案山子、からすおどし(スケアクロウ)

 精霊や神威を降ろし、祭祀の道具とするための式神、形代。

 果ては幼子の遊び相手として、愛らしく形作られる隣人たち。

 トルネイン・シャーマナイトは、そういった人形全般に共通する〝ヒトガタに宿る命〟の〈古態元型像(アーキタイプ)〉を掌握しており、自らの骨片からクローンとも呼べる自律人形(オートマタ)を製造していた。

 すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なのに、

 

「ほとんど本物と見分けがつかない人形なんて、それはもう怪談(ホラー)の領域でしょう。わざわざ御子息として〈学院〉に通わせる意義が? ああ、気持ちが悪い」

 

 フィロメナは嫌悪も露わに吐き捨てて見せる。

 

 つまり、彼女は知っていた。

 

 レイナート・シャーマナイトが魔術による産物、老人の操る道具(手足)に過ぎないことを。

 

「……ダークエルフが子を成せるのは、若い時分だけ。周囲から見ても、もともとアレが貴方の実子でないコトは明白ですのに、どうしてわざわざ親子のように振る舞うんです」

「知れたこと。その方が術式が安定するからよ」

 

 フィロメナは眉根を寄せる。

 戸籍上の登録や外聞的な意味で、レイナートは対外的にシャーマナイト家の傍流……親戚筋からの養子ということで通されているが、実態はトルネインの分身。道具。器物であり魔術でしかない。

 であれば、トルネイン・シャーマナイトは自らの複製を、実の子どもと扱っているようなもの。

 若いフィロメナにとって、それは何というか、生理的な嫌悪感をどうしてもぬぐえぬものだった。

 

 ──しかし、第三者がいればこれは、驚愕の状況である。

 

 老人はアダマス王家に冷遇されているシャーマナイト家の当主。

 対して、少女はアダマス王家、未来の第一妃候補と確実視されている有力貴族(セレンディバイト)の娘。

 年齢差や身分の違い。

 両者の組み合わせはメラネルガリア貴石貴族、誰が見ても不可解なもの。

 したがって、事情を知らぬ者ではどう窺ったところで、ただならぬ所以を想像せざるを得ない。

 そして、

 

「……ともかく、過ぎたことは仕方がありません。ですが、説明はしていただきます。事と次第によっては、殿下にもお知らせしなければなりません」

「ちと小心が過ぎるな、フィロメナ嬢。殿下はこの程度の瑣末事、いささかも気に留めはせんよ」

「それを判断するのは殿下です」

 

 実際、ふたりの間にはある人物を通して、同様の大志が存在していた。

 大志、それは大義と言い換えても構わない。

 どちらにせよ、ふたりは志しを同じくする『同志』なのである。

 だからこそ、フィロメナは怒っていた。

 トルネインの行動が、予定になかった逸脱行為が、これまでの計画すべてをご破算にしかねない身侭(みまま)だったため、見過ごしてはおけない。

 

「見過ごしてはおけない? ……これは異なことを。そもそもあの少年に探りを入れ始めたのは、フィロメナ嬢、そちらからだろう」

 

 老人は鷹揚(おうよう)に首を傾け、まるで揶揄(からか)うように視線を(すが)めた。

 

「ラズワルド・スピネルの正体は、いま以って不明。

 だが、少しでも頭の切れる貴族なら、あの少年が先の第一王子、死んだはずのメランズール殿下であることは容易に想像がつく」

 

 なにしろ、突如として表舞台に現れた謎の新世代。

 いかに病弱設定(もっともらしい理由)をくっつけ素顔を隠そうとも、スピネルの家名を名乗りスピネルの庇護を受けている以上、第二妃との関係を思うのは当然の成り行き。

 

「そのうえ、少年のそばには彼の〝懐剣(かいけん)〟が常に控えていると云う」

 

 かつて、ある令嬢と道ならぬ恋に走り、王の逆鱗に触れたことでロイヤルガードから使用人の身にまで貶められた男。

 

「年若いフィロメナ嬢は知らぬかもしれぬが、ルフリーネ・スピネルとセドリック・オニキス──いや、いまはアルジャーノンか──と言えば、それなりに知られたスキャンダルの当事者たちでな」

 

 すでに輿入れが近かったこと。

 コトが王の名誉を傷つける醜聞であったこと。

 二つの理由が合わさり、表向きは無かったこととして片付けられてしまったが、知るものは当然覚えている。

 で、あれば。

 

「アレはどこからどう見ても、ルフリーネ妃の息子であろうよ」

 

 母親が我が子を生かすため、生家とかつての恋人を頼った。

 点と点が結びつき、そういう見方の可能な図式が成立してしまうし、実際そういう事情にしか見えない。

 ならば。

 

「ならば、()()()()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()宿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……この」

 

 老人の意趣返し。

 冷め切った部屋の中、今度はフィロメナの精神が軋みを上げる。

 セレンディバイト家の美髪姫。

 完璧な令嬢。

 トルネインの言う通り、フィロメナの人生は一度として自分の物であったコトなどない。

 

 ──()()()()()()()()()()()

 

 フィロメナの一番重要な存在意義は、少女の意思とは関係ないところで、初めからそう決定されている。

 だが、

 

「……だとしても、わたくしが彼に近づくことは、殿下にもお許しをいただいています」

「おっと。そういえば、そうであった」

「わたくしと貴方では、状況が違うのです──説明を。御老公」

 

 フィロメナはあくまで、毅然とした態度でトルネインを睨み据えた。

 そもそもの話……

 

「彼が本当にメランズール王子であるかどうかは、正直なところ、誰にも分かっていないはずです」

「んむ?」

「当人の奇矯な言動。貴族らしからぬ粗野な振る舞い。辺境で隠れ潜んでいたなら、たしかにそこまでは理解が可能な範疇でしてよ」

 

 けれど、

 

「お忘れではないですわよね?」

「第三妃のことか?」

「ええ、そうです。まだほとんど他家には露見しておりませんが、殿下はすでにヘマタイト家を掌握済み。第三妃ジークシアは、しばらく表舞台に上がってこられない」

 

 仮にも同じ王家の一員なら、第二妃がこの状況で、なぜこんなにも沈黙を保ったままでいられるのか。

 

「様子を窺っているにしても、あまりに行動が無さすぎます。時期的な面でも、これ以上の雌伏には何の意味も見出せません」

「たしかに。ルフリーネ妃からすれば、現状は仇敵の邪魔が入らず、捲土重来(けんどちょうらい)にはもってこいのタイミング」

 

 息子に偽りの素性を脱ぎ捨てさせ、王位継承権を今こそ取り戻さんと行動に出ても、むしろ誰からも責められない。

 大義はある。

 正当な権利も、十二分な動機も。

 

「なのに、彼女は動きません。いっそ不気味なまでに沈黙を保っていらっしゃる。彼自身も、まるでそんな風には見えませんし……」

 

 ゆえに疑念が生じてしまった。

 メラネルガリア貴石貴族の一部切れ者たちの間では、〝やはり第一王子は死んでいる〟という説も出回り──そんな折に。

 

 ──彼を王宮に誘ってみることにしました。

 

「……殿下と彼の距離が近くなることで、計画に支障を来たすとでも?」

「当然であろう。殿下は(かなめ)の石。殿下のお心に少しでも曇りがあっては、大願成就はありえない」

「だから、わざわざわたくしを利用し、彼をここへ?」

「左様。魔術の何たるかを語らせ、国のあり方を問い、そこから得られる回答をもとにその本性を推察した──必要であれば、命も奪うつもりでな」

 

 鋭さを増す老人の声。

 フィロメナはだからこそ、唇を強く引き結んだ。

 なぜなら、魔術に造詣の深い者なら、誰でもこの部屋の危険性が分かる。

 四方八方、上下左右。

 部屋の主である老人は完全に魔術的な武装をしていて、床も壁も調度品類も、あちこちに発動一歩手前の殺傷術式。

 

 ……ああ、これで黙って見逃せという方がどうかしていますわ……!

 

 フィロメナはダンっとテーブルに手をついた。

 

「危険な独断です! 仮に万が一何事もなく彼を亡き者にできたとして、スピネル家は? ご自身も先ほどおっしゃっていたでしょう! 彼が持っているかもしれない第二妃との繋がり。懐剣何某の(まなこ)! 第一、殿下への申し開きはいったいどうするつもりで──!」

 

 人ひとり殺して出来上がる綻びは、実に大きい。

 そして、不審に思った第三者が、もしもフィロメナたちの真相に辿り着いてしまえば。

 

「──貴方のしたことは、それこそわたくしたちの計画を台無しにしかねない迂闊な軽挙妄動でした」

「かもしれぬ。だがまあ、そう興奮するでない。結果はほれ、この通りだ。血は一滴も流れなかったのだぞ」

「結果論を!」

 

 自身の糾弾にいささかも悪びれる様子のないトルネインに、フィロメナは眦をさらに険しくして拳を握る。

 怒りのあまり握り込んだ拳が、ワナワナと震えるほどに。

 だが、

 

「────」

 

 フィロメナはそこで、ふと冷静になった。

 トルネインはラズワルドの本性を、推察したと言った。

 推察し、そのうえで命を奪うか決めるつもりだったとも。

 では、結果として殺さなかった現在(いま)、その評価はどう転んで?

 

「御老公、彼は貴方の問いに、何と?」

「……」

「聞かせなさい」

 

 少女は欺瞞を許さぬ潔癖さで老人を見下ろした。

 未来の王妃として、それは命令だった。

 すると、

 

「そうだな……ひょっとするとあの少年は、我らにとって正しく忠誠に値する王となれたのかもしれぬ」

「──え?」

 

 老人は少女の問には答えず、然れど審美眼の結果を語った。

 

「だがありえぬよ。決してありえぬ。それはもう、潰えた可能性だ。殿下の決意も、我が決心も、まったく揺るぎはしない」

 

 そして残念そうに、無念そうに、老人はそんなことあるはず無いにもかかわらず、小さく鼻を鳴らす。

 

 

 

 

 

 

 ──メラネルガリア崩壊まで、残り二十と五日。

 

 

 

 





tips:魔術師の装束

 大抵の魔術師は自身の扱う術式に寄り添った衣装を身につける。
 とりわけ一般的なのは『杖』と『装飾品』。
 どちらも霊脈との接続をたすけ、集合的無意識へのソナーないしアンテナ、現代的な物のたとえをすればwifiの中継器的な役割を果たすためだ。
 魔法が神or天の理であるなら、魔術はさしづめ人or地の理。
 ローブ姿に杖といったクラシカルな魔術師像。
 ローブという語にはもともと、戦利品や略奪品という意味があり、かつては身分の高い者のみが身につけられる〝一揃いの衣類〟を指した。
 征服者であり支配者、王侯貴族であり高位司祭。
 まつりごとを執り行い、集団をまとめあげられる特権階級。
 そういった一部の人間こそ、魔術師の始祖(はじまり)なのだろう。

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