ヰ世界の歌 夜明け前のダークエルフ 王道硬派な大河ファンタジーの世界で一歩から始める人外愛譚   作:所羅門ヒトリモン

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#098「第五円環帯接続体」

 

 

 〝何かを言わなければならない〟

 

 その瞬間、幼女の視線を真正面から受け止めた俺にあったのは、自分でも予想外の使命感だった。

 使命感──いや、それは義務であり罪悪感の自覚。

 感情を揺さぶられた結果の、突発的な衝動であって理性的じゃない。

 だが、幼女から聞かされたルフリーネの状況。

 笑うことがなくなり、感情を表に出せなくなったという今さらながらの現実を知って、

 

「……っ」

 

 俺の唇はわずかに震えたし、足は後悔とも呼べる感情から咄嗟に動きかけた。

 何かを言わなければいけない。

 無論、目の前の幼女にではない。

 これまでロクに知ろうとしないまま、本気で向き合うことをしてこなかった血縁上の()()に対して。

 気まずさや負い目、不安。

 そういう自分の、個人的な問題はどうあれ、助けられた過去、命を救われた一点。

 たしかな大恩(愛情)に報いるためにも、俺は今すぐ彼女のもとへ駆け寄って、この仮面を脱ぎ去るべきじゃないのか?

 

(会って何を話すってことは、別に考えなくたっていい……)

 

 ただ会って、顔を見せて無事を知らせる。

 まずはそれだけで、十分なはずなのだから──俺はそう、突き動かされるままに決意を固めて、

 

()()()()()()()()

「っ! ナハト……殿下?」

 

 背後から現れた異母弟の冷徹な声。

 それにより、何とかギリギリで踏みとどまることができた。

 ガシャン、ガシャン。

 ナハトは近衛──ロイヤルガードを四人も従えて、厳しい視線で幼女を睨む。

 

「悪ふざけはお止め下さい」

「……おや。悪ふざけとは心外だな」

「王族ともあろう者がメイドに扮するなど、悪ふざけ以外の何ものでもありません。気の毒に。何も知らないスピネル殿まであざむいて」

 

 ナハトは庇うように俺と幼女の間に立った。

 

(……悪ふざけ? 扮する? それに、あざむいてだって?)

 

 突然の展開に理解が進まないが、つまり、これは、まさか……

 

「──チッ、やれやれ。オマエのせいで、とんだ無駄骨だ」

「姉上!」

「うるさいぞ。黙れ。分かっている。……はぁ。まぁ、なんだ。そういうワケだ。騙していてすまなかったな、()()

「君は……いや、貴方は……」

「バレてしまったからには仕方がない。だが、そういえば自己紹介はまだだったな? ならばどうか見知りおきたまえよ。私はテルーズ・アダマス」

 

 メラネルガリア王ネグロと故第一妃イザンナの子にして、すべてのダークエルフが焦がれて止まぬ永遠の乙女──生まれながらの第五円環帯接続体(ティタテスカーナ)

 

「見ての通り、単なる女の子です!」

 

 幼女──否、正体を晒したテルーズ・アダマスは、自嘲げに口調を戻し(偽り)、俺を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 第五円環帯接続体。

 

「要は先祖返りなんです。姉上は」

 

 門までの見送りの間、ナハトは溜め息混じりに教えてくれた。

 

「先祖返り、ですか?」

「ええ。〈第五円環帯(ティタテスカ・リングベルト)〉──僕たちダークエルフにとって、その名は遠い故郷を指し示しますが、こんな話を聞いたことはありませんか?」

 

 エルノスの星に落下したダークエルフは、その存在が劣化している。

 

「まあ、これはダークエルフに限らず、他の多くの種族にも当てはまる言説なのですが……要約すると、そうですね」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「もともと〈中枢渾天球〉ではなく、〈第五円環帯〉に棲息していた種族が我々です。分かりにくければ、海水魚と淡水魚の例で考えてみるといいでしょう」

「海水魚と淡水魚……」

「仮に〈中枢渾天球〉を海水。〈第五円環帯〉を淡水として想像してください」

 

 両者の水質環境は大きく違う。

 しかし、

 

「〈崩落の轟〉によって海水と淡水は混ざり合い、そこに棲んでいた数多の生き物は、強制的に新たな環境へ適応することを求められました」

 

 結果、ダークエルフは紆余曲折の末どうにか絶滅せずに済んだものの……

 

「やはり()()()()()()()()()()()()()

「! まさか、〈第五円環帯〉で暮らしていた頃に比べて……?」

「察しがいいですね。はい、その通りです。僕らは寿命が短くなった。老化が早くなったんです」

 

 もう、とっくに大昔の話ですけど。

 ナハトは一瞬、空を見上げて息を落とす。

 変わらぬ曇天。

 北方大陸ではなかなか円環帯が望めない。

 だが、ナハトの言いたいことは十二分に伝わった。

 

 第五円環帯接続体(ティタテスカーナ)、テルーズ・アダマス。

 

 彼女は現代のダークエルフが失った本来の種族寿命、存在規模(イデア・スケール)を持って生まれて来たんだろう。

 言い換えるならそれは、水の合わないこの世界ではなく、遠い故郷(ふるさと)である〈第五円環帯(ティタテスカ・リングベルト)〉との何かしらの繋がりを意味して、だからこその──()()()

 単純な先祖返りではなく、あくまで〈第五円環帯〉との親和性が特別高い個体として、周囲には認識された。

 国一番の美姫という評判も、こうなってくると多少意味合いを変えてくる。が、なるほど。

 

「道理で見た目の割に、しっかりした言葉遣いだったワケです」

「驚かせてしまいすみません。アレは何というか、姉上の困った悪癖のようなものでして……」

「構いません。たしかに驚かされましたが、別段悪さをされたワケではありませんので」

「そう言ってもらえると助かります」

 

 ナハトは安心した顔でフッと微笑む。

 

「ああ見えて、姉上は苦労の多い方なんです」

 

 テルーズ・アダマスと云えば、この国で一番の美姫として評判を集める王女だが、実態は容姿というより、第五円環帯接続体(ティタテスカーナ)である希少性を見込まれて。

 幼すぎる容貌のため、女性的な美しさよりも、魔術的な価値の方が高く評価されて至宝と称された経緯を持つ。

 

 ダークエルフは強さを望み、永遠の若さは、誰の目にも魅力的に映った。

 

 おかげで、縁談を持ち込む貴族は枚挙にいとまがなく、中には強引な手段に訴えて、非道な研究対象としようとする慮外者まで。

 なので、普段はよっぽどのことがない限り、テルーズは奥の離宮に引きこもっている。

 

「それはまた……」

 

 苦労の多さが、トラウマを刻むレベルで同情を禁じ得ない。

 思わず絶句してしまう俺を見て、ナハトは「だから、助かります」ともう一度同じ言葉を繰り返した。

 

「ごくたまに、姉上はああやって身分を隠しては、何も知らない誰かを連れて宮殿内をうろつくんです。きっと、長いこと離宮に引きこもっているせいで、息が詰まるからでしょう。付き合っていただき、ありがとうございました」

「あ、いえいえ……そんな、大したことは」

「家族として礼を申し上げます」

 

 ズキリ。

 ナハトは意図してかせざるか、今の俺には耳の痛い言葉を使った。

 仮面の重さが妙に煩わしい。

 けれど、

 

(……テルーズはたぶん、ただ息抜きのためだけに俺を連れ回したかったんじゃない)

 

 大広間での質問。

 いや、宮殿の案内から、ルフリーネの様子を伝えるところまで。

 彼女には何か明確な狙いがあって、そうしたように俺は思う。

 

(問題は、それが善意だったのか悪意だったのか……)

 

 分からないものの、後者であれば危険な罠に引っかかるところだった。

 いや、悪意があろうとなかろうと関係ない。

 ラズワルド・スピネルの正体が暴かれるということは、王太子ナハトとの関係性がどう転ぼうとも拗れることを意味する。

 現状、いい感じでうまくやれているのに、下手をすれば「騙していたな?」で即バッドエンド直行だ。

 友情は反転して、一気に憎しみに傾くだろう。

 嘘をついている事実が、否定できないのも、殊更に厄介ポイントを上げている。

 

(というか、第二妃ルフリーネも、まだ俺の帰還を知らないはずだし……)

 

 不用意に接触して、第三妃家とか他の貴族を刺激するのはいただけない。

 あの場で感情に流されなかったのは、大きな目で見れば正解だったと思う……まあ、ぶっちゃけナハトが来なかったら、ガッツリ流されまくっていたと思うが。

 

(……怖いね。失ったものへの執着は)

 

 自分をコントロールできない。

 我ながら、なんて情けない。

 あの場でルフリーネを一目見れたことは、それだけで望外の幸運だった。

 だというのに、

 

(……自重できなかったのは、甘えだな)

 

 反省。

 しっかり己を叱咤し、楔を打ち込んでおく。

 

(──この豚! 堪えることを知らない甘ったれの豚野郎! 気持ち悪いんだよ! ……よし)

 

 反省完了。

 ひとまず心に自戒を刻み込んで、意識を切り替える。

 何にせよ、

 

「殿下は約束通り、私に陛下の書斎を見せてくださいました。なので礼を言うのは、私の方です」

「スピネル殿……」

「実際、有意義な一日でした」

 

 俺の目的は達せられている。

 欲しかったものは手に入れられた。

 後はどれだけ、この国で未練を潰していけるか。

 薄情かもしれないけれど、やりたいコトはそれくらいしか残っていない。

 

「──っと、もう門ですね」

 

 (くだ)ってきた道のりをうっすら見上げ、ナハトへ振り返る。

 

「次にここへ来るのは、煌夜祭の日になりますかね」

「スピネル殿が煌夜祭に参加されるなら、恐らくそうなるでしょう」

「ハハハ。一応、出るつもりではいます」

「セラスランカ嬢などは、例年出ていませんよ」

「らしいですね。けど、一回くらいは出ておこうかと」

「……そうですか」

 

 その時、一段と強い風が、俺たちの間をビュウッ、と吹き抜けた。

 氷の欠片が線を引くように地表を舞う。

 俺もナハトも、ついその流線を追って──

 

「……では、名残り惜しいですが、今日はここまでですね」

「──本当はもう少し、書架室を自由に使わせてあげられれば良かったんですが」

「構いません。気にしていませんから」

「……すみません。それでは、また〈学院〉で」

「ええ、〈学院〉で」

 

 別れの挨拶を済ませ、俺とナハトは互いに背を向け合う。

 来た時とは対照的で、別れ際、ナハトの顔は少し物憂げだった。

 もしかすると、俺が王宮を去るのを寂しく思ったのかもしれない。

 ナハトにとって、俺は恐らく唯一の〝友人〟だろうから。

 だが、

 

(……間違ってるよな。何もかも)

 

 ナハトが本当に欲しがっているものは、俺では与えられない。

 ラズワルド・スピネルは、所詮どこまでいこうと偽物だ。

 偽物は本物を与えるべきじゃない。

 仮に外面を取り繕って、真に迫るものを与えられたとしても、後が悲惨になる。

 ナハトが一番欲しいもの。

 俺が一番大切にしているもの。

 

(それが、決定的に噛み合わないんだもんな)

 

 だからこそ、どうしようもない。

 物言わぬ石像の怪物(ガーゴイル)のように、言うべきでない言葉は決して口に出さず、そのまま静かに飲み込んだ。

 

 

 

 ……ナハトは、それから二度と〈学院〉に現れなかった。

 

 

 

 煌夜祭、到来。

 

 

 





tips:第五円環帯接続体

 ティタテスカン、ティタテスカーナ。
 男性と女性でちょっとだけ呼び名が異なる。
 巨人圏ではまた、別の呼ばれ方もされるらしい。
 〈崩落の轟〉によって、ダークエルフの寿命は平均で三千年にまで落ちぶれた。
 だが、テルーズ・アダマスは今年で二千と十。
 それでも未だ、幼女の姿から変わらない。
 かつての祖先は、いったい何年生きたのだろう?
 地上に落ちたダークエルフは、栄華を取り戻さんと彼女を狙う。

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