ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#097「王宮の生活者」

 

 

 その提案は藪から棒だった。

 宮殿案内。

 幼女はさも名案であるかのように持ちかけてきたが、しかしそうは言われても、今日はもともとナハトの招きで王宮に来ている。

 招待主(ホスト)の許しもなしに、勝手にウロウロするワケにはいかない。

 宮殿のことより、書架室をもっと探索したいという気持ちもあった。

 なので、幼女にはやんわり、それとなーく代替案を要求してみたのだが、

 

「ご安心を! 殿下の許可はいただいています!」

「あ、そうなの……?」

「はい!」

 

 とのことで、俺は手を引かれるまま、結局後ろ髪を引かれる思いで宮殿内を観光することになってしまった。押しの強い幼女である。

 

「しっかし、宮殿の案内って何を見せてくれるんだ?」

「フッフッフ。王宮にしかないものですよ」

「王宮にしかない?」

 

 なんだろう。そう言われると、たしかに好奇心は刺激されるが……

 

(あれかな。来るときに通り過ぎた礼拝堂みたいな、特別な遺跡か何かとか?)

 

 音に聞こえしモルディガーン・ハガル。

 メラネルガリアの中枢も中枢。

 ダークエルフの王族がその寝食を行う場所で、偉大なるセプテントリア文明の遺跡が、ひとつだけとも限らない。

 であれば、たしかに貴重な文化遺産を鑑賞できる機会では、あるのか。

 俺にとっては、今こうして歩いている廊下のいくつかも、修学旅行に来たみたいな感覚に陥るものだけれども。

 

(まぁ、物珍しいことに変わりはないよな)

 

 少しだけワクワクしつつ、幼女の後ろを追う。

 そうこうしていると、

 

「あちらをご覧ください!」

「ん?」

 

 幼女はおもむろに得意げなバスガイドさんみたいな顔つきになると、おっほんっ、と咳払いをして解説を始めた。

 小さなお手手が、賑やかな大部屋の前で止まる。

 

「あちらに見えますは、宮廷吟遊団の皆さまです」

「? 宮廷吟遊団?」

「王宮に直接雇われている、この国一番の吟遊詩人の方たちになります」

 

 耳を澄ますと、大部屋からはたしかに耳心地のいい音楽が聞こえてきた。

 涼やかなハープ、名称の知れない種々様々の笛、厳かなハンドベル、王道のリュート。

 歌声は明朗且つよく響くテノールで、どうやらダークエルフの救世主(セイヴィア)伝説について唄っている様子だ。

 きっと、来たる煌夜祭へ向けて、練習を重ねているんだろう。

 

「へぇ……これが、吟遊詩人」

「どうです? 宮廷吟遊団の練習風景なんて、きっと王宮でしか見れませんよ?」

「たしかに、そうかもしれないね」

「む。あまり、お心には響いていないご様子……」

「──いや。そんなことはないさ。吟遊詩人ってものをはじめて見たから、ちょっと驚いただけ」

「えっ?」

 

 幼女は途端、びっくりした顔で俺を見上げた。

 

「唄うたいの方たちと、これまで会ったことがないんですか?」

「うん。まあ、歌の綺麗な子には会ったことがあるんだけど」

 

 本物の吟遊詩人は初めて目にする。

 最初に見聞きするのが、まさかメラネルガリアの宮廷吟遊団とは思いもしていなかったが──

 

(でもまあ、存外いい気分だな)

 

 どんなところにも、〝思いがけない小さな喜び〟ってのは転がっているものだ。

 幼女の趣向も理解した。

 

「それで?」

「え?」

「他には、どこを案内してくれるんだ?」

「あっ、はい! では続いてはこちらへ!」

 

 幼女はハキハキと案内を再開する。

 歩きながら、俺は余韻に従って、王宮内のさまざまな音に耳を傾けた。

 来る時は気づかなかった、人が生み出す営みのさざめき。

 寒々しく感じた使用人の身振り手振り、所作も、注視すると意外にそうでは無さそうなことが読み取れてくる。

 

(……緊張、か)

 

 メラネルガリアは男尊女卑が強く、たとえ名家の生まれであったとしても、ヘマをすれば『使用人堕ち』という降格処分の文化を持つそうだ。

 だからかは分からないが、王宮に仕える使用人──特に女性たちは、皆わずかに緊張を帯びている様子だった。

 張り詰めた表情。余裕のない仕草。

 いずれも、ミスを許されない厳格な空気感に縛られている。

 まあ、中には普通に俺をいかがわしげな視線で見てくる者もいるにはいた。

 が、強いものが上に立ち、弱いものが下でうずくまる。

 こういう社会構造では、大半は心の休まる暇もあるまい。

 

(もしかすると、この子もそうなのかな……)

 

 幼女のつむじを見下ろしながら、俺は小さく息を吐く。

 けれど、先ほどの宮廷吟遊団の例もあったように、王宮内には熱心に己が職務を遂行しようとしている人間もいた。

 いや、恐らくは使用人たちを含めて、大多数はそうなのだろう。

 

「こちらは宮廷大工さんの工房です!」

「へぇ。ガーゴイルまで作ってるのか」

「あっちは宝飾細工師さんの細工場になります!」

「おぉ……目がチカチカするな。うっかり良くない誘惑に駆られそうだ」

「ダ、ダメですよ!?」

「冗談。そっちは何かな?」

「あっ、こっちは刺繍室ですね。男性には無縁の場所かと」

「針物仕事か。たしかに、ちゃんとしたのはやったこと無いな」

 

 王宮と言っても、そこに住む人間の暮らしは変わらない。

 需要があれば供給があり、用途に応じてたくさんの施設が構えられている。

 侍従や侍女たちの居室、バトラーの行き来するミード貯蔵庫、食器や花瓶を造る焼物師の竈部屋、衛兵たちの休憩室。

 いろんなものが一緒くたに集まっていて、想像以上におもしろい。

 なんだかすっかり、物見遊山の気分で散策してしまった。

 ちょっとだけだが、気が緩んでいるのかもしれない。

 と、そんな折──

 

 ──わぁぁぁぁぁぁぁっ!

 

「?」

 

 どこかから、喜色に満ちた歓声が耳朶(じだ)を震わせた。

 幾人もの子ども。

 それも十やそこらではない大人数の声。

 王宮(ハガル)にはもちろん似つかわしくない。

 思わず辺りをうかがうと、

 

「大広間からですね」

「大広間?」

「今日は王都にある孤児院から、たくさんのお客様をお招きしてるんです」

 

 幼女はサラリと説明した。

 王都にある孤児院。

 つまりそれは、今しがたの歓声が孤児たちの騒ぎ声ということを端的に示すが、はて。

 

「なんだって、王宮に孤児たちを?」

「……んー、そうですね。私もあまり詳しくは知らないのですが、なんでも〝慈善事業〟というものらしいですよ?」

 

 見に行ってみますか?

 幼女は提案しながら、こちらの返答を待たずトコトコ歩き出す。

 その離れる背中が、思いのほか速かったため、俺は少しだけ慌てて後を駆けた。

 今さら気がついたが、ここで置いていかれると、俺は迷子の恥辱を味わう。

 気が緩んでいるのかもしれない、ではない。

 完全に気が緩んでいた。

 思わずハッとして気を張り直す。

 ほどなくすると、幼女は階段通路へ歩みを進めた。

 大扉を構えた部屋の横。

 子どもたちの声が、先ほどよりも格段に騒がしさを増していく。

 

(体育館……いや、アリーナみたいなんだな)

 

 階段を登りきった。

 大広間は大広間というだけあって、非常に広々とした空間を囲んでいる。

 喧騒を見下ろすと、ざっと五〜六十人程度の子どもたちが、キャアキャアワァワァ、実に子ども然としていた。

 皆、たしかに孤児らしく質素な格好をしている。

 歳の頃は、だいたいナハトより下で、口にしている言語もエルノスなのかメラネルガリアなのか、単語や助詞が綯い交ぜで、イマイチ判然と聞き取れない。

 しかし、当事者たちはきちんと意思の疎通が取れていそうだから、不思議な光景だ。

 けれど、

 

(……思ったより、少ないな)

 

 王都にある孤児院というから、きっとひとつの小学校分くらいはいるものと勝手に想像してしまったが、蓋を開けてみると、その数は驚くことに二クラス分にも満ちていない。

 

(孤児が少ないのは良いコトとはいえ、王都全体でたったこれだけなのか?)

 

 メラネルガリアは幸福な国だと判断するべきか。

 それとも、いつだったかの老魔術師(トルネイン・シャーマナイト)の言通り、危機感を覚えるのが当然の現実と断ずるべきか。

 どちらにせよ、国の規模からすれば明らかに子どもの人数が少ない。

 西暦2000年代以降の先進国だって、孤児数は平気で万単位だったはずだ。

 異世界(ここ)じゃ孤児なんて、腐るほどいるのが当たり前じゃないか?

 社会福祉の差はあるから、一概に単純比較できる話でもないだろうが、ダークエルフが如何に子どもを作りづらい種族だろうとも、貴族に比べて一般庶民はさすがに母数が異なる。

 なのに、これだけの数しか孤児がいないなんて──

 

「確認するけど、ここにいる子どもたちは、王都の孤児院すべてから招かれているんだよな?」

「? そうです」

「王都の孤児院は、全部で何軒あるんだ?」

「分かりません!」

「……そっかぁ。分からないかぁ」

 

 なら……仕方がない。幼女に罪は無い。

 後でセドリックにでも訊いておこう。

 それにしても、

 

「──子どもたちは、ずいぶん楽しそうだ」

「はい! それはもう、当然かと!」

「慈善事業って言ってたね。王宮に集めたってことは、これは王家が主催を?」

「いえ。王家の皆様がた……というより、こちらは第二妃ルフリーネ様による催しになります」

「……第二妃?」

「ええ! 第二妃ルフリーネ様は、なんでも恵まれない子どもたちに、国はもっと救済の手を差し伸べるべきとのお考えのようで、王宮で作られた料理やお菓子などを、こうして月に一度、無償で下賜されていらっしゃるのです!」

「…………この国じゃ、さぞ珍しい考え方だろうな」

「ええ。まったく!」

 

 と、幼女も深く相槌。

 強壮なることを誉れとするダークエルフ。

 弱肉強食、敗者淘汰をめちゃくちゃ強要するほど野性的でもないが、国民意識には美徳として〝自助努力〟や〝克己心〟といった概念が魂の奥底まで染み付いている。

 

 強くなければ生きられない。

 

 俺も身に染みて弁えている現実だが、この国は大国であるにもかかわらず、弱者に対しておおよそ不寛容だ。

 そんななかで……

 

「あ、噂をすればあそこ」

「!」

「お優しい方ですよね。ああやって御手ずから、直接子どもたちに下賜されるなんて」

「じゃあ、あのひとが……」

「はい。第二妃ルフリーネ様ですよ」

 

 俺は見た。

 たしかに視界に入れた。

 遠目からではあるけれど、仮面越しではあるけれど、不思議と焦点がすぐに定まった。

 

(……そうか)

 

 では、あの女性が、そうなのか。

 

「……若いな」

「それはまぁ。ルフリーネ様はまだ、今年で三百歳くらいのはずですから」

「二十代、って言われても信じるよ」

「──え、ええっ!? か、閣下、いくらなんでもそれは……」

 

 お世辞が過ぎます。せめて実年齢の、マイナス百歳くらいに抑えるべきですよ、と幼女は諌めるように忠言。

 長寿種族の感覚は未だに理解しきれないが、

 

幼女()がそれを言うのか……?)

 

 疑問に思うものの、ともあれ、実際問題、俺の目には本当に二十代程度にしか見えない。

 ダークエルフの基準に照らし合わせてみても、恐らくルフリーネは、童顔と呼ばれる部類に入るのではなかろうか。

 角度によっては、やや幼いとさえ感じられる……しかし、

 

「なんで、笑わないんだ」

「はい?」

「ほら。ああやって子どもたちが、せっかく笑顔で駆け寄ってきてるのに、あれじゃあ無闇に怖がらせかねないだろ」

 

 ルフリーネは真顔だった。

 いっそ、眉根を寄せるくらいしてもらえた方が、まだ安心できるというくらいに、唇を固く引き結び沈鬱としている。

 そのせいで、現にいまも数人の子どもたちが、ビクリと固まって顔色を変えていた。

 

「無理もありません」

 

 訝しむ俺に、幼女が憐れむように言葉を接ぐ。

 

「あまり大きな声では話せませんが、第二妃ルフリーネ様と云えば、第三妃ジークシア様の企みによって、自らのお子を暗殺されたと噂されています。──閣下も、一度はお耳にしたことがあるのではありませんか?」

 

 数年前に死んだ本当の王太子の話。

 

「……ああ、その話なら少しは」

「では、想像も難くないでしょう」

 

 そこで、幼女の声はにわかに鋭さを増した。

 ともすると、敵意すら宿ったと感じられるくらいに。

 俺は驚き、静かにたじろいでしまう。

 

「かつてはとても愛嬌麗しく、玲瓏玉のごとしと讃えられていたお方がルフリーネ様です。

 しかし、ご覧ください。今やそのお心は石のように固く閉ざされ、ご自身のお気持ちをまったく表に出すことが無くなってしまいました」

 

 小さな口が滔々と語る。

 すべては幼くして離別してしまった、愛する子どもへの哀しみからだと。

 

「もともと人気のあったお方です。周囲の者は、多くがルフリーネ様の笑顔を取り戻そうと尽力されました。

 けれど、その悲しみは時が経とうと変わらず、お心は今なお晴れやかにはなりません。かくいう私も、それが残念でならないのです」

 

 だから──もしも、もしもの話ですが。

 幼女は物言いたげに俺を見上げる。

 上目遣い。

 しかし、批難の色が宿っているように感じられる眼差しだった。

 

「仮にルフリーネ様のお子が、実はこうしている今も、どこかで無事に生きながらえているなら」

「……」

「ご自身のお母君に、一度でいいから、健やかな姿をお見せいただきたい。──私はそう、切に願わざるを得ません」

 

 閣下は、どのように思われますか?

 

 

 

 





tips:宮廷吟遊団

 吟遊詩人たちの一団。
 メラネルガリアでは主に、ダークエルフの救世主伝説を唄い上げる。
 なお、唄を披露するのはすべて男性。
 力強く、勇壮な音楽を奏でることで、伝統的な人気を持つ。
 最近は次期国王ナハトの庇護もあり、新たな演奏方法を模索しているらしい。

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